↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫌われ悪妻に転生しましたが、今日も元気です! ――悪妻ファルファナの円満離婚日記――  作者: 光子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/42

三十話 路地裏の魔法工房の鍵


「では、錬金術を始めますね!」


 旦那様が手配してくれた素材を作業台の上へ次々と並べていく。ずらりと並んだ素材を見渡して、思わず胸が躍った。

 すごい。こんなにたくさんの素材が揃ったのは初めてかもしれない。ううん、きっと過去最高だ。


「まずは火をつけて……よし。じゃあまずは、びりびり尻尾を使ってみよう!」


 火の石を鍋にかけると、ぱちんと火花が跳ねた。その中へ、びりびり尻尾をぽいっと放り込む。


「この金属は見たことないや。どんな効果があるんだろう?」


 本棚へ駆け寄り、図鑑を勢いよく引き抜く。

 急いでいるから隣の本まで巻き込んでしまい、数冊がどさどさっと床へ落ちた。


「あとでちゃんと片づけます!」


 慌てて謝りながら図鑑を抱え、鍋へ視線を向ける。ぐつぐつと泡立つ音。うん、いい感じ。

 ほっと胸をなで下ろしてページをめくった。


「なるほど! これは魔力を閉じ込める金属なんですね!」

「……《留晶鋼りゅうしょうこう》。これだって決して安い素材じゃないのに」


 ヤト先生は金属をそっと持ち上げると、ぽつりと声を漏らした。

 時計の針だけが、かち、かち、と時を刻む。窓の外はいつの間にか夜に包まれ、天井の魔導灯が工房を柔らかな光で照らし始めていた。


「……ごめんな、ファナ」

「ヤト先生?」


 不意に落ちた声に顔を上げる。先生は伏し目がちに、小さく眉を寄せていた。


「君にまで迷惑をかけてしまって……」

「いいえ。謝るのは私のほうです。この工房が目をつけられたのは、私が原因ですから」

「……え」


 私はすぐに首を横に振る。

 ヤト先生の目が、驚いたようにわずかに見開かれた。


「それは……」

「私がここに通っていると知ったお父様とお母様が、この工房を潰すように仕向けたんだと思います」


 言うことを利かない娘に罰を与えるために。


「……親が、子供の居場所を壊そうとしているのか」


 小さく呟き、ぎゅっと拳を握り締める先生。

 その横顔には怒りよりも、どこか自分も同じような痛みを知っているかのような――そんな悲しみが滲んで見えた。


「ヤト先生の大切な工房にご迷惑をかけて、本当にごめんなさい」


 錬金術の手を止め、深く頭を下げる。

 ゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐに先生を見つめ返した。


「今さら私がここを離れても、一度狙われた工房が安全になるとは思えません。だから……この『問題』が終わるまでは、私をここに置いてください」


 胸に手を当て、はっきりと言い切る。

 迷惑をかけてしまったのなら、最後まで責任を果たしたい。この場所は私にとっても大切な居場所だから、絶対に守り抜いてみせる。


「…………」


 静寂が工房を包む。

 しばらくして、ヤト先生は何も言わずに踵を返した。

 かつ、かつ、と床を踏む音だけが工房に響く。壁に掛けられた鍵をそっと外すと、そのまま私の前まで戻ってきた。


「ファナにあげるよ」


 そう言って私の手を優しく取る。

 温かな掌に包まれるようにして、小さな鍵が手のひらへと乗せられた。


「……これは?」


 細い軸に丸い輪が付いた、どこか懐かしい形の鍵。

 飾り気はないけれど、大切に磨かれてきたことが伝わってくる。……なんか可愛いかも。


「路地裏の魔法工房の鍵だよ」

「工房の?」


 鍵と先生の顔を見比べる。


「えっと、どうして工房の鍵を私に?」

「ファナを認めるよ。……この路地裏の魔法工房で正式に雇う」


 ――その瞬間。胸がどくん、と大きく鳴った。


「ほ、本当ですか!? 本当に本当!? あとから『冗談でした』なんて言わないでくださいね!」

「い、言わないよ」


 ぐいっと身を乗り出す。

 先生は少し慌てたように一歩下がり、それでも真剣な顔で頷いた。


「ファナの実力はもう十分証明されてるし。認めなかったのは……僕が覚悟を決められなかったからだ」


 うん、知ってる。だからこそ不思議だった。どうして今なんだろう?

 首をこてんと傾げると、先生は張りつめていた肩の力を少しだけ抜き、穏やかに笑った。


「ファナは……全部自分一人で背負い込もうとしてるだろ。でも、これでこの工房の問題は……僕達二人の問題だ」

「……ヤト先生」


 胸がじんわりと温かくなる。

 先生はずっと、私を工房へ置くことをためらっていた。

 それなのに今は、自分の大切な工房の鍵を私へ託してくれている。一人で頑張らなくていいと言われているようで。

 嬉しくて、思わずぎゅっと鍵を握りしめた。


「だから、ここを離れるなんて考えないでほしい」

「え?」


 あまりにも真剣な声に、思わずきょとんと瞬きをする。

 工房を離れる? 私が? 頭の中に大きな「?」がぽんっと浮かぶ。……どうしてそんな話になるんだろう。


「えーーっと。あの、私……工房を離れるとか、考えたこともないですけど?」

「……え?」


 今度はヤト先生が、ぽかんと目を丸くした。


「だ、だってファナ。さっき『問題が終わるまではここに置いてください』って言っていただろ? 終わったら出ていくつもりなのかと……」

「違いますよ」


 首を横に振る。


「問題はちゃんと片付けます! だから、その後もここにいていいですよね? ってお願いしようかと」

「そ、そうなのか? ……なら良かった」


 ほっとしたように息を吐く先生。

 そんな選択肢、最初から私の中にはない。だって――。


「毒親の嫌がらせくらいで、自分の好きなものを簡単に手放したりしませんよ」


 にこっと笑う。

 どうして私が、あの人達のせいで自分の好きなものを諦めなきゃいけないの? そんなの悔しいし――絶対に嫌。


「私はこの工房も、ヤト先生のことも大好きですから」


 胸に手を当てて、まっすぐ先生を見つめる。


「全部、跳ね除けてみせます」


 言い切ると、先生は目を見開いたまま小さく息を呑んだ。

 そのあと張り詰めていた表情がふっと緩み、困ったように笑う。


「参ったな。……少しでも君を守ろうと思ったのに、君の方がよっぽど強いみたいだ」

「そんなことありません! 先生の気持ち、ちゃんと届いてますよ! すっごく嬉しいです!」


 二人で笑顔を向け合った――その時。

 ちかっ。天井の魔導灯が小さく明滅する。


「あれ?」


 そのままちか、ちか、と天井の魔導灯が不穏に点滅し続け――ぱちん、と音を立てて光が消えた。工房が一気に暗闇に包まれる。


「わっ……!」

「あー……そうだ。魔導灯の魔法も全部断られたんだった」


 この国では、暮らしのほとんどを魔法が支えている。

 だから魔力を持たない無色の私達は、灯り一つ灯すにも魔法使いの力を借りなきゃいけない。断られてしまえば、こうして真っ暗だ。

 

「どうします?」

「どうしようもないな」


 困ったように笑う先生を見て、私も「ですよねぇ」と苦笑する。

 うーん。明日になったら、またガラドに相談してみようかな。頼りっぱなしでちょっと申し訳ないけど。


「今日はもう夜も遅いし、そろそろ休もうか」


 そう言って、ヤト先生は作業台の上に置いたままの鍋へ視線を向けた。

 あ、そうだ。錬金術の途中で火をつけっぱなしにしていたんだった。暗闇の工房で鍋の下の火だけがゆらゆらと揺れ、こと、こと、と小さく煮立つ音が静かな室内に響いている。

 先生が火を消そうと、鍋へ手を伸ばした。


「これは――」


 その手が、ぴたりと止まる。

 真剣な眼差しで鍋の中を見つめたまま微動だにしない。

 どうしたんだろう? 私も鍋を覗き込むけど、暗くてよく見えない。もしかして、何か変なものでも入れちゃった?


「ヤト先生?」

「……もうすぐ完成する」

「えっ」


 その言葉とほぼ同時だった。

 ――ぼんっ。小さな破裂音が、静まり返った工房に響く。


「わぁっ」


 鍋の中から淡い金色の光がふわりと弾けた。

 きらきらと輝く粒子が星屑みたいに舞い上がり、暗闇に包まれていた工房を優しく照らしていく。暗闇だったはずの工房が、一瞬だけ幻想的な金色に染まった。


「やったぁ……! 新しいアルケミア、完成しましたっ!」


 光の粒子が舞い散る中で、私は思わず両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。