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成果物5-3.後編【隕石落下】という繊細さと無縁なスキルを渡されて異世界転移する~落ちてくる隕石はランダムで安心できない~

後半になるとGeminiが設定を忘れて、ラビィを第1王女扱いしたりと、めちゃくちゃでした(泣)

いちいち手動で修正するのもだるいし、中途半端な結末ですが、いったんこれで制作終了にしています。

長編になるほど、Geminiのトークンが100倍くらいにならないと、ちゃんと続きは書けないですね……


第5章 英雄の休日と、懐かしのナポリタン


帝国での騒がしい「バカンス」から数日。

我が家の庭は、朝日を浴びてキラキラと輝いていた。マルトは籠を片手に、たわわに実ったトマトの前にしゃがみ込む。


「よしよし、いい色だ。旅の間にディアンネが守ってくれたおかげだな」


「えへへ。毎日、見てたよ」


影から現れたディアンネが、嬉しそうに鼻を鳴らす。

収穫したばかりの完熟トマトを井戸水で冷やし、そのままガブリと丸かじりした。口の中に溢れる濃厚な甘みと、爽やかな酸味。


「……美味い。やっぱり、自分で育てた獲れたては格別だな」


「マルト、あまい! これ、おいしい!」


ディアンネも顔を真っ赤な果汁で汚しながら、幸せそうに頬張っている。

胃の痛みもすっかり消え、マルトの心はかつてないほどの充足感に満たされていた。だが、58歳の料理魂が、ふと「もう一工夫」を求めた。


「……せっかくだから、アレを作るか、ナポリタン」


マルトは台所に立ち、腕をまくった。

異世界にはパスタの乾麺など売っていない。ならば、作るまでだ。


麺作り:小麦粉に卵、そして少量の油を混ぜてこね上げる。慣れた手つきで生地を伸ばし、細長く切り分ける。


ソース:収穫したトマトを贅沢に使い、じっくりと煮込んで濃厚なベースを作る。


仕上げ:茹で上がった手打ちパスタを、トマトの煮込み、細かく切った野菜、そして保存食の塩肉と一緒にフライパンで豪快に炒める。


「……よし、仕上げに少しの砂糖と塩で味を整えて、と」


ジューッという香ばしい音と共に、台所にどこか懐かしい、食欲をそそる香りが立ち込めた。


「完成だ。ナポリタン、マルト流フレッシュトマト仕立てだ」


皿に盛られたのは、鮮やかなオレンジ色に染まったパスタ。

異世界の住人であるディアンネにとって、麺を「炒める」という調理法は新鮮だった。


「これ……ひかってて、いいにおい」


フォーク(ミスリルナイフで自作したもの)を器用に使い、ディアンネが一口運ぶ。

その瞬間、彼女の目がこれ以上ないほど大きく見開かれた。


「…………!! なに、これ! あまくて、こってりしてて……おさかなの時より、もっと、すごい!」


「だろう? これが日本の……いや、俺の故郷のソウルフードなんだよ」


マルトも一口。

生トマトから作ったソースは、ケチャップで作る本物よりも上品だが、フライパンで焼かれた香ばしさがしっかりと「ナポリタン」の個性を主張している。


『マスター。栄養学的には糖質と脂質の暴力ですが、現在のあなたの精神衛生値を考慮すると、この「カロリーの塊」は極めて有効な精神安定剤として機能しているようです。私の分はありませんが』


「レイチェル、お前は冷却水でも飲んでろ」


窓の外には、のどかな風景。

目の前には、ソースで口の周りを真っ赤にした幸せそうな幽霊少女。

帝国皇帝の友人だの、星落としの英雄だのといった喧騒は、今のマルトにとって、遠い夢の中の出来事のように思えた。


「……おうち、最高」


マルトは静かに、二口目のナポリタンを口に運ぶのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第56話 夜逃げした料理長と、男爵家の晩餐会



極上のナポリタンの余韻に浸り、食後の縁側でぽかぽかとうたた寝を決め込もうとしていた昼下がり。

我が家の門をドンドンとせわしなく叩く音が響いた。


「ごめんくださーい! マルト殿、いらっしゃいますかな!?」


「……はぁ。やっぱり、平和な時間ってのは長続きしない仕様なんだな」


重い腰を上げて門を開けると、そこには立派な馬車と、額に滝のような汗をかいた恰幅の良い貴族のおじさんが立っていた。


「おお、マルト殿! お久しぶりです!」


「ええと……どちら様でしたっけ?」


「ナクゾです! ナクゾ男爵ですよ! 以前、王都の宮廷での食事会で、末席に座らせていただいておりました!」


言われてみれば、そんな気がする。あの時はラビィ王女やら国王やらと同席させられ、俺の胃痛がマッハで進行していたせいで周囲の記憶がすっぽり抜け落ちていたが、確かに隅のほうで小さくなっていた貴族の一人だ。


◇ 

「それで、男爵様がわざわざこんな辺境まで何の御用で?」


俺が尋ねると、ナクゾ男爵は悲壮感漂う顔でガシッと俺の手を握りしめてきた。


「マルト殿、どうかお力添えをいただきたく……! 実は近々、私の三女が侯爵家に嫁ぐことになったのです」


「へぇ、それはおめでたいですね。玉の輿じゃないですか」


「ええ、我が家にとっては身に余る光栄です! なのですが……その顔合わせも兼ねて、流れで我が男爵家にて侯爵一家を招いての食事会が行われることになってしまいまして」


男爵と侯爵では、貴族社会における地位も財力も雲泥の差だ。当然、要求されるおもてなしのハードルも跳ね上がる。


「それで、それを聞いた我が家の料理長が、プレッシャーに耐えきれず昨晩夜逃げしまして」


「……メンタル弱すぎませんか?」


「もう三日後なのです! 今から新しい腕利きの料理長を探す時間などありません! どうか、どうかマルト殿のお力を!」


必死に頭を下げる男爵。だが、俺は首を傾げた。


「あの、お困りなのはわかりましたけど、なぜ俺に相談を? 俺はただの冒険者ですよ?」


すると、男爵は顔を上げ、すがるような目を向けた。


「ご謙遜を。巷の貴族たちの間で話題沸騰となっている、あの謎の美味なる甘味……『ドーナツ』の製作者とのことではないですか!」


「…………あー」


俺は天を仰いだ。

思い当たることがある。帝国から帰還する前、いやもっと前か。作りすぎて余ったドーナツを「お裾分けだ」と冒険者ギルドの職員たちに配ったことがあった。

あの口の軽いギルドめ……。俺の個人情報をなんだと思っているんだ。コンプライアンスの欠片もないな、この世界は。


◇ 

『マスター。冒険者ギルドの情報管理能力はザルです。彼らは酒場での武勇伝と同じノリで個人情報を拡散します。諦めましょう』


ナップサックの定位置からレイチェルが容赦ない事実を突きつけてくる。


「はぁ……。まあ、お祝い事ですし、夜逃げされて困っているなら手伝うのはかまいませんが……」


「おおっ! まことですか!」


「ただし」俺は釘を刺した。「俺はあくまで助言をするだけです。俺一人で貴族のコース料理なんて作れませんから、ちゃんとした臨時の料理人を別に雇ってくださいよ?」


「もちろん! もちろん用意いたしますとも! マルト殿には、そのドーナツを始めとする『驚きのあるメニュー』の監修をお願いしたいのです!」


男爵は涙ぐみながら俺の手をぶんぶんと振った。


「マルト、おりょうり、つくるの?」


影からひょっこり顔を出したディアンネが、期待に満ちた目で聞いてくる。彼女にとっては「マルトの料理=美味しいもの」という図式が完全に出来上がっているらしい。


「ああ、まあな。つまみ食いさせてやるから、大人しくしててくれよ」


かくして俺は、星落としの英雄でも皇帝のマブダチでもなく、何故か「ナクゾ男爵家の臨時料理アドバイザー」として、貴族の晩餐会のお手伝いをすることになってしまったのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第57話 58歳の自炊力と、異世界の絶品メニュー


ナクゾ男爵邸の広大なキッチンは、現在、熱気と驚きの声に包まれていた。


「マルト様! この『ほわいとそーす』というもの、小麦粉とバターと牛乳だけで、どうしてこんなに滑らかで濃厚な味わいになるのですか!?」

「こちらの『ちーずふぉんでゅ』! 溶かしたチーズに具材をくぐらせるなど、なんという斬新かつ理にかなった発想……!」


急遽雇われた臨時の料理人たちが、俺の指示通りに調理を進めながら、いちいち目を丸くして感嘆の声を上げている。


「いや、焦がさないように火加減に気をつけて。あと、グラタンの表面にはしっかり焼き目をつけて香ばしさを出すんだぞ」


俺は味見用の小皿を片手に、彼らに的確なアドバイスを飛ばしていた。


前世で58年間、サラリーマンとして生きてきた俺である。高級レストランのフルコースなんて作れるわけがないが、長年の独身生活(あるいは単身赴任)で培った「手に入りやすい食材で、いかに美味いものを自炊するか」という生活の知恵は、骨の髄まで染み込んでいるのだ。

本人は無自覚だが、その手際とレシピの引き出しの多さは、異世界のプロの料理人たちから見ても「規格外」に映るらしかった。


◇ 

侯爵家をもてなすための晩餐会。

豪華なだけの肉料理や希少食材の羅列では、舌の肥えた侯爵一家を満足させることは難しいと判断した俺は、「この世界ではまだ広まっていない、未知の食感と楽しさ」で勝負することにした。


前菜代わりの『チーズフォンデュ』。

茹でた野菜や焼いたパンを、とろとろのチーズの海にダイブさせるというエンターテインメント性は、貴族の食事会に良い意味での驚きと和みをもたらすはずだ。


メインの付け合わせには、熱々の『マカロニグラタン』。

そして、朝にディアンネを感動させた手打ち麺を使った『トマト煮込みのパスタ』。


最後を締めくくるデザートには、定番のドーナツに加えて、卵と牛乳と砂糖だけで作れる至高のスイーツ『カスタードプリン』(ほろ苦いカラメルソース掛け)を用意した。


「マルト、これ、あまくてぷるぷる。とける……!」


キッチンの隅では、ディアンネが味見用のプリンを口にして、幸せそうに頬を押さえてとろけていた。つまみ食い要員としてはこれ以上ないほど優秀なリアクションである。


◇ 

「うん、味のバランスはバッチリだ。あとは侯爵家の好みに合わせて、塩加減を少し上品に調整すれば完璧だな」


俺が満足げに腕組みをしていると、エプロンのポケットからレイチェルがひょっこりと顔を出した。


『マスター。ずいぶんと水を得た魚のように生き生きしていますね。そういえば、最近【隕石落下】を落としていませんねー』


どこか退屈そうな、からかうようなAIのボヤキ。

俺はフライパンの火加減を調整しながら、肩をすくめて答えた。


「そんなもん、使わないに越したことはないだろ」


魔獣と死闘を繰り広げたり、地形ごと敵を吹き飛ばしたりするような物騒な生活は、もうこりごりなのだ。俺のスキルは、本来こうやって平和に暮らすための「お守り」であるべきだ。


「さあ、皆さん! 本番は明後日です! 手順を体に叩き込むまで、もう一度最初から通して作ってみましょう!」


「「「はいっ、マルト料理長!!」」」


料理人たちの威勢のいい返事がキッチンに響き渡る。

ただの冒険者しかもおっさんである俺は、いつの間にか「料理長」という謎のポストに就任しつつも、目の前の料理開発と味見という、至極平和で忙しい時間を全力で頑張るのであった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第58話 侯爵夫人の思惑と、心とろける晩餐会


いよいよ迎えた、侯爵一家を招いての食事会当日。


実は、この格差のある男爵邸での食事会を強引にセッティングしたのは、他ならぬ侯爵夫人その人であった。

彼女は腹の底で不満を抱えていたのだ。手塩にかけて育てた優秀な息子が、よりにもよって下位貴族である男爵家の三女に惚れ込み、結婚の約束を取り付けてしまったことが。


「本来なら、王族やより高位の貴族の姫君と縁を結ばせたかったというのに……」


その腹いせのための、ささやかな意地悪。

「男爵家の手厚いおもてなしが見たいわ」とプレッシャーをかけ、出てきた料理が少しでも凡庸であれば、それを口実にチクチクと文句を言い、格の違いを思い知らせてやるつもりだったのだ。(ちなみに、この重圧のせいで元の料理長は夜逃げした)


「さあ、どんなお料理が出てくるのかしら」


侯爵夫人は扇子で口元を隠し、冷ややかな視線をテーブルに向けた。

息子の侯爵令息と、婚約者である男爵家の三女は、針のむしろに座らされたような顔でガチガチに緊張して縮こまっている。ナクゾ男爵も滝のような汗をハンカチで拭っていた。


しかし――。

いざ食事が始まると、侯爵夫人の意地悪な目論見は開始数分で脆くも崩れ去ることになる。


◇ 

「……な、何ですの、この料理は!?」


目の前に運ばれてきたのは、小さな鍋でグツグツと煮立つ黄金色のチーズ。そこに色とりどりの野菜やパンを串に刺して絡めるという、未だかつて見たこともない料理『チーズフォンデュ』だった。

恐る恐る口に運んだ侯爵夫人は、その濃厚な旨味とエンターテインメント性に富んだ食べ方に、思わず扇子を落とすほど驚愕した。


さらに続く、こんがりと焼き目のついた熱々の『マカロニグラタン』。

酸味と旨味が絶妙に絡み合う『トマト煮込みのパスタ』。


「おいしい……! なんですのこれ、こんなお料理、王族の就任パーティですら出たことがありませんわ!」


侯爵夫人は、当初の「嫌味を言う」という目的など完全に忘却の彼方へ吹き飛ばしていた。

普段はお高く止まっている彼女が、ソースの跳ねも気にせず夢中でパスタを頬張り、チーズの伸び具合に目を輝かせている。そのあまりにも無邪気で幸せそうな様子に、息子も男爵家の面々もポカンと口を開けていた。


そして極めつけは、食後のデザート『カスタードプリン』と『ドーナツ』。

ほろ苦いカラメルと滑らかなカスタードが舌の上でとろけた瞬間、侯爵夫人は完全に陥落した。


「まあ……! お父様、この素晴らしいお料理は一体どなたが……? ぜひ、我が侯爵家の専属料理人にも迎え入れたいですわ!」


「お、お口に合って何よりです!(マルト殿、ありがとうございます……っ!)」


いつの間にかナクゾ男爵を「お父様」と呼び、嫁姑の間にあった身分違いの壁すらも、甘いプリンと共に完全に溶けて消え去っていた。食堂は、笑顔と絶賛の声で満たされていた。


◇ 

「よしよし、大成功みたいだな」


食堂から漏れ聞こえる和やかな笑い声を聞きながら、キッチンの裏で俺はこっそりとガッツポーズを決めた。


「マルトのぷりん、みんなえがおになる。すごい」


「まぁ、美味い飯を食って怒るやつはそうそういないからな」


ディアンネが味見用の余ったプリンを幸せそうに舐める横で、俺はエプロンを外した。

ただの冒険者が手伝ったとはバレないように、俺はこのままこっそり裏口から帰る手はずになっている。面倒な権力争いや嫌がらせを、隕石ではなく「家庭料理」で解決できたことに、58歳のサラリーマン魂は深い満足感を覚えていた。


『マスター。暴力ではなくカロリーで貴族を屈服させるとは。あなたの胃痛回避スキルも上がってきましたね』


「うるさいな。これでしばらくは、本当に平和なスローライフが送れるはずだ」


ナップサックのレイチェルに軽口を叩き返しつつ、俺は足取りも軽く、男爵邸の裏口から夜の街へと抜け出すのだった。



◇ ◇ ◇ ◇ 


第59話 王様からの召喚状と、終わらない激務


男爵家の晩餐会を大成功に導き、見事な裏方仕事を完遂してから数週間。

俺は再び、幽霊屋敷の縁側でトマトをかじりながら、心穏やかなスローライフを満喫していた。


「……うん。やっぱり、何も起こらない毎日が一番だ」


胃痛薬の薬草を飲む必要もない。ただ土をいじり、ディアンネとおやつを食べ、日が沈めば眠る。58歳の疲弊した心と体には、これ以上の幸福はない。


バンッ!!!


しかし、そんな俺のささやかな幸せは、物理的な扉の破壊音と共に唐突に終わりを告げた。


「マルトぉぉっ!! いるか!!」


息を切らして屋敷の庭に飛び込んできたのは、見知った顔。冒険者ギルドのギルドマスターだった。


「……ギルマス。人の家の扉を壊すように開けないでくださいよ。で、今度は何ですか? またどっかのドラゴンでも討伐しろと?」


俺はため息をつきながら、かじりかけのトマトを皿に置いた。

ギルドマスターは信じられないものを見るような目で俺を指差し、一枚の羊皮紙を突きつけてきた。


「違う! 討伐依頼ならまだギルドで処理できる! マルト、お前……国王陛下から直々の召喚状だ!!」


「…………またかよ」


思わず声に出してしまった。

王女ラビィとの結婚騒動の時も王宮に呼び出されたが、あそこは俺にとって鬼門でしかない。胃痛の震源地だ。


「で、今度は何をやらかしたって言うんですか? 最近は隕石ひとつ落としてませんよ」


俺が恨めしそうに尋ねると、ギルドマスターは妙に神妙な顔つきになった。


「いや……それがだな。召喚の理由は『そなたの作った未知なる料理が食べたい』という、訳の分からないものなんだ」


「……はぁ?」


「王宮の使者が言うには、『チーズふぉんでゅ』だの『ぷりん』だのといった、神々の食べるような美食を男爵家で提供したそうじゃないか。陛下はいたく興味を持たれておる!」


俺は頭を抱えた。

なぜだ。あの晩餐会では、あくまで俺は「名もなき臨時料理人」として裏方に徹したはずだ。侯爵夫人は俺の顔すら知らない。


「……誰が漏らした? 侯爵家は俺が作ったとは知らないはずだ。となると、ナクゾ男爵か? あるいは、一緒に手伝ってくれた料理人か……」


『マスター。推測するまでもありません。あの料理人たちが酒場で「俺は星落としの英雄と一緒に伝説の料理を作った!」と自慢げに吹聴している音声を、先日街の集音マイク機能で拾いましたから。情報漏洩の震源地は彼らです』


ナップサックの中から、レイチェルが淡々と事実を告げる。


「お前、知ってたなら教えろよ!!」


『教えたところで、マスターに打つ手がありましたか? 権力者の耳に一度入った噂は、隕石で王城を物理的に破壊しない限り消せませんよ』


正論だが腹が立つ。

しかし、国王からの直々の指名となれば、一介の冒険者が「嫌です」と断れるはずがない。断ればまた不敬罪だのなんだのと面倒なことになるのは、帝国での一件で嫌というほど学んでいる。


「……はぁ。行くしかないか」


俺は渋々立ち上がり、王都へ向かう準備を始めた。

いつもの安物の帽子を被り、レイチェルをナップサックに押し込む。


「さて、と。レイチェル、王宮の近くまでワープ頼むぞ」


「マルト、いくの?」


足元の影から、ディアンネがひょっこりと顔を出した。


「ああ、ちょっと王様のところに出張だ。すぐ帰るから、お前はここで留守番しててくれ」


「……」


ディアンネは少し考える素振りを見せた後、俺の服の裾をギュッと掴んだ。


「わたしも、いく。おうさまのところ、おいしいもの、いっぱいある」


「いや、俺が料理を作りに行かされるんだぞ? もてなされる側じゃないんだが……」


「マルトのごはん、もっとたべたい。だから、いく」


幽霊のくせに、すっかり食い意地が張ってしまったらしい。

だが、見知らぬ王宮の厨房で一人きりでプレッシャーと戦うよりは、見知った顔(?)が味見役としていてくれた方が、精神衛生上良いかもしれない。


「……分かったよ。ただし、つまみ食いは俺がいいって言うまで我慢しろよ」


「うん!」


嬉しそうに影に潜り込むディアンネを確認し、俺はギルドマスターに向き直った。


「じゃ、ギルマス。ちょっと王様に飯作ってきますわ」


「お、おう……。相変わらずお前の行動原理は規格外だな……」


かくして、星落としの英雄改め「異世界の出張料理人」となった俺は、ディアンネとレイチェルを引き連れ、再びあの胃痛の待つ王都へと向かうのだった。


【ステータス】

名前:マルト(石落 丸人)

年齢:20代(精神年齢58歳)

職業:冒険者

称号:星落としの英雄、帝国皇帝のマブダチ

所持スキル:

【隕石落下(使用者へのダメージなし)】

所持品:

・安物の帽子

・ミスリルナイフ×4

・レイチェル(情報漏洩の傍観者)

・ディアンネ(王宮のつまみ食いに期待大)


【現在の状況】

料理の腕がバレて国王から召喚。王都へ向けてワープ準備完了。胃薬の薬草の在庫:少なめ。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第60話 王様のワガママと、テンション底値の厨房入り


王城の最奥、豪華絢爛な『王の間』。

無駄にふかふかとした赤い絨毯の上に立ち、俺は玉座に座るこの国の最高権力者と相対していた。


「国王様。俺はただの冒険者であって、料理の専門家じゃないんです。王宮の料理人が作るような、国王を満足させられる料理なんて作れませんよ」


俺は開口一番、予防線を張って全力で辞退を試みた。

しかし、国王は玉座から身を乗り出し、目を爛々と輝かせて懇願してきた。


「ぜいたくは言わぬ。男爵家で作った料理、それを3日後の王城の食事会でふるってほしいのだ!」


「……」


男爵家の時は「夜逃げした料理長の穴埋め」かつ「娘さんの結婚祝い」という義理と人情があったからこそ、一肌脱ぐ気になったのだ。

しかし今回は違う。ただ単に「美味いと噂の飯が食いたい」という、最高権力者の個人的なワガママである。前世のサラリーマン時代に例えるなら、**「お前の手作り弁当が美味そうだから、明日の役員会議のケータリングを一人で全部作れ」**と社長に無茶振りされているようなものだ。


モチベーションは当然ながら最悪、いや、地の底を突き破ってマントルまで到達している。


だが、王命は絶対だ。ここで「絶対に嫌です」と突っぱねて、またしても不敬罪だのなんだのと騒がれるのは御免である。


「……はぁ。仕方ないですね。やりますよ」


俺は深いため息をつき、玉座の国王に向かってビシッと人差し指を突きつけた。


「ただし国王様。これで最後ですよ。今後は『食事を作ってほしい』などと呼びつけられても、絶対に応じませんからね。俺は冒険者であって、料理人じゃありませんから」


一国の王に対する態度としては不敬ギリギリだが、ここで明確な線引きをしておかないと、本当に「星落としの英雄(宮廷専属シェフ)」にジョブチェンジさせられかねない。

俺の毅然とした最後通牒を聞いた国王は、威厳もへったくれもない、まるでオモチャを取り上げられた子供のような声を上げた。


「そんなぁ」


(そんなぁ、じゃない。なんだその緩い相槌は)


心の中で激しくツッコミを入れつつ、俺は呆れ果てて踵を返した。


テンション底値でキッチンへ

謁見の間を後にし、王城の廊下を歩く俺の足取りは、鉛のように重かった。


『マスター。見事な交渉術でしたが、実質的に3日間の激務とタダ働きが確定したわけですね。ご愁傷様です』


ナップサックの中から、レイチェルがどこか楽しげに煽ってくる。


「うるさい。これを乗り切れば完全な自由が待ってるんだ。パパッと作って、サクッと帰るぞ」


「マルト、ごはん、まだ? お腹すいた」


俺の影からは、ディアンネが待ちきれない様子で服の裾を引っ張ってくる。


「お前のは味見のついでに食わせてやるから、大人しくしてろ」


やれやれ、と首を鳴らしながら、俺は王城の広大なキッチンへと足を踏み入れた。

そこには、無駄にピカピカに磨き上げられた大理石の調理台と、俺を一目見ようと待ち構えている大勢の宮廷料理人たちの姿があった。


「あの『星落とし』が、自ら包丁を握るというのか……!?」

「男爵家で奇跡を起こしたという、伝説の腕前をこの目に……!」


勝手にハードルを爆上げして興奮しているプロの料理人たちを前に、俺のテンションは落ちに落ち、完全に底値を叩き出していたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第61話 厨房の妨害工作と、星落としの情熱(物理)


王城のメインキッチン。そこは、国で最も腕の立つ料理人たちがしのぎを削る、神聖にして過酷な戦場である。

俺が現れると、若手や好奇心旺盛な料理人たちは「伝説の料理を見られる!」と目を輝かせていたが、当然ながら全員が俺を歓迎しているわけではなかった。


「……チッ。どこの馬の骨とも知れん冒険者風情が、王宮の厨房に土足で踏み込んでくるとは」


部屋の隅で、ひと際背の高い、プライドの高そうな料理長格の男が舌打ちをしているのが聞こえた。

前世の会社組織でもよくある光景だ。外部から急にやってきたコンサルタントや出向組が、現場の古参から冷遇されるあのパターンの異世界版である。


「俺だって好きで来たわけじゃないんだけどな……」


ボヤきながら食材の確認を始めようとした、その時だった。


『マスター。あちらのプライドが高そうな個体が、マスター用に用意された高級塩の瓶に、しれっと致死量の下剤と激辛スパイスを混入させました。典型的な妨害工作です』


ナップサックの中から、レイチェルが淡々と、しかし恐ろしく的確な告げ口をしてきた。


「…………は?」


『さらに言うと、鮮魚の入った氷箱の温度をこっそり上げようとしていますね。陰湿な嫌がらせです』


俺の中で、何かがプツンと切れた。

王様からの理不尽な無茶振りに応じ、テンション最底辺の状態で仕方なく厨房に立ってやっているのだ。それなのに、社内政治(?)のくだらない足の引っ張り合いに巻き込まれるだと?

58年間、真面目に働いてきた俺の「仕事に対する最低限のモラル」と、度重なる胃痛のストレスが、ついに臨界点を突破した。


俺は無言でスタスタと歩み寄り、そのプライドの高い料理長の胸ぐらをガシッと掴んだ。


「な、なんだ貴様……!」


「お前、ふざけんなよ?」


地を這うような、凄まじく低い声が俺の口から出た。自分でも驚くほどのドスが効いていた。


「こっちは王様に呼びつけられて、クソ迷惑してるんだ。早く終わらせて帰りたいのに、そのうえ俺の足を引っ張ろうなんてするなら……お前の家に隕石を落とすぞ」


「……ヒッ!?」


それはただの脅しではない。俺の【隕石落下】は座標さえ指定すれば、ピンポイントで目標を更地にできる極悪スキルだ。

料理長はハッとした。目の前の男がただの「料理が上手い素人」ではなく、つい先日、禁足地で超大型魔獣を蹂躙し、王都の地形を変えたと言われる歩く地形破壊兵器『星落とし』であることを思い出したのだ。


冒険者としての圧倒的な実力と、一切の冗談が通じないガチギレの瞳を前に、料理長は恐怖で顔面を蒼白にさせた。


「ひぃぃぃぃっ! も、申し訳ございませんでしたぁぁっ!!」


ドンッ!!


男は俺の拘束から逃れるなり、床に額がめり込むほどの凄まじい勢いで土下座をした。


「……二度とやるなよ。俺は早く料理を作って帰りたいだけだ」


俺がはぁ、とため息をついて手を払うと、静まり返っていた厨房が、突如としてどよめきに包まれた。


「見ろ……あの頑固な料理長を、食材への姿勢ひとつで平伏させたぞ……!」

「なんて厳しいんだ。食材への冒涜は、決して許さないという絶対の意志……!」

「さすが『星落とし』!」

「料理にかける情熱も一流だ!!」


「……は?」


厨房の料理人たちが、なぜか感極まった顔で俺に拍手を送り始めた。

違う。俺はただ「面倒くさい仕事を増やされたからブチギレた」だけなのに、いつの間にか「料理への妥協を許さない熱血の料理人」という激しい勘違いが生まれている。


「マルト、かっこいい。はやくごはんつくろ」


影からディアンネが無邪気に応援してくるが、俺の胃は再びキリキリと痛み始めていた。


『おめでとうございます、マスター。武力による恐怖政治が、見事に「料理への情熱」へと昇華されました。この厨房は完全にマスターの支配下です』


「お前は黙ってろ……!」


俺は深々と頭を抱えながら、もはや止めることのできない勘違いの渦の中で、王様の食事会へ向けた調理をスタートさせるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第62話 優秀な料理人たちと、味見役のツンデレ王女


「素晴らしい! この『からあげ』という料理、二度揚げすることで衣のサクサク感と肉のジューシーさを両立させているのですね!」

「こちらの『こんそめ』も、卵白を使ってアクを吸着させるとは……! マルト料理長、なんという魔法のような調理法……!」


王城の料理人たちは、先ほどのように性格に難がある者も一部いたが、料理の腕前と基礎能力は間違いなく超一流だった。

俺が「唐揚げ」や「澄んだスープ(コンソメ風)」といった新しいレシピの概念とコツを一度教えただけで、彼らはその意味を瞬時に理解し、あっという間に完璧に再現してみせたのだ。


「いいぞ、その調子だ。飲み込みが早くて助かるよ」


俺が頷くと、料理人たちは感極まったように「マルト料理長に褒められたぞ!」と歓喜の声を上げる。

だから料理長と呼ぶな。俺の職業は冒険者だ。


教える手間が省けたおかげで、予定よりもずっと早く本番用のメニューが出揃った。

というわけで、キッチンの広大なテーブルに料理を並べ、全体の味のバランスを整えるための「試食会」がスタートしたのだが――。


「わぁ……いい匂い……」

「じ、実においしそうですな……ごくり」


なぜか厨房には、料理人たちだけでなく、匂いにつられたメイドたち、職務を忘れて鼻をひくつかせる衛兵、さらには上品にハンカチを口元に当てる初老の執事までが、ずらりと集結していた。


「……なんで関係ない連中まで集まってるんだよ」


俺が呆れていると、さらに追い討ちをかけるように厨房の扉がバンッ! と勢いよく開かれた。


「た、たのもーっ!」


金髪のツインテールを揺らし、堂々と(しかしどこかソワソワと頬を赤らめて)入ってきたのは、見覚えのあるお転婆娘。

この国の第5王女であり、かつて俺に結婚を迫り、お化け(ディアンネ)に泣かされて帰っていった武闘派チート王女、ラビィだった。


「……おい。なんでお前までいるんだよ」


俺がジト目で睨むと、ラビィはビクッと肩を震わせ、ツンとそっぽを向いた。


「お、お父様に変なものを食べさせないか見張るためよ! 毒見役も王族の務めなんだからね!」


まあいいけどさ。

「マルトが王城に来ていると聞いて、居ても立っても居られずに飛んできました」と顔に書いてあるが、突っ込むのも面倒くさい。それに、毒見という名のただのつまみ食いであることは、その落ち着きのない視線が唐揚げの山に釘付けになっていることからも明白だった。


「ほら、揚げたての唐揚げだ。熱いから火傷しないように食えよ」


俺は小皿に盛った熱々の唐揚げと、特製の塩を添えてラビィに差し出した。


「ふ、ふん! 庶民の料理なんて、私の舌を満足させられると……はむっ」


サクッ、ジュワァァァ。


一口かじった瞬間、ラビィの澄んだブルーの瞳が、限界まで見開かれた。


「……っ!? な、なにこれ美味しい!! 衣がサクサクで、中からお肉の旨味が爆発して……っ!」


「マルト、わたしも! からあげ、たべる!」


「きゃああっ!? お、お化けぇぇっ!!」


ラビィの足元の影からディアンネがひょっこり現れて口を開けると、幽霊がトラウマになっているラビィは悲鳴を上げて飛び退いた。

しかし、半泣きになって怯えながらも、唐揚げを持つ手だけは決して止まめず、もきゅもきゅと咀嚼し続けているのが何ともシュールである。


『マスター。見事ですね。チョロい王女の胃袋まで完全に掌握しました。これで外堀は完全に埋まりましたよ。既成事実(胃袋)の完成、おめでとうございます』


ナップサックの中から、レイチェルがどこか楽しげな電子音を響かせた。


「……変な言い方するな。俺はただ、飯を作っただけだ」


「おかわり! この『からあげ』、もっとちょうだい!」


「マルト、わたしも! おかわり!」


メイドや衛兵たちも、ここぞとばかりに試食(という名のつまみ食い)の列に並び始めた。

もはやただの給食のおじさん状態である。俺はキリキリと痛む胃をさすりながら、賑やかすぎる王城のキッチンでフライパンを振り続けるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第63話 お忍びの皇帝と、逃れられないマブダチ


いよいよ迎えた、王城での食事会本番。

広大な晩餐の広間には、国王をはじめ、王都に滞在している高位の貴族たちがずらりと顔を揃えていた。


テーブルに次々と運ばれていく『チーズフォンデュ』や『唐揚げ』、『グラタン』といった見慣れぬ料理に、貴族たちは最初こそ訝しげだったものの、一口食べた途端に目の色を変えて夢中で舌鼓を打っている。


「よしよし。誰も文句は言ってないな。無事に終わってくれそうだ」


俺は厨房の扉の隙間から、その様子をこっそり窺いながら安堵の息を吐いた。

これで面倒な任務は終わり。さっさと帰って、残りのトマトを食べるスローライフに戻ろう。そう思った矢先だった。


「……ん?」


ふと、円卓の片隅に座る一人の男に目が止まった。

貴族の正装に身を包んではいるが、服の上からでもわかる鍛え上げられた分厚い胸板。鋭くもどこか鷹揚な瞳。そして、口元には立派な髭(以前会った時にはなかったはずの付け髭らしきもの)。

それはつい数週間前、『ゴブリン殺しの湯』で一緒に素っ裸で湯に浸かった、あのガタイのいいオッサンだった。


「……なんで、帝国の皇帝がここにいるんだよ」


俺は思わず呟いた。


『マスター。顔面照合完了。間違いなく帝国皇帝です。現在、他国の視察用の偽名である「グロース男爵」としてお忍びで参加しているようですね』


ナップサックからレイチェルが冷静に事実を告げる。


「いや、いくらお忍びだからって、他国の王城の食事会に隣国の皇帝が混ざってていいのか!?」


よく見れば、上座に座る国王が、やけにその『グロース男爵』の顔色を窺いながら、ハンカチで滝のような汗を拭っている。どうやら国王だけは彼の正体を知らされており、生きた心地がしていないらしい。

他の貴族たちは「他国から来た愛想のいい男爵」程度にしか思っておらず、呑気にワインのグラスを交わしているが。


その時、不意に『グロース男爵』が厨房の隙間から覗いていた俺とバッチリ目を合わせた。


「おおっ!?」


男爵(皇帝)はパァッと顔を輝かせ、周囲の目も気にせず席を立ち、ズカズカと厨房の方へ歩いてきた。


「……げっ」


「マルト! 奇遇だな、こんな所で再会できるとは!」


厨房の裏手にやってきた皇帝は、満面の笑みで俺の肩をバシバシと叩いた。痛い。重い。覇気がすごい。


「へ、陛下……どうしてここに?」


「しっ。ここでは『グロース男爵』だ。国王の奴には話を通してあるが、他は知らん。ちょっとした視察がてら足を伸ばしたのだが、まさかこの絶品料理の数々を作ったのが貴様だったとはな! 驚いたぞ!」


無邪気に喜ぶ皇帝の後ろで、遠くの席から国王が「なんでうちの英雄(予定)が、帝国の皇帝とあんなに親しげに肩を叩き合っているのだ!?」と目玉を飛び出させているのが見えた。


「……あの、グロース男爵。一応、俺はただの料理人として呼ばれただけでして……」


「謙遜するな。余……いや、私の『マブダチ』がこれほどの腕前を持っていたとは誇らしい限りだ! なあマルト、あの時のミケ(実家の猫)だが、貴殿の助言通りにしたらすっかり毛艶が良くなってな――」


食事会が絶賛進行中の裏側で、なぜか帝国の最高権力者から猫の近況報告(身振り手振り付き)を受ける羽目になる俺。

胃痛レベルは、ここ数日で最高潮に達していた。


『素晴らしいですね、マスター。隣国のトップと完全にズブズブの関係です。もはやスローライフなどという妄想は捨て、国際政治の舞台へ上がりましょう』


「うるさい……。もう帰りたい……」


「おじさん。ねこ、げんき? よかったね」


「おお、幽霊の嬢ちゃんも元気そうだな! はっはっは!」


ディアンネまでもが影から顔を出して皇帝と和み始め、俺は白目を剥きながら崩れ落ちそうになるのを必死に堪えるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第64話 両国トップとの密会と、絶対に働きたくない男


王城の晩餐会は、控えめに言っても「歴史的」な大成功を収めた。

未知の美食の数々に胃袋を完全に掌握された貴族たちは、国王への忠誠を新たにし、「我が国の王は、神々の食卓すら用意できるのだ!」と、国王の求心力はかつてないほどに高まっていた。


「はぁ……終わった、終わった。これでやっと帰れるぞ」


すべての料理を出し終え、後片付けを宮廷料理人たちに任せた俺は、こっそりと裏口から抜け出そうとしていた。

しかし、そんな俺のささやかな逃亡計画は、屈強な近衛騎士たちによってあっさりと阻止された。


「マルト殿。陛下がお呼びです。こちらへ」


「……え? いや、俺の出番はもう……」


問答無用で連行された先は、謁見の間ではなく、防音の魔術が幾重にも施された王城の最奥にある『特別客間』だった。


重厚な扉が開かれると、そこには胃がねじ切れるほど重苦しい空間が広がっていた。


上座のソファーに座っているのは、この国の最高権力者である国王。

そしてその向かいに、全く物怖じする様子もなくふんぞり返っているのは、お忍びの隣国トップ、帝国皇帝(グロース男爵)である。


「来たか、マルトよ」

「おお、我がマブダチ! 待っていたぞ!」


「…………」


部屋にはこの二人しかいない。

国王は「なぜうちの英雄が皇帝とマブダチなのだ」という焦燥と疑心暗鬼で顔を引きつらせており、対する皇帝は余裕の笑みを浮かべている。


『マスター。王国トップと帝国トップに挟まれるという、全人類が恐れる究極のサンドイッチ状態です。胃薬の準備はよろしいですか?』


ナップサックの中のレイチェルが、楽しそうに実況を始める。

よろしいわけがない。俺の胃はすでに限界を超え、虚無の境地に至ろうとしていた。


「……あー、お二方。俺、もう帰って寝たいんですが」


俺が死んだ魚のような目で言うと、国王が慌てて立ち上がった。


「ま、待てマルト! そなたの今回の功績は計り知れぬ。余は決めたぞ! そなたに王国の伯爵位を与え、さらに『宮廷特任・総料理長』として迎え入れよう! 報酬は望むままだ!」


なりふり構わず、俺を王国に縛り付けようとする国王。

すると、向かいのソファーから皇帝が鼻で笑った。


「フン、ケチくさいことを言う。伯爵程度でこの男を縛れるとでも? なあマルト、帝国へ来い! 貴様には帝国の公爵位と、余の『専属特任顧問(猫の健康管理含む)』の地位を用意してやる! 領地もくれてやろう!」


「なっ……皇帝陛下、それはあんまりな横槍では!?」

「何がだ。優秀な人材を厚遇するのは為政者の務めであろうが!」


王国の王と、帝国の皇帝。

世界の二大勢力のトップが、一人の冒険者(精神年齢58歳)を巡って、客間で本気のスカウト合戦を繰り広げている。

普通の人間なら、この時点でプレッシャーに耐えきれず気絶するか、権力に目が眩んでどちらかに飛びつくだろう。


だが、俺は伊達に前世で58年間、サラリーマンの荒波を揉まれていない。

権力とは即ち「責任」であり、地位とは即ち「激務」の代名詞である。


「――お断りします」


俺の低く、はっきりとした声が部屋に響き渡った。

国王と皇帝が、同時にポカンと口を開ける。


「ど、どちらをだ?」


「両方です」


俺はきっぱりと言い切った。


「伯爵だろうが公爵だろうがいりません。俺は宮廷料理人にも、猫の顧問にもなりません。ただの冒険者として、田舎の屋敷でトマトを育てて暮らしたいんです。以上!」


「そ、そんなぁ……!」

「マルト、そこをなんとか……ミケが最近また……!」


すがりつこうとする両国のトップを華麗にスルーし、俺は「失礼します」とだけ言い残して客間の扉をさっさと開けた。


「……ふぅ。これで本当に終わりだ」


王城の廊下に出た途端、ディアンネが影からスッと這い出してきた。


「マルト、おつかれ。おうち、かえろ?」


「ああ。帰って、残りのトマト食おうな」


世界の覇権すら握れそうな両国からの誘いを「トマトの栽培」を理由に蹴り飛ばした男は、呆然とする最高権力者たちを置き去りにして、足取りも軽く夜の王都を後にするのだった。




◇ ◇ ◇ ◇ 


第65話 限界胃痛と、勘違いの闇オークション


「……あ、あだだだだ……」


屋敷の縁側にたどり着いた瞬間、俺はその場にうずくまってしまった。


王国と帝国。二大国家のトップに挟まれ、さらに双方からのプレッシャー満載のヘッドハンティングを蹴り飛ばしたストレスは、俺の脆弱な胃壁を容赦なく削り取っていたのだ。


「もうダメだ……。トマトの収穫だけじゃ、この荒んだ心と胃は癒やされない……。圧倒的な、そう、圧倒的な癒やしが必要だ」


脂汗を流しながら虚空を見つめていた俺の脳裏に、一つの名案(迷案)が閃いた。


「そうだ……ペットだ。モフモフで、小さくて、俺の言うことを聞いてくれる可愛いペットを飼おう」


『マスター、気は確かですか?』


ナップサックの中から、レイチェルが氷点下の声で突っ込んできた。


『これまでのあなたの行動パターンから推測するに、気の迷いでペットを求めた結果、規格外の神獣や厄災クラスの魔獣を引き当てる確率が極めて高いです。やめておきなさい』


「失礼なことを言うな。俺だって学習してるんだよ。変な森で拾ったりするからダメなんだ。ちゃんと金を出して、素性のしっかりしたペットを買えばいいんだよ。王都のオークションに行こう!」


勘違いのオークション会場

というわけで、俺は再び王都へトンボ返りし(レイチェルのワープで)、路地裏を抜け、厳重な扉をくぐった先にある地下の大会場へと足を踏み入れた。


「へぇ……結構賑わってるな」


会場の中は薄暗く、顔を隠すための仮面や深々とフードを被ったローブ姿の客たちが、ひしめき合うように座席に座っていた。

空気はどこか澱んでおり、壇上では物々しい鎖に繋がれた凶悪な魔獣や、どう見ても呪われていそうな妖しい輝きを放つ宝飾品、出自の怪しい名刀などが次々と競り落とされている。


そう、俺が「ちょっと珍しい生き物がいるペットショップ」感覚で足を踏み入れたここは、王都の裏社会を牛耳る『闇オークション』の会場であった。


だが、前世の平和な日本の常識と、最近の規格外な異世界生活にすっかり毒されている俺は、微塵もそんなことに気づいていなかった。


「なるほど、プライバシー保護のためにみんな仮面をつけてるのか。さすが王都、プライバシーへの配慮が進んでるな。それにしても、珍しい生き物や宝が競売されてるなぁ。見てるだけでも楽しめるぞ」


『……マスター。あえて訂正はしませんが、あそこにいる客の半分は裏社会の賞金首で、もう半分は悪徳貴族ですよ。安物の帽子とナップサック姿のあなたが一番の不審者に見えます』


レイチェルの冷静な忠告も、今の俺の耳には「ちょっとマニアックな愛好家の集まり」くらいにしか変換されていない。


「マルト、あの黒いおさかな、おいしい?」


俺の足元の影から、ディアンネが壇上で暴れる『猛毒の深海魔竜(幼体)』を見てよだれを垂らしている。


「あれは食べる用じゃないし、でかすぎるぞ。ほら、今日は可愛いモフモフを探しに来たんだからな。大人しくしてろよ」


俺は客席の最後列に深く腰掛け、足を組みながら、のんびりと(闇)オークションの進行を眺めるのだった。胃痛は少しずつ和らいでいたが、代わりに新たなトラブルの種が、すぐそこまで迫っていることなど知る由もなく。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第66話 桃色の癒やし(?)と、蘇る悪夢


「……これだ。俺が求めていたのは、まさにこれだよ」


闇オークションの壇上に現れたのは、一匹の子猫――に見える生き物だった。

全身に鮮やかなピンク色の虎斑とらふ模様があり、大きな瞳をうるうると輝かせている。その愛くるしい姿に、会場の殺伐とした空気すら一瞬だけ和らいだ(ように、マルトには見えた)。


「よし、あの子だ。あの子を飼えば、俺の胃痛は完治する!」


『マスター、あの子からは既に「ただの猫ではない」という高エネルギー反応が――』


「うるさい! 50万ゴールドだ! いや、王様から貰った金貨の袋、全部出す!!」


マルトは躊躇なく、国王から「どうしても」と押し付けられた、一生遊んで暮らせるほどの莫大な報酬(金貨の詰まったズッシリ重い袋)を叩きつけた。

闇オークションの参加者たちが、「あの若造、ただの猫に国家予算レベルの金を……!?」「どんな恐ろしい魔獣なんだ……!?」と戦慄し、一斉に競りから降りた。


こうしてマルトは、史上最高額でその「桃色の猫」を競り落としたのだった。



オークション会場の外。

マルトは特注のキャットキャリーバッグを抱え、デレデレのホクホク顔で歩いていた。バッグの中では、桃色の生き物が「みゃぁ」と可愛らしく鳴いている。


「ふふふ……可愛いなぁ。名前は何にしようか。モモ? それともサクラか?」


「マルト、にやにやしてる。きもちわるい」


影から顔を出したディアンネが冷ややかな視線を送るが、今のマルトには何も聞こえない。


『マスター。現実に帰る準備はよろしいですか? 鑑定結果を報告します。その個体、先日帝国で見た「アクア・タイガー」の希少種ですよ』


「…………え?」


マルトの歩みがピタリと止まった。

脳裏をよぎるのは、帝国の港町で、真顔マジがおで海を爆走し、津波のような水しぶきを上げて「夜の運動会」を繰り広げていた、あの軽トラサイズの猛獣の姿だ。


「……ま、魔獣!? いや、だって、説明には『おとなしい種類』だって書いてあったぞ……!」


『ええ、種族的には比較的温厚ですね。成体になれば体長5メートルを超えますが。また、水陸どちらでも生活できますが、その希少種は皮膚が非常にデリケートで体温が上がりすぎやすく*一日に数回の適度な水浴び(というか冷水プールへの潜水)が不可欠です』


「…………」


マルトは、バッグの中の「みゃぁ」と鳴く可愛いピンクの塊を見つめた。

こいつが、数年後には、俺の屋敷の中で、あの激しすぎる「夜の運動会」を繰り広げる……?

そして、一日に何度も水浴びをさせろと……?


「のおおおおおう!!!」


王都の路地裏に、英雄の絶望に満ちた雄叫びが響き渡った。

癒やしを求めて全財産(報酬)を突っ込んだ結果、さらなる「激務(巨大猫の介護)」という名のフラグを自ら引き当ててしまったマルトであった。


【読者向けステータス画面】

名前:マルト(石落 丸人)

年齢:20代(精神年齢58歳)

職業:冒険者 兼 巨大猫の飼育係(予定)

称号:星落としの英雄、帝国皇帝のマブダチ

所持スキル:

【隕石落下(使用者へのダメージなし)】

所持品:

・安物の帽子

・アクア・タイガー(幼体・時価:国家予算級)

・レイチェル(「期待を裏切らないマスター」として記録中)

・ディアンネ(「ねこ、おおきくなるの? たのしみ」)



◇ ◇ ◇ ◇ 


第67話 従魔登録と、見たくない現実ステータス


この異世界において、魔獣を個人的に飼育するためには、冒険者ギルドの正式な認可と『従魔じゅうま登録』が必要である。万が一逃げ出して街に被害を出さないための、当然のセキュリティ対策だ。


「はぁ……まさかペットの登録でギルドに来ることになるなんてな」


翌日。俺は特注のキャリーバッグを提げて、重い足取りで王都の冒険者ギルドの扉を開けた。

中には昼間から酒を飲んでいる冒険者や、依頼を探す荒くれ者たちがたむろしていたが――俺がバッグの小窓からピンク色の毛玉を覗かせた瞬間、ギルド内の空気がピタリと凍りついた。


「……お、おい。あの『星落とし』が持ってるバッグの中身……」

「ウソだろ!? 伝説の『アクア・タイガー』の希少種じゃねぇか!!」

「あんな凶悪な魔獣の幼体を、まるでただの愛玩動物みたいに持ち歩いてるぞ……!」


ざわめきは瞬く間に熱狂へと変わり、あっという間に俺の周囲に凄まじい人だかりができた。


「す、すげぇ……生きてる間に拝めるなんて……」

「ああ、星落とし様、我々に御加護を……!」


「いや、拝むな! ただの手続きに来ただけだから!」


手を合わせて拝み始めるベテラン冒険者たちをかき分け、俺は呆れ顔の受付嬢(彼女も少し震えていた)の前にキャリーバッグを置いた。


「魔獣の従魔登録をお願いしたいんだが。大人しい種類(だと俺は信じている)だから、認可は下りるよな?」


「は、はいっ! マルト様の実力であれば、万が一この魔獣が王都を沈めるレベルに成長しても制圧可能と判断できますので、即時認可いたします!」


「王都を沈めるって何!? 怖いこと言わないでくれる!?」


怯える俺をよそに、受付嬢は羊皮紙にスラスラと認可のサインを書き込んでいく。


『マスター。登録証に記入するため、個体名が必要です。名前はどうしますか?』


ナップサックの中からレイチェルが促してくる。

俺はバッグの中から「みゃあ?」と首を傾げてこちらを見つめる、鮮やかなピンク色の毛並みを見下ろした。

将来は軽トラサイズで海を爆走するらしいが、今のところはどう見ても愛くるしい子猫だ。


「……『さくら』にしよう。ピンク色だし、俺の故郷の綺麗な花の名前だ」


『了解しました。個体名:サクラ。従魔登録を完了します』


こうして、俺の全財産を注ぎ込んでやってきた将来の爆弾は、正式に「さくら」として俺の従魔(家族)に迎え入れられることになった。


手続きを終え、俺はバッグの中のさくらの顎の下を指で撫でてやった。

さくらは「ごろごろ」と喉を鳴らし、気持ちよさそうに目を細めている。ここだけ見れば、最高に癒やされるペットとの触れ合いだ。


「なぁ、レイチェル。従魔になったら、魔法の契約的なやつで念話ができたり、人間の言葉を喋れたりしないのか? 異世界ファンタジーのお約束として」


言葉が通じれば、「家の中では運動会をするな」とか「家具で爪を研ぐな」といったしつけも楽になるはずだ。


『残念ながら、アクア・タイガーの知能は高いですが、人間の言語を発声・念話する器官や魔力構造は持っていません。犬や猫と同じように、感情を読み取るしかありませんね』


「そうか……まあ、ペットってそういうもんだよな」


『ですが、従魔契約の恩恵はあります。マスター権限により、さくらの【ステータス(能力値や所持スキル)】を視覚化して閲覧することが可能になりますよ。見ますか?』


レイチェルの言葉に、俺は少しだけ興味を惹かれた。

しかし、次の瞬間、脳裏に「王都を沈めるレベル」という先ほどの受付嬢の言葉や、「海を爆走するマジ顔のトラ」の姿がフラッシュバックした。

もしステータスを開いて、【攻撃力:A】【スキル:大津波、城壁破壊】みたいな物騒な文字が並んでいたら?


……俺の胃は、確実に再起不能リタイアする。


「いや……いい」


俺は即座に首を横に振った。


「怖いから、ステータスは見ないことにする。さくらはただの可愛いピンクの猫。それ以上でも以下でもない。そういうことにしておく」


『マスター。現実逃避は問題解決の先送りに過ぎませんよ?』


「大人の知恵と言ってくれ」


58歳の処世術は「知らぬが仏」である。

俺は自らの平穏(という名の幻想)を守るため、見えないステータス画面を心の奥底に封印し、さくらが入ったバッグを抱きしめてそそくさとギルドを後にするのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第68話 神の使いの食性と、突然の海鮮フェスティバル


「……そういえば、こいつ何食うんだ?」


屋敷に連れ帰ったものの、重大な事実に気づいた。俺はアクア・タイガーの育て方も、何を好んで食べるのかも知らない。

昨日まで「可愛いピンクの猫」だと思い込もうとしていたが、相手は将来的に海を爆走する猛獣だ。適当なものを与えて暴れ出されたら目も当てられない。


「レイチェル、帝国のあの港町までワープだ。あそこなら、アクア・タイガーに詳しい奴が腐るほどいるはずだろ」


『……マスター。あそこの住人にとってアクア・タイガーがどういう存在だったか、お忘れですか? 忠告しておきますが、火に油を注ぎに行くようなものですよ』


「背に腹は代えられないんだよ。さくらの健康のためだ、ちょっと行って聞いてくるだけだって」


俺は「みゃあ」と鳴くさくらを抱え、レイチェルの転送を急かした。



港町の異変と、地面にめり込む人々

シュンッ!


一瞬の浮遊感の後、潮の香りと威勢のいい声が響く帝国の港町――オーシャンポートに到着した。

市場の入り口付近に現れた俺は、近くにいた漁師風の男に声をかけようとした。


「あ、すみません。ちょっと聞きたいことが――」


「ああん? 忙しいんだよ、他を当たり……な、なななっ!?」


男の視線が、俺の腕の中にいる桃色の毛玉に固定された。

その瞬間、男の顔から血の気が引き、次の瞬間には「ドサッ!!」と、まるで重力に叩きつけられたかのような勢いで土下座をした。


「……え?」


「お、お、おおお……! 瑞祥ずいしょうの光! 伝説の『夜明けの紅き守護者』様が降臨されたぞぉぉぉぉ!!」


男の絶叫が市場に響き渡る。

すると、市場にいた数百人の漁師、商人、さらには買い物客までもが、波が引くように一斉にその場にひれ伏した。バタバタバタッ! と、まるでドミノ倒しのように全員が最敬礼(土下座)を決めている。


「いや、そんなつもりなかったんだけど……! みんな立って! 営業妨害になっちゃうから!」


「滅相もございません! 神の使い、それも数千年に一度現れると言われる希少種様を連れた御方……! 海の神の化身様、どうか我々に御加護を!」


俺は図らずも、神の使いを連れ歩く超重要人物として、町中の崇拝を一身に浴びる羽目になった。


ひれ伏したままの漁師のおさから、震える声で情報を聞き出した。


「それで……この子は、何を食べるんですか? 何か特別な魔石とか必要ですか?」


「と、とんでもない! アクア・タイガー様は極めて自然な肉食です! 普通の獣肉や、我々が食べるような魚を召し上がります。特別なものは必要ありません!」


「普通の肉や魚でいいのか。よかった、それなら食費も普通だな……」


ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。漁師の長がガバッと顔を上げた。


「ですが! 神の使い様に『普通のもの』など食べさせるわけにはいきませぬ! 野郎ども! 今日一番の最高級の魚を持ってこい!!」


「「「おおおおおっ!!!」」」


漁師たちが一斉に立ち上がり、市場の奥から「大トロ級の巨大マグロ」「幻の深海鯛」といった、どう見ても国宝級の最高級魚を次々と運んできたのだ。


「化身様! どうかこの魚をお納めください!」

「うちの船の獲物も是非!」


あっという間に俺の目の前には、魚の山が築き上げられた。


「いや、ちょっと待って! こんなに生魚を貰っても、腐らせちゃうし持って帰れないって!」


俺が慌てて断ろうとすると、影から這い出したディアンネが、魚の山を見てよだれを垂らした。


「マルト、おさかな。やきざかな、たべたい」


「……あー。じゃあ、せっかくだからこの場で焼いてもらってもいいか? さくらにも火を通した方が安全だろうし」


俺が何気なく提案したその一言が、導火線に火をつけた。


「神の使い様方との『神聖なる宴』だぁぁっ!! 炭火を持てぇ!!」

「酒樽を開けろ! 今日は仕事なんてやってられるか!!」

「宴だぁぁぁっ!!」


「えっ? いや、俺はちょっと焼いて欲しかっただけで……」


ドンドコドンドコ! とどこからか太鼓の音が鳴り響き、巨大な網で最高級の魚が豪快に焼かれ始める。香ばしい醤油と脂の匂いが立ち込め、気づけば町民全員が参加する超大規模な「お祭り騒ぎ」へと発展していた。


「みゃー♪」


さくらは焼きたての極上魚をハフハフと頬張り、ディアンネも「おいしい! おまつり、たのしい!」と串焼きを両手に持ってご機嫌だ。


『マスター。おめでとうございます。ただのペットの相談が、帝国港町の歴史に残る「豊漁祭」へと昇華されました。もはや教祖ですね』


「うるさい……美味いから食べるけど……」


俺は半ばヤケクソで最高級の焼き魚にかぶりつきながら、どんちゃん騒ぎの輪の中心で、静かなスローライフがいかに遠い場所にあるかを痛感するのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第69話 先輩トラの教育的指導と、舞い上がる海水


「宴だぁぁっ!」という喧騒が港町を包み込む中、海の方からザパァァァン! と盛大な水しぶきが上がる音が響いた。


「ん? なんだ?」


俺が海の方へ目を向けると、軽トラサイズの巨大なトラ――大人のアクア・タイガーたちが、香ばしい焼き魚の匂いにつられて次々と波打ち際から上陸してきているではないか。

(うわっ、夜の運動会組だ……!)と俺は思わず身構えたが、港の住人たちは全く動じない。


「おう、お前らも食うか!」

「ほらよ、特大のマグロ焼きだ!」


漁師たちは慣れた手つきで、丸焼きにされた巨大な魚をアクア・タイガーたちに向かってポーンと放り投げている。トラたちもそれを見事に空中でキャッチし、美味しそうにむしゃむしゃと平らげ始めた。人と魔獣が完全に共生している、異世界ならではの不思議な光景だ。


すると、その中の一際立派な体格をしたアクア・タイガーが、俺たちのいる特等席へと近づいてきた。


「みゃあっ! フシャーッ!!」


ピンク色の小さな毛玉――さくらが、俺を庇うように(あるいは自分の焼き魚を取られまいとして)、全身の毛を逆立てて必死に威嚇した。体格差は大人と赤子以上だというのに、なかなか度胸がある。


しかし、大人のアクア・タイガーは怒る様子もなかった。

静かにさくらを見下ろすと、「クルル」と優しく喉を鳴らし、海の方へ向かって首をクイッと動かした。


「……ん? ついて来いって言ってるのか?」


『マスター。その個体は敵意を持っていません。同族の希少種であるさくらに対し、何かを教えようとしている動作です』


レイチェルの解析を聞き、俺はさくらを抱き上げて、ディアンネと共にトラの後を追って海岸近くまで移動した。


波打ち際まで来ると、大人のアクア・タイガーはザブザブと海へ入り、俺たちを振り返った。

次の瞬間、トラの周囲の海水が、まるで自らの意志を持った生き物のようにうねり始めた。


ザパァァァッ!!


トラが低く唸り声を上げると、海水が螺旋状の柱となって空へと立ち上った。

さらにトラは水柱を足場にするかのように蹴って空高く跳躍し、きらきらと輝く海水のリングを纏いながら、空中で息を呑むほど優雅な「宙返り」を決めてみせたのだ。


「す、すげぇ……ただの力任せの運動会じゃなくて、あんなに綺麗に海水を操れるのか」


「わぁ……! おみず、きらきらしてる! すごい!」


ディアンネも目を輝かせて拍手をしている。

トラは着水すると、自慢げにブルブルと体を震わせて水気を飛ばし、再びさくらを見つめた。


『マスター。どうやらあれは、水魔法のデモンストレーションですね。アクア・タイガーの生存術である「海水の操作方法」を、手本を見せることでさくらに伝授しているようです』


「なるほどな……野生の先輩タイガーからの、特別レッスンってわけか」


俺の腕の中で、さくらは「みゃあーっ!」と興奮したように身を乗り出し、食い入るように先輩の姿を見つめていた。そのピンク色の尻尾が、パタパタと小刻みに揺れている。

同族からの教えを受け、さくらの中に眠る魔獣としての本能が刺激されているのだろう。


(やっぱり、ステータスは見ないことにしてるけど……こいつも将来、あんな風にド派手な魔法を使って宙を舞うようになるんだよな)


優秀なペットが育つのは頼もしいが、屋敷の庭に水柱が立ち上る光景を想像し、俺はそっと胃のあたりをさするのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第70話(閑話)極意の上納と、胃痛を呼ぶ叙事詩


海岸で巨大な水柱が上がり、大人のアクア・タイガーが優雅に宙を舞う。

マルトたちがその光景を「野生の先輩による微笑ましい水泳レッスン」として呑気に眺めていた頃、遠くからその様子を見守る港の住人たちの間には、宴の喧騒をかき消すほどの静寂と、恐れ多いほどの緊張感が漂っていた。


「なぁ、あれって……」


一人の若い漁師が、震える声で隣のベテラン漁師に尋ねた。


「ああ……間違いない。アクア・タイガーの『水の舞』だな。俺たち人間で言うところの、最高位の剣舞だ」


ベテラン漁師は、ゴクリと生唾を飲み込みながら答えた。


「それを見せているってことは……」


「俺たちが全身全霊の剣舞を誰に見せるかって話だな。……やんごとなきお方、王様とか、それこそ神様に対してだ」


そう。マルトとさくらは「技の伝授」だと勘違いしていたが、野生のアクア・タイガーの世界において、あのように自らの持つ最高の水魔法を他者の前で披露することは、『極意の上納』ともいうべき極めて神聖な儀式であった。

それは「我々の技と命は、貴方様の下にあります」という、絶対的な服従と敬意の証なのだ。


「おおお……ありがたや、ありがたや……!」

「神の化身様と、紅き守護者様……。生きているうちに、こんな伝説をこの目で見られるとは……!」


いつしか港の住人たちは、誰からともなく砂浜に膝をつき、両手を合わせて祈りを捧げ始めていた。

彼らの目には、安物の帽子を被ったただの青年(精神年齢58歳)が、海そのものを統べる神々しい存在として完全に焼き付いてしまっていたのだ。


港町での騒動フェスティバルから数日後。

我が家の縁側で、さくらのお腹を撫でながらようやく平穏な日々を取り戻しつつあったマルトの耳に、信じられない情報が飛び込んできた。


『マスター。街の集音センサーから、興味深い音声データを取得しました。再生しますか?』


「……嫌な予感しかしないけど、一応聞く」


ナップサックの中から、レイチェルがどこかの酒場での音声を再生する。

そこから聞こえてきたのは、リュートの軽快な音色と、吟遊詩人の朗々たる歌声だった。


『さあさあ皆の衆、聴いてくだされ! 今宵歌うは、帝国の海で生まれた新たな神話!

星を落とす英雄と、紅き神獣の御前にて!

海の王者がひれ伏し、極意の「水の舞」を捧げし物語を——!!』


「…………は?」


『さらに別バージョンの歌も大陸中に爆発的な勢いで拡散中です。マスターが海を割って神獣を従えたことになっていますね』


「やってない!! 水の舞ってなんだよ、ただの泳ぎの練習だっただろうが!!」


マルトの悲痛な叫びは誰にも届かない。

英雄の武勇伝を求めてやまない吟遊詩人たちにとって、帝国港町で起きた「数百人の土下座」と「アクア・タイガーの儀式」は、これ以上ないほど極上のエンターテインメント素材だったのだ。


「マルト? おなか、いたい?」


「みゃあ?」


心配そうに顔を覗き込んでくるディアンネとさくらを前に、マルトはゆっくりと縁側に崩れ落ちた。


「……胃が……俺の胃が……粉々に……っ」


ただペットの育て方を聞きに行っただけなのに。

気づけば「神の化身」としての伝説が大陸中に響き渡り、マルトの胃薬の薬草の消費量は過去最高記録を更新するのであった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


これまでのあらすじ(第5章:宮廷料理人と桃色の神獣 編)

1. 胃袋で貴族と王族を屈服させる男庭で採れたトマトで作った「ナポリタン」を皮切りに、マルトの58年間の自炊スキルが異世界で爆発!夜逃げした料理長の穴埋めとしてナクゾ男爵家の晩餐会を救い、その噂を聞きつけた国王からの無茶振りで、なんと王城の臨時総料理長に就任。チーズフォンデュ、唐揚げ、プリンといった未知の美食で、ツンデレ王女ラビィや高位貴族たちの胃袋を完全に掌握しました。


2. 究極の二択と、秒速の辞退王城の食事会には、お忍びで帝国皇帝も参加していました。食事会後、「王国の伯爵」を提示する国王と、「帝国の公爵(兼 猫顧問)」を提示する皇帝による、世界最高峰のヘッドハンティング合戦が勃発!しかし、マルトは「トマトを育てたいから」という理由で双方の誘いを秒殺で拒否。見事に権力のしがらみから逃亡したつもりになりました。


3. 癒やしの代償は「国家予算級の爆弾」極限の胃痛を癒やすため、マルトは可愛いペットを求めてオークションへ。しかし、そこは裏社会の『闇オークション』。全財産(国王からの報酬)を叩きつけて競り落としたピンク色の子猫は、将来海を爆走する伝説の魔獣『アクア・タイガーの希少種』でした。現実逃避のため、マルトはさくらのステータス画面を封印することを決意します。


4. 餌を求めて港町へ。そして「神の化身」へ……さくらの育て方を聞くために帝国の港町へ赴くと、希少種を連れたマルトは「海の神の化身」として町中から土下座で迎えられる大惨事に。さらに、先輩アクア・タイガーがさくらに水魔法を教えるために披露した『水の舞』が、現地民には「極意の上納(神聖な儀式)」と勘違いされ、その伝説は吟遊詩人によって大陸中に拡散。マルトの胃痛は、ついに限界を突破するのでした。


第5章終了時点のキャラクター

マルト:58歳の元サラリーマン。料理スキルが高すぎたせいで「料理に命を懸ける男」と勘違いされる。胃薬の消費量が限界突破中。

さくら(NEW!):ピンク色のアクア・タイガーの幼体(超絶レア)。マルトの全財産と引き換えに家族になった。お魚と先輩の教えが大好き。

レイチェル:毒舌AI。マルトが権力者に取り込まれそうになったり、厄介事を引き寄せたりするのを特等席で楽しんでいる。

ディアンネ:食いしん坊の幽霊少女。ナポリタン、プリン、唐揚げ、最高級の焼き魚と、第5章で最も美味しい思いをした勝ち組。

国王&皇帝:マルトを自国に取り込もうと必死な二大国家のトップ。マルトの料理と猫の知識にメロメロになっている。

◇ ◇ ◇ ◇ 


第6章 皇帝の駄々と、癒やしのプール計画


王都での「出張料理人」騒動から数日。

マルトは幽霊屋敷の広い庭で、すくすくと育つ(といってもまだ子猫サイズだが)さくらを眺めながら、ある計画を練っていた。


「さくらはアクア・タイガーだからな……。今はタライで水浴びさせてるが、いずれはもっとデカい、泳げるレベルのプールを作ってやらないとな」


さくらは現在、マルトが用意した小さな水桶で「ぱちゃぱちゃ」と楽しそうに遊んでいる。しかし、将来的に軽トラサイズに成長することを考えれば、庭の半分を潰してでも巨大な水槽、あるいは池を設置する必要があった。


「……金なら、ある」


マルトは、レイチェルが管理している「ロイヤリティ口座」の数字を思い出した。

ナクゾ男爵家や王宮に伝授したパスタ、プリン、チーズフォンデュなどのレシピ。それらを「マルト公認レシピ」として貴族や高級店が使用する際、微々たる額ではあるがロイヤリティが発生する仕組みをレイチェルが勝手に構築していたのだ。

「星落としの英雄が考案した美食」というブランド力は凄まじく、今やマルトが寝ていても、一生遊んで暮らせるほどの金が毎日自動的に振り込まれてくる。


「前世じゃ考えられなかったな、印税生活……。よし、最高級の石材を使って、さくら専用の『アクア・リゾート』を作ってやるか」


そんな平和な妄想をしていた時、一通の手紙が届いた。

封蝋には、見覚えのある帝国の紋章。


「……嫌な予感しかしない」


『マスター。帝国皇帝からの親展です。読み上げますか?』


「……聞きたくないが、後回しにするともっと面倒になりそうだから読め」


レイチェルが淡々と読み上げ始めたその内容は、案の定、マルトの胃壁を直撃するものだった。


『我がマブダチ、マルトよ。風の噂で聞いたぞ、貴殿が「桃色のアクア・タイガー」を手に入れたとな。そんな伝説の存在、動物好きの余が黙っていられるはずがなかろう。大至急、帝国城まで見せに来い。歓迎の宴と極上の魚を用意して待っている』


「断るに決まってるだろ。誰がわざわざ猛獣(予定)を連れて国境を越えるかよ」


マルトが吐き捨てるように言うと、レイチェルが「続きがあります」と無機質な声を響かせた。


『追伸。もし断るというなら、余は皇帝の座を放り出し、お忍び(全力)で貴殿の屋敷へ訪問する。そして門の前で駄々をこねるぞ。泣きわめくぞ。一国の主が地べたを這い回って号泣する姿を全世界に見せつけてやろう……!』


「…………」


「……あいつ、一国の皇帝だよな? 覇権国家のトップだよな?」


あまりに情けなく、かつ強力すぎる脅迫。

もし本当に皇帝がマルトの屋敷前で泣きわめけば、マルトは「皇帝を泣かせた大罪人」として国際問題に発展し、さらなる「伝説」を刻むことになる。それだけは、何としても避けなければならなかった。


「……薬草、あるか」


マルトは庭に生えている、胃痛によく効くが気絶するほど苦い薬草をむしり取ると、それを生でムシャムシャと噛み砕いた。


「にっが……。おいレイチェル、帝国行きの準備だ。転送の座標を確認しておけ」


『了解しました。皇帝の「駄々」を回避するための緊急ミッションとして登録します』


「マルト、またおじさんのところいくの? またおさかな、たべられる?」


影から出てきたディアンネが、お出かけの気配を察して目を輝かせている。

足元では、何も知らないさくらが「みゃあ」と可愛らしく鳴きながら、マルトのズボンの裾を甘噛みしていた。


「ああ……お前を自慢したいだけの、わがままなオッサンのところへな」


マルトは苦い薬草を飲み込み、新たな胃痛の種を抱えながら、二度目の帝国訪問への準備を始めるのであった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第71話 空飛ぶ皇帝と、秒速のVIP待遇


シュンッ!


レイチェルの空間転移によって、俺たちは帝国の本城――巨大で堅牢な城門の前に降り立った。

以前訪れた温泉街や港町とは違い、ここは帝国の政治の心臓部だ。重武装の門番たちが鋭い視線を向けてくる。


「あー、王国から来ましたマルトです。皇帝陛下から呼び出しを受けたんですが」


俺が門番に声をかけ、身分証代わりのギルドカードを提示する。

門番は「マルト」という名前にピクリと反応し、慌てて手元の書類を確認し始めた。


「ほ、星落とし殿ですね! 陛下より『マブダチが来たら秒で通せ』と仰せつかっております! 直ちに確認を……!」


門番が城内へ連絡を走らせる。

まあ、いくら皇帝の客とはいえ、城の奥に通されるまでには最低でも十数分は待たされるだろう。そう思って俺が薬草の残りをかじり始めた、その時だった。


連絡がいってから、体感にしてわずか30秒。


「……ん? 何か上から降って……」


ズドォォォォンッ!!!


俺たちの目の前、城門のすぐ外側の石畳に、隕石でも落ちたかのような凄まじい轟音と土煙が巻き起こった。


「敵襲ぅぅぅっ!?」

「いや違う! あのシルエットは……!!」


パニックになりかける門番たちの前で、土煙を払うようにして立ち上がったのは、マントを翻した筋骨隆々の巨漢――他ならぬこの国の最高権力者、帝国皇帝その人であった。


「よく来たマルトよ! 無理を言って済まなかったな!」


「……陛下。まさかとは思いますが、城の上の階から物理的に飛び降りてきました?」


「おお! 貴殿が到着したと聞いてな、階段を降りるのがもどかしくて窓からショートカットしたのだ! はっはっは!」


豪快に笑い飛ばす皇帝。

常人なら即死の高さから飛び降りて、無傷どころか準備運動にすらなっていない様子だ。この世界、権力者の物理戦闘力がおかしいのはどういう理屈なんだ。


『マスター。皇帝の脚力は常人の約50倍です。城の防衛設備を自ら破壊するトップなど、セキュリティの観点からは最悪ですね』


レイチェルが呆れたように分析結果を告げるが、当の皇帝は全く気にする素振りもない。


「みゃあ?」


「おおおっ! それが噂の『桃色のアクア・タイガー』か!! なんという愛らしさ……! 余は感激だ!」


さくらを見るなり、皇帝の鋭い眼光は瞬時にとろけ、屈強な老将からただの「猫好きのおじいちゃん」へとクラスチェンジした。


「さあこちらだ! 立ち話もなんだ、案内しよう!」


皇帝自らが先頭に立ち、嬉しそうに俺たちを城の奥へと誘導していく。

門番や城のメイドたちが、皇帝自らが案内役を務めるという異常事態に目を剥いて硬直していたが、皇帝は意に介さない。


通されたのは、王族を接待するレベルの豪華絢爛な客間だった。

そして、その部屋の巨大なテーブルの上には――。


「わぁ……! おさかな、きらきらしてる!」

「みゃーっ!!」


氷を敷き詰めた美しい大皿の上に、芸術的な薄さに切られた**『極上の刺身』**が、花びらのように美しく並べられていた。


「港から早馬で運ばせた、最高級の海鮮だ! さあ、さくら殿もディアンネ嬢ちゃんも、遠慮なく食べてくれ!」


「おじさん、ありがとう! いただきまーす!」


皇帝の言葉に、ディアンネとさくらが歓声を上げて刺身の山に飛びついた。

最高権力者が、ただの幽霊と魔獣の幼体にデレデレになりながら刺身を振る舞うという、カオス極まる光景。


「……はぁ。本当に、さくらを見たいがためだけに呼びつけたんだな……」


俺は深いため息をつきながら、再び苦い薬草を口に放り込み、胃の痛みを散らすのだった。

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第72話 皇帝の忠告と、開かれるパンドラの箱


「おお、よしよし。美味いか、さくら殿。いっぱい食べるのだぞ」


用意された極上の刺身を無心で平らげるさくらを、皇帝は目を細めて愛おしそうに眺めていた。ただの人の良いおじいちゃんにしか見えないその姿に、俺は少しだけ警戒を解いていた。


しかし、さくらが満腹になって「みゃあ」と丸くなり始めた頃、皇帝の纏う空気が微かに変わった。

好々爺の顔から、巨大帝国を束ねる『最高権力者』の顔へ。


「……それで、マルトよ」


皇帝は姿勢を正し、静かな声で口を開いた。


「既に知っているとは思うが、魔獣の『希少種』とは、人間で言うところの『勇者』や『魔王』に相当する存在だ」


「……全く知らないです」


俺が即答すると、皇帝は一瞬ポカンとした顔になった。


「そうなのか? ……まあいい、貴殿の規格外ぶりには慣れている。とにかく聞いてくれ」


皇帝はコホンと咳払いをし、世界の常識(俺にとっては初耳)を語り始めた。


「この世界において、神より与えられる『スキル』は、常人であれば1つ持つのがせいぜいだ。余のような王族や、歴史に名を残す英雄と呼ばれる者であれば、稀に2つのスキルを持つ者もいる」


そこまで言って、皇帝はテーブルで眠り始めたさくらへ視線を移した。


「そして……歴史を変革する『勇者』、あるいは世界を脅かす『魔王』。彼らは例外なく、3つ、あるいはそれ以上のスキルを持って生まれてくるのだ」


「……つまり?」


「さくら殿が、将来『魔王』になるかもしれないということだ」


皇帝の言葉が、重く部屋に響いた。


「もちろん、さくら殿自身にその気がなくとも、周囲の影響や環境でそうなってしまう可能性はある。……例えば、主であるマルトが何者かに殺され、その復讐に燃えて世界を海に沈める、とかな」


「…………」


背筋に冷たいものが走った。

ペットの将来の心配をしていたつもりが、いつの間にか「世界の命運」の話にすり替わっている。だが、皇帝の目は真剣だった。さくらの持つポテンシャルは、それほどまでに危険で強大なのだ。


皇帝は立ち上がり、俺に向かって深く頭を下げた。一国の主が、一介の冒険者に見せるべきではない態度だ。


「だから、無礼を承知でお願いしたい。さくら殿を『鑑定』させてほしい」


「……」


「これは、決して猫可愛さや好奇心からではない。一国の主として、国家の将来の危険因子となる可能性を考慮しての発言だ。他国の英雄の従魔を疑うような真似をして、繰り返し無礼で申し訳ないが……どうか、頼む」


皇帝の言葉には、民を守る為政者としての強い覚悟と、俺への確かな敬意が込められていた。


『マスター。皇帝の申し出は理にかなっています。これ以上、現実から目を背けるのは得策ではありません』


ナップサックの中で、レイチェルが静かに告げる。

冒険者ギルドでさくらのステータスを見るのを恐れ、見なかったことにしたあの日。だが、いつまでも「ただの可愛い猫」という幻想に逃げ込んでいるわけにはいかないらしい。


「……いいですよ」


俺は短く答え、短く息を吐いた。


「元々、俺が自分の責任で飼い始めた家族です。鑑定結果がどうなろうと……俺がちゃんと面倒を見ますから」


どうせなら、この最高権力者の前で事実を突きつけられた方が、後戻りできなくていい。俺は胃の痛みを無視し、開いてはいけないパンドラのステータスを開けるべく、腹をくくるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第73話 拍子抜けの鑑定結果と、悩める皇帝


パンドラの箱を開ける。その決意を固めた俺は、腕の中で呑気に丸くなっているピンク色の毛玉を抱き寄せ、力強く宣言した。


「どんな凶悪なスキルだろうと、俺はさくらを愛しているからな! たとえ世界を滅ぼす魔王の素質があろうと、絶対に立派に育て上げてみせる!」


「にゃー」


さくらは全く緊迫感のない声で鳴き、俺の腕にすりすりと頭を擦り付けた。


「……マルトよ、その覚悟、立派である。では、失礼するぞ。……『鑑定』!」


皇帝がスッと右手をかざすと、さくらの体を淡い光が包み込んだ。

やがてその光は空中に集束し、半透明の文字となってふわりと宙に浮かび上がった。これがこの世界のステータス画面というやつか。

俺はごくりと生唾を飲み込み、皇帝と共にその文字を見上げた。


空中に浮かび上がった情報は、以下の通りだった。


【個体名】 さくら

【種族】 アクア・タイガー(希少種・ローズ)

【身体能力】 同種幼体の約3倍


「なるほど、身体能力はさすが希少種だな。常識外れの強さだ」と俺が感心していると、レイチェルが補足を入れる。


『スキル欄の解析も完了しました。さくらの所持スキルは、勇者や魔王の証である「3つ」です』


「さ、3つ……! くるぞ、どんな破滅的なスキルだ……!」


俺と皇帝が身構える中、スキルの詳細が次々と表示されていった。


■ スキル1:【水操作】

『これはアクア・タイガーの固有スキルですね。よほどの変わり者でなければ、普通のアクア・タイガーは皆このスキルを持っています。先日港町で見た「水の舞」のベースとなる力です』


「まあ、これは水棲の魔獣だし当然だな。次だ、次!」


■ スキル2:【霊視】

『これは文字通り、霊を見ることができるスキルです。ネコ科の魔獣や動物が、虚空を見つめている時によく発動しているものです』


「……ん?」


俺は拍子抜けして声を漏らした。

なるほど、だからディアンネの姿が普通に見えていて、一緒に遊んだりつまみ食いしたりできたのか。納得だが、世界を滅ぼすような力ではない。


■ スキル3:【熟眠】

『これは、どんな場所や状況でも、周囲の環境に左右されずぐっすり寝られるスキルです』


「…………いや」


俺は空中に浮かぶ文字と、俺の腕の中ですでに「すぅ……すぅ……」と寝息を立て始めているさくらを交互に見比べた。


「後半の2つ、大したことなくない? ただの『ちょっと霊感の強い、どこでも寝られる猫』じゃないか?」


『そうですね。戦闘における脅威度は極めて低いです』


レイチェルもあっさりと同意した。

大津波を起こすとか、街を吹き飛ばすとか、そういう災害級のスキルを想像して胃を痛めていた俺は、全身から一気に力が抜けていくのを感じた。


「はぁーっ……よかった……! さくらは魔王にならずに済むな! 世界の危機は去った、よかった!」


俺は安堵のあまり、その場にへたり込みそうになった。

これで、さくらをただの可愛い家族として(将来のサイズには目をつぶるとして)育てていける。平和なスローライフは守られたのだ。


「おじさん、さくら、すごい?」


ディアンネが無邪気に皇帝を見上げて尋ねる。

しかし、俺の横に立つ皇帝の反応は、俺とは全く違っていた。


「……」


皇帝は、空中に浮かぶ鑑定結果をじっと見つめながら、眉間に深いシワを寄せていた。

「よかったですね」と笑ってくれるわけでもなく、安心した様子もない。ただひたすらに、難しい顔で何かを考え込んでいるのだ。


「あの、陛下……? 何か問題でも?」


俺が恐る恐る声をかけても、皇帝は「うむ……」と重々しく唸るだけで、悩ましげな顔を崩すことはなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ 


第74話(閑話)皇帝の未来予測と、平和なスキルの真の姿


「さくらは魔王にならずに済むな、良かった!」


隣で大歓喜し、心底ホッとしたように笑うマルト。

その声を聞きながら、帝国皇帝は内心で冷や汗を流し、極度の緊張状態に置かれていた。


(マルトよ。貴殿は異世界の住人ゆえ、スキルの真の恐ろしさを知らぬのだ……)


皇帝が所持しているスキルは、先ほど使った【鑑定】だけではない。

二つのスキルを宿す稀代の英雄たる彼が持つ、もう一つの力。それは【未来予測】。

特定の条件を設定し、起こり得る未来の可能性を頭の中で高速シミュレートする、一国の主としてこれ以上ないほど強力なチートスキルである。


皇帝は今、さくらの鑑定結果が出た直後から、脳内で一つのシミュレーションを実行していた。

条件は先ほど口にした最悪のシナリオ――『マルトが何者かに殺され、さくらが復讐の鬼となった未来』である。


一見すれば「平和で大したことがない」と思われた三つのスキル。それが、限界まで鍛え上げられ、怒りと絶望によって歪められた時、どのような形へ進化するのか。

皇帝の脳内で、恐るべき未来の情景が再生されていく。


◇シミュレート:絶望の魔王

【未来予測】の視界の中で、世界は静寂に包まれていた。

鳥のさえずりも、人々の喧騒も、魔獣の雄叫びもない。ただ、死のような静寂だけが広がっている。


『【熟眠】……。いかなる環境でも眠りにつくスキル。それが己ではなく”他者”へ向けられた時、こうなるというのか……!』


シミュレート空間の皇帝は、戦慄した。

成長し、巨大で禍々しいオーラを纏ったさくらは、【熟眠】の対象を広域に拡大させていた。その力は、抵抗を許さぬ『永遠の睡眠状態』の付与。

世界中の人間が、魔獣が、あらゆる生命体が、目覚めることのない深い眠りに落ちていた。武力も魔法も意味を成さない。戦う前に、意識を刈り取られるのだ。


さらに、暗く静まり返った世界を、無数の「影」が這い回っていた。


『な、なんだあれは……無数のネコ科魔獣の霊……!?』


【霊視】の真の力。ただ霊を見るだけでなく、彼らと意思を通じ合わせ、味方として使役する力。

さくらは、過去に死んでいった無数のネコ科魔獣の霊たちをネットワークとして世界中に放ち、わずかな抵抗者の存在や、あらゆる情報を集めさせていた。

すべては、ただ一人の主であるマルトを生き返らせる方法を探すため。

そして、彼を奪った者への復讐を果たすために。


観測者への殺意

シミュレート空間の中で、皇帝はただの「観測者」としてその絶望の光景を見つめていた。

しかし――。


巨大な魔王と化した未来のさくらが、ふと動きを止めた。

霊たちが集めてきた情報を精査していた彼女のピンク色の瞳が、ゆっくりと、ありえない方向――観測者である『現在の皇帝の意識』に向かって動いたのだ。


『誰が、マルトを殺したのか?』


空間に、声なき声が響いた。

それは氷のように冷たく、深淵のように暗い殺意。


『……お前、か』


ギロリ、と。

未来のさくらの瞳と、シミュレートしている現在の皇帝の視線が、完全に交差した。

次元を超え、未来予測のシステムそのものを干渉してくるような、圧倒的な魔王の覇気。さくらの巨大な前脚が、シミュレート空間の壁を突き破り、皇帝の意識へと直接手をかけようと迫ってくる――!


ブツンッ!!!



「…………っ!!」


皇帝は無意識に息を呑み、強制的に【未来予測】のスキルを中断した。

背中には滝のような冷や汗が流れ、心臓が早鐘のように打ち鳴っている。


(あ、危なかった……。あと一瞬でもスキルを使い続けていたら、未来からの干渉で余の精神は引き裂かれ、現実でも死んでいたぞ……!)


「ただの寝る猫」どころではない。

あの三つのスキルは、解釈と使い方次第で、世界をいとも簡単に滅ぼし得る『魔王の権能』そのものだったのだ。


「いやー、しかし陛下。わざわざ鑑定までしていただいて、ありがとうございました。これで安心して育てられますよ」


隣では、そんな恐ろしい未来の可能性など微塵も知らないマルトが、すっかりリラックスした様子でお礼を言っている。腕の中のピンク色の毛玉は、相変わらず無害な顔でスヤスヤと眠っていた。


(この男……自分がどれほど恐ろしい爆弾を抱えているか、まったく理解しておらん……)


皇帝は、マルトの能天気な笑顔と、彼を慕う魔王候補を見比べながら、どうやってこの「世界の危機」に接していくべきか、為政者として頭を抱えるしかなかった。


その壮絶なシミュレーションと生命の危機の余韻は、横にいるマルトからはただ単に「皇帝が悩ましげな表情をしている」ようにしか見えていなかったのである。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第75話(閑話)皇帝の探求心、魔王の報復



額に浮かんだ冷や汗を拭う皇帝の横で、マルトが極上の刺身をつまみながら、何気ない呟きをこぼした。


「それに、仮にうちのさくらが魔王になったところで、世界にはもっと強い魔獣が居ますよ。俺が以前戦った、禁足地の熊の魔獣とか。あいつ、物理攻撃も魔法攻撃も一切効かない理不尽な化け物でしたし。あいつが魔王じゃなくて、本当によかったですよ、ははは」


能天気に笑うマルト。

しかし、その言葉を聞いた皇帝の脳裏には、ある強烈な疑問が浮かんでしまった。


(物理も魔法も効かぬ無敵の魔獣……。仮にそれがマルトを殺した場合、魔王と化したさくらはどうやってその復讐を果たすというのだ?)


怖いもの見たさ。為政者としての果てしない探求心。あるいは、己の持つ最高峰のスキルへの過信だったのかもしれない。

皇帝は、先ほどの死の恐怖も完全に冷めやらぬうちに、再び【未来予測】を起動してしまった。


条件:『マルトが禁足地の主(無敵の熊の魔獣)に殺された未来』。


◇シミュレート:不可視の蹂躙


シミュレート空間の視界が晴れると、そこにはかつてないほど激怒し、そして衰弱しきった巨大な熊の魔獣の姿があった。


『おい! 誰だよおいらのご飯を隠した奴は! 出てこい!』


腹を空かせた熊の咆哮が虚しく響く。だが、熊の周囲の森には、獲物となる魔獣や動物が一匹たりとも存在しなかった。

皇帝は、その光景の意味を即座に理解した。


さくらは【熟眠】の力で森中のあらゆる獲物を永遠の眠りにつかせ、気配を消した。さらに【霊視】で使役するネコ科の怨霊たちを総動員し、熊からすべての食料を完全に遠ざけ、隠蔽したのだ。

熊がどれほど無敵の装甲と魔法耐性を持っていようと関係ない。物理で殴る必要も、魔法で焼く必要もない。


ただ、「餓死」させればいいのだ。


結果――わずか1ヶ月。

禁足地の主たる無敵の熊は、為す術もなく骨と皮だけになり、森の奥深くで無惨に餓死した。


『…………』


圧倒的で、あまりにも残酷な蹂躙劇。

戦慄して言葉を失う観測者(皇帝)の背後から、不意に、底冷えするような声が響いた。


『お前、そんなに死にたいのか?』


「なっ――」


振り返る間もなかった。

皇帝の精神体である右腕が、見えない巨大な爪によって一瞬にして切り裂かれた。

激痛に顔を歪める皇帝の脳裏に、次元の壁を越えて、冷酷な魔王の思念が直接叩き込まれる。


『次はないぞ。二度とわたしをもてあそばないでもらおうか』


ブツンッ!!!


「……ッ!」


視界が晴れ、現実の豪華な客間に戻る。

皇帝は咄嗟に悲鳴を殺した。右腕に激痛は走っていない。しかし――動かないのだ。


(ば、馬鹿な……。シミュレート上の精神へのダメージが、現実の肉体の神経まで完全に焼き切ったとでもいうのか……!)


皇帝の右腕は完全に感覚を失い、だらりと垂れ下がったまま、ピクリとも動かなくなっていた。

二度の【未来予測】による干渉。それは、魔王の逆鱗に触れるには十分すぎる愚行だったのだ。


「あれ? 陛下、どうかしましたか? 急に顔色が悪いですよ」


マルトが不思議そうに首を傾げる。その腕の中では、右腕を奪った張本人であるさくらが「みゃあ」と欠伸をしていた。


「い、いや……何でもない。少し、政務の疲れが出ただけだ。気にしないでくれ……」


皇帝は必死に表情を取り繕い、左手だけで己の右腕を庇いながら立ち上がった。

絶対に、悟られてはならない。この男がどれほどの爆弾を抱え、そして自分がいかに恐ろしい存在に手を出してしまったかを。


「今日は来てくれて感謝する。気をつけて帰るのだぞ……」


皇帝は冷や汗を流しながら、左手だけで力なくマルト一行を城の門まで見送った。

(この男は……とんでもない爆弾を抱えている……。絶対に、何があっても敵に回してはならん……!)


覇権国家のトップは、能天気に帰っていく一介の冒険者とピンク色の子猫の背中を、ただ恐怖と畏敬の念を持って見つめ続けることしかできなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第76話 公共事業(仮)の開始と、皇帝の秘密の謝罪行


帝国から戻ったマルトは、さくらをタライで水浴びさせながら、自身の屋敷の庭を改めて見渡していた。


「……狭いな。これじゃ、さくらが将来軽トラサイズになった時、プールを作ったら俺たちの生活スペースがなくなる」


さくらを快適に、かつ安全に(暴走させずに)育てるためには、それなりの広さの「水場」が必要だ。しかし、今の屋敷の敷地では限界がある。


「そうだ、広い土地をもう1つ購入しよう! ついでにプールを領民向けに開放すれば、管理料も福利厚生費みたいな名目で節約できるし、地域貢献にもなる。一石二鳥だ!」


マルトは、レイチェルが勝手に貯めていた多額のロイヤリティ(料理の権利収入)を使い、屋敷のすぐ近くにある「使い道のない荒れ果てた畑」を買い叩いた。石ころだらけで不毛の地と言われていたが、プールにするなら土の質は関係ない。


「よし、ここに巨大な『アクア・リゾート・マルト』を建設するぞ。設計図は前世で見た市民プールを参考にすればいいしな」


『マスター。本来、英雄が領地外の土地を買収すると「領土拡大の野心あり」と見なされるものですが……理由が「ネコのプール」なら誰も文句は言えませんね。呆れて』


「うるさい。これは立派な公共事業だ」


マルトがホクホク顔で「土地の有効活用」について語っている頃、帝国ではかつてないほどの激震が走っていた。



帝国城の奥深く。

動かなくなった皇帝の右腕を、帝国最高の鑑定師たちが総出で調べていた。


「……陛下、鑑定結果が出ました」


「う、うむ……どうなのだ?」


左手で右腕を支えながら、皇帝が冷や汗を流して尋ねる。鑑定師は信じられないものを見るような目で、羊皮紙の結果を読み上げた。


「これほどの因果干渉、見たことがありません。この呪いの名は……『さくらの呪い』なるものです」


「な、なんだと!?」

「さくら? どなたかは存じ上げませんが、我が帝国の至宝たる陛下に呪いをかけるとは! 見つけ次第、極刑……打ち首に処すべきですぞ!」


側に控えていた将軍たちが激昂し、剣の柄に手をかける。

しかし、その言葉を聞いた瞬間、皇帝の顔面は蒼白を通り越して土気色になった。

「さくら」を殺す? それは即ち、未来予測で見た「世界を永遠の眠りに誘う魔王」を本気で怒らせ、マルトへの復讐を開始させるスイッチを押すことに他ならない。


「絶対にやめるのだ!! さくら殿に指一本でも触れてみろ、この国どころか大陸が消えるわ!!」


「は、はあ!? 陛下、何を仰って……」


「……ええい、いいから黙れ! 鑑定師、この呪いを解く方法は!」


「……はい。基本的には、呪いをかけた本人さくらに直接解いてもらうか、あるいはその者を殺すかしかありませんが……」


「……分かった。余が頼みに行こう。あやつに平謝りするしかあるまい」


「陛下!? 一国の主が謝罪になど、あり得ません! でしたら我らも同伴を――」


「絶対についてくるんじゃないぞ! よいか、これは国家の存亡がかかった極秘任務だ。余が一人で(お忍びで)行かねば意味がないのだ!」


皇帝は、家臣たちの引き止めを力ずくで振り切った。

もし大軍を連れてマルトの屋敷へ行けば、それは「宣戦布告」と取られかねない。今、さくら(と、それを飼っているマルト)を刺激することこそが、世界で最も危険な行為なのだ。


「待っておれ、マルト……さくら殿……。今、余が土下座をしに行くからな……!」


こうして、豪華な正装を脱ぎ捨て、再び「グロース男爵」……いや、さらに身分を隠した「ただの旅人」のような格好をした皇帝の、必死の謝罪行が密かに開始された。


その頃、マルトは新しい土地で「どこに飛び込み台を設置しようか」とのんびりスコップを振るっていたのである。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第77話 プールの懸念事項と、立候補する規格外たち


荒れ果てた畑での穴掘り(極小の隕石を絶妙なコントロールで落として作ったクレーターを活用)と、石材の組み上げ。

マルトの「市民プール兼アクア・タイガー放し飼い施設」の建設は、レイチェルの建築サポートもあり、着々と進んでいた。


しかし、施設が形になるにつれて、マルトは現実的な「二つの大きな懸念点」に直面することになる。


「……なぁ、レイチェル。この世界の平民って、毎日風呂に入る習慣がないよな?」


『はい。一般的な領民の入浴頻度は週に1回程度。多くは水浴びか、濡れタオルで体を拭くのみです。土汚れや汗の蓄積量は、マスターの前世の基準からすると「不衛生の極み」と言えます』


「だよなぁ……。そんな状態でこのプールに飛び込まれたら、一瞬で土垢と泥だらけになって排水溝が詰まる。さくらが泳ぐ水質も悪化するし、最悪だ」


プールの水を清潔に保つのは、管理者の義務である。

マルトは腕を組み、うーんと唸った。


「よし。プールに『大浴場(洗い場)』を併設しよう。プールに入る前には必ずそこで全身をピカピカに洗うことを義務付ける。そうすれば水質は保てるし、領民の公衆衛生の向上にも繋がる。完璧な公共事業だ」


一つ目の問題はクリアした。しかし、もう一つの問題はさらに根深かった。


「……あと単純に、この世界には『人前で肌を晒す文化』がないんだよな」


マルトの指示で、王都の裁縫ギルドに特注した「水着」のサンプル品。

伸縮性のある生地(スライムの粘液を加工した特殊糸)を使ったワンピースタイプや、トランクスタイプなど、日本の市民プールにありそうなごく普通のものだ。


しかし、この世界の住人からすれば、それはどう見ても「露出の多すぎる破廉恥な下着」でしかなかった。


「いくら『これは水着というスポーツウェアです』って説明しても、前例がなければ絶対に誰も着てくれない。平民なら尚更、貴族に目をつけられるのを恐れて敬遠するはずだ」


前世のサラリーマン経験が、マルトに告げていた。

「前例のない新規事業は、まずトップ(あるいはインフルエンサー)が率先して手本を見せなければ浸透しない」と。


「俺が人柱(最初の着用者)になるのはいいとして……。俺一人のおっさんが水着で泳いでても、ただの変質者だ。あと2人はサクラ(仕掛け人)が必要だ。特に、女性が着ても安全で健全なものだとアピールするために、女性のモデルが必要なんだが……どうするかな」


マルトが頭を抱えていると、足元の影から「はいっ!」と元気よく手が挙がった。


「マルト! わたし、およぐ! その『みずぎ』、きる!」


幽霊少女のディアンネが、目をキラキラさせて名乗り出た。

可愛いし、愛嬌もある。モデルとしては申し分ない。しかし……。


「……お前、幽霊だろ。水着着ても、下半身透けてるから逆にホラーじゃないか? そもそも物理的に水に浮くのか?」


「む……。ちょっとくらいなら、さわれるもん」


唇を尖らせるディアンネを、マルトは「気持ちだけ受け取っておく」となだめて却下した。


すると今度は、ナップサックの中からピコン! と電子音が鳴った。


『マスター。論理的解決策として、私が女性モデルの枠を担うのが最も合理的です。スリーサイズはマスターの好みに合わせて――』


「……お前、その四角い立方体デバイスのボディで何を着るつもりなんだ?」


マルトは、真顔で冷ややかな視線をナップサックに向けた。

宙に浮く立方体にビキニを着せるという、前衛的すぎる現代アートを想像してしまい、頭痛がしてきた。


「ダメだ。どいつもこいつも規格外すぎて、一般領民の参考にならない……。誰か、まともな人間で、かつ話題性があって、俺の無茶振りに付き合ってくれる奴はいないのか……」


マルトが天を仰いで嘆いていたその時。

屋敷の門の向こうに、怪しいボロボロのローブを深々と被り、左手で力なく右腕を庇う「片腕の不審者(皇帝)」がフラフラと近づいてきていることなど、知る由もなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第78話 皇帝の全力土下座と、鉄壁の近隣住民


プールの計画を考えているさなか、屋敷の門前に突如現れた、ボロボロのローブを羽織ったムキムキの不審者(皇帝)を見て、マルトは本能的に叫んだ。


「……い、いかん! 逃げるぞ、レイチェル! 玄関で駄々をこねられるぞ!」


前回の「泣きわめくぞ」という脅迫状が脳裏をよぎったのだ。


『マスター、落ち着いてください。相手はあんななりでも一国の皇帝ですよ? さすがに人としての尊厳というものがありますし、約束を――』


レイチェルが言い切るより、その男の動きの方が早かった。


「済まなかったぁぁぁああああああ!!!!!」


「うわあああ!? 始まったぁぁ!!」


マルトの悲鳴が響く中、皇帝はよく通る(というか城の裏まで聞こえそうな)バリトンボイスで絶叫しながら、石畳の地面にダイブした。

ズザァァァッ! と土煙を上げながら、頭を地面にめり込ませるほどの勢いで繰り出された、完璧なフォームの土下座である。


「謝って済むとは思っておらぬ! しかし、余は……余は、貴殿の愛猫(神獣)の逆鱗に触れてしまったのだぁぁ!!」


あまりの騒ぎに、何事かと周囲の家から領民たちが集まってきた。

しかし、今の皇帝はボロボロの旅装に身を包んだお忍びの姿。彼らの目には、マルトの家の前でいきなり絶叫して土下座を始めた「ちょっとガタイのいい迷惑なオッサン」にしか見えていなかった。


「おいオッサン! ここをどこの誰の家だと思ってるんだ、英雄マルト様の御自宅だぞ!」


一人の筋骨逞しい農夫が、皇帝の襟首を掴もうと詰め寄った。


「何があったか知らないけどな、アポなしの急な訪問は迷惑だってわかんないのか!? マルト様はな、今パブリックなプールの建設で忙しいんだよ!」


「そうだ! そうだ! 帰れ、帰れ!」


周囲の主婦たちも、洗濯板やホウキを手に皇帝を囲む。

マルトはそれを見て、ふと気づいた。

(……そういえば最近、有名税でやってくる面倒な訪問客が減ったと思ってたけど……みんながこうやって俺の知らないところで注意してくれていたのか……)


地元民の温かさとガードの固さに感動すら覚えるマルトだったが、問題は「今そこに転がっているのが他国の皇帝である」という点だった。


「いや、違うのだ! 余は決して不審な者では……! この動かぬ右腕を見れば分かる通り、余は制裁を受けている身なのだ……!」


皇帝は必死に弁明しようとするが、動かない右腕をブラブラさせながら土下座で泣き叫ぶ姿は、どう見ても「ヤバい人」のそれであった。


「問答無用だ! 英雄様に代わって、俺たちが憲兵詰め所に送り届けてやるからな! 行くぞ、オラァッ!」


「ひ、引きずるな! 余を誰だと思って……いや、今はただのグロースだ! 離せ! 離してくれマルトォォ!!」


「わぁ、おじさん、ズルズルされてる。おもしろーい」


影から顔を出したディアンネがパチパチと拍手し、さくらは「みゃあ?」と不思議そうにその様子を眺めている。


「……あ、あああ……」


他国の皇帝が、自分の家の近所の住民たちに「迷惑な不審者」として捕獲され、憲兵に突き出されようとしている。

これがバレれば外交問題、どころか戦争の火種にすらなりかねない。だが、ここで「その人は皇帝だ!」と言えば、さらに状況はカオスになる。


「……薬草。……濃いめの薬草、持ってきて……」


マルトは胃のあたりをギュッと押さえ、冷や汗を流しながらその場に膝をついた。

平穏を求めて作ったはずの屋敷の門前で、かつてないほど「平穏とは程遠い地獄絵図」が展開されていた。


『マスター。あちらの憲兵詰め所に連行されると、身元確認で帝国に連絡が行き、最終的に「皇帝を拘束した王国」という構図で大陸間戦争が勃発する確率は現在87%です』


「……止めなきゃダメじゃねぇかぁぁぁ!!!」


マルトは悲鳴にも似た叫びを上げ、ズルズルと引きずられていく「マブダチ(皇帝)」を救うために走り出すのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第79話 魔王の呪いと、見当違いの土下座


「ストォォォップ!! みんな待って、そいつは俺の親友マブダチなんだ!!」


マルトの決死の叫びに、皇帝を引きずっていた住民たちはピタリと動きを止めた。


「えっ? 親友?」

「……マルト様、こんなヤバそうなオッサンがですか? 屋敷の前でいきなり土下座して叫び出すような人が?」


「あ、ああ……! ちょっと事情があって情緒不安定なだけで、根はいい奴なんだ! だから憲兵には突き出さないでくれ!」


「英雄様がそう言うなら……」と、住民たちは訝しげな視線を残しつつも解散してくれた。

マルトは冷や汗を拭いながら、ボロ雑巾のようになった覇権国家のトップを屋敷の客間へと引きずり込んだ。

「……で?」


マルトは深いため息をつき、客間の床に正座(という名の土下座待機)をしている皇帝を見下ろした。


「今度は何ですか? さくらの逆鱗に触れたって、何のことです? あんたが帰ってから、さくらは庭の水桶でずっと遊んでただけですよ」


「実は……」


観念した皇帝は、重い口を開いた。

己が【鑑定】以外に【未来予測】という神がかったスキルを持っていること。好奇心から「マルトが禁足地の熊に殺された未来」をシミュレートしたこと。そこで魔王と化したさくらが、シミュレートの壁を越えて皇帝の右腕の神経を焼き切ったこと。

すべてを洗いざらい打ち明けた。


「……なるほど。頭の中で未来をシミュレートできるなんて、とんでもないチートスキルですね」


皇帝の告白を聞いたマルトは、驚きつつも深く頷き――そして、いきなり足元にいたさくらをガバッと抱きしめた。


「ごめんな、さくらぁぁっ! 俺が死んだら、お前そんなに寂しかったんだな! 復讐の鬼になるくらい俺のことが好きだったなんて……ううっ、絶対に死なないからな!」


「にゃあ?」


マルトに顔をすりすりされて、さくらは不思議そうに首を傾げた。

当然である。それはあくまで「皇帝の脳内で起きた未来のシミュレーション」の話であり、現実のさくらにとっては経験すらしていない「何のこっちゃ」な出来事なのだから。


『マスター。論点が完全にズレています。感動している場合ではありません、目の前の最高権力者が片腕を失っているんですよ』


レイチェルの冷静なツッコミが入るが、親バカモードに突入したマルトの耳には届かない。


ひとしきりさくらを愛でた後、マルトはようやく皇帝に向き直った。


「で、その……さくらに土下座すれば、本当に呪いが解けるんですか? そもそも鑑定結果を見ましたけど、さくらには【水操作】【霊視】【熟眠】だけで、『呪いをかけるスキル』なんてなかったと思いますが」


マルトの尤もな疑問に、皇帝は真剣な顔で答えた。


「そこはおそらく、さくら殿が【霊視】を使って、無数のネコ科魔獣の幽霊から『呪いのスキル』を譲渡されたのであろう。魔王クラスの存在であれば、眷属からの貢物の中に『スキル』が含まれることもあると聞く。もっとも、それを受け取るための『譲渡専用のスキル』が別に必要になるはずだが……」


「はぁ。なんかよく分かりませんが、ファンタジーですねぇ」


「そういうわけで、さくら殿! この通りだ、余の愚行を許してくれ!」


皇帝はマルトの腕の中にいるさくらに向かって、再び深々と頭を床に擦り付けた。


「にゃーん」


さくらは、土下座する皇帝の頭の匂いをフンフンと嗅ぐと、興味を失ったようにあくびをして、マルトの膝の上で丸くなってしまった。


「……あの、陛下。なんか、全然呪いが解ける気配がないんですけど」


「むぅ……やはり、余の謝罪の念が足りぬのか! さくら殿! 極上の刺身を毎日馬車で届けさせよう! だからどうか、右腕を!」


必死に土下座を続ける皇帝。

しかし、現実のさくらはそもそも「呪いをかけた自覚がない(未来の自分がやったことだから)」ため、呪いを解きようがないのである。


『マスター。このままでは皇帝が屋敷に居座り続け、再び近隣住民に通報される確率が急上昇しています』


「……胃が痛い」


片腕の皇帝が永遠に土下座を続ける客間で、マルトは再び苦い薬草を口に放り込むのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第80話(閑話)マルトを失った世界の未来のさくら視点


すべてが深い眠りについた、静寂の世界。

己の最愛の主を奪った「禁足地の主(無敵の熊)」を餓死させ、凄惨な復讐を終えた未来のさくらは、ただひたすらにマルトの蘇生方法を探し続けていた。


果てしない探索の合間の、わずかな休憩時間。

さくらはふとした暇つぶしに、かつて己の精神に干渉してきた別次元(過去)の皇帝の様子を、上位スキル【多次元過去視】で覗き見た。


視界に映ったのは、マルトの屋敷で無様に土下座を繰り返し、動かなくなった右腕の呪いを解いてほしいと泣きつく覇権国家のトップの姿だった。


「……右腕が動かない? 命があるだけでも、十分な温情であろうが」


さくらは、呆れたように冷たい嘆息を漏らした。


「欲深き人間め。私の主に擦り寄るその卑しい姿……やはり、今すぐ完全に殺すか」


さくらがゆっくりと立ち上がり、次元を超えて皇帝の命を刈り取ろうと魔力を練り上げた、その時だった。


「皇帝を殺さないで!」

「許してあげて!」

「行くってのなら、ぼくらが相手だ!」


さくらの前に立ち塞がったのは、無数の小さな影たち。

それは他でもない、皇帝がかつて心から愛し、大切に育てていた『猫たちの幽霊』だった。彼らは主である皇帝を守るため、圧倒的な魔王であるさくらに対し、必死に牙を剥いて威嚇してきたのだ。


「……愚かな。消え去れ」


さくらが鬱陶しげに目を細め、刃向かう猫の霊たちごと皇帝を消し去ろうか迷っていた、まさにその瞬間。


「やあやあ! 荒れてるね!」


何もない虚空から、ひどく場違いで、ふざけたような明るい声が響き渡った。


「……神か。何の用だ」


さくらは警戒もせず、冷たく言い放った。

声の主の姿は見えない。だが、それがこの世界を管理する絶対的な存在であることは、魔王となったさくらの直感が理解していた。


「キミが探してる、マルト君の蘇生のスキルや方法だけどね~」


神は、残酷な真実をあっけなく告げた。


「……無いよ。ボクが許していないし、許さない」


「…………そうか」


さくらは、静かに目を閉じた。

怒りも湧かなかった。神が直々に降臨したということは、次元を超えて干渉し、世界の理を壊しすぎた自分が『粛清対象』になったということに他ならない。もはや、主を蘇らせる希望は完全に絶たれたのだ。


「良かったな、愚かな人間」


さくらは、多次元過去視の彼方にいる皇帝へ向けて、最後にぽつりと呟いた。


「私が死ねば、お前の右腕の呪いも消えるだろう」


「じゃあね~」


神の軽い挨拶と共に、ぱしゅっ、という気の抜けた音が響く。

その瞬間、絶望の世界を支配していた魔王さくらの存在は、跡形もなく消滅した。


――ふと、目を覚ますと、そこは赤茶けた荒野だった。

空は血のように赤く、あちこちで業火が吹き荒れている。どう見ても天国ではない。死んだ自分が落ちる場所としては妥当な『地獄』の風景だ。


さくらは、絶望の中でゆっくりと体を起こした。蘇生が叶わなかった以上、もう二度と、あの大好きな主に会うことは……。


「おお、さくら! お前もこっちに来たのか!」


「…………え?」


振り返ると、そこには見慣れた安物の帽子を被り、相変わらず呑気な顔をしたマルトが、釜茹での湯加減を確かめる鬼たちの横で手を振っていた。


「みゃ、みゃあああっ!?」


さくらは元の幼いピンク色の子猫の姿に戻り、猛ダッシュでマルトの胸に飛び込んだ。


「よしよし、寂しかったな。……ん? なんで俺が地獄にいるのかって顔してるな?」


マルトはさくらの頭を撫でながら、あっけらかんと笑って言った。


「いやー、俺の【隕石落下(使用者へのダメージなし)】のスキルな。あれ、俺にはダメージないんだけど、俺が気づかないくらい場所で、尋常じゃない数の人や魔獣を巻き込んで殺してたみたいでな。その罪で、問答無用の地獄堕ちだよ、ははは!」


「にゃあああああんっ♡」


大量虐殺の罪で地獄に叩き落とされた主の胸の中で、さくらは嬉しそうに喉を鳴らした。

血の池地獄も、針の山も関係ない。大好きな主がいて、撫でてくれる手がある。


こうして、未来のさくらは、地獄の底で最高に幸せなスローライフを送るのであった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第81話 呪いの解除と、地獄からの便り



「さくら殿ぉぉぉ! どうか、どうかこの右腕を……!」


客間の床に額を擦り付け、ひたすら見当違いな土下座と謝罪を繰り返していた皇帝。

しかしその時、ふと彼の身体に変化が起きた。


「……ん?」


だらりと垂れ下がっていた右腕の指先が、ピクリと動いた。

失われていた感覚が、血流と共に一気に蘇ってくる。指先から手のひら、腕、そして肩まで、完全に自分の意志で動かせるようになっていた。


未来の世界で、彼に呪いをかけた張本人である「魔王さくら」が神の粛清により消滅したことで、次元を超えてかけられていた呪いそのものが霧散したのだ。

だが、そんな裏事情を知る由もない皇帝は、顔を真っ赤にして歓喜の雄叫びを上げた。


「おお、おおおおお! 動く! 動くぞ!! ありがとうございますさくら殿ぉぉおおおおお!!!」


「ふしゃー!」


突如として大声で叫び出したオッサンに対し、マルトの膝の上で丸くなっていたさくらは完全に安眠を妨害され、全身の毛を逆立てて本気の威嚇をした。


「落ち着いてくださいよ、陛下。さくらは何にもしてないって言ってるじゃないですか」


マルトは、さくらをなだめながら冷静に分析を始めた。


「それに、陛下から聞いた話の限りだと、その『未来の魔王さくら』って、謝られたからって許してくれるような甘い人格じゃないですよね? ひょっとして、何かの拍子でその未来のさくらが死んだんじゃないですか?」


「死ぬだろうか? あの無敵の熊の魔獣を、直接手を下さずに餓死で完封した絶対強者だぞ?」


皇帝は信じられないといった顔で首を振ったが、すぐに右腕を庇うように抱え込んだ。


「……いや、理由はともかく、もうさくら殿に対しては絶対に【未来予測】は使わぬ。もし次同じことをすれば、今度こそ確実に首を飛ばされるであろうからな」


(ペナルティがなければ、絶対にまた使うんだろうな……)


皇帝の言葉の裏にある「為政者としての果てしない探求心(というか怖いもの見たさ)」を感じ取り、マルトは心底呆れ果てた。


「まあ、何はともあれ治ってよかったですね。さ、帰ってプールの――」


マルトが立ち上がろうとした、その瞬間だった。

ふわり、と。

マルトの目の前の空間に、一枚の『透明な写真』のようなものが唐突に浮かび上がった。


「ん? なんだこれ」


マルトが目を凝らすと、その透けた映像の中には、信じられない光景が映し出されていた。


そこは赤茶けた荒野と業火が吹き荒れる『地獄』。

しかし、その地獄の光景はめちゃくちゃに破壊され尽くしていた。針の山はへし折られ、血の池は干上がり、地獄の番人であるはずの屈強な鬼たちが、揃いも揃ってボコボコにされて白旗を上げている。

そして、その荒廃した地獄の中心で――。


安物の帽子を被ったマルト(のような人物)と、ピンク色の子猫さくらが、鬼からカツアゲしたと思しき『極上の魚』を仲良く頬張っていたのだ。


「……」


呆然とするマルトが見つめる中、その透明な写真は、スッと空気にとけるように跡形もなく消え去ってしまった。


『マスター。今のは時空の歪みから漏れ出た、別次元の残滓のようですが……』


「何じゃこれ?」


マルトは首を傾げた。

自分が大量虐殺の罪で地獄に堕ちて、そこで神に粛清されたさくらと再会し、ついでに地獄を物理的に制圧してエンジョイしている未来(別次元)の姿だとは、当然夢にも思っていない。


「まあいいか。さ、プール作りの続きだ」


奇妙な幻覚(?)をあっさりと脳内から消去し、マルトは元気にスコップを握り直すのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第82話 完成した大浴場と、招かれざる先客トラ


「よし! まずは大衆浴場(洗い場)の完成だ!」


数日後。荒れ果てた畑だった土地に、立派な木造と石造りのハイブリッド建築がそびえ立っていた。男湯と女湯に分かれた、前世のスーパー銭湯を思わせる巨大な浴場である。


一方で、本命である「さくら用(兼 領民用)の巨大プール」の建設は少し難航していた。

単に穴を掘って石を敷き詰めるだけでは、大量の水の水圧に耐えきれず漏水してしまうのだ。現在、これほどの水量を長期間貯めておけるだけの特殊な防水・耐圧加工技術(あるいは都合のいい魔術具)をレイチェルに検索させている最中であった。


「まあ、まずは風呂の文化を領民に根付かせるのが先決だ。さっそく一番風呂と洒落込もうぜ、さくら」


「みゃあ!」


俺はさくらを抱きかかえ、ホクホク顔で男湯の暖簾をくぐった。

脱衣所で服を脱ぎ、ワクワクしながら湯気が立ち込める大浴場の扉をガララッと開ける。


しかし、そこに広がっていたのは、俺の予想を遥かに超える光景だった。


ザバーーーン……。


広い湯船のど真ん中。

軽トラサイズの巨大な虎――帝国の港町で見た『普通のアクア・タイガー』が、頭に手ぬぐい(どこから持ってきた?)を乗せ、目を細めて「ふしゅぅぅ……」と最高に気持ちよさそうに入浴していたのである。


「……何でだ!?」


俺の叫び声が、風呂場に虚しく木霊した。

いや、待て待て待て。なんで帝国の海にいるはずの野生の魔獣が、俺の作った大浴場の一番風呂を満喫してるんだ?


『私がワープで連れてきました』


ナップサックの中から、防水処理済みのレイチェルがしれっと答えた。


「何でだ!?」


俺は二回目のツッコミを全力で放った。


『プールの建設が遅れているため、さくらの水魔法の教育に遅れが生じると判断しました。優秀な水魔法の使い手であるアクア・タイガーを常駐させれば、プールの水質管理や水温調節の魔道具代わりにもなり、一石二鳥です。なお、手ぬぐいは私が支給しました』


「AIのくせに変なところだけ人間臭い気遣いをするな!!」


俺が頭を抱えていると、湯船の巨大トラが俺とさくらに気づき、「クルル」と優しく喉を鳴らして「こっちへ来い」と前足を振った。さくらは「みゃあっ♪」と喜んで、ちょこちょこと巨大トラの背中へ飛び乗ってしまった。


完全に懐いている。というか、もはやあっちが本当の親なのではないかというレベルの親和性だ。


「おいおい、どかすわけにもいかないし……どうすんだこれ、一般公開初日だぞ?」


俺が脱衣所で途方に暮れていると、入り口からワイワイと賑やかな声が聞こえてきた。


「おおっ! これがマルト様の作ってくださった『オフロ』か!」

「一番乗りだぜ! 早く体を洗って入ろう!」


近所の農夫や職人たちが、物珍しそうに男湯に入ってきた。

そして、かけ湯を済ませて湯船に向かった彼らは、当然のように固まった。


「……ん? な、なんだこのデカい生き物は!?」

「ま、魔獣!? 湯船に魔獣が浸かってるぞ!!」


パニックになりかける領民たち。俺は慌てて間に入ろうとした。

しかし、巨大トラは騒ぐ領民たちを一瞥すると、器用に尻尾を使って「ポンッ」と彼らの足元に木桶をスライドさせて寄越した。まるで「まあ座れよ」とでも言わんばかりの、見事な銭湯ムーブである。


「……お、おう。ありがとう……?」


「クルル(いいってことよ)」


領民とトラの間に、奇妙なコミュニケーションが成立した。

お湯の温かさと、あまりにも大人しくリラックスしているトラの姿に、領民たちの警戒心は急速に溶けていった。


「……まあ、マルト様の施設だしな」

「そうだな。英雄様の飼ってる魔獣なら安全だろ。よし、入るか」

「おお、極楽極楽……。おいトラ、お前も背中流してやろうか?」


「グルル♪」


ものの数分後には、領民のおじさんたちが巨大なアクア・タイガーの背中をデッキブラシでゴシゴシと洗い、トラも気持ちよさそうに目を細めているという、異世界でも類を見ない平和な公衆浴場の風景が完成していた。


「……この世界の人間、順応性高すぎないか?」


俺は一人、湯船の隅っこでさくらを抱えながら、胃の痛みとは違う謎の疲労感と共に呟くのであった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第83話 湯上がりの至福と、最速のフラグ回収


「……ふぅーっ、極楽だった」


ホカホカに火照った体をタオルで拭きながら、俺は男湯の暖簾をくぐった。

初めての巨大浴場は、図らずも先輩アクア・タイガーとの混浴になってしまったが、湯加減は完璧だったし、何よりさくらが先輩トラの背中で楽しそうにしていたので良しとする。


併設された木造の休憩所兼売店スペースのベンチに腰を下ろすと、防水仕様のナップサックからレイチェルがどこか満足げな声で呟いた。


『これで将来、さくらが大きくなった時に風呂が耐えられるかどうかのシミュレートもばっちりですね』


「……お前、それが目的であのデカいトラを呼んだのか?」


『データ収集は効率的に行うべきですから』


「絶対俺達の反応を楽しんでただろお前」


俺がジト目でナップサックを睨みつけると、レイチェルは無機質な音声に微かなおどけを交えて返してきた。


『何のことやら』


「このポンコツAIめ……まあいい」


俺は気を取り直して、売店の氷水でキンキンに冷やされている瓶に目を向けた。風呂上がりといえばこれだ。

【コーヒー牛乳】にするか、【フルーツ牛乳】にするか。これは前世からの永遠の命題である。


「うーん……今日はどっちの気分だ……? いいや、どっちも飲んじゃえ!」


『お腹壊しますよ』


レイチェルのもっともな忠告を無視し、俺は贅沢に二本の瓶を買い占めた。両手に瓶を持ち、フタを開ける。


「にゃー」


足元で、風呂上がりで毛並みがフワッフワになったさくらが見上げてきた。


「ははは、分かってるよ。さくらには特製のぬるいミルクを用意しているからな~」


俺はさくら用の木皿に、温め直した魔獣のミルクをたっぷりと注いでやった。さくらは嬉しそうに尻尾を振りながら、ぴちゃぴちゃと一心不乱に飲み始める。


俺は腰に手を当て、まずはコーヒー牛乳を一気に喉の奥へと流し込んだ。


「んぐっ、んぐっ……ぷはぁーーっ! 染み渡るぅ!!」


続けてフルーツ牛乳も飲み干し、ベンチに深く背中を預ける。

開け放たれた休憩所の窓からは、心地よい夜風が吹き込んできて、火照った体を優しく冷ましてくれる。傍らでは可愛いペット(神獣)がミルクを飲み、ディアンネは売店の冷蔵庫をじっと見つめている。


平和だ。

権力者のしがらみも、暗殺の危機も、世界の命運もここにはない。あるのはただ、風呂上がりの心地よい疲労感と、甘い牛乳の余韻だけ。


「ああ……これだよ、これ。これこそがスローライフか」


俺は目を閉じ、心からの安堵の吐息を漏らした。

その時だった。


『……マスター。どうして自らフラグを立てようとするのか』


レイチェルが、まるで哀れむような声を出した。


「フラグじゃない。俺は今、完全に日常を満喫して――」


俺が言い切るより早く、男湯の扉がバンッ!! と勢いよく開き、顔面を蒼白にさせた領民のおじさんが全裸で飛び出してきた。


「たっ、大変だー! アクア・タイガーがお風呂でうんちをー!」


「…………は?」


おじさんの悲痛な叫び声が、静かな休憩所に響き渡った。


「ばっ……かデカいんだよぉ! 湯船の真ん中でプカプカ浮いてて……! お湯が、お湯がぁぁっ!!」


泣き叫ぶおじさんの背後、男湯の暖簾の向こう側から、トラの「クルル?(自然の摂理だが?)」という悪びれない鳴き声が聞こえてくる。


軽トラサイズの魔獣のうんち。

それが、完成したばかりの大衆浴場(超満員)の湯船のど真ん中に投下されたという絶望。

湯の総入れ替え、念入りな清掃、消毒、そして何より「巨大なブツ」の処理作業。


「……あ、あだだだだ……」


風呂上がりのコーヒー牛乳とフルーツ牛乳の一気飲みに加え、精神的ショックという致死量のストレスが同時に襲いかかり、俺の胃と腸は一瞬にして限界を迎えた。


スローライフ(平和)は、わずか3分でうんちと共に濁流へと消え去った。

俺は腹を押さえてベンチから転げ落ち、激痛にのたうち回るのであった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第84話 緊急清掃と、娘に蔑まれる皇帝


「おえぇ……なんで俺が、異世界に来てまで巨大なクソの始末を……」


男湯の入り口に「清掃中」の看板を立て、俺は鼻栓をしながらデッキブラシで必死に湯船を磨いていた。

問題を起こした張本人である先輩アクア・タイガーは、領民たちから総スカンを食らった後、レイチェルによってそそくさと帝国の海へ強制ワープさせられた。


「全部お前のせいだぞ、レイチェル……! プールのボイラー代わりにトラを呼ぶなんて言うから!」


『申し訳ありません。魔獣の排泄サイクルのシミュレーションが甘かったようです。次はプールの隣に、アクア・タイガー専用の巨大トイレを設置しましょう』


「まだ諦めてないのかよ……! もう二度と呼ばねえよ!」


俺の悲痛な叫びと共に、オープン初日の大衆浴場は、深夜に及ぶ徹夜の清掃作業を余儀なくされたのだった。


ちなみに後日談だが、あの一件で「温かいお湯に浸かる」という前代未聞の快感を覚えてしまった先輩トラは、帝国の海へ帰された後もその味が忘れられなかったらしい。


ある日を境に、頭にどこからか手に入れた手ぬぐいを乗せたアクア・タイガーの一匹が、帝国の港町近くにある山の天然温泉に頻繁に出没するようになったという。

幸いなことに、あの日俺にこってり絞られたのを理解しているのか、トイレは必ず温泉から遠く離れた別の場所で済ませるというマナーの良さを発揮しているらしい。

今では「温泉トラ」として、地元の漁師たちと一緒に露天風呂で背中を流し合う姿が、ちょっとした名物になっているそうだ。魔獣の適応力、恐るべしである。


一方その頃。

俺の知らない遠く離れた場所で、俺がかつて頭を悩ませていた「水着のモデル問題」が、思わぬ形で暴走を始めていた。


帝国城の奥深く、皇帝のプライベートサロン。

動くようになった右腕の完治祝いも兼ねて、皇帝は自身の愛娘たち――帝国の姫である三人の皇女を呼び出していた。


「よく集まってくれた、我が愛娘たちよ!」


機嫌よく笑う皇帝の前に、美しく気高い皇女たちは怪訝な顔で並んでいた。


「お父様、わざわざ私たちを呼び立てて、いったい何事ですか?」

「政務でお忙しいはずでは?」


長女が冷ややかに問うと、皇帝はコホンと咳払いをして、テーブルの上に布の束をドサリと広げた。


「実はな、余の親友マブダチであり、我が帝国の命運を握る重要人物でもあるマルト殿が、ある『新規事業』で悩んでおられてな。彼を助けるため、お前たちに一肌脱いでもらいたいのだ!」


皇帝は得意げに、布の束――王都から取り寄せた『特注の女性用水着ビキニやワンピース』を広げてみせた。


「マルト殿のため、これを着て人前に出て欲しい!」


「…………は?」


サロンの空気が、絶対零度に凍りついた。

皇女たちは、テーブルに並べられた「どう見ても露出狂の破廉恥な下着」と、それを満面の笑みで勧めてくる父親の顔を交互に見比べた。


「お、お父様……あなた、ついに頭がおかしくなられたのですか?」

「信じられない……! 実の娘に、このような下着姿で衆目に晒されろと言うのですか!?」

「変態! このド変態!! 憲兵を呼びますわよ!!」


「ち、違うのだ! これは水着というスポーツウェアでな! マルト殿が女性のモデルを探していると聞いて、余が気を利かせて……」


「そんな言い訳が通用すると思っているのですか! 最低です!!」

「お母様に言いつけてやりますからね!!」


「待て! 話を聞いてくれ! これには海よりも深い国家間の事情が――ぎゃあああっ!!」


三人の皇女からクッション、ティーカップ、果ては魔法の氷柱まで投げつけられ、皇帝は悲鳴を上げてサロンを逃げ回る羽目になった。

マルトへの恩義と友情(と勘違い)から良かれと思って取った行動だったが、娘たちからの信頼は完全に地に落ちたのである。


「マ、マルトォォォ……! 余はもう、家庭に居場所がないぞぉぉぉ……!」


皇帝の涙声が、帝国城の夜空に虚しく響き渡るのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第85話 魔法のプール建設と、王女のタダ食い



皇帝が自国で娘たちから変態扱いされ、尊厳を失っていた頃。

俺の『アクア・リゾート・マルト』建設計画は、レイチェルの検索によって見つかった画期的な工法により、ようやく大きな壁を越えようとしていた。


「なるほど。魔法をこういう風に物理的な土木工事に応用するのか」


『はい。ギルドで【土魔法】と【植物魔法】の使い手を雇い、分業させます。まず土魔法でセメント・砂利・砂を混ぜ合わせた密度の高い強固な土の層を形成。次に、水に接する部分には植物魔法で抽出・硬化させた特殊な樹脂でコーティングしたパネルを敷き詰めます。これで、水圧に耐えうる完全防水のプールが完成します』


「素晴らしい。前世のコンクリートとFRP(繊維強化プラスチック)防水のハイブリッドみたいなもんだな。金ならロイヤリティで腐るほどあるし、さっそく魔法使いを雇って工事を進めよう」


大衆浴場に加え、本命の巨大プールが現実味を帯びてきた。

残る最大の問題は「水着を着てくれるモデル探し」だけである。皇帝の娘たちが(俺の知らないところで)全滅した今、アテは完全にゼロだった。


俺が頭を抱えていると、屋敷の庭に一台の豪華な馬車が止まった。

降りてきたのは、護衛の騎士を伴った王国の第一王女・ラビィであった。相変わらず、ツンとすました顔をしているが、その視線はチラチラと厨房の方を向いている。


「ごきげんよう、マルト。また何か妙な施設を作っていると耳にしたわよ。本当にあなたは、次から次へと騒ぎを起こすわね」


「……姫様。視察という名のつまみ食いなら、今日はプリンはないですよ」


「ち、ちがっ……! 私は純粋に、国の発展のためにあなたの事業を気に掛けてあげているだけよ!」


図星を突かれて顔を赤くするラビィだったが、コホンと咳払いをして胸を張った。


「そ、そうね。あなたがそこまで困っているのなら……『唐揚げ』を作ってくれたら、事業を手伝ってあげてもいいわよ? 私の王族としての影響力を使えば、大抵のことは解決するはずだわ」


「本当ですか!? いやあ、助かる!」


俺はパァッと顔を輝かせた。

王国の第一王女が直々に広告塔になってくれれば、これ以上ない絶大な宣伝効果だ。平民たちも「王女様がやっていることなら」と、水着への抵抗感をなくしてくれるに違いない。


「じゃあ、さっそくこれを着て、プールの完成予想図のポスターのモデルになってください!」


俺は王都の裁縫ギルドに作らせた『特注の女性用水着(フリル付きの可愛いワンピースタイプ)』を、ラビィの目の前にバサッと広げた。


「…………え?」


ラビィの動きが止まった。

彼女は俺の顔と、手に持たれた布切れを交互に見比べ、みるみるうちに顔を青ざめさせた。


「な……何これ。面積が小さすぎるわよ!? こんな下着みたいなものを着て外に出ろって言うの!?」


「いや、下着じゃなくて水着というスポーツウェアで……」


「捕まるわよ!!! あんた、一国の王女を公然わいせつで捕まえさせる気!?」


ラビィの悲鳴に近いツッコミが炸裂した。

そして、彼女の背後に控えていた護衛の騎士たちが、一斉に剣の柄に手をかけて俺を睨みつける。


「ま、待て! 誤解だ! これは健全なレジャーのための――」


「不敬罪で斬り捨てられたくなければ、今すぐその破廉恥な布をしまって、唐揚げを揚げなさい! タダでよ!! このド変態!!」



「……なんで俺が、タダ働きで唐揚げを……」


数十分後。

俺は厨房に立ち、ジュワァァァと音を立てる油鍋を前に、死んだ魚のような目で鶏肉を揚げていた。

ふざけた提案(俺にとっては真面目なビジネスの提案だったが)をした罰として、王族の権力で強制的にタダ働きさせられる羽目になったのだ。


「あむっ、はふっ……! うん、相変わらず美味しいわ! 衣がサクサクで、お肉の汁が溢れてくるわね!」


「おじさん、からあげ、おいしい!」

「みゃあー!」


客間では、ラビィとディアンネ、そしてさくらが、俺の揚げた唐揚げを囲んで幸せそうに女子会を繰り広げている。


『マスター。見事な交渉決裂ですね。これで女性モデルの候補は完全に尽きました』


「うるさい……。もういいよ、俺が水着着て泳ぐよ……」


油の匂いと胃痛に苛まれながら、俺は「異世界に水着の文化を根付かせることの絶望的な難しさ」を噛み締めるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第86話 妥協の産物と、孤高の海パン勇者


「……仕方ない。文化の壁には勝てない」


ラビィ王女への交渉が悲惨な失敗に終わり、完全に心が折れた俺は、現代日本風の「肌を露出する水着」の普及をすっぱりと諦めた。

代わりに裁縫ギルドに発注したのは、スライムの粘液を加工した『撥水素材』をふんだんに使った、手足まですっぽり覆うような「露出のない服」だった。


見た目は薄手のタイツやインナーウェアのようだが、水を弾くため重くならず、そのままプールに入っても水質を汚さない。


「これを『水着スウィム・ウェア』として領民に無料で貸し出そう。大衆浴場で体を洗った後、これを着てプールに入るルールにすれば、衛生面も露出の恥ずかしさもクリアできる」


俺の妥協案は、領民たちにあっさりと受け入れられた。

「これなら肌も見えないし安心だ!」「水に濡れても重くならないぞ!」と、大浴場から出てきた領民たちは、支給された撥水ウェアを着て楽しそうに巨大プールへと飛び込んでいった。


さくらも広いプールで「みゃあーっ!」と大はしゃぎしながら、先輩トラ直伝の水魔法(水柱立て)を練習している。


「よーし。皆が楽しんでるなら、支配人の俺もひと泳ぎするか」


更衣室で着替えを済ませた俺は、準備運動をしながらプールサイドへと姿を現した。


「いっち、にっ、さん、しっ……ふぅ」


燦々と降り注ぐ太陽の下、俺の格好は、前世の市民プールで愛用していたような、極めてオーソドックスな『海パン一丁』であった。


いくら妥協したとはいえ、中身が58歳の日本人である俺にとって、服を着たままプールを泳ぐなどという不自由な真似は到底受け入れられなかった。

男なら、プールは海パン一丁で泳ぐのがジャスティスだろう。俺は堂々と胸を張り、プールへと足を踏み入れた。


しかし、その瞬間。

ワイワイと賑わっていたプールの空気が、ピタリと静まり返った。


「…………」


撥水ウェアで全身を隠している領民たちの視線が、海パン一丁(ほぼ半裸)の俺に一斉に突き刺さる。


(……やべっ。やっぱりただの変質者だと思われたか……?)


少しだけ居心地が悪くなり、プールに戻ろうかと考えたその時だった。


「……え、英雄様、流石です……!」


一人の村の長老が、震える声で呟き、深く頭を下げた。


「我々の想像をはるかに超えていらっしゃる……! まさか、そのような極限まで布地を削ぎ落としたお姿で、水と一体になろうとされるとは……! とても我々には真似できません!」


「……え?」


「おい、見ろよ。あの無駄のない動き。あれが星を落とす男の真の姿なんだ」

「ああ……凡人が理解できると思わないことだ。英雄様は、常に我々の手の届かない高みにいらっしゃる……」


領民たちがヒソヒソと囁き合いながら、尊敬と畏怖が入り混じった眼差しで俺の海パンを見つめている。

彼らの中で、俺の海パン一丁は「変態の露出狂」ではなく、「常人には理解できない高次元の修行(あるいは儀式)」として処理されてしまったらしい。


『マスター。見事なカリスマ性です。領民たちは今、あなたを「同じ人間」ではなく「不可侵の現人神」として崇めていますよ』


ナップサックの中で、レイチェルがどこか楽しげに分析結果を告げる。


「…………」


俺は、静かにプールの水に顔を沈め、ブクブクと泡を吐き出した。

誰も俺を咎めない。誰も俺を笑わない。ただ、神聖なものを見るように遠巻きに拝まれるだけだ。


「マルト、およがないの? おさかなみたいで、かっこいいよ!」


プールサイドからディアンネが無邪気に手を振ってくれるが、俺の心は一向に晴れなかった。

(何故だろう……領民たちとの心の距離が、また一段と、決定的に広まってしまった気がする……)


誰も寄り付かなくなったプールの特等席で、たった一人、孤高の海パン勇者は胃痛を堪えながら平泳ぎを続けるのであった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第87話 温水プール化現象


孤高の平泳ぎを続けていた俺の目の前に、突如として巨大な影が落ちた。


ザパァァァンッ!!


「ぶふっ!? なんだ!?」


盛大な水しぶきと共にプールのど真ん中に現れたのは、先日男湯に投下され、悲劇のうんち事件を引き起こした『普通のアクア・タイガー(軽トラサイズ)』であった。


『今度は失敗しませんよ。トイレのしつけ済みの個体です』


プールサイドのベンチに置かれたナップサックの中から、レイチェルがドヤ顔(音声のみだが、確実にドヤっている)で言い放つ。


「おい! お前また勝手にワープさせたのか! 領民たちが怯えるだろうが!」


俺が慌てて周囲を見渡すが、驚くことに領民たちは「おお、英雄様の使い魔の親分だ」「今日も立派ですね」と、もはや巨大な魔獣が突然現れることにも完全に順応してしまっていた。この村の平民のメンタル、強すぎないか?


召喚されたアクア・タイガーは、プールの中をぷかぷかと気持ちよさそうに泳ぎ始めた。

さくらも「みゃあ♪」と嬉しそうに先輩トラの背中に飛び乗り、ウォータースライダーのようにして遊んでいる。


すると、俺は足元の水温が急激に変化していることに気がついた。


「……ん? なんだかお湯みたいになってきたぞ?」


『アクア・タイガーは非常に体温が高い魔獣です。巨大な個体が水に浸かることで、プール全体が適温の【温水プール】へと変化しました。これで、さくらが大きくなっても施設の耐久性・水質ともに大丈夫そうですね』


「何度もその言い訳が通じると思うなよ?」


俺はジト目でナップサックを睨みつけた。


『言い訳? 誤解しないでください、これは完全なる実地検証ですよ、マスター』


しれっと答えるレイチェル。絶対に自分が魔獣の反応を見て面白がっているだけだ。


しばらく温水プールを満喫していたアクア・タイガーだったが、水中に顔を沈めて何度か周囲を見回した後、ふと動きを止めた。


「クルル……?」


どうやら、本物の海や川と違って、このプールの中には『獲物(魚)』が一匹もいないことに気づいたらしい。

期待外れだったのか、アクア・タイガーは分かりやすくしょんぼりとした様子で肩を落とし、ザバーッとプールから上がってしまった。そして、プールサイドの暖かい日向に寝転がり、そのままふて寝のように昼寝を始めてしまった。


『なるほど。プールの休憩も大事ですね。……さて、あとはプールの安全を守るための【監視員】も必要ですね』


レイチェルが、意味深な電子音を鳴らしながら呟く。


「……おい。お前、まさかその昼寝してるアクア・タイガーを監視員にしようとしていないか? ダメだぞ。魔獣に監視員なんて任せたら、溺れてる人間を咥えて運ぶ時に噛みちぎるかもしれないだろ」


『ははは、まさかまさか。私の計算を疑うのですか?』


「その『ははは』が一番怪しいんだよ!」


俺はため息をつきながら、日向ぼっこをしている巨大なトラと、そのお腹の上で丸くなって一緒に寝ているさくらを眺めた。

どうやら、この異世界初の『市民プール』の運営は、まだまだ前途多難のようである。

◇ ◇ ◇ ◇ 


第88話 プールの損切りと、大浴場ブームの到来


数日後。

監視員(※レイチェルの陰謀を阻止し、冒険者ギルドから真面目な人間を雇った)や受付、清掃の従業員をしっかりと揃え、俺の『アクア・リゾート・マルト』は正式に有料施設としてグランドオープンを迎えた。


しかし、開業から数日が経過した昼下がり。

俺は無人のプールサイドのデッキチェアに寝そべりながら、深いため息をついていた。


「……見事にガラガラだな」


目の前に広がる巨大な温水プール(魔法と物理のハイブリッド工法で作った自信作)で泳いでいるのは、ピンク色の毛玉さくらと、すっかり常連になった軽トラサイズの先輩トラだけである。

たまに物珍しさで覗きに来る客はちらほらいるものの、全身を覆う『撥水ウェア』を着てまで水遊びをしようという物好きな領民は少なかった。


その一方で、プールの隣に併設された『大浴場』からは、朝から晩まで賑やかな声が絶えなかった。


「おおーっ、極楽極楽……! 湯船に浸かると一日の疲れが吹き飛ぶぜ!」

「風呂上がりのコーヒー牛乳は最高だな! おい、もう一本!」


大浴場だけを利用して帰る人が、圧倒的多数だったのである。


「……プールの一般公開は、やめるか」


俺は手元の経営帳簿をパタンと閉じ、あっさりと決断を下した。

前世で58年間、酸いも甘いも噛み分けてきた元サラリーマンのカンが告げている。需要のない事業に無駄な人件費と維持費をかけ続けるのは、愚の骨頂であると。採算が取れないなら、素早く損切りする。それが大人のビジネスだ。


『よろしいのですか? マスターの海パン姿を披露するステージがなくなってしまいますよ』


「別に披露したくて穿いてるわけじゃない。ただの合理性だ」


レイチェルのからかうような音声をスルーし、俺は立ち上がった。


「元々このプールは、さくらが将来デカくなった時のための水場として作ったんだ。一般公開をやめて、俺とさくらたち専用の『プライベートプール』にすれば、水質管理も楽になるしな。監視員のお兄ちゃんたちには、大浴場の警備と裏方に回ってもらおう」


かくして、異世界初の『市民プール』は、わずか数日でその営業を終了し、さくらと先輩トラ(時々俺)専用の豪華な水浴び場へと姿を変えたのであった。


しかし、俺の「事業の損切り」とは裏腹に、残された『大浴場』の存在は、異世界に凄まじい嵐を巻き起こすことになった。


「服を脱いで、大きな湯船に肩まで浸かる」という前世の日本の文化は、衛生観念の低かったこの世界の平民たちに、かつてない『娯楽と癒やし』を提供した。

さらに、男爵家の晩餐会や王城の食事会で俺の規格外ぶりを知っている貴族たちが、「星落としの英雄が、領民の衛生を向上させる画期的な施設を作ったらしいぞ!」とこぞって視察に訪れたのだ。


「なんと素晴らしい! 湯に浸かるだけでこれほど血流が良くなり、活力が湧くとは!」

「我が領地でも直ちに取り入れるべきだ!」


結果として、大浴場(スーパー銭湯スタイル)の文化はこの街だけでなく、王都の貴族や平民の間でも爆発的に取り入れられ、一大ブームを巻き起こすこととなった。


『おめでとうございます、マスター。料理に続き、公衆衛生と入浴文化の概念まで世界に定着させました。もはや歴史の教科書に載るレベルの偉人ですね』


「……俺はただ、さくらのプールを作りたかっただけなんだがな……」


俺はプライベートプールで「みゃあーっ!」と水柱を立てて遊ぶさくらを眺めながら、またしても意図せず異世界の文化レベルを底上げしてしまった事実に、静かに胃を痛めるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


第89話(閑話)王都の調査員と、公衆衛生の父



王都の片隅にある、内務省の薄暗い資料室。

全国の人口動態、とりわけ各地の病気の発生率や死亡者数を追跡・記録している調査員は、ここ数ヶ月の統計データを見て深く頭を抱えていた。


「……おかしい。計算間違いか? いや、何度やり直しても同じ結果になる」


羊皮紙に記されたグラフは、ある時期を境に奇妙な動きを見せていた。

特定の地域においてのみ、疫病(感染症)の発生率、および乳幼児や高齢者の死亡率が、過去の平均と比べて明らかに、そして劇的に減少しているのだ。


「気候の変化か? いや、隣接する町では例年通りの死亡者が出ている。魔法薬の流通量が変わったわけでもない……」


調査員は血走った目で資料を漁り、その「死亡率が激減した地域」の共通点を探し始めた。

そして数日間の徹夜の末、彼は一つの奇妙な事実に辿り着いた。


「……なんだ、これは」


死亡率が低下している地域に共通して存在していた『新しい要素』。

それは、魔法学院の設立でも、強力な結界の恩恵でもなかった。


「……『大浴場』……?」


それは、少し前に「星落としの英雄」と呼ばれる男が考案し、瞬く間に王国中に広まった新しい娯楽施設だった。

領民たちがこぞって服を脱ぎ、大きなお湯の池に浸かって体を洗うという、前代未聞の風習。


調査員は信じられない思いで呟いた。


「なぜだ? 確かに気分は良くなるだろうが……ただ『体を綺麗にすること』が、こうも発病や死亡を減らすものなのか?」


この異世界において、病とは長らく「悪霊の仕業」や「見えない瘴気」によるものだと考えられてきた。

しかし、大浴場の普及によって「土垢や泥、汗を洗い流し、清潔な状態を保つ」という行為が、目に見えない病魔を物理的に遠ざけるという圧倒的なデータが、今ここに証明されてしまったのだ。


「これは……魔法や神の奇跡などではない。人間自身の生活様式が、命を救っているのだ……!」


調査員のこの発見は、すぐさま王都の学者や医師たちの間で大激論を巻き起こした。

そして、泥まみれで生活することが当たり前だった平民の常識が覆り、この異世界に初めて『公衆衛生(Public Health)』という概念が産声を上げたのである。


後世の歴史家は、この出来事を「医療革命の夜明け」と呼んだ。


そして数十年後、魔法や戦争の歴史とは異なる『医学・衛生史』の教科書の第一章には、一人の男の名前が燦然と輝くことになる。


『――公衆衛生の父、英雄マルト。彼は水浴と清潔の概念を世に広め、剣も魔法も使わずに数百万の命を救った偉人である』と。


……なお、当の本人が「ただ自分の飼い猫(魔王候補)のためにプールを作ろうとして、妥協して風呂を作っただけ」だという事実は、歴史の闇に永遠に葬られるのであった。


◇ ◇ ◇ ◇ 


【6章これまでのあらすじ】

現代日本から異世界に転生した元サラリーマン(精神年齢58歳)のマルト。彼に与えられたスキルは、自分にはノーダメージだが周囲を壊滅させる【隕石落下】というピーキーすぎる代物だった。

スローライフを夢見て、王都から離れた幽霊屋敷を購入したマルトだったが、その規格外の行動力と現代知識により、次々と騒動に巻き込まれていく。


王族や貴族に「プリン」や「パスタ」などの現代グルメを伝授して巨万のロイヤリティを築き、最強の魔獣をペットにし、ついには覇権国家の皇帝と「マブダチ」になってしまう。


第6章では、愛猫さくらのために「巨大プール」の建設に着手!

しかし、さくらが将来「魔王」になる可能性が発覚したり、皇帝が未来予測でさくらに呪われたり(後に神の介入で解決)、巨大魔獣が風呂でうんちをしたりとトラブルが続出。

最終的にプールの一般公開は諦めたものの、妥協で作った「大浴場」が異世界に【公衆衛生】の概念を生み出し、マルトは意図せず「公衆衛生の父」として歴史の教科書に名を残すことになってしまったのだった。


【登場人物&ステータス紹介】

■ マルト(石落 丸人)


年齢: 20代(精神年齢58歳)


職業: 冒険者 兼 料理研究家 兼 プール支配人


主な称号: 星落としの英雄、皇帝のマブダチ、公衆衛生の父


所持スキル: 【隕石落下(使用者へのダメージなし)】


特徴: 本作の主人公。平穏なスローライフを望んでいるが、やる事なす事すべてが裏目に出て、世界に革命を起こし続ける不憫な男。常に胃薬代わりの苦い薬草を常備している。海パン一丁で泳ぐ姿は、領民から「現人神の儀式」として崇められている。


■ さくら


種族: アクア・タイガー(希少種・ローズ)


所持スキル: 【水操作】【霊視】【熟眠】


特徴: マルトの愛猫であり、本作のヒロイン(物理枠)。その正体は、勇者と同格の3つのスキルを持つ「魔王候補」。未来の世界ではマルトの復讐のために世界を滅ぼしかけたが、現実の本人はただ寝て遊んで唐揚げを食べるのが大好きな、無害で可愛いピンク色の子猫である。


■ レイチェル


種族: AI(四角い立方体デバイス)


特徴: マルトをサポートするポンコツ有能AI。現在は防水仕様のナップサックに収まっている。論理的で冷静なツッコミ役だが、時々わざとマルトが胃を痛めるようなシミュレーション結果を楽しんでいる節がある。


■ ディアンネ


種族: 幽霊(少女)


特徴: マルトの屋敷(元・幽霊屋敷)に住み着いている地縛霊。マルトの作る現代ご飯(特に唐揚げや刺身)の虜になり、すっかり家族の一員として馴染んでいる。さくらの【霊視】スキルのおかげで、さくらとも普通に遊べる。


■ グロース(帝国皇帝)


職業: 帝国皇帝(覇権国家のトップ)


所持スキル: 【鑑定】【未来予測】


特徴: マルトの親友であり、極度の猫好きおじさん。好奇心から【未来予測】で魔王化したさくらを覗き見てしまい、次元を超えた呪いを受けて右腕を失いかけた(未来のさくらが神に粛清されたことで無事完治)。水着モデルの件で、娘たちからはド変態扱いされている。


■ ラビィ


職業: 王国第5王女


特徴: プライドは高いが、マルトの作る料理には逆らえない腹ペコ王女。マルトの事業を気にかけて視察(という名のつまみ食い)にやってくる。マルトから水着のモデルを頼まれ、公然わいせつだと激怒した。


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