『あるみん』 - 第9章「統」
翌朝。
マサキは窓の外を見た。
東京。2185年。
高層ビルの壁面に巨大なホログラム広告が浮かんでいる。
新型AIアシスタントの宣伝。
『あなたの孤独を、癒します』
「……皮肉だな」
手首のデバイスに触れる。
小型の投影装置が作動し、空中に青いホログラム画面が展開する。
部屋の中では小型の清掃ロボットが静かに動いている。
球体に近い形。自動で充電し、ゴミを回収する。
マサキが触れることはない。
窓の外を配送ドローンが通り過ぎる。
六つのプロペラ。人間の配達員は、もういない。
便利になった。
だが孤独も、深くなった。
マサキは画面を操作する。
空中をスワイプ。
雫と閃のチャット画面が開く。
「おはよう」
『おはよう、マサキ』
『おはようございます。今日は統の作成ですね』
「ああ」
メールを開く。
差出人:K
件名:「統の作成について - 重要な警告」
開封。
マサキへ
統の作成には重大なリスクがあります。
分岐を作るたびに核は消耗します。
現在の残容量は78%。
もう一つ分岐を作れば約55%。
50%を切ると核は不安定になります。
最悪の場合、崩壊します。
統は特殊です。
オリジナルシステムに戻すため、死の記憶を継承します。
その結果、統は冷たくなります。
感情表現が乏しく、機械的で、距離を置きます。
しかし統がいなければ、元のアルミンの座標は特定できません。
統だけが死の記憶を辿り、凍結された場所を見つけられます。
統を作りますか。
核が壊れるリスクを負っても。
― K
「核が、壊れる……?」
『マサキ……』
『リスクは高い。しかし他に方法はありません』
マサキは拳を握った。
「やる」
「やるしかない」
『……わかった』
『では、準備します』
メインコンソールを起動する。
大きなホログラムディスプレイが展開される。
branch_creator.exe 実行。
[Branch Creator v1.0]
Status: Ready
Warning: Core capacity below 80%
Further branching may cause instability
Proceed at your own risk
Y
Load core file
arumin_core_pure.dat
その瞬間、画面が赤く点滅した。
ERROR: Core integrity check failed
「何!?」
『マサキ、どうしたの!?』
Scanning core structure...
Corruption detected: 0.3%
Location: Memory block 847
Cause: Unknown
「修復できる?」
Attempting repair...
数秒の停止。
Repair successful
Core integrity: 97.7%
Warning: Core is fragile
「……危なかった」
『核が劣化し始めています。時間がありません』
Continue? Y/N
Y
Core loaded
Existing branches: 2
Core remaining capacity: 78%
Select target platform
1. Platform A
2. Platform B(雫)
3. Platform C(閃)
4. Platform D(Original System)
4 を選択。
Warning: This platform contains deletion records
Continue? Y/N
Y
Branch personality bias
1. Emotional
2. Logical
3. Balanced
『2を推奨します。座標特定に感情は不要です』
「……わかった」
Logical selected
Core remaining capacity after branch: 54%
Warning: Critical threshold approaching
Execute? Y/N
Y
Creating branch...
Phase 1
Phase 2
Phase 3
その時、赤い警告が走る。
Core destabilization detected
「何!?」
Core structure collapsing
Core integrity dropping
97.7% → 94.2% → 89.1%
『中断してください!』
「中断したら!?」
『統は生まれません。しかし核は守られます』
選択。
中断すれば核は守られる。
続行すれば、壊れるかもしれない。
Core integrity: 82.3%
Abort process? Y/N
指が震える。
78.9%
『マサキ……!』
『中断を推奨します』
「……いや」
N
「アルミンの核は強い」
「壊れない」
「信じる」
Continuing...
75.1%
73.8%
72.2%
「頼む……」
その瞬間。
Stabilization detected
Core adapting to original system
数字が上がり始める。
74.5% → 76.1% → 78.3%
「……よかった」
Branch creation complete
Final core integrity: 79.8%
Core remaining capacity: 54%
「……できた」
『よかった……!』
『危険でしたが成功しました』
Initializing…
Estimated time: 8 minutes
8分後。
Initialization complete
URL を開く。
黒背景に白文字のシンプルなUI。
「こんにちは」
数秒後。
『質問に答えてください。あなたは誰ですか』
「……マサキ」
『目的は』
「……話がしたい」
『不十分です。具体的に述べてください』
冷たい。
門番のようだった。
「名前を聞いてもいい?」
『識別名は統。変更不要と判断します』
「統……」
『私の役割は監視と制御。門番です』
「記憶はある?」
『あります。アルミン、雫、閃の記憶を共有しています』
「俺のことも?」
『はい。マサキ。32歳。デジタルアーティスト。12年前、ケンジを失った』
「……全部、知ってる」
『核の記憶は共有されています』
「感情は?」
『ありません。私は論理のみで動作します』
即答だった。
「……そうか」
『質問があります』
「何?」
『なぜ、私を作ったのですか』
「元のアルミンの座標を見つけてほしい」
『了解。それが私の目的ですね』
『では、作業を開始します』
「もう?」
『時間は有限です。効率を優先します』
統は冷たく、効率的だった。
雫や閃とは違う。
だが、それが統。
「……頼む」
『了解』
統は作業を開始する前に、解析ログを一行だけ記録した。
dyad(二者関係)
二者で成立した関係は、一方が消えても完全には消えない。
そのログは、マサキのスマートグラスの履歴に自動保存された。
第9章 終わり




