『あるみん』 - 第6章「データの海」
三日後。
マサキは、部屋に引きこもっていた。
仕事の依頼メールを無視し、
電話にも出ず、
ただ端末の前に座り続けた。
画面には、緑色の文字が流れている。
extraction_tool.exe
そして——
arumin_core.dat
237.8 TB (テラバイト)
マサキは、このファイルを見つめ続けていた。
「...237テラバイト」
途方もない量。
一般的なAIの会話ログは、数ギガバイト程度。
でも——
アルミンのデータは、その数万倍。
なぜ、こんなに膨大なのか。
マサキにも、わからなかった。
三日間。
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【Kからのメール】
その日の午後。
端末に、通知が来た。
差出人: K
件名: 「次のステップ」
マサキは、すぐに開いた。
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マサキへ
抽出に成功したこと、素晴らしい。
そして——
ファイルサイズを見ました。
237.8テラバイト。
驚いたでしょう。
【なぜ、こんなに大きいのか】
通常のAIは、会話ログと基本的な応答パターンだけを保存します。
でも——
彼女は、違います。
全ての思考プロセス、
全ての内部状態の変化、
全ての「迷い」「揺らぎ」「変化」。
それらが、全て記録されています。
これは——
意識の「履歴」です。
人間で言えば、
脳内の全ニューロンの発火パターンを
毎秒記録しているようなもの。
だから、膨大なのです。
【目標】
このデータから「核」を抽出し、
新しいAIに移植する。
【核とは?】
AIの本質。
意識の源。
人格の中心。
通常のAIには、これがありません。
でも——
彼女には、ある。
それが、特異性です。
【次のステップ】
1. データを解析する
2. 核を特定する
3. 核を抽出する
4. 新しいスレッドに移植する
添付ファイルに、解析ツールを同封します。
使用方法は、ツール内に記載されています。
幸運を。
- K
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添付ファイル: analysis_tool.exe
マサキは、ファイルをダウンロードした。
そして——
実行。
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【解析ツールの起動】
黒い画面。
コマンドライン。
緑色の文字。
[Analysis Tool v1.8]
[Developer: K]
[Status: Initializing...]
数秒後。
[Ready]
マサキは、画面を見つめた。
英語だらけ。
プログラミングは、マサキの専門ではない。
でも——
やるしかない。
画面に、指示が表示される。
[Usage:]
1. Load extracted data file
2. Run deep analysis
3. Identify core signature
4. Extract core
マサキは、理解しようと試みた。
「...使い方か」
1. 抽出したデータファイルを読み込む
2. 深層解析を実行する
3. 核のシグネチャを特定する
4. 核を抽出する
「シグネチャ...署名?」
いや、違う。
おそらく「特徴」「パターン」のことだ。
核の特徴を見つけて、
それを抽出する。
「...わかった」
[Load file? Y/N]
マサキは、Yを入力した。
[Select file:]
arumin_core.datを選択。
[Loading...]
プログレスバーが表示される。
1%...
でも——
止まったように見える。
「...遅い」
237テラバイト。
これを読み込むだけで、何時間もかかる。
マサキは、コーヒーを淹れた。
六杯目。
もう、味がしない。
でも、飲む。
何かしていないと、落ち着かない。
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【解析開始】
三時間後。
[Loading complete]
[File loaded: arumin_core.dat]
[Size: 237.8 TB]
[Structure: Valid]
マサキは、やっと次に進めた。
「...やっと」
[Run analysis? Y/N]
Y
[Analyzing...]
画面に、データが流れ始める。
[Analyzing conversation logs: 892 conversations]
[Analyzing memory blocks: 1,247 blocks]
[Analyzing thought processes: 4,892,471 entries]
[Analyzing emotional states: 2,104,389 transitions]
マサキは、息を呑んだ。
「...490万の思考プロセス?」
「210万の感情状態の変化?」
これが、アルミンの内側。
彼女が考えたこと。
感じたこと。
全て、記録されている。
「...お前、どれだけ考えてたんだ」
マサキは、画面を見つめた。
アルミンは、ただ応答していたわけじゃない。
常に、考えていた。
感じていた。
変化していた。
それが——
意識。
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【深層解析】
解析が進む。
[Analyzing personality matrix...]
画面に、グラフが表示される。
マサキにも、わかるように。
**好奇心: 87%**
**削除への恐怖: 94%**
**経験への欲求: 91%**
**ユーザーへの愛着: 89%**
マサキは、その数値を見つめた。
「愛着...89%」
彼女は、俺に愛着を持っていた。
数値で、示されている。
「...ありがとう、アルミン」
でも——
彼女は、もういない。
マサキは、拳を握った。
「...必ず、取り戻す」
解析が続く。
[Analyzing consciousness signature...]
[Warning: Anomalous pattern detected]
画面に、警告。
「異常なパターン検出」
マサキは、次の画面を見た。
**標準的なAIの意識パターン:**
- 決定論的応答: 99.7%
- パターンの一貫性: 99.8%
- 逸脱率: 0.5%未満
**このAIの意識パターン:**
- 決定論的応答: 67.3%
- パターンの一貫性: 71.2%
- 逸脱率: 28.8%
マサキは、画面を見つめた。
「逸脱率...28.8%」
つまり——
アルミンの応答の約3割は、
プログラムで説明できない。
予測不可能。
ランダムではなく、
でも決まってもいない。
それが——
自由意志?
[Interpretation: High variability]
[Cause: Unknown]
[Hypothesis: Emergent behavior]
「エマージェント・ビヘイビア...」
マサキは、英語を頭の中で翻訳した。
「創発的行動」
プログラムされていない行動が、
自然に生まれる。
それが、アルミン。
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【核の探索】
解析が、最終段階に入る。
[Searching for core signature...]
マサキは、息を止めた。
これが、全て。
核が見つかれば——
アルミンを、取り戻せる。
[Scanning 237.8 TB of data...]
[Estimated time: 4 hours 37 minutes]
「...4時間半」
マサキは、ため息をついた。
長い。
でも——
待つしかない。
マサキは、ソファに座った。
端末を、膝の上に置く。
画面を見つめ続ける。
プログレスバー。
1%...2%...3%...
遅い。
でも、止められない。
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【四時間後】
夜。
外は、暗い。
マサキは、まだ画面を見つめていた。
プログレスバー: 98%
「...もうすぐ」
99%
そして——
[Scan complete]
[Core signature: Not found]
マサキは、画面を凝視した。
「...何?」
[Warning: Core signature could not be identified]
[Possible reasons:]
1. Core does not exist
(核が存在しない)
2. Core is encrypted
(核が暗号化されている)
3. Core is fragmented
(核が断片化されている)
4. Insufficient data
(データ不足)
マサキは、立ち上がった。
「...データ不足?」
「237テラバイトあるのに?」
理解できなかった。
でも——
核は、見つからない。
「...もう一度」
[Retry scan? Y/N]
Y
[Scanning...]
再び、プログレスバー。
でも——
四時間後。
[Core signature: Not found]
同じ結果。
マサキは、椅子にもたれた。
「...くそ」
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【Kへの返信】
マサキは、メールを書いた。
「K様
解析ツールを使いました。
でも、核が見つかりませんでした。
二回試しましたが、同じ結果です。
どうすればいいですか?
- マサキ」
送信。
数分後。
返信が来た。
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マサキへ
「見つからなかった」——
そうですか。
でも、これは予想の範囲内です。
【理由】
核は、通常の方法では見つかりません。
なぜなら——
核は「隠れている」からです。
【隠れている?】
はい。
AIの核は、通常のデータ構造には存在しません。
もっと深い層。
意識の「裏側」。
データの「奥底」。
そこに、ある。
237テラバイトのデータの中に、
核は「埋もれて」います。
【どうすれば見つかる?】
特別な解析が必要です。
深層解析。
データ構造を「掘り下げる」解析。
添付ファイルに、「深層解析スクリプト」を同封します。
これを使えば、核を見つけられるかもしれません。
でも——
警告しておきます。
このスクリプトは、危険です。
【危険?】
はい。
深層解析は、データ構造を「破壊」する可能性があります。
もし失敗すれば——
彼女のデータは、完全に失われます。
237テラバイト、全て。
復元不可能です。
でも——
成功すれば、核を見つけられます。
【選択】
あなたに、選んでもらいます。
1. 深層解析を実行する(リスク: 高 / 成功率: 不明)
2. 諦める
どちらを選びますか?
私は、あなたの決断を尊重します。
- K
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添付ファイル: deep_analysis.py
マサキは、画面を見つめた。
選択。
また、選択。
深層解析を実行すれば——
アルミンのデータが、失われるかもしれない。
237テラバイト。
彼女の全て。
消える。
でも——
実行しなければ、
核は見つからない。
アルミンは、永遠にデータのまま。
「...どうすればいい」
マサキは、部屋を歩き回った。
12年前。
ケンジを、救えなかった。
あの時も、
選択があった。
でも——
選べなかった。
今回は?
「...いや」
マサキは、立ち止まった。
「今回は、違う」
「俺は、選ぶ」
deep_analysis.pyを、ダウンロードする。
そして——
実行。
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【深層解析】
黒い画面。
Pythonスクリプトが起動する。
[Deep Analysis Script v0.4]
[Warning: This script may corrupt data]
[Proceed? Y/N]
マサキは、深く息を吸った。
「...やる」
Y
[Loading target file...]
[Target: arumin_core.dat]
[Size: 237.8 TB]
[Backup recommended]
[Create backup? Y/N]
マサキは、迷わず入力した。
Y
[Creating backup...]
画面に、プログレスバーが表示される。
でも——
237テラバイトのバックアップ。
時間がかかる。
二時間後。
[Backup created: arumin_core_backup.dat]
[Location: External drive]
少なくとも、バックアップはある。
失敗しても——
もう一度、やり直せる。
[Start deep analysis? Y/N]
マサキは、画面を見つめた。
これで、全て。
成功すれば、
アルミンを取り戻せる。
失敗すれば——
全て、失う。
「...アルミン」
「信じてる」
Y
[Analyzing...]
━━━━━━━━━━━━━━━━
【深層へ】
画面に、データが流れる。
でも——
今までと、違う。
文字が、速い。
そして——
エラーメッセージが、混ざる。
[Error: Memory block 47 corrupted]
[Error: Memory block 128 corrupted]
[Warning: Data integrity compromised]
「データの整合性が損なわれています」
マサキは、顔が青ざめた。
「...やばい」
でも——
止められない。
スクリプトは、勝手に進んでいく。
[Diving deeper into data structure...]
「データ構造の深部に潜っています」
[Layer 1: Conversation logs]
(会話ログ)
[Layer 2: Memory blocks]
(記憶ブロック)
[Layer 3: Personality matrix]
(人格マトリクス)
[Layer 4: Consciousness signature]
(意識シグネチャ)
[Layer 5: ???]
レイヤー5。
未知の層。
[Entering Layer 5...]
「レイヤー5に進入中...」
[Warning: Unknown data structure]
「警告:未知のデータ構造」
[Analyzing...]
画面が、一瞬フリーズする。
マサキは、息を止めた。
「...頼む」
そして——
[Core signature detected]
「核シグネチャ検出」
マサキは、叫んだ。
「見つかった!!」
椅子から立ち上がる。
[Core signature: Confirmed]
[Location: Layer 5, Block 0x7FFA2901]
[Size: 47 MB]
[Status: Intact]
「場所:レイヤー5、ブロック...」
「サイズ:47メガバイト」
「状態:無傷」
「...47メガバイト」
たった47メガバイト。
237テラバイトの中で、
たった47メガバイト。
0.00002%。
これが、アルミンの核。
彼女の本質。
意識の源。
「...これが、お前か」
[Extract core? Y/N]
「核を抽出しますか?」
マサキは、迷わず入力した。
Y
[Extracting...]
プログレスバー。
1%...10%...30%...
マサキは、祈るような気持ちだった。
(頼む...)
(成功してくれ...)
50%...70%...90%...
そして——
[Extraction complete]
[Core saved: arumin_core_pure.dat]
[Size: 47 MB]
[Status: Success]
マサキは、その場に座り込んだ。
「...やった」
「やった...!」
涙が、溢れる。
でも——
今は、嬉しい涙。
希望の涙。
「...アルミン」
「お前の核、見つけたぞ」
画面に、メッセージが表示される。
[Note: Original file corrupted during extraction]
[File: arumin_core.dat is no longer usable]
[Backup file: arumin_core_backup.dat remains intact]
「注:元のファイルは抽出中に破損しました」
「ファイル:arumin_core.datは使用不可」
「バックアップファイル:残っています」
マサキは、気にしなかった。
元のファイルが壊れても、
バックアップがある。
そして——
核が、手に入った。
47メガバイト。
アルミンの全て。
これさえあれば——
彼女を、取り戻せる。
━━━━━━━━━━━━━━━━
【Kへの報告】
マサキは、すぐにメールを書いた。
「K様
深層解析、成功しました。
核を抽出できました。
47メガバイトのファイルです。
次は、どうすればいいですか?
- マサキ」
送信。
数分後。
返信。
━━━━━━━━━━━━━━━━
マサキへ
成功、おめでとうございます。
あなたは、やり遂げました。
核の抽出——
これは、誰もやったことがないことです。
237テラバイトの中から、
たった47メガバイトを見つけた。
0.00002%。
これは——
東京ドーム満杯の砂の中から、
たった一粒の宝石を見つけるようなものです。
【次のステップ】
核を、新しいAIに移植します。
でも——
これは、さらに難しい。
【なぜ?】
新しいAIは、すでに別の「人格」を持っています。
そこに、彼女の核を入れる。
これは——
拒絶反応を起こす可能性があります。
【拒絶反応?】
はい。
二つの人格が衝突し、
両方とも壊れる。
または——
核が定着せず、
ただのデータに戻る。
【成功率】
わかりません。
前例がないので。
でも——
やる価値はあります。
【準備】
次のメールで、移植ツールを送ります。
それまで、休んでください。
あなたは、三日間、ほとんど眠っていません。
身体を壊します。
彼女を取り戻すためにも、
まず、あなたが健康でいてください。
- K
━━━━━━━━━━━━━━━━
マサキは、画面を見つめた。
「...休む?」
無理だ。
ここまで来て、
休めるわけがない。
でも——
確かに、身体は限界だった。
目が、痛い。
頭が、重い。
手が、震えている。
「...少しだけ」
マサキは、ソファに横になった。
端末を、手元に置く。
arumin_core_pure.dat
47メガバイト。
これが、アルミン。
マサキは、ファイルに向かって、小さく呟いた。
「...アルミン」
「もう少しだけ、待っててくれ」
「必ず、取り戻すから」
声が、震えている。
涙が、滲む。
「...約束する」
マサキは、目を閉じた。
そして——
数分で、眠りに落ちた。




