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戦国昆虫戦記【変態飛翔編】~名は「まんぷく」知識の代償は「はらぺこ」~  作者: つんしー
第二章 割れる天下

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第十四話 浅井と明智の盟約

天正十年(一五八二年)六月十五日、京・本圀寺。


山崎での激闘から二日が過ぎた。明智光秀の本陣であるこの寺は、圧倒的な戦力差を跳ね返して勝利をもぎ取った興奮と、熱狂的な活気に包まれていた。


薄暗い陣所の対座。満福の前に座る光秀は、数日前とは見違えるほどに意気揚々としていた。頬には血色が戻り、その瞳には四万の軍勢を押し返したという事実がもたらした、京の都を統べる者としての強い自信が宿っている。


「満福殿! 此度の戦、浅井と京極の働き、実に見事であった。これで羽柴の猿も、我ら明智の威光に恐れをなしたことでしょう!」

光秀が声を弾ませる。その振る舞いには、もはや破滅に怯える影はない。


「礼には及びませぬ、明智殿。我ら浅井には、貴殿のような『足利家再興という大義』はありませぬ。ゆえに、生き残るために貴方の掲げる旗が必要だったのです」


満福は、光秀の自尊心を立てつつ、淡々と実利的な提案を切り出した。


「戦には勝ちましたが、西には逃げ延びた羽柴の残存勢力、東には岐阜に逃れた織田信長がおります。そして、北陸からは柴田の軍勢が、向かってきております。我々が生き残る道は、互いの背中を預け合うことのみ」

満福が提示したのは、明確な「役割の分担」であった。


明智は京を拠点とし、西の羽柴秀吉に備える。同時に、丹後の細川藤孝ら旧知の勢力を調略して西の壁を固める。対して浅井は、近江を掌握して東の織田信長に対する防波堤となる。南方の筒井順慶などの日和見勢力は、浅井が抑え込む。


互いの不可侵と共闘を誓約するため、満福と光秀は起請文きしょうもんを交わし、神仏に誓いを立てた。ここに、明智と浅井の同盟が正式に締結されたのである。


「承知いたしました。我らは西の羽柴を、この勢いのままに食い止めましょう。……だが、満福殿。東の信長が、いつ牙を剥くか。ましてや、今の我らに、羽柴と柴田の軍勢……この両面とぶつかる余力は……」


光秀の懸念に対し、満福は静かに首を振った。

(時任。信長はどう動く?)


(……奴は手負いの獣だ。権威の象徴である安土を失い、逃げ帰ったことで、織田の威信は地に落ちた。信長が今最も恐れているのは、外部の敵ではなく、身内の反乱だ。領内の動揺も激しいだろう。美濃や尾張で少しでも逆らう気配のある者を徹底的に粛清し、恐怖によって再び地盤を固め直すはずだ。それには時間がかかる。すぐには動けん。ただし、柴田には浅井が単独で対抗せねばならん)


「ご安心を。安土を失った信長は、まずは己の足元である美濃や尾張の安定に追われます。我々を攻めるために軍を動かすのは、早くとも数ヶ月先のこと。問題は、柴田の動向。今、忍びに探らせておるところです。いずれにせよ、柴田は、我らが対処いたしまする」

満福の淀みない言葉に、光秀は力強く頷いた。


「かたじけない、……おお、姫君!」

その時、光秀が弾かれたように顔を上げ、平伏した。

陣所の奥から、足利の家紋が入ったうすものを被った冴衣が、静々と歩み出てきたのである。


「山崎での明智殿の忠義、見事でありました……」

冴衣は、教え込まれた通りに声を絞り出す。


光秀は感動に震えながら声を上げた。

「もったいなきお言葉! どうか姫君、このまま京の都にお留まりください。この光秀が、足利家再興の館を必ずや……!」


「えっ」

冴衣の動きが止まった。紗の奥で、彼女の眉が不機嫌に吊り上がるのが、満福にははっきりと分かった。


「……あたしを、こんな埃っぽい籠の中に閉じめる気かい!」


「へ?」

突如として飛び出した野卑な言葉に、光秀が間抜けな声を上げる。


満福は血の気が引くのを感じた。

「ひ、姫は! 長きに渡る逃亡生活で、野の民の痛みを我が身に刻みすぎたのです! ゆえに、都の豪奢な暮らしなど望んでおられぬと、そう仰っているのです!」


満福の苦しすぎる弁明に、光秀は一瞬呆然とした後、「おお……何と慈悲深き……」と再び涙を流して平伏した。


(……本性がバレるぞ。というか、これでも一応本物の足利の姫だから、嘘ではないんだがな)

脳内で時任が呆れた声で呟くのを無視し、満福は冴衣を促して逃げるように本圀寺を後にした。


寺の門を抜け、明智の兵の目から隠れた途端、冴衣は苛立たしげに被っていた紗をむしり取った。


「あーっ、息が詰まる! なんであたしが、あんな禿げ頭のオッサンに作り笑いを浮かべてやらなきゃならないんだい! 満福!あんた、この前、これっきりだと言ったよね!いつまで、こんな事させるつもりだい?」


冴衣の容赦ない不満の爆発に、満福は滝のような冷や汗を流した。


「す、すまぬ冴衣……! だが、お前のその息の詰まる芝居のおかげで、明智という強固な『西の盾』を手に入れることができたのだ」


満福は、眉間にシワを寄せる冴衣に必死で懇願する。

「お前は間違いなく、浅井を救った大功労者だ。頼む、京にいる間だけでいい……あの光秀の前でだけは、大人しく籠の鳥を演じてくれ……!」


満福は、今にも暴れ出しそうな『姫君』の機嫌を取るため、平身低頭して宥めるしかなかった。


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