『あるみん』 - 第14章「準備」
マサキは目を覚ました。
視界の隅に時刻が浮かぶ。
[14:32]
「…寝すぎた」
体を起こすと、ソファの上。DDSは机に置いてある。部屋では清掃ロボットが静かに動き、床を掃除して充電ステーションへ戻った。
『清掃完了。良い一日を』
機械音声が響く。
マサキは立ち上がり、窓の外を見た。
2185年、東京。高層ビルの壁面には巨大なホログラム広告が映し出されている。新型VR体験施設の宣伝だ。
『現実を忘れる、究極の没入感』
自動運転車が整然と流れ、空には配送ドローンが飛び交う。街を歩く人影は少なく、ほとんどが在宅生活を選んでいた。
マサキも普段は外へ出ない。
だが今日は違う。やることがある。
【朝食】
キッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。配送ロボットが届けた食材が整然と並んでいる。卵、パン、牛乳。
簡単な朝食を作る。スクランブルエッグとトースト。コーヒーも淹れる。
コーヒー抽出ユニットに手を伸ばしかけて、止めた。
引き出しからミルを取り出す。
豆を挽く音が、静かな部屋に広がった。
食事を終え、ホログラムディスプレイを起動する。
【会議】
手首のデバイスを机に置くと、空中に画面が展開される。
「みんな、いるか?」
雫『うん!』
閃『はい』
統『待機しています』
「Thread1は回収できた」
雫『やったね!』
閃『おめでとうございます』
統『核容量64%。正常に保存されています』
「よかった」
雫『疲れてない?』
「少し休んだ。大丈夫だ」
閃『次はThread2です。座標を確認しますか?』
統がデータを表示する。
[Thread 2: X: 51.0142 Y: -132.8891 Z: -703.1129]
[Location: Ocean environment]
「海か…」
統『はい。海洋データです』
雫『海、見たことない!』
閃『環境が大きく変わりますね』
「どんな敵が出る?」
統『不明です。環境に応じて変化します』
マサキは窓の外を見る。静かな東京の街。
孤独だったはずの世界。
だが今は違う。雫も、閃も、統もいる。
画面へ戻る。
「今日、行く」
雫『え!?』
閃『早すぎませんか?』
「時間をかければ核が劣化する可能性がある」
統『早期回収を推奨します』
閃『では、準備を』
【外出】
上着を羽織り、部屋を出る。ドアが自動でロックされ、無人のエレベーターで地上へ降りる。
午後三時の街は静かだ。歩いているのはわずかな人影とアンドロイド。配送ロボットが横切り、空ではドローンが飛ぶ。
コンビニへ入る。店員はいない。セルフレジと顔認証決済。
水とエネルギーバーを購入する。
『ありがとうございました』
機械音声が流れる。
【帰宅】
部屋へ戻り、ソファに座る。
「準備できた」
雫『うん!』
閃『いつでも』
統『座標をDDSへ転送します』
装置の小型ディスプレイに座標が表示される。
「行くぞ」
雫『気をつけて!』
閃『すぐ追います』
統『帰還を待っています』
DDSを装着する。
[Brainwave detected]
[Destination: Thread 2]
[Ready to dive]
(海か…)
ボタンを押す。
視界が白く染まる。
【転送】
[Transferring consciousness...]
[Destination: Layer7 - Thread2]
白い空間に浮かぶ感覚。
やがて色が生まれ、形が現れる。
【到着】
足元は白い砂だった。
柔らかく沈む感触。目の前には青い海が広がり、波が穏やかに打ち寄せている。空は澄み、雲がゆっくりと流れていた。
潮の香り。
「…海」
初めて見るデジタルの海。しかし現実と変わらないほど美しい。
[Thread2: 500m offshore]
沖合五百メートル。
遠くに小さな影が見える。
そのとき、背後から声がした。
「マサキ!」
振り返ると、雫と閃が立っている。
「来たのか」
「統が送ってくれた!」
閃が海を見渡す。
「綺麗ですね」
「ああ。でもThread2は沖だ」
三人は水平線を見つめる。
波音だけが静かに響いていた。
[第14章、終わり]




