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嫌われ悪妻に転生しましたが、今日も元気です! ――悪妻ファルファナの円満離婚日記――  作者: 光子


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十八話 家に帰ろうっと


「奇遇だね。お元気そうで何より」


 にっこり笑うと、お兄さん達の顔が一瞬ひきつった。


「ファナ」


 隣で先生が静かに口を開く。


「……喧嘩って、何?」

「喧嘩を売られたので買っただけです。ちゃんと仲直りしましたよ!」

「してねーわ! 勝手に捏造すんな!」


 お兄さん達に即座に否定され、私はぱちぱちと瞬きをした。

 

「あれ? 『昨日の敵は今日の友』って世界のルールじゃないの?」 

「そんなルールねぇわ!」

「えぇー!? そうなの!? ちょっとショックです」


 本当にびっくりして、思わず口を押さえる。

 するとお兄さん達は、さらに苛立ったみたいで声を荒げてきた。


「そんなことはどうでもいいんだよ! 無色のお前等が揃いも揃って、ここに何しに来たって聞いてんだ!」

「サンダラリア草原って、この辺りで人気の採取地なんだよね? だから採取に来ました」


 帝都からほど近くて、美味しい果実も採れるし、魔物の素材も豊富な場所。

 だから毎日いろんな人が訪れるし、こうして知り合い(?)にばったり会っちゃうこともあるとか。


「採取だと? はっ、無色ごときが!?」


 鼻で笑い、露骨に見下した目を向けてくる。

 そういえばこの人達、無色を馬鹿にしてたんだっけ。懲りずに喧嘩を売るなんて、学習能力がないのかな?

 それとも――。


「もしかしてリベンジしたいの?」


 ぴんっとひらめいて、私は思わず身を乗り出した。


「無色ごときって馬鹿にしてたのに、前は手も足も出なかったもんね。悔しくて、もう一回勝負したくなったんだ!」

「……あぁ!?」


 ぴしり、と空気が張り詰める。


「いいよ。そういうことなら、また相手してあげるね!」

「てめぇ、調子に乗んなよ!」


 純度百パーセントの優しさだったのに、お兄さん達の顔はみるみる真っ赤に染まっていく。手のひらには魔力がじわじわ集まり始めてるし。


「あれ? お兄さん達、どうしてそんなに怒ってるの?」

「……あれだけ煽っておいて、本気で分かってないのが一番怖いよ」


 きょとんと首を傾げると、隣でヤト先生が額を押さえた。


「この前は油断したが、今日はヤトごとまとめて叩き潰してやる!」

「そうそう! ヤトなんて役立たずの無色、足引っ張って終わりだろ!」


 お兄さん達はすっかり勝ち誇った顔になり、その勢いのままこちらへ踏み出す――その瞬間。


『キュィィィィィッ!』


 甲高い鳴き声が、草原に響く。

 ざぁっと草をかき分け、雷をまとった蜥蜴みたいな魔物が飛び出してきた。


「なっ!?」


 お兄さん達は私達に気を取られていて反応が一瞬遅れる。

 バチッっと、放たれた雷撃が一人のお兄さんへ真っすぐ突き刺さった。


「うわぁぁぁっ!」


 体をびくんびくんと痙攣させ、そのまま地面へ倒れ込む。うわぁ……見るからに痛そう。


「……《雷蜥蜴》! くそっ、油断した!」

「倒れたお兄さん、大丈夫? ちゃんと生きてる?」


 私は倒れたお兄さんの隣へしゃがみ込み、ひょいっと顔を覗き込んだ。


「物騒なこと言うんじゃねぇ! こいつ等にそんな殺傷能力ねぇよ! ただ……目を覚ますまでちょっと時間がかかるだけだ!」

「そっか、それなら安心」


 ほっと胸をなでおろして立ち上がる。

 目の前では魔物達がバチッ、バチッと尻尾を振り、私達を囲むように距離を詰めてきていた。あの魔物……図鑑で見たことある。


「《びりびり尻尾》――素材として使えるね!」


 右耳につけた《めらりの耳飾り》が、私の意思に応えるように軽く揺れる。ふわりと炎が灯り、耳元を赤く照らした。

 一気に片づけちゃおう。そう思って耳飾りに触れかけた時、ふと――ヤト先生と目が合った。


「……ヤト先生」


 先生の目はさっきまでとは違い、迷いのない、まっすぐ前を見据えた光が宿っていて。

 私は耳飾りの炎をぴたりと消すと、一歩だけ後ろへ下がった。胸に手を添え、にこっと微笑む。


「ヤト先生。魔物お相手、お願いしてもいいですか?」

「……ああ」


 その言葉に呼応するように、先生の耳飾りが赤い光を弾いた。


「《めらりの耳飾り》!」


 ヤト先生の声が、炎の気配をまとって草原に響く。

 生まれた炎は迷いなく一直線に魔物へと駆け、その体を包み込むように叩きつけた。魔物達は悲鳴を上げる間もなく炎に焼かれ、地面へ崩れ落ちていく。


「わぁ……! さすがは私の先生!」


 純粋な称賛の声がこぼれる。

 いくら私が調合法を教えたとしても、実際に形にできるかどうかは腕次第。ヤト先生が優れた錬金術師だからこそ、《めらりの耳飾り》は力を発した。


「僕が作ったアルケミアで……本当に魔物を倒せるなんて」


 当の本人は、まるで時間が止まったみたいに立ち尽くしていた。

 私はそっと近寄り、先生の顔を覗き込む。


「これで、もっといろんな場所に採取に行けますね!」

「……そうだね」


 短く答えた先生の表情は、泣きそうで、でも嬉しそうで。

 ――ヤト先生がこのまま、少しでも自分の『才能』に気づいてくれたらいいな。


「ちょっ、お、おい! ヤトまで……!?」

「な、なんだよ今の……! 俺等の魔法より、ぜんっぜん強いじゃねぇか……!」


 しばらく先生と見つめ合っていたら、腰を抜かしたお兄さん達が震える声を上げた。あ、そういえばお兄さん達の存在、すっかり忘れてたや。


「お兄さん達、ごめんね?」

「ひぃっ!」


 なんで悲鳴?


「魔物に邪魔されちゃったね。でも、もう大丈夫だよ! 安全になったから、さっきの続きしよっ!」


 先生には魔物をお願いしちゃったし、今度は私がお兄さん達のお相手をしよう! 

 そう思って一歩踏み出したのに――お兄さん達はぶんぶんと首を横に振り、気絶した仲間を慌てて担ぎ上げると、一目散に逃げ出してしまった。


「こ、このままで済むと思うなよ……! 覚えとけっ!」


 捨て台詞だけを残し、お兄さん達は走り去っていく。


「何を?」


 私は思わず、首を傾げた。覚えるって……何をだろう? 

 お兄さん達がいなくなると、草原には静けさが戻った。


「……よし、じゃあ」


 ヤト先生は小さく息を吐き、倒れた雷蜥蜴――《びりびり蜥蜴》の前へしゃがみ込む。


「気を取り直して、採取を続けようか」


 先生は腰のナイフを取り出すと、びりびり蜥蜴の尻尾をスパンと切り落とした。無駄のない動きで切り口を整え、そのまま籠へ収めていく。


「ヤト先生、上手ですね!」

「ありがとう。素材は市場でも買えるし……本で勉強してたから、これくらいはね」


 少し照れたように笑う先生の隣に、私もしゃがみ込む。

 先生の手つきを真似しながら《びりびり尻尾》を採取すると、胸の奥がむずむずするくらい楽しくなってきた。


「えへへ。これでもっと新しいアルケミアが作れるようになりますね! 次は何を作ろうかなぁ」


 光る尻尾を見ているだけで、わくわくが止まらない。


「ヤト先生に認めてもらえるくらい、すっごいアルケミアを作ってみせますからね!」

「――え」


 先生の手が、ほんの一瞬だけ止まった。

 私の目標は、先生に錬金術師として認めてもらえるアルケミアを作ること! ヤト先生のもとで働けるように――そして、離婚したあとの生活のためにも。


「いや、それは」

「嫌ですか?」

「嫌っていうか……」


 視線をそらし、ためらうように口を開く先生。

 先生が私が錬金術師になることを怖がっているのは、なんとなく感じてる。それでも、私は先生のもとで働きたいと思ったから。


「お任せください! 先生が少しも迷わなくなるようなアルケミアを、必ず作ってみせます」


 胸に手を当て、はっきりと口にする。

 先生は、ぽかんと口を開けたまま固まり――次の瞬間、ぶはっと堪えきれないように笑った。


「あははっ。ほんと……ファナはまっすぐだな」

「お褒めいただき嬉しいです」


 楽しそうに笑う先生を、私はそのまま笑顔で見つめ返した。


「そういえばファナ、離婚の話は進んでるの?」


 一通りの採取を終え、籠を手に帰路へつく。

 歩き出した時、先生は何気ない顔でさりげなく重いほうを持ってくれた。こういうところでもヤト先生の優しさが滲み出てるんだよね。

 

「残念ながら、まったく進んでおりません」


 転生した頃から進捗はほぼゼロ。離婚するのって、こんなに大変なんだなって身に染みてる。


「……もし、本当に頼れる間柄なら」


 先生は少し言いにくそうに続ける。


「スエイル様にお願いしてみたら?」

「スエイル様に、ですか?」


 旦那様本人に?

 脳裏に自然と、不機嫌な顔をした旦那様の姿が浮かぶ。


「そうですね。……お願いしてみようかな」

「うん。公爵家だし……きっと力になってくれると思うよ」


 呟くと、ヤト先生は小さく頷いた。

 以前お願いした時は聞き入れてもらえなかったけれど、もしかしたら心変わりしているかもしれない。――うん、聞いてみるだけ聞いてみようかな。


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