表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廻り廻るわたしと―――きみと  作者: 行見 八雲
第二章 そして廻る廻る。
15/15

15.とあるパン屋の娘としての生。

 少し残酷な表現が入ります。

 一章のようなほのぼのとしたお話を期待されている方は、ご注意ください<(__)>



 ゆらゆらと漂うような意識が、ある日ハッとはっきりしたと思ったら、私は次の生を受けていたようだ。気づいたときはすでに五歳で、子ども部屋で絵本を読んでいるときだった。


 最初はまた生まれ変わったんだってことに気が付かなくて、あれ? 私死んだはずなんだけど……? と辺りをきょろきょろ見回したり、立ち上がって窓の外を覗いてみたりした。

 けれど、部屋に置かれていた鏡を見て、その前で色んなポーズをしてみたところ、鏡に映っている赤茶色の髪の女の子は私なんだってようやく理解することが出来た。


 何でまた記憶を持ったまま生まれ変わったんだろうと、鏡を見ながら呆然としていると、鏡に映る私の背後に人影が現れた。

 驚いて振り返ってみたら、それは懐かしい顔ぶれ、七種の精霊王様方で。「今回はのんびりだったんだな」と火の精霊王様に声をかけられて、私は頭の整理がつかないままに、「今回もどうぞよろしくお願いします」と皆様に頭を下げた。

 私という存在と精霊王様方との繋がりって何なんだろうと、ここへ来て疑問がわき出す。とはいえ、精霊王様方がわざわざ来て下さったということは、また精霊の力を借りなければならないことがあるのだろうと、ひとまず考えておくことにした。


 今生の体に染みついている記憶と、部屋を出て色々と情報収集をした結果、今の私の名前はアーリア・ノウゼン、五歳。国内でも比較的大きな都市の、パン屋の長女らしい。 がっしりとした体つきの父と、快活で少しふくよかな母と、生まれて間もない妹が一人いる。


 そして、大人の人の噂話と、精霊達の話を聞いたところ、この世界にはすでに魔王が存在し瘴気を拡散し続けているため魔物の被害が甚大で、各国から何人もの“勇者”と呼ばれる人達が魔王討伐に向かっているらしい。

 何故勇者が何人もいるかというと、旅立った勇者一行が帰って来ず、また魔王が倒された様子もないことから、我こそが真の勇者だという人達が自ら名乗りを上げ、次々と討伐に向かったからだとか。

 前の前の生で、私は召喚によって異世界から呼ばれ、勇者とされたのだけれど、今の世界には勇者の召喚や選定の儀のようなものは無いようだ。まあ、よその世界の人様を呼び出して迷惑をかけるよりは、自分達で何とかしようっていうのは良い傾向だと思うけどね。


 ただ、その魔王がリュカの生まれ変わりなのか、それとも全くの別人なのかは、今の状況では分からなかった。

 ある程度近くに行けば、その魔力の性質でリュカかどうかは知ることができるんだけど。魔力は魂に付随するから、生まれ変わりなら必ず前世のリュカと同じ性質を持っているはずなのよ。

 精霊達も魔力の性質を感じることが出来るんだけど、瘴気を発し続けている魔王には近づくことが出来ないらしい。下手したら、自分達も瘴気に巻き込まれて魔物化しちゃうからね。


 そうなると、考えられる手としては、私が勇者一行に加わって、共に魔王のいる場所まで行き、直接確かめるしかないのだけれど……。


 ――リュカ……だったらどうしよう……。

 言いようのない不安が胸を締め付ける。でも、ちゃんと私自身で確かめてみなければどうしようもないと、強く自分に言い聞かせた。



 とはいえ、私は現在五歳なわけで、そんな子どもがいくら七種の精霊の力を使えるからって、すぐに魔王討伐隊に加えてもらえるはずもなく。

 仕方がないので、私は、十歳まで家のパン屋の仕事を手伝い、それから自分の能力を明かして神殿へ入った。

 早々に力を明かさなかったのは、両親や周囲に敬遠されたくなかったから。今世の世界でも、前世と同じように精霊術使いは尊いものとされているけど、やっぱり私の本質は前々世の一般庶民のままだから、好んでそんな扱いをされたいわけじゃないし。

 それに、庶民の子どもだからって利用しようとする輩がたくさん出てくるだろうから、それ対策にもね。


 力を明かして神殿に入ったとき、それはもう色んな方面から喜ばれたわよ。だって、魔王を倒したとされる異世界の勇者――前々世の私のことね――は、七種の精霊王の力を借りて魔王を倒したとされているから、ついに真の勇者が現れた! って感じでね。

 まあ、様々な思惑から、私のことを認めない人もいて色々あったけど、私の頭は魔王がリュカかどうかってことでいっぱいだったら、周りの考えなんてどうでもよかったのよね。


 神殿に入ってからは、それぞれの陰謀渦巻くごたごたを無視しつつ、勉強したり神殿の仕事を手伝ったりしていた。

 その間にも幾人もの勇者一行が魔王討伐に向かったそうだけど、魔王を倒せた者はいなかったみたい。帰ってこない者達も多くいたし、無事戻ってきたとしても、彼らが持って帰ったものは朗報ではなかった。


 やがて、世界中に魔物が溢れ、いくつもの村や町が魔物に襲われ、いくつかの国が魔族に落とされたりと、いよいよ世界が恐怖と焦燥に染められつつある頃、ようやく私が勇者一行として魔王討伐に向かうことが決まった。私が十六歳になった頃だった。

 本当に、随分と待たされたわよ。私はもう少し早くに向かってもいいと思ったんだけど、力が十分じゃないとか、あまり幼い子どもを向かわせるのは倫理的にどうかとか、供に行く者達も厳選に厳選を重ねた者達でなければとか、装備や旅に持って行く物が揃ってないとか、旅立ちの儀式の日取りがとか、多様な問題が次から次へと湧き出てきて、随分と引き伸ばされてしまったのよ。まあ、中には大事な事情もあったりしたから、私もイライラしながらも黙って従ってたんだけど。


 そうしてよく晴れた春の吉日、私は旅の仲間十一人と共に、魔王討伐へと向かった。






「……次はちゃんと、私を待ってなさいよ……。……リュカ……」


 ボロボロの体で血の海に仰向けに横たわる彼を見ながら、私は唇を噛み締めた。




 次から次へと襲い掛かってくる魔物達を、何とか仲間達と共に掻い潜りながら、ようやくたどり着いた瘴気の中心。そこに立っていたのは、前世と姿は違うけれど淡い金色の髪に金色の瞳。瘴気の素となっている魔力はやはりリュカのもので、私は足元が崩れそうな絶望感に襲われた。


 前世で、リュカと過ごした日々の記憶が、子犬のようなリュカの笑顔が蘇る。そして、最後に、前々世で倒した魔王の姿が。

 目の前の魔王と化したリュカに目を向ける。前世では力強く輝いていた金色の瞳は、拒絶と深い悲しみに濡れて焦点を喪っていた。口から小さく発せられる意味をなさない言葉は、正気を失ってもなお堪えきれない慟哭に聞こえて、私の胸を抉った。


 魔王の瘴気が強すぎて仲間達は魔王に近づけず、絶えず攻撃を仕掛けてくる周りの魔物達を相手にしている。だから、私しか魔王を――リュカを倒せる者はいない。

 ……いや、そうね。例え他に魔王を倒せる者がいたとしても、私がやらなければ。それが、私と魔王と、……リュカとの約束。


 今のリュカの姿を目に焼き付けるように睨みつけて、私は深呼吸を繰り返した。

 そして一度目を閉じてから、再び開いたときには覚悟が決まっていた。傍に現れた精霊王様方に力を借りて、光と闇の精霊術で魔王の周りの瘴気を祓い、残り五種の精霊術を駆使して魔王に攻撃を仕掛ける。

 それでも瘴気で強化された魔王に与えられるダメージは僅かで。

 魔王も自らに害をなす敵と判断した私に、その膨大な魔力に瘴気を混ぜて攻撃をしてくる。


 ひたすらに続く攻防。ぶつかり合う魔法と精霊術に周囲の床は抉れ、壁は消し飛び、部屋を埋めるようにいた魔物達の姿も消えていた。共に来た討伐隊の仲間達は、離れた場所で結界を張り、緊張した面持ちで私達を見つめていた。


 どれくらいそんなやり取りが続いていたのか、気が付けばお互いもボロボロで、肉体的にも魔力の残量的にも限界が近かった。

 けれど、不意に出来た魔王の隙をついて、私は渾身の術を練り魔王へと打ち込んだ。ドンっとまともに攻撃を受けた魔王の周囲にも衝撃が走り、散乱していた瓦礫が砕け散っていく。

 間近で攻撃を喰らい血を吐いた魔王は、傷だらけの体でスローモーションのようにゆっくりと背中から倒れ込む。

 その体から瘴気が噴き出すのが止むのを感じて、私も体から力を抜いた。


 もはや魔王に言葉は無く、緩やかに金色の瞳から光が失われていく。何かを求めるように僅かに上げられた手は、誰かに届く間もなく床へと落ちた。


 魔王の最後を静かに見送りながら、私は頬に涙が伝うのを感じていた。

 無事に魔王を倒した達成感など無く。魔王を倒した後悔ではなく、ただどうしようもない寂しさと悲しみがこみ上げて、嗚咽を噛んで涙を零した。


 リュカのバカ! バカバカバカバカバカ……! どうして……!!


 雲が切れ白く差し込む光の中、魔王の孤独からの解放を願った。

 そしてどうか、どうか次の生があるならば、リュカと一緒に過ごせますようにと。ただ、ひたすら――。






 その後、魔王を倒したとの報せと共に、無事王都まで帰り着いた私達を、世界中の人達が歓喜と称賛の中迎えた。

 そして、私には王子や貴族等から多くの求婚が寄せられたが、そのどれにも応えることは無く、アーリア・ノウゼンとしての残りの人生を神殿に仕えて過ごした。


 だた一人への想いと、次の生への祈りを胸に抱えて。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ