二十八話 双子の勝利宣言
「ファルファナ様が……この工房を……?」
ヤト先生も隣で驚いたように息を呑んだ。
「ファルファナ様の恐ろしさは帝都では常識ですわ。気に入らない相手は、容赦なく虫のこどく踏み潰されますの」
「彼女に目をつけられた時点で、貴方達の運命はもう決まっていたんですよ」
胸を張って、双子は得意げに悪妻ファルファナの話を続けていく。
……あの、それ私のことなんだけど。二人とも私がその本人だって気づいてないよね?
「ファルファナ様とお知り合いなんですか?」
とりあえず聞いてみる。
なにせ、私には転生前の記憶がない。もしかしたら転生前のファルファナの知り合いなのかもしれないし。
「ミシュラート侯爵家は、我がハイデルク商家の大切なお得意様ですわ」
「侯爵家……」
ぴくっと、その名前に反応する。
「残念ながら、ファルファナ様にはお嫁入りされる前にお目にかかる機会はありませんでした。ですが先日、侯爵夫人直々のお茶会へお招きいただいたのです!」
「そこで、『娘の願いを叶えてほしい』と頼まれましたわ」
双子は胸元に手を添え、誇らしげに微笑んだ。
「……へぇー」
頼んだ覚えなんて一つもない。工房を潰せだなんて、命令するわけがない。
私が路地裏の工房へ通っていることを調べて、勝手に私の名前を使ったんだ。私の居場所を奪うために――私を悪い子に戻すために。
「ほんと……余計なことしかしないね。お父様とお母様は」
気づいたら、ぽつりと本音が口からこぼれていた。
「ファルファナ様に目をつけられた以上、抗うだけ時間の無駄です。潔く店を閉めることをお勧めしますわ」
「一か月後にもう一度参ります。その時までに工房が閉まっていなければ――」
二人は揃って意味ありげに微笑む。
それだけ言い残すと、くるりと踵を返し、工房をあとにした。扉が閉まり静寂が戻る。……言いたいことだけ言って帰っちゃった。
私はヤト先生を見上げると、にこっと笑った。
「ヤト先生、元気いっぱいな双子でしたね! 意地悪まで息ぴったりで、さすが双子です!」
「ファナ……そんなに楽しそうに言われても、こっちは胃が痛いんだけど」
「えっ、大丈夫ですか?」
心配になって顔を覗き込むと、先生は困ったように笑ってから大きくため息をついた。
「大丈夫……とは言えないかな。まさかファルファナ様に目をつけられるなんて……」
ぽつりと零れた声は、どこか諦めを帯びていた。
「工房は……もう、おしまいかもしれないな」
「いいえ、そんなことはありません」
迷わず首を横に振ると、先生は驚いたように私を見た。
「どうして、そんなこと言えるんだ……?」
「私は、この工房を潰したいなんて思っていませんから」
「……それは、どういう意味で?」
視線をまっすぐ受け止めて、にっこり笑う。
お父様とお母様は、きっと今も私を「無色で無能の娘」だと思っているんだろうなぁ。どうせ一人では何もできない。少し脅せば、昔みたいに言うことを聞く。
でも、残念でした。
「大丈夫です! この工房は絶対になくなりません!」
決意のままにぐっと拳を握りしめる。
くるりと振り返ると、作業スペースへまっすぐ駆け出した。
「ファ、ファナ?」
「すっごいアルケミアを作りましょう! ヤト先生の工房を馬鹿にしたこと、後悔させるくらいのアルケミアを!」
ざぁーっと、素材と器具を台の上に並べていく。
袖をきゅっとまくった途端、やるぞ! って気が一気にみなぎってきた。うんうん。障害があればあるほど燃え上がるって、どこかで聞いたことあるもんね。
「ファナ、とっくに帰る時間過ぎてるんだけど……」
「あ、ひらめいちゃいました! よーし、私の本気、見せちゃいますよ!」
「……つまり、帰る気はないんだね」
ヤト先生は、どこか諦めたように深くため息を吐いた。
◇ side ハイデルク家の双子
「今頃、あの工房は大騒ぎでしょうね」
ハイデルク家のテラス。
柔らかな午後の日差しが白いティーカップを照らす中、姉のエレノワールは優雅な手つきで紅茶を口へ運んだ。
「ええ。ファルファナ様のお名前を出された以上、誰も逆らえませんから」
向かいに腰掛ける弟カガミも、鏡写しのように同じ仕草でカップを傾ける。
「それにしても……あの女、本当に目障りでしたね。無色の身でありながら、僕達にあんな口を利くだなんて。身の程知らずにもほどがあります」
「あら、カガミ。そんな言い方はおやめなさいな」
エレノワールは穏やかに微笑み、やんわりと弟をたしなめる。
けれど、それは無色を思いやっての言葉ではない。
「ファルファナ様も同じ無色なのですもの。それを理解されていない――哀れで、お可哀想なお方でしょう?」
「……そうでしたね」
カガミは小さく肩をすくめる。
双子の目に宿るのは、ファルファナへの拭いきれない嫌悪と侮蔑だった。
「こちらでも手を尽くしましたし、もう工房を続けるのは難しいでしょうね」
「ええ。僕達が動いた以上、不可能ですよ」
「抵抗したところで結果は同じですもの。賢い方なら、自ら店を畳むでしょう」
二人は静かに微笑み合う。
路地裏の小さな工房が閉まり、彼等は行き場を失う。そして最後には、結局は自分達へ泣きついて来るしかない。
そして、それを自分達は軽く払いのけるだけ。
――そういう筋書きなのだと疑う余地すらなかった。
「「弱者が消えていくのは、世の理です」」
笑みとともに零れた一言は、路地裏の魔法工房へ向けられた勝利宣言そのものだった。




