三十二話 あーあ、言っちゃった。
「どんな手、と言われましても」
口元へ人差し指を添え、うーんと考える。
「新しいアルケミアを作ったら、皆さんが『欲しい!』って言ってくださって。それで、気づいたら全部売り切れちゃいました!」
素直に答えると、カガミの肩がびくりと震えた。
「そんなはずありません! ……そんな技術、貴女達ごときにあるわけが……!」
「ありますよ? だって私、天才ですから! ――ご期待に沿えず、工房が潰れていなくて残念でしたね」
事実を言っただけなのに、カガミの顔はみるみる赤く染まっていった。
「なっ……! 無色の分際で、僕達を愚弄する気ですか!?」
「え、愚弄なんてしていませんよ」
ぱたぱたと両手を振る。
「ただ本当のことを言っただけです。それに、お二人には感謝してるんですよ!」
「……何ですって?」
「だってお二人が工房へ来てくださったおかげで、私、正式にここで働けるようになったんです! 意地悪してくれて本当にありがとうございました!」
満面の笑みでお礼を告げる。
だけど、彼の表情はさらに怒りに染まっていった。あれ? お礼を言っただけなのに。隣ではヤト先生がなぜか頭を抱えていた。
「この……っ!」
カガミが勢いよく一歩踏み出そうとする。けれど、その腕を白く細い手が静かに押さえた。
「お止めなさい、カガミ!」
エレノワールだ。
彼女は私から目を逸らさないまま、冷たい声で問いかけた。
「そこの貴女。……この工房は商売が成り立たないように、あらゆる手を打っておいたはずですわ」
「はい。たくさん困らせられちゃいました」
素材を売ってもらえなくなったり。悪い噂を流されたり。石を投げられたり。きっと、私が知らないところでも色々あったんだと思う。
「でも全部、跳ね返しましたよ!」
「そんな……っ! ハイデルク商家が動いたのですのよ……!? 無色の工房が耐えられるはずありませんのに」
エレノワールは信じられないものを見るように私を見つめ、カガミも言葉を失っている。
うーん……そう言われても。こうして工房は元気なんだから、現実を受け入れてもらうしかないと困る。
双子は悔しそうに俯き、肩を震わせていた。
「工房を潰すのはもう諦めてください。そもそも、それを望んでいるのは『貴女達』じゃないですよね?」
――けれど。
二人は何かを思い出したように、ゆっくりと顔を上げる。視線が絡んだかと思うと、同時に口元を吊り上げた。
「「残念でしたね」」
さっきまでとは打って変わって、自信に満ちた笑みを浮かべる。
「貴女達がどれだけあがこうとも無駄ですわ」
「そうです。僕達の後ろには――あのファルファナ様がいらっしゃるんですから!」
まるで絶対に負けるはずがないと信じ切っている声だった。
えっと……勝手に私の名前を切り札にされても困るんだけど。私の顔も知らないのに。
「そんなに彼女を頼りにしているんですね」
軽く首を傾げると、双子は顔を見合わせて――ぷっと吹き出した。
「ははっ! あの悪妻にそんな好意的な感情を持っているわけないじゃないですか!」
「ええ。利用価値があるのは、あの人の立場だけですわ」
二人は可笑しくて仕方ないとでも言うように、肩を震わせながら笑い続ける。
「無色のくせに侯爵令嬢として生まれた自分を勘違いしている、ただの無能なお姫様」
「父と母も言っておりましたわ。褒め言葉を一つ与えれば、たちまち財布を開く……とても扱いやすいお得意様だって」
口元だけ笑っている、冷たい声だった。
わぁ。やっぱり嫌われてるんだね、私って。
「残念ですけど、ファルファナは貴方達の味方じゃありませんよ」
気づけば、言葉がするりと口をついていた。
「……は? 正気ですか、貴女」
「たかが無色の庶民が、ファルファナ様の何を知っていると言うのですか?」
二人は呆れたように肩をすくめた。
「貴女達よりも分かっているつもりですが」
「思い上がりも甚だしいですわ」
「あのお方は、自分に逆らう者を決して許しません。貴女方など、明日には跡形もなく消えているかもしれませんよ」
私のイメージひどすぎない?
「そんなことしま――」
「――一か月近くも無断外泊とは。良いご身分だな」
低く落ち着いた声が、私の言葉を静かに遮る。聞き慣れた声に、肩がぴくりと跳ねた。この声って……。
「あっ」
反射的に入口を振り返る。
そこには腕を組み、不機嫌そうにこちらを見つめる旦那様が立っていた。……あれ? もしかして怒ってる?
「「ま、まままままさか、スエイル様っ!?」」
弾かれたように振り返った双子が、見る見る顔色を失っていく。
「ど、どうしてスエイル様が、このような小汚い工房に……!?」
「失礼ですね!」
思わずむっと頬を膨らませる。
「毎日ちゃんと掃除してますよ! それに、この《ぱちぱちらくらく箒》をご覧ください! 雷の力で床のゴミを勝手に集めてくれる、とっても便利なアルケミアなんです!」
商品の説明まで始めていると。
「五月蠅い。君は少し黙っていろ」
旦那様がぴしゃりと私の言葉を断ち切った。
そしてゆっくりと視線を動かし、震える子兎みたいになっている双子へ向ける。
「ハイデルク商家の跡取りか。よくもまぁ……随分と好き勝手してくれたようだな」
「「そ、そんなことは……っ」」
その瞳は赤いのに、氷みたいに冷え切っていた。
双子がびくっと肩を跳ねさせる。
「商家の影響力を利用し、一つの工房を潰そうとした。取引先への圧力、虚偽の風評、営業妨害。どれも立派な商人のすることではないな」
一歩ずつ。
旦那様が静かに踏み出すだけで、二人は反射的に後ずさった。
さっきまで勝ち誇っていた表情は跡形もなく消え、青ざめた顔には隠しきれない動揺が浮かんでいる。
「その上、公爵夫人の名まで勝手に利用して人を脅すとは……誰の許可を得て、俺の妻を利用した?」
「ご、誤解です! 僕達はファルファナ様のご指示を受けて、この汚い工房を潰そうとしていただけです!」
まだ言うか。もー、汚くないってば!
箒を持ったまま反論しかける。
でも、さっき旦那様に怒られたばっかりだった。うん。我慢、我慢。私はぐっと言葉を飲み込んだ。
「……君達は、自分が誰に喧嘩を売ったか分かっているのか?」
「だ、誰にって……?」
旦那様は何も答えず、静かに私へ歩み寄る。
靴音だけが静まり返った工房にコツ、コツ、と響いた。
双子の横を通り過ぎ、そのまま私のすぐ隣まで来る。何の迷いもなく私の腰へ手を回すと――ぐいっと自分の隣へ引き寄せた。
「ファルファナ」
名前を呼ばれ、私は素直に旦那様を見上げる。
旦那様は私から手を離さないまま、双子を真っ直ぐ見据えた。
「君達が口にしていた『悪妻ファルファナ』なら、ここにいるぞ」
「「……は?」」
二人の口が同時にぽかんと開く。
言葉の意味が理解できないと言わんばかりに、目をぱちぱちと瞬かせていた。そして――遅れて、現実が脳に届いたみたい。
「「…………はぁぁぁぁあああああ!?」」
工房の空気を震わせるほどの絶叫が響いた。あーあ、言っちゃった。




