六話 番外編 ある日の一日
「ファナ、こんなに毎日工房に入り浸っていて……本当に大丈夫なのか?」
いつものようにアルケミアの制作に没頭していた私に、ヤト先生がふいに声をかけてきた。
顔を上げると、先生はどこか気遣うような表情をしている。
「え? 入り浸っちゃダメなんですか?」
「いや……君、一応既婚者なんだよね? 家庭のほうは問題ないの?」
「あー」
言われてぱちぱちと瞬きをした。
そういえば私、結婚していたんだった。
旦那様とは愛情もなく、夫婦らしいことを何一つしていない。顔を合わせることすら滅多にないから、すっかり忘れてた。
「私、結婚してからずっと遊び歩いているので、家庭のほうは全然平気です!」
転生前のファルファナは、昼夜を問わず遊び歩いていたらしい。
だから外出するたびに行き先を根掘り葉掘り聞かれることもないし、帰りが遅くなっても誰にも何も言われない。
――うん。この自由だけは、ファルファナに感謝しなきゃ。
「それは……ファナの方に問題があるんじゃないか」
あっけらかんと答えると、先生は何とも言えない顔になった。
「安心してください。これは破滅ルート回避のための離婚準備なんです!」
「は、破滅ルート?」
ヤト先生の頭の上に大きな「?」が浮かんでいる気がする。
「そのために自立を目指しているんです。だから先生が私を弟子にしてくれたら、とっても助かるんですけど」
期待を込めて見上げる。けれどヤト先生は、ますます困ったように視線を逸らした。
「それは……できない」
断っているのは先生の方なのに、苦しそうな表情をしてる。
「職が必要なら、無色でも雇ってくれるところを紹介するよ。だからそこで――」
「紹介はいりません。私はもう、ここで働くと決めたので」
言葉を遮り、にっこりと笑みを浮かべる。ヤト先生は観念したように肩を落とすと、大きくため息を吐いた。
「結果が出なければ、ここでは働かせられないよ」
「もちろんです! ちゃんと結果を出して、先生に褒めてもらいますから!」
拳をぎゅっと握りしめて宣言する。
ヤト先生は一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに口元へふっと優しい笑みが浮かんだ気がした。
「そういえばファナ、ここに来る道のりをもう覚えたんだな」
「はい」
先生が最初の頃、わざわざ路地裏の入口まで迎えに来てくれていた理由を知ったのはつい最近。
この辺りの路地裏は細い道が複雑に入り組み、迷宮なんて呼ばれているらしい。
もっとも、そんなことを知らなかった私は、面白そうだなぁと思って片っ端から探検してしまったのだけれど。
「迷路みたいで楽しかったですよ!」
「……ガラの悪い連中に声をかけられたりしていない?」
「ガラの悪い?」
首を傾げて聞き返す。
「路地裏には、無色だってだけで絡んでくる厄介な奴等がいるんだ」
「へー」
言われて思い返してみるものの、心当たりはまったくない。
ちょっと舌打ちされたり、通り過ぎに何か言われたりはしたけれど、あれは挨拶みたいなものじゃないかな。絡まれたと言うほどではないと思う。
「特にないですよ」
「そっか、なら良かった」
ほっとしたように胸を撫で下ろすヤト先生。
――迎えに来てくれていたのは、その心配もあったからなのかな? 本当に優しい人だなぁ。
「ヤト先生」
一歩踏み込んで、まっすぐに見上げる。
「見ててくださいね。貴方が雇いたくなるくらい、すごいものを作ってみせますから!」
「……ファナって、良くも悪くも本当にまっすぐだね」
「お褒めいただき嬉しいです!」
「褒めてはないんだけど」
先生は困ったように眉を下げ、視線をそらした。
その仕草には――どこか申し訳なさと、距離を置こうとする気配を感じた。




