十三話 完成! ゆらゆらミルク!
トントントントン。
「ヤト先生、おはようございます!」
「おはようって……まだ七時前なんだけど」
路地裏の工房の扉をノックすると、ヤト先生が少し呆れたように扉を開けてくれた。
「朝早くにすみません。でも、どうしても今すぐ調合しないと駄目な素材があって」
「素材?」
先生の視線が、私の腕に抱えた籠へとすっと落ちる。籠の中にぎっしり詰まった素材の数々を見て、ヤト先生は目を見開いた。
「これは……まさかスライムの結晶に、霧狼の毛皮まで……!?」
「そうです! くろもふ狼の毛皮に、ぷにぷに晶! あとは水の石やら土の石やら、落ちてるものたくさん拾ってきました!」
「くろもふ狼にぷにぷに晶って……独特の名づけだな。いや、そーじゃなくてだな!」
籠の中身を一つずつ手に取って驚いたり、眉をひそめたり、ため息をついたり。
そして先生の手が、大切に布に包んだ《月露華》の上でぴたりと止まった。
「月露華……!? この辺りでは、夜のリッカ山でしか採れないはずの……!」
「正解です! さすがは私の先生、詳しいですね!」
きらきらと目を輝かせる。でも先生は、逆に顔色を変えて私のほうへ向き直った。
「危険だから採取に行くなと、あれほど言ったのに……!」
「はい! なので、とっても優秀な魔法使い様をお誘いしました!」
そう言って、私は手を扉のほうへ向ける。
そこには――旦那様が、むすっとした顔で腕を組んだまま立っていた。
本当は月露華を渡してもらった時点で解散しようとしたんだけど、なぜかそのままついてきちゃったんだよね。
「彼は……?」
ヤト先生が戸惑うように口を開く。私は、その言葉をぱっと遮った。
「それよりも工房を使わせてください。月露華は鮮度が命ですから!」
満月の夜にだけ咲く月露華は、魔力の鮮度が落ちるのも早い。月の光を失いはじめたら、効力がどんどん弱くなってしまう。
私は棚へ向かうと、慣れた手つきで調合器具を次々と並べていった。
「よし、始めますね!」
小さく息を整え、腕まくりをする。そのまま月露華をそっと乳鉢へ入れた。
乳棒を握り、花弁を潰さないよう丁寧に力を込める。さらり、と月露華から淡い雫がこぼれ落ち、乳鉢の底でゆっくりと溶け合っていく。
「信じられない……!」
背後で、ヤト先生が息を呑んだ。
「月露華は扱いが極めて難しい素材だ。それを初めてで、ここまで完璧に調合するなんて」
「本や文献、それに先生の教えを頼りに、ずっとずっと勉強してきたんです」
答えながらも、視線は一度も乳鉢から逸らさない。やがて乳鉢から淡い白い光がふわりと立ち上がった。
「えっと、次は鍋でぷにぷに晶と水の石を煮詰めて――」
そう思って常備されている火の石に手を伸ばしかけたところで、いつの間にかすぐ近くまで来ていた旦那様が、すっと手を伸ばした。
「《火》」
魔力の籠った声が工房に響くと、ぼぅっと、コンロに柔らかな火が灯る。
「わぁ、ありがとうございます!」
思わず歓喜の声を上げる。勢いよく燃え上がることもなく揺らぐこともない。調合にちょうどいい、優しい火加減だった。
「……本当に、君の錬金術なのか」
ぽつりと旦那様の声が耳に落ちる。
「まだ疑ってらしたんですか?」
純粋に錬金術に向き合っているのに心外だなぁ。でも……ここまで来てくれたのは、きっと自分の目で確かめたかったから。
私はにこっと笑って、まっすぐ旦那様を見上げた。
「信じられるまで、ずっと見ていてください。私はちゃんと証明してみせますから!」
言葉に呼応するように光がぎゅっと収縮し、ぽんっと小さな爆ぜる音が工房に響く。
舞い上がった光の粒が雪のように降り注ぎ、その中心に、淡く白い液体を湛えた小瓶が静かに姿を現した。
「できた!」
思わず声が弾む。
「えへへ。成功しました!」
小瓶を両手で掲げ、嬉しさのまま振り返る。
「ユラの病気が少しでも良くなるように作った、名づけて《ゆらゆらミルク》です!」
ヤト先生は目を見開いたまま固まり、旦那様も言葉を失ったように動かない。二人とも驚愕と困惑が入り混じった表情で、小瓶と私を何度も見比べていた。
「どうかしたんですか?」
首を傾げる私に、ヤト先生がかすれた声を絞り出した。
「どれだけ凄いことをしているのか、君自身が分かっていないのが……正直、怖いよ」
「天才と変わり者は紙一重だと言うが……まさしく君のことだな」
旦那様もゆっくりと息を吐き、低く呟く。意味が分からず、私は今度は逆方向に首を傾げた。




