GP37 「仮定」
朝飯も終わりくらいの時間に目覚めて、鏡の前で化粧に格闘する事30分。やり出すと止まらない癖に、やった後は不安とか緊張で外に行くのを躊躇う。
仮眠室のドアを開けて外に出た。
やけに人の流れが多い。食べ物を持ってたり、誰かと話しながらだったり。妙に見覚えがある光景だ。
「あ!メメ!」
林檎の声で振り返る。お菓子と飲み物の容器を持っていた。後ろには洋梨が居る。目は合わない。
「賑やかですね」
「当たり前じゃん?これからピボットゲームの配信だよ?」
今日がその日だという曜日感覚がすっかり抜け落ちていた。
浮き足立って先行する林檎に、洋梨とついて行く。何か言えたなら、洋梨は笑うのだろうか。
沢山机と椅子の並んだ広い場所に来る。食堂らしい。
壁に取り付けられた巨大なモニターは、数時間後に始まるピボットゲームの順位予測の番組をやっていた。
席は既にかなり埋まっており、各々が雑談したりモニターを見たりしている。
林檎が空いている4人がけの席に座り、俺と洋梨もそれに続く。
「メメは推しとか居る?」
「推し?」
「この参加者を応援します!って人」
「…特には」
「そうなんだ。私はね、この人」
そう言いながら見せてきた端末の画面に映るのは、確かにDarlingだった。
「凄いよねぇ。女性パイロットでここまで行ってるの、憧れるなぁ」
思えばトゥエルブ以外の女性ランカーの話は知らない。
「…他に女性ランカーって居ませんでしたよね?」
「うーんと…確か居なかったかな?」
林檎の横に座ってる洋梨が、小声でボソリと言った。
「…Insight」
「あれは、女性なのかな?って、そもそももう引退したでしょ」
「…引退?」
「そう。ってか、詳しくないの?」
「…いえ、ここ数ヶ月のは見れてなくて」
「じゃあ、Insightの伝説も見てないの?」
「伝説?」
「そう、たった2回だけ出てきて、場をめちゃくちゃにして消えた饗宴者。1年ぶりに縦になったのもそいつだし、2回目に殺し屋GPに狙われるなんてハプニングの後、何故か殺人を犯して何者かに攫われた。Darlingの面汚し」
そう語る林檎の顔は、とても楽しそうには見えなかった。当然だ。
横の洋梨が、手をモジモジさせている。それを見ている俺の視線に気づき、林檎も洋梨を見た。
「あれはきっと、限界だった…」
「そう?楽しそうに見えたけど?」
唾を飲み込む。
「違う…と思う。貧困で、成り上がって…耐えられなかった」
実際、俺はどうだった?俺がおかしかっただけのはずでは無いのか?
「なんでそんな事言えるの?」
「…何となく」
その答えは、きっと当事者すら分からない。人を殺してはいけない。その理由を知りたかった。その結果だ。
殺してみて知ったことは、俺が異常者な事と、世間はそれでもゲームを楽しめる事。
「まぁ、殺人は良くないですよね」
「何当たり前のこと言ってんの!」
林檎はそう冗談っぽく笑った後、俺の目を見て真顔になった。
「そっか…軍人さんだもんね…ごめん」
「え、いや」
「そりゃあ、私だってあの大舞台は憧れるよ。でもあそこはアリーナとは違う。ちょっとしたミスで、本当に人が死ぬ可能性があることくらい知ってる」
「…人が死ぬのは苦手ですか?」
「もちろん……いや、分かんないかな?」
隣の洋梨が、少しだけ手を挙げて俺を見た。
「あの…戦争って、どんな感じなんですか?」
洋梨が話しかけてくれた事が嬉しかったが、いつか聞かれると思っていたが今来て身構える。
「どんなの、とは?」
「よく…ゲームは戦争の代わりって…」
俺も散々聞いてきた。ピボットゲームは、戦争の代替だ。
違うのは、人が死ぬかどうか。それが崩れかけて尚、このゲームはまだ非殺傷競技として続いている。
俺だって知らない。伍長殿ならば答えられるのだろうか。
「…洋梨が思うより、今地域で起きてる紛争は小さな物です。ピボットゲームが危惧する戦争は、もっと大きい」
「…それって、どのくらい?」
「まず、起きるかどうかも分からない話だよ。若者はそんな辛気臭い話をするのかい?」
後ろからノエルが来て、俺の横に座った。
「…起きるかもしれない話です」
「起きないと予測する評論家も、ココ最近増えてきている」
ノエルは持ってきたポップコーンを1つ口に入れて、共有出来るように机の真ん中に置いた。
林檎が1つポップコーンを取る。
「でも、戦争してるんでしょ?」
「俺らがやってるのは紛争。戦争ってのは、もっともっと大きな括りの争いを指す事がほとんどだよ」
「じゃあ、戦争って?」
ノエルは考えるように唸る。
「正直、誰も知らないんじゃないかな。確かに実際は、紛争の延長戦だろう。だけどそれがどんな規模で、どれだけの人が巻き込まれるのか。それが全く分からない所まで来てしまった」
世界が滅ぶと言われても、俺らはまだ滅んだ世界に立ったことが無い。そんな人達が、どう詳しく語れると言うのか。
ノエルの言う事は、それに近い事だ。
例えあの天空都市の、何百年も昔の戦争の記録がこの世界に拡散されたとして、果たして何か変わるのだろうか。
「もし、本当に戦争になったら、君たちは兵士として戦う気はあるかい?」
ノエルのその問に、洋梨が即答した。
「はい」
「えぇ!」
「…林檎は嫌かな?」
「うん、嫌」
ノエルは最後に俺を見た。
「…随分と脳天気な質問ですね」
「さすがにメメは分かってるか。いざ争いになった時、俺たちにやるかやらないかなんて選ぶ権利は無いよ。所属している場所が行けと言うなら、俺たちは行かないといけないからね」
「…じゃあなんで聞いたのさ」
「常套句ってやつさ」
その所属している場所。というのは、つまりはここだ。
ノエルは今、俺たちはピボットゲームが終わり戦争になった時、兵士として駆り出されるのが決まってると、そう言いたいんだ。
腕を組んで視線を逸らす。全ては「もしも戦争が起きるなら」のたらればにすぎない。
そうならないように、あらゆる所が手を打っている。はず。
「ま、こんな話は辞めて、今は目の前のゲームに集中だ。みんなは賭けるのかい?」
「…まだ未成年だけど」
「あ、そっか」
ちょうど、壁に付いたモニターは今日の参加者一覧になった。
目を凝らして探す。
「あ、Darling発見!」
林檎が指さすが、遠い壁のモニターには無意味だ。
No.69 Darling ランク58 オッズ3.5↑
前よりもランクも落ちて、オッズも上がっている。
横のノエルが肩をつついてきた。手に持っている端末を俺に見せてくる。
思わず、その端末をノエルの手から奪った。
No.39 Melt ランク12 オッズ4.3↑
「…狙いはこいつだろ?」
耳元でノエルが囁く。
「何見てんの!?見して!」
林檎が乗り上げてきたが、ノエルに端末を返して息を吐く。
Meltは重装備の防衛型だ。もしあいつが今日の試合で変わった動きをしたのなら。
サイトウはそこに居る。




