GP28 「爪」
「幽霊を見るのは随分久しぶりね」
少し歩いた部屋の椅子に座る。他の人は居ない。さっきの部屋と多少の物の配置が違うだけで、その人らしい何かは無い。
「幽霊って、下から来た人の事ですか?」
「そうだね。私らと違う、普通の時間を生きてる人達」
どこからか取り出した飲み物を渡される。暖かい。
「大丈夫。君でも飲めるタイプだよ」
「飲めないタイプがあるんですね…」
「もちろん」
女性は別の容器から同じ飲み物を取り出して座る。
蘭々とした目で俺を見てきた。
「ねぇ。誰に連れてこられたの?あそこら辺ならソノダとか?」
「ヨシダさんです」
「あぁ、ヨシダか。たしかにヨシダは好きそう」
その「好きそう」の部分に含みがあった。
「何人くらい居るんです?」
「確認出来るので50人とか?まぁ半分以上は下に降りたままだけどね」
飲み物に口をつけてみる。甘い。初めて感じる甘さだった。
とはいえ、優しい甘さと言うより、甘さを無理やり引き出してきたような強い味だった。
「下じゃあんまり飲まないんじゃない?人工甘味料なんて無いからねぇ」
「…濃ゆいです」
「ははは!いい反応だ。ちゃんとした物が食べれてる証だよ」
そっとコップを置くが、女性は笑ったままだ。
「…お姉さん、あの」
「辞めてよ、そんな歳じゃない。私はウロ」
「ウロさん。俺、下に帰れますか?」
「どうだろうね。でもヨシダの事だから、こっそり帰すんじゃない?」
薄々分かっていたが、帰れる保証は無いらしい。両手をモジモジしていると、その手をウロが覗き込む。
「…君、家畜化されてないね」
「…は?」
「手の爪の形が違う」
全く気にした事は無かった。自分の指を見つめる。煤で少し黒くなった自分の指。
「そうだ!俺の機体!」
「機体?GP?」
「はい!ヨシダさんに聞かなきゃ…」
立ち上がって部屋を出ようとしたが、ドアは開かなかった。
「悪いね。今君を外には出せない」
「なんで!?」
ウロがカーテンを開ける。窓の外で人が集まっている。
「こっちの姿は見えてないよ。建物の外で何かやってるね」
その人混みの中にヨシダがいた。何か熱心に話しているその手にはサイトウがあった。
「あれ、あんたの?」
「俺の…友達です」
「機体のパーツだろ?」
サイトウだって人格がある。だから俺の所有物では無い。ヨシダはどういう企みなんだ。
ウロがカーテンを閉めた。覗こうとする俺の頭を抑える。
「ま、落ち着きなよ」
「あれ!何するつもりなんだ!?」
「さぁね。でもあんたが外に出てもどうにもならないよ」
さっき、ウロが瞬間移動じみたことをしたのを思い出し、抵抗を止めた。
ふと、リーダーを思い出した。
「ま、落ち着いたらヨシダをとっちめればいいよ」
そのまま座って甘ったるい飲み物を飲むウロを、立ったまま見つめる。
「…家畜化って?」
「爪、丸くなってないでしょ?調べればもっと確実性はあるけど、まぁ分かりやすい違いのひとつだね」
自分の爪を見る。そういえば、ココの爪はそんな感じだった気がする。でもロギやトゥエルブは違った。
「戦争の後、柔らかい性格の人達ばかりが生き残ったから、そういう遺伝子が強くなってたみたいけど、まだ生き残ってたんだねぇ。別に君がおかしい訳じゃないよ。ほら」
そう手を見せてきたウロの爪も、俺と同じだった。
「俺…おかしいんですかね」
「そんなことは」
「興味本位で、友人を殺しました」
ウロが止まった。俺だっておかしい事くらい分かってる。それを確かめたい。
そうだ、お前はおかしいんだと、言って欲しい。
「そりゃ、名前だって無かった友人ですよ。ずっと食うか死ぬかで生きてきて、一緒にハンバーガー食べて。そんな生活が染み付きすぎたんですかね」
「…悔やんでるの?」
「いいえ、全く。だって、分からないじゃないですか。建前で殺してないだけで、ずっと相手を殴って撃つゲームですよ?生きてても死んでても、もう会えない人間なのは変わらなかった」
俺の記憶の中のリーダーは、あの時のやせ細ったままだ。あの時GPに乗ってた時、ちゃんと飯食べられていただろうか。
俺みたいに、肉付きが良くなったんだろうか。
「…共に殴りあった相手の顔を、知らないんですよ」
椅子に座り直したウロは、俺から目をそらすように口を開いた。
「誰にも、おかしいと言われなかったのか?」
「…そうなる前に、ここに来た」
「それなら、下に降りれば分かる。ヨシダもたわけだね。こんな歳の子供に現実を見せる前に連れてきて」
一瞬俺を見たウロが、もう一度目を逸らした。
「…昔話でもしようか。冗談半分で聞いていいよ」
そうため息混じりに吐き出したウロを見て、俺も椅子に座った。
「ここについては、吉田にどこまで聞いた?」
「昔の戦争で、空から爆弾を落とす為の街だって」
「そう。発達しすぎた技術の中で、人類はその1個で世界を破壊するレベルの兵器すら手に入れた。それが抑止力になっていた時代も過ぎ、馬鹿な人間が戦争を始めた」
「その兵器が…」
「違うよ。それでも人間は、まだちょっとした理性の元、それを使わない選択を選び続けた。それがこの街。私たちはまだ言葉を覚える前からここに連れてこられて、ただ兵器の使い方だけを教わった。楽しかったよ。上手く位置を合わせて爆弾を落とせば、褒めて貰えた」
怖いとか、酷いとか、そういう気持ちにはならなかった。代わりに俺は、行き場を失った手をコップに伸ばし、その甘ったるい飲み物を飲んだ。
「地上を焼け野原にした後、やっと私たちは理解した。本当に遅かったよ。地上の人類は1割以下になり、私たちは罪滅ぼしとして復興に尽力していたある時、自分達だけ老いない事が分かった」
ウロが、自身の手を広げて眺める。その口は少しだけ笑っていた。
「おかしな話さ。伸びることのない爪の切り方も知らない私たちは、どうしたら戦争が起きない世界を作れるかすら知らなかった。上手くいったと思った地上のゲームは、同じことの繰り返しだった訳さ」
手を下ろしたウロが俺を見た。俺は今、きっと変わらない顔をしている。
「私たちにとって、この失敗はあくまでも挫折のひとつだ。そういう事にした。次の為の糧だ。だから一度壊して次に行こう。それが、あの外の集まりの理由さ」
1度口を開いて閉じた。頭の中で巡った言葉を、慎重に選ばないといけない。そんな気がした。
「あんたは、あんたの罪を償う時が来る。近いうち必ずね。それは人を殺した事じゃない」
「…なら、何?」
「…それは、私にも分からない。たしかにあの時、私はここに乗らなきゃ死んでいた。私たちは爪を研いて生き残り、その爪で明日を手に入れた。それを悪だと言うのも、私たちだ」
俺の爪を見つめる。少し伸びた程度のこんな爪じゃ、動物だって殺せやしない。
「あんたが下に降りた時、きっとあんたは自身の業を知る。そこからの選択が、私たち馬鹿野郎共とは違うと、私は信じたい。だから私はあんたを下に下ろすのを手伝ってあげる」
「…先ずは、爪を切らないといけませんね」
「ここに爪切りは無いよ」




