第12話 鋼治の選択
戦いを終えたトラベラーは仲間を分断する壁を見る。まだ残っているが、〈黒い怪物〉を倒したのだから、そのうち消えるだろう。
「黒井さん、〈アイテム〉を確認しましょう」
「あ、ああ……そうだね」
鋼治は祭壇に上がる。
「これが〈死者蘇生のアイテム〉?」
鋼治が宝珠を手に取ると、空中に説明文が浮かび上がる。
蘇生の宝珠
この〈アイテム〉を使用した時、使用者を除くすべての人類を生贄に捧げる。その後、望む人物を一人、蘇生させる。
「え……? 全人類を生贄? ど、どうして」
〈アイテム〉は初めて手にした時に説明文が浮かび上がる。それを見た鋼治は動揺を隠せなかった。
「人の命を蘇生のためのエネルギーに変換してるのでしょう」
トラベラーは生贄の理由を告げた。
「この世界でスキルパワーと呼ばれる力は、想像力を現実化するエネルギーです。しかし、現実的ではない現象ほど、実現するには大量に必要となります」
「そんな……一人、たった一人なんだよ。そのために全人類の命が必要なほど、死んだ人を生き返らせるのは、ありえないことなのか?」
「……」
そのとおりだ。だが、トラベラーは面と向かって、そんな残酷な言葉をぶつけられなかった。
トラベラーは良心が痛んだ。できれば〈死者蘇生のアイテム〉など実在して欲しくないと願っていたが、結局はこうなってしまった。
「黒井さん、あなたはそれを使いますか?」
トラベラーは鋼治が握る宝珠を睨む。
「僕は……僕はこれを手に入れるためなら、どんなこともするつもりだった……でも……でも……!」
鋼治が〈死者蘇生のアイテム〉を頭上に掲げる。
トラベラーは彼が何をしようとしているのか理解していた。だから、ただじっと見守っていた。
「ちくしょう!」
鋼治は〈死者蘇生のアイテム〉を叩き割った。恐ろしい代償を求める宝珠は、安物のガラス細工のように粉々に砕け散る。
「ああ……やってしまった」
鋼治は力無くその場に座り込む。
「ちくしょう……よりにもよってなんで、こんなことに……どうして……あんまりだ」
すすり泣く鋼治をトラベラーは黙って見守る。言葉は無力だ。何も言わない方が彼にとって慰めになる。
トラベラーは再び壁を見る。まだ消えていない。
(妙ね。使用者が消えてもある程度は持続すると考えても……)
トラベラーはある可能性に思い至る。
「黒井さん! 敵はまだ生きています!」
トラベラーの言葉に、鋼治ははっと顔を上げる。
「いったい、どこに?」
鋼治は一流の探索者らしく、すぐに心を戦闘状態に切り替える。
〈黒い怪物〉は塵となって消えたように見えたが、死亡を偽装しているかもしれない。
その時、スマートグラスに反応が出た。
『脅威C。微弱なクリティカルエフェクトの発生を確認』
鋼治がトラベラーを突き飛ばす。
「危ない!」
弱々しい光を帯びた黒い剣がひとりでに動き出し、鋼治を斬りつけた。
もし鋼治が動いてくれなかったら、斬られたのはトラベラーだろう。
「人間体ではなく、剣が本体!?」
黒い剣からクリティカルエフェクトの光が消える。
『対象のフォースエナジー(現地呼称:スキルパワー)、残存なし』
先程の一撃は相手にとって最後の力を振り絞ったものだったようだ。
トラベラーは全力で護身刀を振るい、剣型の怪物を断ちきった。
真っ二つになった怪物は、金属を擦り合わせたような悲鳴をあげ、黒い塵となる。
「黒井さん、しっかり!」
トラベラーは鋼治に回復の魔法を使う。
(怪我の治りが異様に遅い! 微弱とはいえクリティカルエフェクトの攻撃を受けたから……!)
トラベラーは壁を見る。もう敵はいないから翡翠がスキルであれを消し、仲間たちが合流する。
(白井さんならこの人を助けられる。でも間に合うの?)
トラベラーが回復の魔法を使い続けても、鋼治の顔がみるみる土気色になる。
「はとちゃん……ああ、迎えにきてくれたんだね」
「黒井さん? 意識が混濁して……」
鋼治はトラベラーをこの世界の鳩美と勘違いしている。
「ごめんよ……ほんとうにごめん……はとちゃんを生き返らせたかったけど、そのために全人類を犠牲にしたら、君に耐えきれないほどの負い目を背負わせてしまう……僕はそんな残酷なことはできなかった」
鋼治は咳とともに血を吐く。
「もう……疲れたよ。このまま君と同じ場所に行きたい」
「黒井さん! 生きる気力を捨てないで!」
トラベラーはどうすれば鋼治を助けられるか考える。そして一つの結論に辿り着く。
(ごめんなさい。私はあなたに呪いをかける)
トラベラーはスマートグラスを外して素顔を晒す。
「こうくん、こっちに来るのは早すぎるわ。ずっと私のことを想っていて。一日でも長く生きて、私をあなたの心の中で生かし続けて」
トラベラーはこの世界の鳩美が生きていたら、伝えたであろう言葉を口にしる。
これは生者が死者に囚われ続けるように仕向けることだと、トラベラーは理解していた。
(でも、これがこの人にとって生きる希望になる)
鋼治の目に活力が戻りつつある。
「はとちゃん……僕を許してくれるの?」
「私は初めから、あなたのすべてを許しているわ」
「ありがとう……僕ははとちゃんを忘れない……ずっとずっと……君のことだけを想って、長生きするよ」
どうにか鋼治の希望を繋いだ。
ふと藍のことを考える。トラベラーは彼女が鋼治に片思いしていると気付いていた。
それには申し訳ないと思う。だが、第478並行世界で出会った青藍妃のようなことにはならないと信じている。少なくとも、この世界の彼女は良心がある。
トラベラーと藍たちを分断していた壁に、裂け目が生じる。
「先生! 無事ですか!? 先生」
藍の悲鳴のような声が聞こえてきた。
「黒井さんが負傷しました! 白井さんのスキルが必要です」
トラベラーはスマートグラスをかけ直しながら言った。
敵側のエリアモーフの効力が完全に消え、藍たちが駆け寄ってくる。
トラベラーは鋼治を見る。気を失っているが、息はまだあった。
この先、彼は新しく誰かを愛することはないだろう。ずっとこの世界の鳩美との美しい思い出だけを胸に生き続ける。そうなるようトラベラーは仕向けた。
そうしなければ彼を絶望から引き上げられなかった。
トラベラーは自らの良心に従ったが、それが正しいかは確信が持てなかった。
●
トラベラーは何もないがらんとした部屋にいた。任務は終わったので、この拠点は引き払う。
『そうか……そんなことが……』
「私は正しかったのでしょうか?」
トラベラーはHi-SADでライゼンダーと話をしていた。
「いえ、すみません。ずるいことを聞きました」
恋人に甘えようとしていると自覚したトラベラーは自己嫌悪を感じる。
『俺もトラベラーに、弱音を受け止めてもらっているからお互い様さ。俺たちの関係は、互いに少し甘えるくらいがちょうどいい』
ライゼンダーは言葉を続ける。
『少なくともトラベラーは最悪を阻止するために、最善を尽くした。それだけは事実だよ』
「ありがとう。心が軽くなりました。帰ったら、一緒にどこか出かけましょう」
『いいね。久しぶりにお互いの休暇が重なったんだ。思いっきり楽しもう』
トラベラーは通話を終え、がらんとした部屋から立ち去った。
●
藍は鋼治に話があるから会いたいと言われ、待ち合わせの場所へ軽やかな足取りで向かった。嬉しくて、強く自制しなければスキップをしてしまいそうだ。
(先生は〈死者蘇生のアイテム〉を自ら壊した。ようやく死んだ人を忘れて、新しいパートナーを選ぶ気になったようですね)
東京S9号ダンジョンの探索は藍にとって好ましい結果になった。
鋼治が待っていたのは、藍が住むマンション近くにあるさびれた公園だった。
「ごめんね、急に呼び出して」
公園に唯一あるベンチに鋼治は座っていた。
「いえ、自宅近くでしたので、なんということはありません」
藍は鋼治の隣に座る。相手に聞かれるかもと思うほど、胸が高鳴っている。
「それでお話とは?」
「うん。探索者をね、今度こそ引退しようと思うんだ」
藍が期待した言葉ではなかった。
「ど、どうしてですか?」
藍は冷静であろうとしたが、どうしても声が震えてしまった。
「もう、続ける理由はないからね。東京S9号を攻略したら元から引退するつもりだったんだ」
「そんな……私はまだ先生が必要です」
「君は十分、一人前だよ。あるいは、もう僕を求めるべきじゃないと言うべきかな」
鋼治はベンチから立ち上がる。
彼は藍と目を合わせない。大事なことを教えてくれるとき、いつもこちらを見つめてくれたのに。
「青山さんとチームを組んだのは、どうしてもはとちゃんを生き返らせたかったからだ。それが終わった以上、僕はそばにいるべきじゃない。君の成長を邪魔する」
「待ってください!」
藍も立ち上がろうとするが、足に力が入らず、よろけてしまう。
「私は先生を愛しています! だからどうか、ずっとそばにいてください!」
鋼治が意外そうな顔で振り向く。だがすぐに無表情になった。
「僕が愛せる人は、はとちゃんだけだよ」
「その人はもういないじゃないですか! 過去に囚われていては、幸せにはなれません!」
藍は涙を滲ませながら必死に訴えた。
「僕は幸せになりたいんじゃない。一日でも長く、はとちゃんを愛していたいんだ。申し訳ないけど、青山さんの気持ちは受け取れ……いや」
その言葉を彼は突き放すように告げた。
「青山さんの気持ちは“受け取りたくない”」
鋼治は背を向ける、立ち去った。
藍は膝から崩れ落ちた。涙がポタポタとこぼれ落ち、地面に消えていく。
「どうして……どうして!」
失恋した藍は地面を拳で叩く。
「私が先だったら良かったのに! 赤木鳩美ではなく私が幼馴染だったら、先生は私を選んでくれたのに!」
そう叫んだ時、藍の理性が「果たしてそうか?」と問いかける。
幼馴染というだけで20年以上も相手を想い続けるだろうか?
その人を生き返らせるために、不確かな噂を頼りに、命がけの戦いに赴くだろうか?
「違う……先生は幼馴染ではなく、赤木鳩美だから愛していた」
藍はずっと鋼治を見ていたから、本当は分かっていたのだ。
夕日が沈み、夜の帷が藍を包む。
満月だけが、すすり泣く藍の背中を見下ろしていた。
現代ダンジョン編 完
スローライフ編に続く




