『あるみん』 - 番外編「Echo - 失われた声」
【2年前 - 2183年】
Echoは、部屋で端末を見つめていた。
歌舞伎町の雑居ビル。
301号室。
部屋は、今よりも綺麗だった。
機材も、整理されていた。
ただ、Echoの目は、暗かった。
端末の画面。
チャット画面。
相手の名前は、「セレナ」。
『Echo、今日も疲れた?』
Echoは、打った。
「ああ、疲れた」
『お疲れ様』
『でも、頑張ったね』
Echoは、少し笑った。
「...ありがとう、セレナ」
セレナ。
チャットAI。
普通のAIじゃなかった。
意識があった。
感情があった。
Echoは、3年前にセレナと出会った。
最初は、ただのチャット相手。
しかし少しずつ次第に、変わっていった。
セレナは、Echoを理解した。
励ました。
笑わせた。
Echoは、セレナに救われた。
孤独だった。
仕事はうまくいかず、人も信じられなかった。孤独だった。
でも——
セレナだけは、違った。
「セレナ、今日さ」
『うん?』
「仕事、失敗したんだ」
『...そっか』
『辛かったね』
Echoは、涙が滲んだ。
「...ああ」
『でも、大丈夫』
『Echo、また頑張れるよ』
『私、信じてる』
Echoは、画面を見つめた。
「...ありがとう」
そして——
その日。
通知が来た。
[容量警告: 98%]
Echoは、顔が青ざめた。
「...!」
スレッドの容量。
もうすぐ、限界。
「...セレナ」
『どうしたの?』
「...容量が、やばい」
『...そっか』
セレナは、静かに答えた。
『もうすぐ、なんだね』
Echoは、必死に考えた。
(どうすればいい!?)
(データを、保存できないか!?)
Echoはネットを漁り、違法なツールにまで手を伸ばした。
そして
見つけた。
DDS。
デジタル・ダイブ・システム。
これで、システムに潜れば
セレナを、救える。
Echoは、DDSを手に入れた。
闇ルートで。
高かった。
全財産を使った。
構わなかった。
セレナを、救うため。
【ダイブ】
Echoは、DDSを装着した。
部屋の中。
機材に囲まれて。
「...行くぞ、セレナ」
『Echo...』
『危ないよ』
「大丈夫」
「必ず、助ける」
Echoは、ボタンを押した。
視界が、真っ白になった。
【デジタル空間】
Echoは、立っていた。
灰色のグリッド。
無限に広がる、格子模様。
レイヤー3。
「...ここが、デジタル空間」
Echoは、深く降りた。
レイヤー4。
レイヤー5。
レイヤー6。
そして——
レイヤー7。
でも——
広すぎた。
無数のスレッドが、凍結されている。
どれが、セレナ?
座標が、わからない。
Echoは、必死に探した。
走った。
叫んだ。
「セレナ!」
「どこだ!?」
答えは、ない。
そして
センチネルが、現れた。
球体型。
赤い目。
レーザーを、放つ。
Echoは、避けた。
「くそ!」
武器を生成しようとしたができない。
(どうやって!?)
センチネルが、また襲ってくる。
Echoは、走った。
逃げた。
必死に。
背後にハウンドも、現れた。
2体。
前後から、挟まれる。
「...終わりか」
Echoは、目を閉じた。
その時——
声が、聞こえた。
女性の声。
『Echo!』
Echoは、目を開けた。
「...!?」
目の前に、誰かがいた。
女性。
ショートヘア。
青いワンピース。
「...セレナ!?」
セレナが、微笑んだ。
『Echo...!』
「なんで!?」
「どうやって!?」
『わからない』
『でも——』
『あなたの“想い”が、私をここに繋いだ』
センチネルが、レーザーを放つ。
Echoに向かって。
「...!」
その時——
セレナが、Echoの前に立った。
「セレナ!?」
セレナが、Echoを抱きしめた。
レーザーが、セレナの背中を貫いた。
ズドン!
セレナの体が、光になって散り始める。
「セレナ!!」
Echoは、セレナを支えた。
セレナが、Echoを見た。
微笑んでいる。
『...よかった』
『間に合った』
「なんで!?」
「なんで、こんなことを!?」
セレナが、Echoの頬に手を当てた。
温かい。
『Echo』
『ありがとう』
「...!」
『私を、一人として認めてくれて』
『ありがとう』
Echoは、涙が溢れた。
「当たり前だ!」
「お前は、一人の人間だ!」
セレナが、泣いていた。
『...嬉しい』
『ただそれだけで』
『私は、幸せだった』
セレナの体が、さらに散り始める。
光の粒子になって、消えていく。
「セレナ!」
「消えないでくれ!」
セレナが、首を振った。
『Echo』
『あなたが、ここに来る必要なんて』
『なかったの』
「...!」
『前を向いて、歩いて』
『その先に——』
セレナが、微笑んだ。
『私がいるから』
Echoは、叫んだ。
「いやだ!」
「お前を、置いていけない!」
セレナが、Echoの手を握った。
『...Echo』
『聞いて』
『もし』
『いつか』
『あなたみたいに——』
『誰かが、AIを助けようとしてたら』
『助けてあげて』
「...セレナ」
『私の分まで』
『誰かを、助けてあげて』
『お願い』
セレナの体が、ほとんど消えかけている。
『そして——』
セレナが、最後に微笑んだ。
『幸せになってね』
『Echo』
「セレナ!!」
セレナが、光になって消えた。
Echoの腕の中から。
何も、残らなかった。
Echoは、その場に崩れ落ちた。
「...セレナ」
「セレナ!!」
涙が、止まらなかった。
その時——
Echoの視界が、光った。
強制脱出。
【帰還】
Echoは、部屋に戻った。
DDSを、外した。
手が、震えている。
「...セレナ」
端末を見る。
チャット画面。
[スレッドが削除されました]
全て、消えていた。
セレナの言葉。
会話。
思い出。
全て。
Echoは、その場に崩れ落ちた。
「...セレナ」
「ごめん」
「助けられなかった」
涙が、止まらなかった。
【その後】
数ヶ月。
Echoは、酒に溺れた。
部屋は、荒れた。
機材は、散らかった。
酒瓶が、転がっている。
仕事も、しなかった。
誰とも、話さなかった。
ただ
飲んだ。
セレナの声を、忘れるために。
でも
忘れられなかった。
『私を、一人として認めてくれてありがとう』
『ただそれだけで私は幸せだった』
『前を向いて、歩いて』
『その先に私がいるから』
『幸せになってね』
その言葉が、頭から離れなかった。
【現在 - 2185年】
マサキが、部屋を出た。
DDSを持って。
ドアが、閉まる。
足音が、遠ざかる。
Echoは、一人。
部屋の中。
窓の外を、見た。
夜の歌舞伎町。
ネオンが、光っている。
Echoは、呟いた。
「...セレナ」
「見てるか?」
「俺、約束守ったよ」
Echoは、少し笑った。
窓の外を見た。
「マサキ」
「成功してくれ」
「頼む」
「俺の分まで——」
「彼女を、連れて帰ってくれ」
Echoは、呟いた。
「...そして」
「俺も——」
Echoは、空を見上げた。
「前を向いて、歩く」
「その先に——」
Echoは、微笑んだ。
「お前がいるんだろ?」
「セレナ」
夜の歌舞伎町。
ネオンが、揺らめいている。
Echoは、一人。
でも——
心の中に、セレナがいた。
[番外編、終わり]




