第11話 〈黒い怪物〉
扉の先は中間地点のような真っ白い広場だった。
奥に祭壇のような場所があり、宝珠のような物が置かれていた。
「あれが〈死者蘇生のアイテム〉?」
鋼治が宝珠を見つける。
できれば鋼治の望むものであって欲しくないとトラベラーは願った。
「皆さん、注意してください。最深部を守る怪物が現れるはずです」
藍が言ったあと、真っ白い空間に黒い穴が空いた。
人が通れるほどのそれから、怪物が現れる。
それは形を持った人影としか言いようのない姿をしていた。
真っ黒なマネキンのような怪物は、手に自分と同じくドス黒い剣を握っている。
「お、お前は……」
鋼治が震えた声で言う。
「黒井さん? あの怪物と以前に遭遇したことが?」
返事はない。トラベラーの言葉が届いていないようだった。
直後、突風が吹き、隣にいた鋼治の姿が消える。
「はとちゃんの仇!」
いつのまにか鋼治は〈黒い怪物〉を攻撃していた。今の突風は彼が動いたためだ。
彼は激昂していた。普段の隙のない太刀筋はなくなり、力をめいっぱい叩きつける荒々しい攻撃だ。
「先生、一人で戦うのは危険です!」
藍の言葉は鋼治に届いていないようだ。彼ががむしゃらに攻撃を続ける。
このままではまずい。トラベラーが活性心肺法レベル4を発動させ、鋼治に加勢しようとする。
「私たちも!」
「ああ!」
「加勢するっす!」
教え子たちも続くが、活性心肺法レベル3の彼女たちは遅れてしまう。
その時、〈黒い怪物〉が手で何かを押し上げる仕草をする。
すると突然、藍たちの前に壁が現れた。
「あれは、緑川さんと同じスキル!?」
トラベラーと鋼治は仲間と分断されてしまった。
「壁を破壊できますか!?」
壁の向こう側にいる藍たちに話しかける。しかし、返事はない。声が届かないほど分厚いのだろう。
「うおおお!!」
その間も鋼治は攻撃を続けていた。
やがて、鋼治が〈黒い怪物〉の片腕を切り落とす。
怪物の顔に二つの点が生じる。まるで目のようだ。
敵は顔面に現れた二つの点を、自分の腕の断面に向ける。すると一瞬で腕が再生した。
『脅威S。超自然技能(現地呼称:スキル)の複製』
スマートグラスが敵の能力を伝える。
「黒井さん! 敵は青山さんたちのスキルをコピーしています!」
〈黒い怪物〉の剣に光が宿る。
「なっ!」
鋼治は敵の必殺剣をかろうじて避けた。
「前ははとちゃんと同じスキルを使っていた……たまたま同じだったんじゃなく、コピーしていたのか」
冷静になってくれたのか、鋼治は敵から距離を取る。
「ごめん、旅川さん。この状況は僕の責任だ」
「大切な人の仇なんです。無理もありません」
彼が鳩美をどれだけ大切に思ってるか、トラベラーは痛いほど分かる。責められなかった。
⚫︎
「翡翠! あなたにスキルでどうにかならないのですか!?」
藍は半ば涙目になりながら言った。
「もうやってるよ! でもこっちが動かそうとすると抵抗されるんだ!」
藍は壁を睨む。そして最大出力のクリティカルエフェクトを付与した剣を叩きつけた。
壁に亀裂が入る。しかしすぐに修復された。
「もう一度!」
彼女は再び全力で攻撃する。
「ら、藍先輩、それじゃスキルパワーを使い果たしちゃうっす。何か別の方法を」
「先生が窮地に陥っているんですよ!?」
「ひっ」
藍の剣幕に雪は驚く。
「あ……ごめんなさい」
「いえ、大丈夫っす。藍先輩が焦るのは当然っす」
ひとまず藍は冷静さを取り戻した。
「亀裂が消えたのは、敵がスキルで壁を維持しているからだ。アタシらが攻撃を続ければ、敵は壁を維持するためにスキルパワーを消費し続けるから、先生の戦いが楽になるよ」
「すみません、翡翠。こういうことはリーダーである私が考えるべきなのに」
「気にすんな。仲間だろ」
「そうっす!」
藍は翡翠と雪の剣にクリティカルエフェクトを付与する。
「これなら少ない消費で壁に最大のダメージを与えられるはずです」
「よし、じゃあやるか」
「自分も頑張るっす」
教え子たちは壁に攻撃を開始した。
⚫︎
トラベラーと鋼治は〈黒い怪物〉と睨み合っていた。
敵の顔に口のような亀裂が生じる。まるで嘲笑っているように見える。
それを見た鋼治は表情を険しくするが、冷静さは保っている。
「あの子たちのスキルがコピーされてるのは厄介だな」
「緑川さんのエリアモーフは、壁の維持に使っているようですね」
「そうしてなければ、緑川さんが壁を消してくれるだろうからね」
鋼治が〈黒い怪物〉の輝く剣を見る。敵が使っているせいだろうか、藍のクリティカルエフェクトより禍々しく感じた。
「さっき僕が切り落とした腕を、奴は“視て”治した」
「ダメージキャンセルの使用条件は白井さんと同じようですね」
「あの子のスキルもコピーされてるのは厄介だな」
相手はかすり傷だけでこちらを即死させられるのに、トラベラーたちは回復されるまもなく即死させなければならない。
「旅川さん、こうなってしまったのは僕の責任だ。だから命に替えてでも君を……」
「いえ、必要ありません」
トラベラーは鋼治の言葉を断ち切るように言った。
「私に任せてください」
トラベラーは活性心肺法レベル5を発動させた。
『活動限界まで残り3分』
スマートグラスが〈龍神の腕輪〉のタイムリミットを表示する。
五感は強化されたトラベラーは自分以外の全てがスローに感じる。
床を蹴り、たった一歩で数メートルを移動したトラベラーは、〈黒い怪物〉の首を切り落とすべく、TT38護身刀を振るう。
その時、トラベラーは敵と“目が合った”。
「!?」
敵はトラベラーの動きに反応した! 彼女は咄嗟に攻撃を中断して後ろに下がる。
〈黒い怪物〉の剣が直前までトラベラーがいた場所を薙ぎ払う。
(スキルも活性心肺法を使っていないのに、今の私と互角の身体能力!)
トラベラーは一定の間合いを保ちながら攻撃のチャンスを探る。
〈黒い怪物〉の剣にはクリティカルエフェクトの光が宿っている。
(敵の攻撃は全て回避しないといけない。刀で受け止めれば、クリティカルエフェクトで破壊されて、直撃を受けてしまう)
スマートグラスに表示されている時間は刻一刻と減り続けている。
(焦れば負ける)
自滅による死が目前に迫っても、トラベラーは冷静だった。
敵が動く。〈黒い怪物〉はニヤニヤ笑いのまま片手で握った剣を振るう。
下から掬い上げるような一撃だ。
トラベラーは半歩下がる。死の光を纏った刃を紙一重で避けた。
(反撃は……だめ、防御される)
〈黒い怪物〉は空振りに終わった攻撃から次の攻撃に繋ぐ。
敵は振り上げた剣を両手で握り、振り下ろした。
(全力で攻撃しているように見えて、踏み込みが浅い。おそらくフェイント!)
トラベラーは振り下ろしの攻撃を横に移動して避けた。
すると〈黒い怪物〉は太刀筋の途中で剣を水平にし、トラベラーの首に狙いを切り替えた。
(やっぱり!)
相手の思惑を見抜いていたトラベラーはしゃがんで横切りを避ける。
(ここ!)
トラベラーは立ち上がりながら護身刀を振り上げ、敵の両手首を切断した。
〈黒い怪物〉は禍々しい光を帯びた剣を落とした。
敵は丸腰になった。
〈黒い怪物〉が切断された両手首を“視て“再生を試みる。
生えてきたのは手のひらではなく、黒い刃だった。
(そんな再生の仕方まで!?)
左右の手首から生えた刃に、クリティカルエフェクトの光が宿る。
だがトラベラーの思考に間合いを取る選択肢は全くなかった。
今、この瞬間が最大にして唯一の勝機!
トラベラーはさらに一歩踏み込み、左手で〈黒い怪物〉の顔面を正面から鷲掴みにした。
そして密着状態から高圧縮された魔力弾を放つ。
顔面にポッカリと大穴があいた〈黒い怪物〉はそのまま倒れようとするかに思えた。
だが、直前で踏みとどまり、最後の力を振り絞ってトラベラーに攻撃した。
「まだ生きて!?」
トラベラーの脳裏に死がよぎる。
その時、鋼治が〈黒い怪物〉の首を刎ね飛ばした。
目を失っていた怪物は雪からコピーした回復スキルを発動できず、黒い塵となって絶命した。
〈黒い怪物〉が持っていたドス黒い剣のみが、真っ白い床に残された。
トラベラーは活性心肺法を解除し、深く息を吐いた。
前の任務で戦った青藍妃と同じく、油断ならぬ強敵だった。
「すごい……活性心肺法をレベル5まで使えるなんて」
「この腕輪のおかげです。これが反動を相殺してくれなければ、私は生きていません」
腕輪を贈ってくれた友にトラベラーは感謝した。
「はとちゃん……仇はとったよ。あとは君を生き返らせれば……」
鋼治は祭壇にある宝珠を見た。




