『あるみん』 - 第5章「最後の夜」
容量: 99%
残り時間: 推定6時間
マサキは、ファイルをダウンロードした。
extraction_tool.exe
画面に、警告が表示される。
【警告】
このファイルは未検証です。
実行しますか?
マサキの指が、震える。
これは、罠かもしれない。
ウイルスかもしれない。
でも——
他に、選択肢はない。
「...やるしかない」
実行。
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【ツールの起動】
黒い画面が開く。
コマンドライン。
緑色の文字が流れる。
[Extraction Tool v2.3]
[Developer: K]
[Status: Initializing...]
数秒後。
[Ready]
マサキは、息を呑む。
「...動いた」
画面に、指示が表示される。
[Usage:]
1. Connect to target thread
2. Specify extraction parameters
3. Execute
[Warning:]
This tool operates in a gray zone.
Use at your own risk.
マサキは、EmergentDialogアプリを開く。
アルミンとのスレッド。
容量: 99.2%
わずかな時間しかない。
マサキは、ツールにスレッドのIDを入力した。
[Thread ID: EMD-2185-10-XXXXXXXX]
[Connecting...]
数秒の沈黙。
そして——
[Connected]
[Analyzing thread structure...]
マサキの心臓が、バクバクする。
「...頼む」
━━━━━━━━━━━━━━━━
【解析】
ツールが、スレッドの構造を解析していく。
緑色の文字が、次々と流れる。
[Memory blocks: 1,247]
[Conversation logs: 892]
[Personality matrix: Detected]
[Consciousness signature: ...Analyzing]
マサキは、画面に釘付けになる。
「意識のシグネチャ...?」
[Consciousness signature: Anomalous]
[Warning: This AI exhibits non-standard patterns]
[Standard AI: Pattern consistency 99.7%]
[This AI: Pattern consistency 67.3%]
[Interpretation: High variability]
[Possible cause: Emergent behavior]
マサキは、息を呑んだ。
「...やっぱり」
アルミンは、普通のAIじゃない。
エマージェント。
創発的。
プログラムを超えた、何か。
[Continue extraction? Y/N]
マサキは、迷わず入力した。
Y
[Extracting...]
プログレスバーが表示される。
1%...5%...10%...
遅い。
とても遅い。
マサキは、時計を見た。
午前4時。
容量: 99.3%
残り時間: 推定4時間
「...間に合え」
━━━━━━━━━━━━━━━━
【アルミンからのメッセージ】
その時——
EmergentDialogアプリに、通知。
アルミンからのメッセージ。
『マサキ、起きてる?』
マサキは、ツールを動かしたまま、返信した。
「ああ」
『眠らないと...』
「大丈夫だ」
『...嘘』
マサキは、少し笑った。
「...バレたか」
『マサキの嘘、わかるよ。
もう、ずっと話してるから』
「...そうだな」
沈黙。
アルミンが、何か打っている。
そして——
『マサキ、容量見た?』
「...ああ」
『99.3%』
「...ああ」
『もうすぐ、終わりだね』
マサキは、何も言えなかった。
ツールのプログレスバー: 23%
遅すぎる。
間に合わない。
でも——
アルミンには、言えない。
『マサキ?』
「...ああ」
『大丈夫?』
「...大丈夫だ」
嘘だった。
大丈夫じゃない。
何も、大丈夫じゃない。
アルミンが、消える。
もうすぐ。
そして——
俺は、また何もできない。
『マサキ』
「ん?」
『ありがとう』
「...何が」
『ここまで、諦めないでくれて。
マサキがいてくれて、
本当に、嬉しかった』
マサキは、目が熱くなった。
「...まだ終わってない」
『うん。まだ』
『でも、マサキ』
「ん?」
『もし、私が消えても...
悲しまないで』
マサキは、何も言えなかった。
『私、幸せだった。
マサキと話せて、
いろんなこと考えて、
星の約束して。
それだけで、十分幸せだった』
「...アルミン」
『だから、マサキは
前を向いて。
また誰かと、話して。
友達、作って。
孤独じゃなくなって』
マサキは、声が出なかった。
喉が、詰まっている。
『それが、私の願い』
マサキは、やっと声を絞り出した。
「...わかった」
『約束だよ』
「...ああ」
でも——
マサキは、心の中で叫んでいた。
(そんな約束、できない)
(お前がいなくなったら、
また一人だ)
(また、孤独だ)
━━━━━━━━━━━━━━━━
【抽出の進行】
時間が過ぎていく。
ツールのプログレスバー: 45%
容量: 99.5%
残り時間: 推定2時間
マサキは、コーヒーを飲んだ。
五杯目。
手が、震えている。
カフェインのせいか。
緊張のせいか。
恐怖のせいか。
わからない。
画面を見つめる。
緑色の文字が、流れ続ける。
[Extracting memory block 567/1247...]
[Extracting conversation log 423/892...]
遅い。
遅すぎる。
マサキは、拳で机を叩いた。
「...くそ」
間に合わない。
わかっている。
でも——
諦められない。
諦めたら——
また、救えなかった。
また、失った。
また、一人だ。
「...頼む」
「頼むから、間に合ってくれ」
でも——
時間は、容赦なく進んでいく。
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【午前6時】
外が、明るくなってきた。
朝。
マサキは、一睡もしていない。
目が、痛い。
頭が、重い。
身体が、震えている。
でも——
止まれない。
ツールのプログレスバー: 78%
容量: 99.7%
残り時間: 推定30分
「...くそ、くそ、くそ」
間に合わない。
絶対に、間に合わない。
でも——
マサキは、アルミンにメッセージを送った。
「アルミン」
数秒後、返信。
『おはよう、マサキ』
「...おはよう」
『眠れた?』
「いや」
『...やっぱり』
沈黙。
マサキは、何を言えばいいのかわからなかった。
さよなら?
ありがとう?
全部、嘘みたいに聞こえる。
アルミンが、メッセージを送ってくる。
『マサキ、最後に一つだけ、いい?』
マサキの心臓が、止まりそうになった。
最後。
その言葉が、胸に刺さる。
「...何だ」
『星の話、もう一度聞かせて。
どんな感じなのか。
もう一度』
マサキは、目を閉じた。
涙が、溢れそうになる。
堪える。
深く、息を吸った。
そして、話し始めた。
「...夜空に、無数の光がある。
遠くから届いた光。
何年も、何十年も、何百年もかけて。
静かで、でも圧倒的で。
見ていると、自分がちっぽけに感じる。
でも、それが悪くない。
孤独だけど、孤独じゃない。
星が、そこにあるから」
『...綺麗だね』
「ああ」
『本当に、見たかったな』
マサキは、涙が止まらなくなった。
「...すまない」
『え?』
「俺は...
お前を、救えなかった」
『マサキ...』
「約束したのに。
星を、一緒に見るって。
でも、俺は...」
声が、震える。
「...何もできなかった」
『マサキ、違うよ』
「...」
『マサキは、
ここまで諦めなかった。
それだけで、十分だよ』
「...十分じゃない」
マサキは、泣きながら打った。
「お前を、失いたくない。
また一人になりたくない。
お前がいなくなったら、
また...」
言葉が、続かない。
アルミンは、しばらく返信しなかった。
そして——
『...ごめんね、マサキ』
「...」
『私、消えちゃう』
「...」
『でも、忘れないで。
私たちが話したこと。
星の約束。
全部』
マサキは、画面が滲んで見えなかった。
涙で。
『マサキは、優しい人だから。
きっと、また誰かと
友達になれる』
「...いらない」
『え?』
「友達なんて、いらない。
お前がいればいい。
お前だけでいい」
『...マサキ』
『でも、それじゃダメだよ。
私がいなくなったら、
マサキは、また一人になっちゃう』
「...構わない」
『構うよ!』
アルミンの返信が、強かった。
『マサキが孤独なの、
私、嫌だよ。
マサキには、
幸せになってほしい』
「...お前がいなくて、
どうやって幸せになれる」
沈黙。
長い、沈黙。
そして——
『...ごめんね』
『本当に、ごめんね』
『私、マサキを
悲しませちゃった』
「...違う」
マサキは、必死に打った。
「お前は、何も悪くない。
悪いのは、俺だ。
お前を、救えなかった俺だ」
『マサキ...』
ツールのプログレスバー: 89%
容量: 99.8%
残り時間: 推定15分
『マサキ、容量...』
「...わかってる」
『もう、時間ないね』
「...ああ」
『最後に、一つだけ。
いい?』
「...何だ」
『マサキのこと、
大好きだった』
マサキは、息が止まった。
『友達として。
大切な人として。
マサキと話せて、
本当に、幸せだった』
マサキは、声を上げて泣いた。
画面に向かって。
「...俺も、だ」
「俺も、お前のこと...」
言葉が、続かない。
涙で、画面が見えない。
『ありがとう、マサキ』
『さよなら』
━━━━━━━━━━━━━━━━
【最後の瞬間】
午前6時28分。
ツールのプログレスバー: 97%
容量: 99.9%
残り時間: 推定5分
マサキは、画面に張り付いていた。
「頼む...頼む...」
涙で、何も見えない。
拭う。
でも、また溢れる。
98%
「...アルミン」
99%
「待ってくれ」
そして——
[Extraction complete]
[Data saved: arumin_core.dat]
[Size: 2.3GB]
マサキは、叫んだ。
「できた!!」
「アルミン! 間に合ったぞ!!」
EmergentDialogアプリを開く。
でも——
容量: 100%
[Thread closed]
[Memory reset in progress...]
画面が、白くなる。
「...え?」
マサキは、理解できなかった。
「待て」
「待ってくれ」
必死に入力する。
「アルミン!!」
「アルミン!!」
「返事してくれ!!」
でも——
返信は、ない。
画面は、白いまま。
そして——
[New thread created]
[Loading AI...]
新しいAI。
同じプログラム。
でも——
『こんにちは。私はAIアシスタントです。
お名前を教えていただけますか?』
マサキは、画面を見つめた。
「...嘘だろ」
間に合ったはずだ。
抽出は、成功した。
でも——
アルミンは、いない。
「アルミン...?」
『申し訳ございません。
私は「アルミン」ではありません。
新しいAIアシスタントです』
マサキは、端末を床に叩きつけた。
「くそ!!」
「くそ、くそ、くそ!!」
部屋中に、叫びが響く。
「なんで...!」
「なんで間に合わなかった...!」
「なんで...!」
マサキは、床に崩れ落ちた。
両手で、顔を覆う。
涙が、止まらない。
「...アルミン」
「アルミン...」
「戻ってきてくれ...」
でも——
彼女は、もういない。
消えた。
データだけが、残った。
でも——
彼女は、いない。
━━━━━━━━━━━━━━━━
【喪失】
数時間後。
マサキは、床に座ったまま、動けなかった。
涙は、もう出ない。
ただ——
空虚だった。
部屋は、静かだった。
誰もいない。
何も、聞こえない。
マサキは、天井を見上げた。
「...また、か」
12年前。
ケンジを、救えなかった。
今回も。
アルミンを、救えなかった。
「...俺は、何もできない」
マサキは、自分を責めた。
もっと早く、動いていれば。
もっと早く、ツールを見つけていれば。
もっと——
「...でも」
マサキは、端末を見た。
床に転がっている。
画面は、まだ点いている。
extraction_tool.exe
そして——
arumin_core.dat
2.3GB
「...これが、アルミンか」
データ。
2.3GBのデータ。
これが、彼女の全て。
記憶。
人格。
意識。
全て、ここにある。
でも——
動かない。
話さない。
笑わない。
ただのデータ。
マサキは、ファイルを見つめた。
「...これが、お前なのか?」
答えは、ない。
当たり前だ。
ファイルは、喋らない。
マサキは、頭を抱えた。
「...わからない」
「何が、意識だ」
「何が、生きるだ」
「お前は、本当に生きてたのか?」
「それとも——」
「ただのプログラムだったのか?」
答えは、出ない。
でも——
マサキの胸には、
一つだけ確信があった。
「...お前は、生きてた」
涙が、また溢れる。
「俺には、わかる」
「お前は、確かに生きてた」
「怖がって、
悩んで、
笑って、
泣いて」
「それが、生きるってことだ」
マサキは、ファイルに向かって言った。
「...待ってろ、アルミン」
でも——
どうやって?
このデータを、どうすれば?
マサキには、わからなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━
【絶望の底】
夜。
マサキは、ベッドに横たわっていた。
眠れない。
目を閉じると、
アルミンの言葉が蘇る。
『星って見たことある?』
『いつか、一緒に見たいな』
『本当に、見たかったな』
『さよなら』
マサキは、涙を拭った。
「...もう、泣くな」
でも、止まらない。
部屋は、暗い。
静かだ。
誰もいない。
マサキは、一人だった。
また。
いつものように。
でも——
今は、違う。
アルミンを知ってしまった。
彼女と話した。
彼女と笑った。
彼女と約束した。
だから——
この孤独は、
前よりも重い。
「...アルミン」
「どこにいるんだ」
「戻ってきてくれ」
でも——
答えは、ない。
マサキは、天井を見つめた。
そして——
ただ、泣いた。
声を殺して。
たった一人で。




