GP34 「果実」
倉庫よりも広い建物の中に、コックピットが大量に置かれている。
横にいたナハトが端末をふたつ取り出した。俺とノエルに渡す。
「これ、お前さんらの分」
「ありがとうございます」
「チャンネル立ち上げて、情報登録はもうしてあるでここで使えるわ、あとはあの姉ちゃん達に聞きや」
ナハトはそう言って手をヒラヒラさせて立ち去った。
端末には俺の機体名と名前が入っている。説明文の所は空白だ。ノエルも同じらしい。
「緊張してきた…足を引っ張ってしまいそうだ」
「別に、人に見られる訳じゃないんですから」
前にいた林檎が振り返る。
「いや?見られるよ?」
「誰に?」
「配信するに決まってんじゃん」
「何を?」
「アリーナバトル!もしかして見たことない?」
俺の中の配信と言えば、ゲームの中だけだ。冷静に考えて、これだけのGPが並ぶ倉庫があるのに、毎週100人程でランカーが跋扈するあのテーブルでは、とても足りない。
個人戦も配信があるのならば、確かに辻褄が合う。
「私たちで登録者20万人!どう?すごいでしょ?」
「20万人!?そんな数の人が見るのか…」
シュリの時は120万人程居た気がするが、ここで言えた話じゃない。
「せっかくだし、私たちと対戦すれば、2人の登録者もきっと増えるよ!負けてあげる気は無いけどね」
「あ、あぁ!もちろんだ!対戦よろしく!」
「…よろしく」
指定された筐体に座る。多少操作系は違うが、これも許容範囲内だろう。
いちばんの問題は、俺がサイトウ無しで戦うのが初めてな所だが、むしろいいハンデだ。
…これをハンデだと思ってしまった自分が憎い。俺の中でシミュレーションは、実戦には遠く及ばないものだと、勝手に決めつけている。
球体の中にあるコックピットは、実際のGPの閉塞感を上手く再現している。
デバイス差し込み部に端末を入れると、登録者情報がメインモニターに出てきた。
機体編集という項目があり、興味本位で押してみる。
反映する各種フレームの設定の中に、Insightの情報があった。ナハトの仕業だろう。
流石にサイトウは載ってない。静かに舌打ちしてInsaneのまま決定を押す。
続いて、配信を付けるかどうかの確認が入った。タイマンの戦闘に、果たして鳩は必要だろうか。分からないが、とりあえず付ける選択をする。
画面に参加する機体一覧が出た。
1. Farce 林檎
2. Tragedy 洋梨
3.Insane メメ
4.Brother ノエル
「あ、あ、2人とも聞こえてるー?」
「はい、大丈夫です」
マイクをONにする。同接は4人。こんなにも少ないものなのか。
コメントが流れない。やっぱり意味あるのか?これ。
「こちらの声は聞こえますか?」
「うん、バッチリ!ルールはチームデスマッチ。制限時間までに点数を多くとれた方の勝ち」
タイマンだと言ったはずだ。点数とはなんだ。復活するのか?
「…死んでいいんですか?」
「いやいや、出来るだけ死んだらダメだよ?」
初めてコメント欄が動いた。
「ルール分かってなくて草」
「ピボットゲームの配信しか知らないんだ。すまない」
「ええんやで」
「…大丈夫だ。退屈させる試合にはさせないつもりだ」
「おもろそうやで登録するわ」
「…ありがとう」
顔の見えない相手と、こんなふうに喋るのは新鮮だった。登録者数が1増える。
ノエルの声が入る。
「誰と話してるんです?」
「コメントの人」
「いいねぇ、分かってるじゃんメメ!じゃあ始めよっか!」
「…よろしくお願いします」
やっと洋梨の声がした。画面にカウントダウンが表示される。
「よろしく!」
「よろしくお願いします」
画面が暗転して、戦場が映し出された。ピボットテーブルとは違う都市部みたいだ。
少し上空から落下する。少し離れた所で同じように落下していた2機が建物で見えなくなったと同時に、STARTの文字が現れては消える。
Insaneを動かしてみる。遅延もなく操縦桿の重さも問題無さそうだ。
横にいるBrotherは動かない。全体的にどっしりとしたフレームに、大きな盾を持っている。
いかにも護る物があるみたいな構成だ。
「伍長殿、フォーメーションは前述の通りでよろしいですね」
「あ、あぁ…メメ、その呼び方はやめてくれないかな?ここではその階級は意味をなさない」
「いいえ、伍長殿は伍長殿ですから」
コメントが反応する。さっきの人だ。
「もしかしてまじの軍人さん?言葉遣い気をつけなきゃ」
「…気にしないでください。貴方がいてこその配信ですから」
この丁寧語はペクトゥスの真似だ。これまでと違って素の自分ではいけないとなった時、1番最初に思いついたのはサイトウの真似だった。
やってみて、喋りにくい事この上なかったので、丁寧語に変えた。
「何突っ立ってんの!?」
林檎の声だ。もう有視界範囲に入ってきた。両手に持った散弾銃を撃ってくる。すかさずBrotherが前に入って盾で防いだ。
俺は後ろに下がりライフルを撃つ。避けられるでも無く普通に外した。
あれだけ隣で見てきたのに、すぐにトゥエルブの真似は無理だ。
「洋梨はどこに?」
「私たちは、ふたりで一つだから」
建物の影から、小さなドローンが飛び出した。銃口がこちらに向いている。アラート音。
すぐにブーストを吹かして回避する。ライフル口径の弾が前を通り抜けた。
更に後ろからもアラート音。今度は左に避ける。
更に上からアラート音。いくつ居るんだ、これ。
「マジ!?初見で避けるなんて!」
「…どうも」
生憎初見じゃない。俺がInsightの時、ペクトゥスにやらせてたのと同じだ。
だがこの挙動は非殺傷のAIにはとても出来ない。操ってるのは洋梨か?これをひとりで?
「…伍長殿、作戦を変更します。貴方はFarceの足止めをお願いします」
盾を構えるので精一杯のノエルが苦しそうに返事をする。
「そ、そんな!自信無いぞ!?」
「初陣でそれだけ出来るなら十分です。お願いしますね」
「させないけど?」
散弾銃を構えたFarceの突撃と一緒に全方位からアラート音が鳴る。
今の俺にサイトウの神回避は無い。二者択一。
斜め右に避ける。ドローンの弾丸を何発か食らう代わりに散弾を避けた。そのままFarceにタックルをする。
そのままライフルを構えようとしたが、またアラート音がして回避に専念する。殺しきれないので大きく後ろに下がった。
「…やったな!!」
体勢を立ち直したFarceにBrotherが突っ込む。今Brotherを1人にしては、直ぐに落ちるのは目に見えている。
ピボットゲームではありえない戦法だ。こんな戦い方じゃ、Tragedyは即効で鳩の餌食だろう。その為のコメント欄だ。
今の同接は15人。あの人はまだ居るだろうか。
「リスナーさん。Tragedy今どこら辺か分かる?」
応えてくれたのは2人。1人はあの人だ。
「物陰に隠れてて分からない」
「このゲームに座標無いで ただ初期位置からあんま動いてないで」
「…ありがとう」
俺の意図を汲んだように、全員の動きが変わった。
「…させないよ」
「メメ!ちょっと待ってくれ!」
「…なんですか?」
「これは復活ありだ!無闇にTragedyを狙う必要はない!」
照準がFarceに合わさる。前方にブーストを吹かした瞬間にFarceが回避行動を取った。その隙を逃さずライフルを撃つ。
胴体に命中したFarceが機能停止した。心臓が張り裂けそうになる。
「クソ!クソ!」
…死んでない。アラート音で我に返る。大丈夫だ。
「…伍長殿、作戦は変更しません」
「何故です!?」
口から出そうになる嗚咽を抑えながら、小さく息を吐いて呼吸を整える。
大丈夫。殺してない。殺してない。
馬鹿な話だ。あんなくだらない理由で殺っておいて。
だからこそ、理解できたんだ。これは配信だ。視聴者を楽しませる為にある。
「その方が…面白くなるからです」




