GP35 「転生」
Farceが消えても、ドローンの追撃は止まらない。数秒前にBrotherが撃破された。恐らく先にこちらに合流するのはFarceだろう。
同接が少しずつ増えていく。現在は32人。
「ずっと避けてて草」
「上手い」
「違うゲームになってる」
この状態では、確実にポイント差が付く。俺もいつ落ちるか分からない。
小さなドローンには照準が追い付かない。無駄撃ちをする気にはならない。
「貰ったぁ!!」
横から声。Farceだ。わざわざ話す辺り、彼女も配信であることは理解している。
Farceから距離を取りながら、全方位を取り囲むドローンとアラート音に集中する。
楽しい。あの時の感覚だった。
やっとドローンの法則を掴んだ。タレットの同時発射は無い。必ず1台目が撃ってから次のタレットが発砲される。
ただ、親切に番号がある訳ではない。どのドローンがどういう順番かは全く分からないし、必ず1番から発砲する訳では無いだろう。
Farceとすれ違うように動き、今しがたFarceが来た方向を向いて全力でブーストを吹かす。
「待て!!」
「断ります」
後ろから大量のアラート音が飛んでくる。ブーストを吹かしながらアラートに合わせてテンポよく左右に回避していれば殆どが回避出来る。
「Tragedyは見つかんないよ!その前に倒すから!」
「そうでしょうね」
「何のつもり!?」
「…秘密です」
マップの端まで来て急旋回をした。ここまで来て気づいたが、上に小さなミニマップがある。Brotherの位置が示されているが、目の前のFarceは映っていない。
ライフルを構える。Farceが咄嗟に回避行動を取った真逆に更にブーストを吹かす。
「…違うか」
「…はぁ?」
もう一度急旋回をする。今度はFarceが直ぐに反応したので、そのままFarceの方に突っ込む。散弾を回避して続けざまに来るドローンの追撃もひらりと躱した。
Insaneは回避型の軽量フレームだ。装備は最低限に抑え、とにかく一撃も受けないように設計されている。
さっきの二者択一の一撃でかなり消耗するレベルだ。もう1回喰らえば死ぬ。
Farceを見ないで突っ切る。ドローンが明らかに攻撃速度を上げてきた。
この方角にいる。そう言っているに等しい。
「逃げんなクソが!!」
「…遅かったですね」
再度急旋回。今度はそのまま突っ込んできたFarceに、横から飛んできたBrotherが盾でタックルを喰らわせる。
「ここまで来る移動時間が長い!無闇に落ちれないぞ!」
「落ちていい時があるとでも?」
「ざっけんな!」
Farceの慟哭を無視して進む。単一方向からの射撃やドローン単独なら回避は難しくない。
恐らく基礎的な照準はAIだ。だがペクトゥス同様、射撃そのものの精度はAIには無理だろう。
射撃ボタンを押しているのは、洋梨本人だ。本体の操縦に付属する性質上、全てのドローンカメラは見れないから同時射撃は出来ない。
だから近寄ってきた俺に対して、今洋梨は焦っている。
現に今、ドローンの射撃は正確に俺を狙えていない。照準に追いつく前から闇雲に射撃ボタンを押しているはずだ。
建物の密集した路地裏、一瞬見えた灰色の輪郭。
ちゃんと擬態色にしてあるTragedyを視界に捉えた。
ドローンの一撃を躱し、ライフルを向けた。
「…いや」
洋梨の掠れるような声がした。思わずボタンを押す手が止まる。
画面横からノイズが走った瞬間、Insaneが落ちた。
画面が暗転し、中央に撃破プレイヤーのログが出る。
接近していたFarceに撃たれた。Brotherはとっくに落ちていた。
暗転した画面にリスポーンカウントダウンが表示される。
そうか、俺は死んだのか。
感情は湧かなかった。当たり前だ。確かに画面のInsaneは死んだのに、俺はまだ生きている。これまでやっていたシミュレーションと違うのは、ここからまだ、生き返るんだ。
もしもリーダーの時もこれだったら、俺は今こういう感情になっただろうか。
もしもリーダーの時もこれだったら、俺はきっと、今も楽しめたんだろうか。
「…すまない、俺が先に落ちたせいだ」
「…いいえ、確認不足でした」
点数は1対3。残り2分。
コメント欄は意外にも好意的だった。
「あちゃー」
「ラグいか?」
「感情で撃てないの好きやで 頑張れ」
「…申し訳ない。同じヘマはしない」
生きているんだから。
画面が明るくなった。その瞬間、得点が変化した。
2対3
「…どういうことだ!?」
「…分かりません」
Farceが小さく見える。こちらに接近してきている。まだドローンは飛んできてない。
コメント欄を見て、思わず小さく息を吐いた。
「…伍長殿、鳩より情報を共有します」
「…鳩?」
「Tragedyは弾薬リセットの為、Farceに撃墜されました。わざと」
「……なんだって?」
「ドローンの再出撃前にFarceを落とします。行きますよ」
「…あぁ!」
Brotherの前身に合わせてInsaneを進める。最悪な戦法だ。弾薬管理の為に味方を殺すなんて、それがまかり通るこのゲームも、やっぱり狂っている。
「よっしゃあ!!」
接敵距離に来た。Farceは距離を詰めることなく逃げようとする。Tragedyの応援が来るまで粘るつもりらしい。
今の事でとやかく言うのはお門違いだ。だからこちらも、考えうる手段で対抗する。
それが争いだ。
Brotherが前に出る。俺は1歩引いてライフルを構えた。照準をオートからマニュアルに変更する。
適正距離で逃げるFarceを追い掛けるように、Brotherが俺との間に入る。
ライフルのチャージを始める。
2体が重なった瞬間、引き金を引いた。
Brotherを貫通した弾丸が、その勢いを保ったままFarceの胴体を撃ち抜いた。
「…は?」
撃墜間際の林檎の声がする。3対4。残り1分半。
アラート音は間に遮蔽物があると鳴らない。それを逆手に取った。
すぐに加速する。建物の隙間を縫うように奥に奥に進む。
このゲームはミニマップあり、味方位置表示、敵位置不明の状態だ。
その中でTragedyの索敵手段は、鳩、もしくはFarceだ。
Farceが居ない中じゃ俺の位置は分からない。こうして建物を縫っていれば、鳩も確実な情報は得られないはずだ。
問題は、この1分半のうちに俺が見つけられるか。それにかかっている。
「名前通り狂ってるわw好き」
「これは面白い」
「登録したわ」
残り1分、立ち止まった。Farceが上空をカッ飛んでいく。俺には気づかなかったらしい。
追尾しているドローンが明らかに少ない。恐らくこちらの意図を汲んで自身の防衛に回した。
離れた所で、BrotherがFarceと接敵する。
ライフルを構えてチャージする。視界にはビル壁。相手鳩を警戒する。
「マジ?」
「何する気だ?」
すぐ横でBrotherとFarceが戦っている。どう考えてもBrotherの不利だ。
それならば、この一撃が当たるかに賭ける。
「ノエル!!」
思い切り横を向いて引き金を引く。マニュアル照準の真ん中に捉えたFarceが回避行動を取って弾丸を躱した。
だが同時に、俺の声は確かにBrotherに届いた。Brotherの追撃で、Farceが落ちる。
林檎が何かしら声を上げたが、途中で途切れた。明らかにドローンの発砲が止んだ。
動く気にはなれなかった。コメントがそう告げている。
「あーあ、キレ芸始まった」
「近づくと五月蝿いから離れた方がいいよ」
「洋梨ちゃんかわいそ」
「双子でこうも違うとは」
残り30秒は何も起きず、そのまま試合が終わった。結果は4対4の引き分けだ。




