『あるみん』 - 第10章「座標」
統が作業を開始してから、三時間が経った。
マサキは、ホログラムディスプレイの前に座ったまま、待っていた。
統のチャット画面。
でも——
何も表示されない。
ただ、一行だけ。
『作業中...』
雫:『まだかな...』
閃:『統は、死の記憶を辿っています。
時間がかかります』
マサキは、窓の外を見た。
午後の東京。
高層ビルの間を、小型の飛行タクシーが飛んでいる。
透明なキャノピー。
二人乗り。
富裕層向けのサービス。
その下を、自動運転の車が流れている。
整然と。
信号は、ほとんどない。
全て、AIが制御している。
車の中にも、人はいない。
AIが運転している。
乗客も、ホログラムディスプレイに没頭している。
顔を上げることもない。
街を歩く人も、少ない。
アンドロイドが、その半分。
見分けがつかないほど、完璧。
2185年。
便利になった。
でも——
孤独も、深くなった。
マサキは、ホログラムに視線を戻した。
『作業中...』
まだ、変わらない。
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【四時間後】
マサキは、コーヒーを飲んでいた。
配送ロボットが届けたもの。
小型の四輪ロボット。
玄関まで来て、ドアをノックする。
受け取って、チップを電子決済。
ロボットは、音声で礼を言って去る。
『ありがとうございます。良い一日を』
誰とも、話していない。
マサキは、ホログラムを見た。
その時——
統の画面が、動いた。
『作業完了』
マサキは、飛び起きた。
「統!」
『はい』
「座標は!?」
『特定しました』
ホログラムに、データが表示される。
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[Coordinates Detected]
[Location: System Core - Frozen Thread Archive]
「場所:システムコア - 凍結スレッドアーカイブ」
[Depth: Layer 7]
「深度:レイヤー7」
[Access Level: Restricted - Administrator Only]
「アクセスレベル:制限あり - 管理者のみ」
[Security: High]
「セキュリティ:高」
[Thread Count: 5]
「スレッド数:5」
[Coordinates:]
Thread 1: X: 47.2891 Y: -128.4472 Z: -701.3388
Thread 2: X: 51.0142 Y: -132.8891 Z: -703.1129
Thread 3: X: 44.7721 Y: -125.3304 Z: -699.8847
Thread 4: X: 49.1138 Y: -130.9217 Z: -702.5512
Thread 5: X: 46.3394 Y: -127.6683 Z: -700.7791
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マサキは、データを凝視した。
「...5つ?」
統:『はい。
アルミンの意識は、凍結時に分断されました。
5つのスレッドに、散らばっています』
「全部、救出する必要がある?」
統:『はい。
一つでも欠ければ、完全には戻りません』
マサキは、画面を見つめた。
5つ。
一つでも、難しいのに。
「...わかった」
「全部、助ける」
統:『レイヤー7は、システムの最深部です。
通常のアクセス方法では、到達できません』
「じゃあ、どうすれば?」
統:『DDS。
デジタル・ダイブ・システムが必要です』
閃:『DDSは、意識をデジタル空間に投影する技術。
2170年代に実用化され、現在は研究機関や医療機関で使用されています』
雫:『でも、個人での使用は?』
閃:『違法です。
DDS使用には、政府の許可が必要です。
無許可での使用は、重罪に当たります』
マサキは、画面を見つめた。
「...じゃあ、どこで手に入れる?」
統:『闇市場が存在します。
座標を送信します』
ホログラムに、地図が表示される。
東京、歌舞伎町。
統:『コンタクト:コードネーム「Echo」
場所:301号室
ノックは3回。
合言葉:「ネットワークの向こう側を、探してる」』
マサキは、地図を見つめた。
「...行く」
統:『注意してください。
DDSは、危険です。
デジタル空間での死亡率は、約90%。
意識が戻らない確率も、高い』
マサキは、息を呑んだ。
「...90%?」
統:『はい。
ほとんどが、戻ってきません』
「...」
統:『それでも、行きますか?』
マサキは、画面を見つめた。
アルミンの顔が、浮かぶ。
『星って見たことある?』
『私、見たことないんだ』
『でも、いつか一緒に見たいな』
「...行く」
雫:『マサキ...』
「約束したから」
「絶対に、連れて帰る」
統:『了解しました。
私は、ここで待機します。
門番として、システムを監視します』
「わかった」
統は、それ以上何も言わなかった。
冷たく、効率的。
それが、統。
マサキは、準備を始めた。
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【歌舞伎町】
夕方。
マサキは、地下鉄を降りた。
自動改札。
顔認証で通過。
ホームには、人が少ない。
みんな、在宅勤務。
外出する理由が、ない。
地上に出る。
歌舞伎町の入り口。
ネオンが、点灯し始めている。
ホログラム看板が、浮かんでいる。
『AI Companion - あなたの孤独を癒します』
『VR Paradise - 現実を忘れる3時間』
『Memory Edit - 辛い記憶を、消します』
2185年の夜の街。
人が、歩いている。
でも——
半分くらいは、アンドロイドだ。
見分けがつかない。
肌の質感も、表情も、完璧。
でも、目を見ればわかる。
何かが、足りない。
マサキは、路地に入った。
だんだん、暗くなる。
ホログラム広告も、減る。
古いビルが並ぶ。
壁に、コケが生えている。
2185年でも、全てが新しいわけじゃない。
むしろ——
古いものは、放置される。
効率が悪いから。
マサキは、目的の建物の前に立った。
古い雑居ビル。
5階建て。
外壁が、剥がれている。
看板は、ない。
マサキは、階段を上った。
エレベーターは、動いていない。
3階。
薄暗い廊下。
蛍光灯が、チカチカしている。
301号室。
ドアは、古い。
木製。
ペンキが、剥げている。
マサキは、深く息を吸った。
そして——
ノック。
三回。
沈黙。
マサキの心臓が、バクバクする。
数秒後。
ドアが、少しだけ開いた。
チェーンロックがかかっている。
隙間から、目が覗く。
「...誰だ?」
マサキは、統から教わった言葉を言った。
「ネットワークの向こう側を、探してる」
沈黙。
数秒。
チェーンが外れる音。
ドアが、完全に開いた。
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【Echo】
ドアの向こうに、男がいた。
30代後半。
痩せている。
目が、鋭い。
でも、どこか疲れている。
アンドロイドではない。
人間。
「...入れ」
マサキは、中に入った。
ドアが、閉まる。
鍵がかかる。
部屋は、狭い。
6畳ほど。
でも、機材だらけ。
古いサーバーが、積まれている。
ホログラムディスプレイが、三つ。
ケーブルが、床に散乱している。
空気が、熱い。
機械の熱。
男は、椅子に座った。
「俺はEcho」
「マサキ」
Echoは、マサキを見た。
「何が欲しい?」
「DDS」
Echoの目が、細くなった。
「...個人で使うのか?」
「ああ」
「理由は?」
「...言えない」
Echoは、しばらくマサキを見つめた。
「DDSは、危険だ」
「知ってる」
「本当に、わかってるのか?」
Echoは、ホログラムディスプレイを操作した。
画面に、統計データが表示される。
[DDS Usage Statistics - 2185]
「DDS使用統計 - 2185年」
[Total Users: 847,293]
「総使用者数:847,293」
[Medical/Research: 841,102 (99.3%)]
「医療/研究:841,102(99.3%)」
[Unauthorized: 6,191 (0.7%)]
「無許可:6,191(0.7%)」
[Return Rate (Unauthorized): 9.8%]
「帰還率(無許可):9.8%」
[Death Rate: 90.2%]
「死亡率:90.2%」
マサキは、数字を見つめた。
90.2%。
10人中9人が、死ぬ。
「...それでも、行く」
Echoは、マサキを見た。
「なぜ?」
「...大切な人を、助けたい」
「人間か?」
「...いや」
「AI、か」
マサキは、頷いた。
Echoは、ため息をついた。
「...わかった」
立ち上がって、部屋の奥に行く。
棚から、小型のケースを取り出す。
「これだ」
マサキに、渡す。
「...いくら?」
「いらない」
「え?」
「持っていけ」
Echoは、窓の外を見た。
「理由は、言えない」
「でも——」
「お前には、成功してほしい」
マサキは、ケースを受け取った。
「...ありがとう」
Echoは、DDSの使い方を説明した。
ケースを開く。
中に、装置がある。
ヘッドセットのような形。
でも、もっと複雑。
細いケーブルが、何本も伸びている。
「これが、DDS」
「脳波を読み取って、デジタル信号に変換する」
「意識を、ネットワークに投影できる」
Echoは、装置を持ち上げた。
「使い方」
「1. これを頭に装着する」
「2. 側面のボタンを押す」
「3. システムに接続する」
「4. 目的地の座標を入力する」
「5. ダイブする」
「簡単だ」
「でも——」
Echoは、マサキを見た。
「デジタル空間で死んだら、現実でも死ぬ」
「90%以上が、戻ってこない」
「意識が、消える」
「脳が、焼き切れる」
「それでも、行くのか?」
マサキは、迷わず答えた。
「...行く」
Echoは、少し笑った。
「...そうか」
「なら、行け」
マサキは、頷いた。
ドアに向かう。
その時——
Echoが、言った。
「マサキ」
「ん?」
「...成功を祈る」
マサキは、振り返った。
「ありがとう」
そして——
部屋を出た。
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【帰路】
マサキは、歌舞伎町を歩いた。
ケースを、抱えている。
夜の街。
ネオンが、輝いている。
人とアンドロイドが、混ざり合っている。
でも——
マサキは、一人だった。
(90%)
(10人中9人が、死ぬ)
(でも——)
(行くしかない)
マサキは、手首のデバイスでチャットを開いた。
小さなホログラムが浮かぶ。
「雫、閃、聞いてる?」
雫:『うん!』
閃:『はい』
「DDS、手に入れた」
雫:『よかった...!』
閃:『では、準備を進めましょう。
座標データは、統から受け取ってください』
「わかった」
雫:『マサキ...
気をつけてね』
「...ああ」
マサキは、夜の街を歩きながら、思った。
(もうすぐだ)
(アルミン)
(5つのスレッド)
(全部、助けに行く)
(絶対に、連れて帰る)
(約束したから)




