十話 困難は頑張る理由になりますよね!
「私、ユラの病気を治せるアルケミアを作りたいです!」
路地裏の魔法工房へ戻るなり、私はヤト先生へ駆け寄った。
ほとんど顔が触れそうな距離までぐいっと身を乗り出すと、先生はびくりと肩を揺らし、片手でそっと私の肩を押し返す。
「また急にそんなことを……」
「だってユラ、毎日少しずつ弱っていってますよね」
ユラは初めて会ったあの日以降――ずっとベッドの上で暮らしていた。
日に日に顔色が悪くなり、起き上がれる時間もどんどん短くなっていってる。このままじゃ……ユラが。
そんな思いを込めて見つめると、ヤト先生は深く息を吐いた。
「無理だよ。アルケミアはまだまだ未発達の技術なんだ。病気を治すなんて……今は夢のまた夢だ」
声色には、どこか諦めの色が滲む。
そういえば、小説の中でもアルケミアなんて言葉は一度も出てこなかった。
きっとこの世界では、アルケミアという存在は物語に取り上げられるほどの力も価値も持っていない。それくらい……薄れてしまったものなんだ。
「それにユラの病気は一般的な病とは違う。無色だけがかかる《無色症》――無色の体が周囲の魔力に耐えられず、少しずつ蝕まれていく病だ」
「無色症……」
前世でも聞いたことのない病名。きっと魔力がある世界特有の病なんだろう。
「普通の医者でさえ匙を投げる病なのに……太刀打ちできるはずがない」
ヤト先生の表情には、どこか自分を責めるような影が差していて。その痛みが、ひしひしと伝わってくる。
「とても難しいんですね」
「そうだよ」
つまり――難しい病気で、医者でも治せなくて、今のアルケミアにも治療法がない、と。そこまでは分かった。
……うん、それなら。
「では、私達でユラの病気を治すアルケミアを作りましょう!」
「……話聞いてた?」
勢いよく宣言した私を前に、ヤト先生は本気で困ったように眉を寄せた。あれ? 私、何か変なこと言ったかな?
「遠回しに言っても伝わらないと思って、はっきり言ったつもりだったんだけど」
「困難って、むしろ頑張る理由になりますよね!」
ぐっと拳を握る。
難しければ難しいほど、やってみたくなる。それでユラが元気になるなら、なおさら。
「ファナは本当に……真っ直ぐで、前向きだね」
ヤト先生は一度だけ目を丸くし、それからふっと微笑んだ。
さっきまで先生を覆っていた重たい空気が、少しだけ和らいだ気がする。けれど、その笑顔はほんの一瞬だった。
「でも無理だよ。仮にアルケミアを作るとしても素材がない。それを揃えるためのお金も、今の工房にはないんだ」
「ほとんどお客さん来ないですもんね」
「うっ……」
工房に通い始めてしばらく経つけど、お客さんの数は少ない。
静かな日なんて当たり前で、誰も来ないまま一日が終わることのほうが多い。
「なら、採取に行きましょう」
「危険なんだ」
先生の声が一気に低くなる。
「路地の庭で採れるもの以外の素材を手に入れようとするなら……どうしても外に出るしかない」
――帝都の外。
私はまだ一度も足を踏み出したことがない。でも、この世界には魔物がいる。それくらいは小説の知識として知っていた。
「僕達は無色だ。魔法も使えない」
ヤト先生は静かに続ける。
「ユラを助けたい気持ちは痛いほど分かる。でも……どうにもならないことだってあるんだ」
その声は諦めているようでいて、どこか自分に言い聞かせているみたい。
「魔法が使えなくても――」
視線がちらりと腰のポーチへ向く。
口を開きかけたところで、ヤト先生がぱんぱんと手を叩いた。
「よし、この話は終わり」
静かで、有無を言わせない強さのある声。
「ファナは今、試用期間中だろう。余計なことを考えず、まずは目の前に集中しなさい」
「ヤト先――」
「いいね? 危ない場所へ行こうなんて、絶対に考えないこと」
先生は私の返事を待たずに背を向ける。
コツ、コツ、と作業台まで歩き、棚から器具を取り上げると、まるで何事もなかったかのように調合を始めてしまった。
「……んー」
視線が自然と先生の背中を追う。
ヤト先生の言いたいことは分かる。すごく分かるけど。
「今の私は、自由に動けるんだよね」
前世では病室のベッドから自由に動けなかった。だけど今は違う。ユラを助けられる可能性が、ほんの少しでもあるのなら――私は諦めたくなかった。




