GP36 「怪物」
暗転したコックピット内で、コメント欄と少し話をした。
同接は最大23人。今は8人まで落ち着いた。
もちろん、あの頃と比較にもならない。それでも、一人一人の距離感が、あの頃よりもぐっと近く、初めてコメント欄に感情を感じた。
「お疲れ様やで おもろかった」
「なかなか攻めた試合で良かった」
「前なんかやってたの?」
「…ありがとう。シミュレーションは何度か触ってきたので。まさかこんなゲームがあるなんて知らず」
もちろん、俺がシュリだなんて言えない。そういう嘘を「演技」だと誤魔化すためのメメだ。
「ピボットゲームも楽しみやな」
「古参名乗れるかも?」
「林檎って、裏ではどうなの?」
林檎の名前が出てきた。試合後の慟哭は直接は聞いてないが、ゲーム中のあの荒ぶりは、確かにこれから顔を合わせるのが恐ろしいものがある。
「普通の明るい人ですよ」
「マジ?想像付かん」
「まぁゲーム前がデフォってことか」
「性格変わるのキチィw彼女なら無理かも」
その後は俺の事を何個か話、10分ほどで終わった。配信時間は30分も無かったが、今はこれで良いだろう。
小さく息を吐いて外に出る。ノエルが立っていた。
「流石と言うべきか、俺が足手まといだと自覚したよ…」
「いいえ、流石に実際の戦場に立っていただけはありましたよ。これからもお願いします」
「…どうかな。また囮で撃ち抜かれるのだけは勘弁したい」
「それは、すいません」
笑うノエルが拳を前に出してくる。俺の拳をぶつけた。
近くの筐体が開いた。思わずノエルとそちらを向く。
ゆっくりと出てきた林檎が、笑いながら俺たちを見た。
「2人とも凄いね!勝てると思ったんだけどなぁ」
「あ、あぁ…ありがとう」
そう話す林檎の顔は、ゲーム前の明るい時と何も変わってなかった。
「…洋梨さんは?」
「あぁ…あの子はまだ出てこないよ。そんな事よりさ!メメ凄いね!ねぇ、今度は私と組まない?」
俺の手を掴んで目を見てくる。その張り付いた笑顔が、少しだけ怖く感じた。
「…洋梨さんが居ますよね?双子だと、コメントで書いてありましたが」
「あぁ…それはいいの!とにかく次は私と組んでね!絶対だよ!?」
「…分かりました。またやりましょう」
「よっしゃ!じゃ、またね!」
そう言って林檎は一人で消えていった。こちらを振り向くことは無かった。
ノエルと顔を合わせる。恐らく考えてる事は同じだろう。
「…あれ、どういう意味だと思いますか?」
「言葉の通り…という訳では無さそうだ。とは言え俺たちには」
もうひとつの筐体が開く音がして、そちらを見た。
顔だけ出した洋梨の目は真っ赤になっていて、俺たちと目が会った瞬間、再び筐体に潜り込む。
「…そうだメメ。端末は見たか?」
「今、それどころでは無いのでは?」
「いいや、あれは今話せる状態じゃないだろう。後ほど余裕のあるときに聞くべきだし、こういうのは2人がかりで絡むものでは無いさ」
ノエルが自身の端末を見せてくる。そこにはランクD4と書かれている。
「さっきの勝負で表示された。これの意味は?」
「…知りません」
「ふむ…ではこれは、アリーナ専用のシステムか…後でナハトさんに聞かないとな」
俺の端末にも、D4と書かれている。
「さて…俺は戻るとするよ。一応この拠点内では自由行動にしないと、君も窮屈だろ?」
「貴方が自由に動きたいだけでは?」
「はは…まぁ、困ったらすぐに連絡をくれ。何時でもそちらに向かうとするよ」
そう言って、ノエルも手を振って歩いていく。どうすればいいか分からず、しばらく立ち尽くした。
林檎も洋梨もどこかおかしい。知りたいと思う反面、下手に首を突っ込んでもいいものかと悩む。
色んな人が筐体に入っては出ていく。洋梨は出てこない。
立ち尽くしていた俺の肩に、男の腕が当たる。睨んでくるそいつを睨み返す。
「…あぁ?なんだお前?偉そうな服着てるな?」
そいつの服は特別派手でもなく、特別ボロくも無い。
「…何か?」
「何か?道のど真ん中で立ってたら邪魔だってママに教わらなかったか!?」
「…あぁ、それはすまない」
男は拍子抜けしたように、何やら愚痴を言いながら去っていく。確かに俺は通路の真ん中にずっと立っていた。邪魔だったのは事実だろう。
少し悩んで、いつまで経っても出てこない洋梨の筐体の前まで行った。その時ちょうど、洋梨が出てきた。
「あ…」
「…まだ居たんですね。見かけないから見に来てしまいました」
洋梨の目の赤はもう落ち着いていたのに、洋梨は俺の顔を見て泣きそうになった。
いつまで経ってもハンカチひとつ持ってない自分を悔やむ。
「ごめんなさい…その…面白く無かった…ですよね…」
「非常に楽しめましたよ」
しゃがみこんでしまう洋梨に触れようとして手が止まる。どうすればいいのか、自分でも分からない。
後ろを通り過ぎた人は、チラリとこちらを見ただけで何も声をかけなかった。もしかしたら、これが普通なのか?
「…少し、歩きませんか?」
「…いいえ、そんな…迷惑なこと…」
「じゃあ…君と話がしてみたいんだ。歩かないか?」
口調を変えると、洋梨は少し顔を上げた。
―――
夜の集合倉庫の外は風が強い。海から来ている風だろう。
それなりに人は歩いているが、確実に昼よりは少ない。
「あの…」
「ん?」
「…なんで、敬語だったんですか?」
「あー…ちょっと事情があって、あー言う言葉遣いを選んでるっていうか…それに、一応こんな服着てるわけだし」
肩が軽かった。あの喋り方は、俺だって自然にやってない。
「そう…なんですね」
「あの機体、お下がりって言ってたよね?家族?」
「その…はい…古くて、あまりまともに戦えなくって」
「それでドローンか」
「はい…」
「…なんで、泣いてたんだ?」
洋梨が一瞬固まるが、すぐに歩き出す。
「その…私が弱いばっかりに…あの子に迷惑をかけちゃって…」
「林檎の事?」
「……はい」
手が少し悴む。近くの店で暖かい飲み物をふたつ買った。
「はい」
「あ、ありがとうございます…」
蓋を開けて小さく飲む。手はこんなに寒さを訴えているのに、口は熱を痛がるのは不思議だ。
洋梨は蓋を開けずに、あったかくなっている容器を両手で握りしめていた。俺も真似をする。
「双子って聞いたけど?」
「その…そういう、設定というか」
「設定?」
「ペアで配信するのに…そういうラベルは強いんです…もう半年はそうやってます」
「なるほどなぁ…」
2人は俺よりも普通に先輩だ。名を上げるためにそういう手段もあるというのは、頭に入れて置いてもいいかもしれない。
「でも……でももう、私無理です…」
そう小さくこぼした洋梨が俯いた。
「……メメさん、お願いがあります」
「何?」
「私の代わりに…林檎ちゃんと…新しいペアになってあげて欲しいんです…」
「…ちょっと待った。なんで?」
風が顔に当たって冷たい。洋梨は顔を上げなかった。
「だって…このままだと…私、あの子を殺しちゃいそうで……」
そう震える洋梨の、飲み物の容器を持つ手の襟に隠れた傷跡を、洋梨が咄嗟に隠して立ち上がった。
「……」
2人とも何も言えないまま、洋梨は走り出した。本当に、俺は何にも出来ない。




