GP33 「混」
輸送機の中から見える水平線の向こうをぼんやりと眺める。この向こうのどこかに、ピボットテーブルがある。
一瞬、窓に微かに反射する俺と目が合う。綺麗にメイクした顔に、更に伸ばした髪は、女の子そのものだった。
確かに、俺の身体は女だ。でもこれが自分の顔だと言うことには、いつまで経っても慣れそうにない。
横に座ってる護衛のノエル伍長は、持ってきた端末で読み物をしている。
「…何を読まれてるんですか?」
「これかい?GP操縦の基礎本だけど…読んでみた所で分からないのは、他の兵器と変わらないね」
苦笑するノエルが端末を切って置く。
「メメは読んだことある?」
「いいえ、私はシミュレーションばかりやってました」
「その方が覚えやすいかもしれない。俺も意外と、身体で覚えるタイプだな」
「意外でも無いですが」
輸送機が止まったのは、海岸沿いの倉庫群だった。見渡す限りに広がる倉庫の周りに、整備服の人間や端末を構えた観客らしき姿が入り混じっていた。
ピボットゲーム用のGP集合倉庫。専属の土地やメカニックの居ない人達がゲームに参加するために使う公共施設だ。
軍にGPのメカニックは居ないし、軍人も何人か居るらしく、俺達もここを利用することになった。
輸送機から降りる。空を飛べるこの乗り物でも、到底あの天空都市には届かないだろう。ナハトが出迎えた良い服を着た人と挨拶をする。
横のノエルが伸びをしながら、俺の方を向く。
「どうだった?フライト経験は…って、そういえば空から来たんだったな」
「いえ…面白かったですよ」
「そう思ってる顔では無いが?」
「はい。嘘ですから」
輸送機の後ろから、2機のGPが出された。予定通り、これから搬入する。
「ノエル伍長、倉庫入れはもう1人で大丈夫ですよね?」
「あ、あぁ。もう君が同乗しなくても出来るさ」
輸送機に入れるのに、俺がわざわざ同乗したのに少し擦ったのだ。どうせそのうち捨てる装甲だが、ノエルの機体の肩部分に擦った跡がある。
機体名 Brother
「…実はな、年の離れた妹が居るんだ」
「そうなんですね」
「嘘だ」
見上げていた顔をノエルに向ける。
「普通に一人っ子さ。今妹ができた気分で、少し盛り上がってしまったようだな」
「盛り上がると嘘をつくタイプですか?」
「…面白くないかな?」
「どうでしょうね」
俺の新しい機体、Insaneに乗り込む。所々細かい所が前の機体と違うが、歩かせる分には困ることは無い。
案内の車について行く。道の隅に寄った人達が見上げてモニター越しに目が合う。
流石に年老いた人は居ないが、男も女も沢山居て、色んな服を着ていた。
指定された倉庫に入る。色んなGPが収まっていて、その中の空きのふたつのうちの一つに入る。もうひとつの空きにはBrotherが入る。
コックピットから降りてInsaneを見上げる。Insightよりも細身で、黒で統一した色合いは倉庫の中だと不気味にすら見える。
「ほら!やっぱり軍人だった」
横から声がした。女の子2人が寄ってくる。
「女の子じゃん!私は林檎、こっちが洋梨」
前に立ってる明るい方、林檎が自己紹介をいれて手を前に差し出す。
後ろにいる洋梨と呼ばれた方は、林檎の背中に隠れながら俺を見る。
「…なんの契約ですか?」
「は?契約じゃないよ!挨拶。軍人さんって硬いのはマジなんだ」
林檎が無理やり俺の手を掴んで上下に振る。ちょうどBrotherが入庫に入った。
「あんたの名前は?」
「メメ」
嘘だ。
「強いの?」
「いいえ、ゲームの参加経験はありません」
嘘だ。
「じゃ、私たちが先輩って訳だ!歳の近い女の子全然居なくてさ、分かんないことは何回でも聞いていいからね!」
後ろからノエルが慌てて走ってくる。何か言おうとしたのを制する。
護衛の立場上、俺1人で人と接触するのは避けたいのだ。
「…もしかして、あんたが上官?」
「違いますよ」
林檎がニヤニヤしながら俺の耳元に顔を近づける。
「…じゃあ、付き添い?偉い所の人なの?」
「いいえ、私の性格の問題ですね」
「何それ、面白そう」
目を細めて笑う林檎が、小さく手を振った。
「じゃ、またあとでね!行こ」
「う、うん」
「…ちょっと」
「なに?」
「まだ、洋梨さんと挨拶してません」
洋梨が小さく反応する。
「あー…別にいいよ。気にしないで」
先に動いた洋梨を追いかけるように、林檎も立ち去った。
後ろで突っ立ってるノエルは、少しばかり嫌そうな顔をする。
「…最近の若い子って、なんか分かんないな」
「私のことですか?」
「君のこともだよ。行こうか」
外に出て、ここのオーナーに挨拶に行く。さっきナハトと挨拶をしていた人だ。
本来ならばオーナーに軽く施設の説明を受けるのだが、代わりにナハトがやるらしい。
「ここは貸出倉庫やけど、ほぼ生活出来るくらいには充実してるで。お前さんらも不用意な外出は危ないやろ?」
「そうですね、助かります」
「仮眠室、シャワー、食堂、生活用品店、もちろんGPのメカニックも居るし、配信機材の取り扱いもしとる」
「凄いですね。ピボットゲーム参加者のための施設だ」
「そうですか?私はそう思いませんが…」
ノエルはウキウキで話すが、正直俺にはピンと来ない。
倉庫設備はロギの方が優れていたし、並んでいる店もショッピングモールの方が品揃えが良かった。
「お前さんの比較対象が上澄みなだけや。世の中こんなもんやで」
回っている最中、見覚えのある背中を見つけた。洋梨だ。ベンチで1人座って海を見ている。林檎は居ないようだ。
「…失礼」
ナハト達から離れて洋梨の方に向かう。真後ろまで来ても、洋梨は俺に気付かない。
横に座ると、驚いたように立ち上がる。
「…どうも」
「あ…その…」
「見かけたので、声をかけようかと」
「そんな…別にいらないです…」
なかなか難しい性格をしている。もしかしたら、あまり話しかけない方が彼女の為なのかもしれない。
洋梨は俯いて横に座る。少しだけ可愛らしいと思い、反射的に海を見た。
並んでベンチに座るこの状況が、あの時を思い出させて後悔する。
俺から座った手前、すぐに立ち上がるのも変な話だが、少し吐き気がする。
「…その、なんで軍人さんになったんですか?」
「たまたまですよ。そこにあったからって感じです」
「そっか…私と、あんまり変わりませんね」
「変わらない?」
「私も…他にやれる事がなくって…」
「ですが、GPはそんな安い金額では無いはずです。そのお金で他の事も出来たのでは?」
「GPはお下がりなんです…売れるほどキレイでもないですし…ご、ごめんなさい!こんな面白くないお話で…」
頭の中で、自分の過去がリフレインする。俺だって他の選択肢は頭になかった。
俺が彼女に何かしてやろうとするのは、果たして正解なのだろうか。
また、ココと同じ結末になるのでは無いだろうか。
「あれ?ふたりで何してんの?」
後ろから林檎の声がした。その時の洋梨の表情は、とても良い反応では無かった。
「なんの話?」
「べ、別に…」
「嘘つきー、面白い話してるんじゃないのー?」
林檎が洋梨の頬を指でつつく。
「そうだメメ!私、あなたの事知りたいからさ、ちょっと勝負しない?」
「勝負?」
「GPのデータ読み込んで、シミュレーションするの。もう1人のお兄さんと、タッグ戦ね」
ということは、林檎と洋梨のペアなのだろう。洋梨は目線を合わせようとしない。
「いいですよ。やりましょう」
嬉しそうな林檎と反対に、洋梨が少し悲しそうな顔で俺を見た。




