GP31 「明星」
汚れた鏡に映る俺は、少し痩せたような気がする。噛みちぎった左の小指は、もう塞がっていた。
こんなに早く塞がるものだろうか。
思えば、髪も少し伸びたかもしれない。
少し大きな揺れが起きた。慌てて外に出る。
倉庫で繋がれていたはずのGPは、俺の知らない形になっていた。それが壁に当たって揺れたらしい。
俺に気づいたナハトが手を振る。
「変形機構ねぇ…にしてもヘンテコな形やな。何用や?」
「知らない」
人型だったGPは、小さな4本の手足と長い尻尾。胴体っぽいところは薄く丸みを帯びている。
「…亀みたいやな」
「亀?」
「タートル。海を泳ぐ生き物や」
「あー…機体の名前、Turtleだった」
「は?どこに書いてあるんや?」
「サブモニターに映した」
「…全く、こんなえらいもん持ち出して…お前さんには驚かされてばかりや。そのやり方後で教えてや」
亀。海を泳ぐ生き物。それならこいつは、空から降りて、海を調べる様だったのかもしれない。
何故、海を調べる必要があるんだろう。
「積んどる兵器も装甲もフレームも、全部オーバースペックや。どう考えてもゲーム向けのチューニングやない。お前さん。どこで拾った?」
言っていいのか悩んだ。少し黙った俺に、ナハトは営業スマイルを戻した。
「…言えん事情があるんかいな。それなら話は早い。取引しよか。いくら欲しい?」
「…使えないんだろ?」
「それは方便や、考えてみ。お前さんは殺されると分かっとる相手に、わざわざ戦いに行くか?」
「必要なら」
「…まぁえぇ、普通はやらん。こういうとんでもないもんを持ってると、敵視してくる奴らは迂闊に手を出してこんくなるんや」
「核とか?」
「かく?なんやそりゃ」
上で読んだ本に散々書いてあったその兵器は、もう無いらしい。
「…なら、取引だ。俺をロギのところまで連れてってくれ」
「それは無理や」
顔色変えずにナハトは答えながら端末を触り出す。
「なんでだよ」
無言で見せつけてきた端末は、ネットニュースの記事だ。
狂宴者Insight 明確な殺人 大手企業と関わりの疑い
「2ヶ月前の記事や。ゲームは2週間中止。ロギは家変えて俺も会っとらんし、ゲームも色々変わったわ」
何も言えない俺に、端末を操作しながらナハトがぼやく。
「ホンマに何であんな事したんや。もう同じ名前じゃ参加出来へんで。まぁ一部のシンパすら出来るくらいやで、オモロいかもしれんが」
「…シンパ?」
「ゲーム言うても、所詮は戦争の真似事や。外で喚く連中からしたら、お前さんはまさにゲームの危険性を世に示す明星ってわけや」
「…俺、悪いことをしたんだよな?」
「当たり前やろ。頼むで良い気にならんでや。悪いスターやで」
「でも、戦争も悪いんだろ?」
ナハトは口こそ笑いながら、目を細めて俺を見る。
「なーにに唆されたん?神の啓示でも受けたか?」
「神っているの?」
「おるんやないか?この世界、割と不自然な事が多いでな。もしお前さんがあん時殺したのも神様のせいやって言うなら、辻褄が合うかもな?」
「…いや、あれは俺が興味本位で人を殺しただけだよ」
隠す気も、取り繕う気も無い。これが悪い事だとハッキリ分かっていたら違っただろうか。
いや、そもそも殺すことも無かったか。
「俺はお前さんのそういう所好きやで。他のナードとは違う、ホンマにやってまうジョーカーは、きっとホンマに、このゲームを文字通りひっくり返す気がするわ」
「他?」
「意外とおるで、お前さんみたいな奴。殺した事も無いくせに殺す殺す言うて、上っ面だけ理解したつもりで、そのくせ教科書通りの道徳だけはスラスラ言えるような奴」
「でも、殺らないならそれに超したことは無いだろ?」
ナハトは指が落ち着かず、ポケットから白く細い筒を取り出して、咥えて先端に火をつけた。
「本当はな。でもキツイやん?ゲームだからって死ね死ね言うくせに、あたかも現実と区別出来てますーって顔してるんやで。正直羨ましいわ」
ナハトは口から煙を吐き出す。独特な匂いはすぐに消えた。
「そりゃあ、普通の生活ができて、おかしな奴を見下して笑えるなら、俺だってそうするよ。俺も、そこら辺でボロい服着とるガキと、頭ん中はなんも変わらん」
突然営業スマイルに戻ったナハトが俺を見る。
「お前さん。またゲームに参加したいか?」
「…どうだろ。分かんない」
本心だった。今の俺に、あの頃みたいな欲望はもう無かった。
やりたかった事が出来た生活は、もう戻らない。それなのに続ける理由が浮かばなかった。
「トゥエルブは前回から出とるな。初めは叩かれたが、まぁ終盤にはいつもの盛り上がりよ」
「…Meltは?」
「出とらんな。まだ引退はしとらんはずやけど」
「出るよ」
「…そいつになんか、貸しでもあるんか?」
「あぁ、殺してでも」
サイトウを取り返すなら、ヨシダを見つけるしかない。それならば、ゲームに出るのが1番だ。
ヨシダが俺に言ってきたお願いを思い出す。トゥエルブを守れ。そう言っていた。
あいつの事情は知らない。それでもサイトウを外に持ち出して、俺に隠していたのは確かだ。
「ほな、取引や、シュリ。お前さんはこのTurtleを俺に売る。その代わりに新しい機体でゲームに出ろ」
「俺がゲームに出ることで、なんの得がある?」
「別に無いな。俺はこのGPが欲しいだけや。お前さんの対価を出しただけ」
「分かった。その取引受けるよ」
「決まりやな」
差し出された手を掴む。変わらない笑顔のナハトを見据える。
「これをどこで手に入れたか、だったよな」
「お、教えてくれるんけ。それなら色付けたるわ」
「これは上空に浮かぶ、大昔の戦争で生き残った天空都市から盗んできた」
ナハトの笑顔がふっと消えた。
「…冗談やろ?」
「分かるだろ?ピボットテーブルもGPも、全部はその天空都市から産まれた産物だ。そうベラベラ喋った奴がいる」
「…信憑性が無いな。とはいえ、こんなトンデモ機体、伝説じみた場所からでもおかしくはないか」
ポケットにしまったままの、ペクトゥスの入った携帯を取り出す。ナハトの端末とは明らかに形の違うそれを前に出した。
[…あ!シュリさん!生きてたんですね!!良かったぁ]
「……これは?」
「中身のAIはアステリア社のだ。外側の携帯はそこで貰った」
ペクトゥスのチップを外し、携帯をナハトに渡す。
「その中に、天空都市の地図やデータが入ってる」
恐る恐る携帯に触れたナハトの口角が下がったのを見たのは、これが初めてだった。
「……もし、もしそれがほんまなら、お前さんは逃げた言うことやんな?追手は?」
「さぁね、でも多分来る。それでも俺をゲームに出す?」
口角が下がったまま、ナハトは低い笑い声を出した。
「マジかぁ…マジかぁ。いや、まだお前さんがとんでもないデタラメを言う為にこんなエグい小道具を…んな訳ないかぁ」
「ナハトさん。俺、正直もう何のために生きてるのかよく分からないんです。色んな事を知ってしまって、自分が正しく無いんだと理解しました」
そっと携帯を近くの机に置いたナハトが、短くなった筒を床に落として踏んだ。
「……ひとつだけ聞いてええか?お前さんの考えてる未来はなんや」
「ピボットゲームは天空都市により崩壊し、新しい世界の為の礎になります」
「…それを止めるんか?」
「止めたいとかは、別に」
「面白い話をしているね!」
後ろから声がして驚く。アシラが顔をこちらに寄せてきた。
「君!軍法会議だ!行く宛てが無いなら、暖かいベッドと食事を出そう!!」
ナハトが手を顔に当ててため息を吐く。アシラの誘惑に、俺の心は動かなかった。




