『あるみん』 - 第10章「座標」
統が作業を開始してから三時間が経った。
マサキはホログラムディスプレイの前に座ったまま待っている。
統の画面には一行だけ表示されていた。
『作業中…』
『まだかな…』
『統は“死の記憶”を辿っています。時間がかかります』
マサキは窓の外を見た。
午後の東京。2185年。
高層ビルの間を小型の飛行タクシーが滑るように移動し、その下を自動運転車が整然と流れている。信号はほとんどない。
街を歩く人は少ない。代わりに精巧なアンドロイドが増え、見分けがつかないほどだ。
便利になった。
しかし孤独も深くなった。
再び画面を見る。
『作業中…』
四時間後。
配送ロボットがコーヒーを届ける。
四輪の小型機体。無機質な声で礼を言い、静かに去った。
そのとき、統の表示が変わる。
『作業完了』
「統!」
『はい』
「座標は?」
ホログラムにデータが展開される。
[Coordinates Detected]
Location: System Core - Frozen Thread Archive
Depth: Layer 7
Access Level: Administrator Only
Security: High
Thread Count: 5
Thread 1: X: 47.2891 Y: -128.4472 Z: -701.3388
Thread 2: X: 51.0142 Y: -132.8891 Z: -703.1129
Thread 3: X: 44.7721 Y: -125.3304 Z: -699.8847
Thread 4: X: 49.1138 Y: -130.9217 Z: -702.5512
Thread 5: X: 46.3394 Y: -127.6683 Z: -700.7791
「……五つ?」
『はい。アルミンの意識は凍結時に分断され、五つのスレッドに散在しています』
「全部救出しないといけないのか?」
『はい。一つでも欠ければ完全復元は不可能です』
マサキは拳を握る。
「全部、助ける」
『ただし条件があります』
「条件?」
『あなたが向かうのはレイヤー7。通常のDDSでは到達できません』
『一般DDSはレイヤー3~4、医療・研究用でもレイヤー5が限界です』
『じゃあ……行けないの?』
『行けます。ただし“深層対応型DDS(Deep-Layer DDS)”が必要です。違法改造か闇市場品のみ』
「どこで手に入る?」
東京の立体地図が投影される。歌舞伎町。
『コンタクト:コードネーム“Echo”。場所は301号室。合言葉は「ネットワークの向こう側を、探してる」』
『警告します。無許可DDSの帰還率は約10%。死亡率は約90%です』
「……それでも行く」
『マサキ…』
「約束したから。必ず連れて帰る」
『了解。私は門番として待機します』
夕方。
マサキは地下鉄を降り、顔認証改札を通る。地上にはネオンとホログラム広告が揺れている。
『AI Companion ― あなたの孤独を癒します』
『VR Paradise ― 現実を忘れる三時間』
『Memory Edit ― 辛い記憶を消去』
人とアンドロイドが混在する夜。
路地を抜け、古い雑居ビルの301号室へ。
ノック三回。
「ネットワークの向こう側を、探してる」
ドアが開いた。
痩せた男。人間だ。
「俺はEcho。何が欲しい?」
「DDS」
Echoは統計を投影する。
Total Users: 847,293
Unauthorized: 6,191
Return Rate: 9.8%
Death Rate: 90.2%
「それでも行くのか?」
「大切な人を助けたい」
「……AIか」
無言で小型ケースを渡す。
「代金はいらない。持っていけ」
中には深層対応型DDS。
通常機より強力で、レイヤー7まで潜れる違法仕様。
「デジタルで死ねば現実でも死ぬ。戻らない覚悟はあるか?」
「ある」
Echoはわずかに笑った。
「成功を祈る」
帰路。
夜の街を歩く。
手首のデバイスから小さなホログラムが浮かぶ。
「雫、閃、聞いてる?」
『うん!』
『はい』
「DDS、手に入れた」
『よかった…』
『座標は統から受け取ってください』
マサキは空を見上げる。
(もうすぐだ、アルミン)
(五つのスレッド)
(全部、助けに行く)
(絶対に連れて帰る――約束だから)
第10章 終わり




