GP29 「血」
部屋の物入れを漁って、ウロが色々取り出してくる。
どれも俺には理解できない道具ばかりだった。
「…ほんとに、俺は帰して貰えないのか?」
「正規ではね。知っての通り、ここは本来地上に知れ渡ったら駄目な場所。ヨシダは何か考えがあるんだろうけど、そんな事は、あんたの人生に関係ない。あんたがヨシダに着いて飼い殺しでいいなら、私は何も言わない」
そう言いながら、ウロが手のひらサイズの黒い塊を渡してくる。
「…何すか、これ」
「防犯用の警棒。まぁ無いよりマシ」
「人を殴るんですか?」
「そうしない立ち回りはするよ。でも、降りた後でも使えるでしょ」
大きな紙を机に広げたウロは、スラスラとペンを走らせる。
「今私達はこの辺り。下に降りる用のドックはここ」
その点と点の間を、ウロは黒い線をぐちゃぐちゃに書いた。
「ま、あんたに今から、卓上で道のりを教えるのは無理だ。ゆっくり時間をかけてもいいが…もうヨシダがあんたを探してても不思議じゃない」
自分の足元を見る。
「俺、足音鳴らないんで、隠れて行けますかね?」
「辞めておこう。光学迷彩の窓は何処で誰が見てるか分からないし、幽霊のあんたはすぐに気づかれる」
「でも、それだと変装とかしてもバレますよ?」
「だからまぁ、面白い事をしよう」
そうニヤリと笑う顔は、どこかロギに似ていた気がした。
ウロが部屋を飛び出してからしばらく経って、俺も顔を出した。外の人間が慌ただしく走っている。
ウロは本当に暴れているらしい。
ウロに言われた方角に走り出す。さっきウロに会った渡り廊下を走り抜け、片っ端からドアを開ける。
[あ!シュリさん!どこに行ったか心配でしたよぉ]
ロギがやっていたやり方を見様見真似でペクトゥスを分解する。
[ど、どうしたんですか!?急に恥ずかしいですよ]
「なんで話せてるんだ?お前」
[電源が入って…ないですね、なんででしょうか?]
AIのチップを引き抜くと、抱えられる大きさの箱は静かになった。ウロから受け取った携帯と言う機械にチップを接続する。
[なんでしょうこれ?なんか軽くなった気分です]
イヤホンを付けて走り出す。ヨシダはもちろん、他の人の気配は無い。
渡り廊下ではうるさかった人の声も、ここまでは届かないらしい。
「ペクトゥス、聞こえる?」
[はい!バッチリです!]
「その携帯に入ってるマップデータの解凍はできる?」
[任せてください!終わりました!]
「早」
[当然です!どちらに向かいますか?]
「B4のドック、21番」
ウロに教わった名前を伝えると、イヤホン越しにペクトゥスが変わらない元気さで教えてくれる。
[分かりました!では現在地と参照し、私が最速で案内しますよ!]
「助かるよ」
[えへへ、先ずは3番目の右折路です!]
戦闘ではあれだけ使えないと烙印を押したペクトゥスに助けられるとは、指示された方向に走る。足取りが軽い気がする。
「…ペクトゥス、サイトウはどうしたんだ?」
[はい!ヨシダさんが調整の為と持ち運ばれましたよ]
「…そっか」
多分、サイトウを取り返す余裕は無い。俺とペクトゥスだけでここを降りる。
胸の奥がモヤモヤする。ココの時にあって、リーダーの時に無かったもの。
目の前からの足音で立ち止まる。近くの部屋に入って身を潜めた。
[…人に会わない立ち回りなんですね!]
イヤホン越しのペクトゥスが小声で言うが、別に外に音は漏れていない。
「…ウロのやつ、気でも狂ったか?」
「仕方ない。あいつもあいつで擦り減っていたんだ。誰だってありうる話さ」
「やっぱり処分か?サバサバしてるが、顔は良いのに勿体ない」
「全くだ。ヨシダも変な物を持ってくるし、地上の余波か?」
駆け足気味に遠ざかる音が聞こえなくなる。あまりいい会話じゃない。
胸を撫で下ろそうとした時、もうひとつ足音がした。それはそのまま俺の隠れていた部屋に入ってきて、そして目が合う。
痩せ細った男が、その皮の薄い目で俺を見つめる。
「…君は」
腰の警棒に手をかけながら距離を詰める。相手が一瞬驚いた隙を突いて部屋から飛び出す。
「おい、待てよ」
返事を無視して走る。距離があったと思ったのに、肩を掴まれた。
あの時のウロと同じだ。
「…お前、幽霊だろ」
「離せよ」
警棒を振り上げる。当たった気はした。でも男は平気な顔をする。
「辞めろ、効かない」
こちらの打撃は手応えが無かったように、男の掴む手も、直ぐに振り解けそうだ。
「…捕まえに来たのか?」
「そう言われている。が、お前も分かるだろ?今の俺じゃ捕まえられない」
「交渉か?何が欲しいんだ?」
「そうじゃない。俺としてはどうでもいい。お前を捕まえ損ねた所で、なにか罰がある訳でもない」
男は瞬きをしない。理由は知らない。それが不気味だ。
「幽霊のデータが欲しい。どんな遺伝子でも構わない。それで手を打とう」
「何ならいい?髪か?」
「いや、指だ。何でもいいぞ、出来るだけ」
左の小指を口に入れて噛みちぎった。渋い苦味と一緒に吐き捨てる。
床に落ちた血は、丸い水滴のままそこにある。
「…止血剤だ。食べとけ。ソノダの研究室に向かってると周りに言えばいくらか見逃してくれるだろう」
よく分からない錠剤を受け取って、俺が背中を向けるまで、ソノダは指を拾わなかった。
服の比較的綺麗な布をちぎって指に巻く。信用出来ない錠剤は飲まない。
[現在私は視界情報が無く、会話からお怪我をされたと推測してますが、出血はどのくらいありますか?]
「…結構あるな」
「それは大変です!患部を心臓より高くして、ちゃんと抑えてくださいね。並々ならぬ事情でしょう。私は止めませんよ!」
「…ありがと」
[この次左に見える階段を降りましょう!]
落ちる血液を無視して階段をおりる。踊り場で人と出会った。
「お前!…なんだその怪我は?」
「ソノダさんの研究中でトラブって!」
「ちょっと待ってろ、指見せてみ」
半ば無理やり手を引っ張られ、患部にシールを貼られる。
「これも食っとけ、なんか今大変だけど、焦んなよ」
「ありがとうございます!」
その人はそのまま笑って階段を登って行った。
[いい人でしたね!]
「…そうだね」
階段を降りていくと、それまで見えていた青空が消えた。人工の灯が照らす階段を降りた先に、広いスペースが出てきた。
[ここはB1ドックですね。このままB4まで降りましょう!]
そこに整列されるように上から吊るされているのは、紛れもなくGPだ。色や形が殆ど全て統一されている中に、一つだけ見覚えのある派手な色のGPがあった。Meltだ。
下の方で大きな音がする。俺の事を気にする様子もなく、慌てて逃げてくる人が階段を駆け上がっていった。
[何事でしょうか。不安です]
「急ごう」
B4まで辿り着くと、人が倒れていた。その血は床にべっとりと付いている。
ペクトゥスが見えてないのが幸運だ。その奥に立っているのはウロだ。
「ほんとに来た…」
「来ないと思ってたんですか?」
「ちょっとね…何それ」
ウロが俺の指を見てくる。
「ソノダにあげました」
「ふーん…まぁそれも何とかしとく。こっち」
階段から人が降りてくる。俺の持っているのと同じ警棒を掲げて走ってきた。
並んだ番号を見ながら走る。21番の細い廊下を渡ってGPの目の前に来た。
「あんた、動かせるんだっけ?」
「はい」
「じゃ、私が居なくてもいいね」
GPのコックピットを開けて乗り込む。ウロは来ない。
「行かないんですか?」
「言ったでしょ?こっちの事は色々やるから。グレネードでハッチをぶっ壊して行きな」
足音が近づいてくる。
「…そういや、名前聞いてなかったね」
「シュリです」
「シュリか。よし、覚えておくよ」
追手が来てハッチが閉まる。ウロは反対方向に走る。ハッチが閉まる一瞬、ウロがウインクしたように見えた。
密閉したコックピットに電子音が響く。微かに揺れているのは、外から叩いているからだろう。
[シュリさん!この端末を繋いでください!]
コックピットから伸びているコードと携帯を繋いだ。
メイン画面が起動する。




