第96話 水晶洞窟の探索と、闇夜の羽音
黄金色に輝くトパーズ草を無事に採取し、私たちは次なる目的地へと歩を進めていた。
ポカポカと温かかった陽だまりの森を抜けると、少しずつ風景が変わっていく。
青々としていた木々は次第にまばらになり、代わりにゴツゴツとした灰色の岩肌が目立つようになってきた。
靴の底から伝わる感触も、柔らかな土から硬い岩へと変わる。
「ミミさんの地図だと、この岩山の麓にあるはずなんだけど……」
私はポーチから広げた地図と、目の前の景色を交互に見比べた。
南の森から歩くこと、およそ一時間。
太陽はまだ高い位置にあるけれど、岩山に遮られて日差しが少し弱まっている気がする。
足元を元気よく歩いていたポムが、ふと立ち止まって岩壁の一角を見上げた。
「きゅ?」
ポムの視線の先を追うと、岩肌にぽっかりと開いた大きな黒い穴があった。
それは大口を開けた巨獣のようにも見え、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。
「……ここね。水晶洞窟」
入り口に立つだけで、中からひんやりとした冷たい風が吹き出してくるのが分かった。
温かい森の空気とは打って変わり、地下特有の湿った冷気だ。
「よし、気を引き締めていきましょう」
私はポムにそう声をかけ、薄暗い洞窟の中へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
洞窟の内部は、外から見るよりもずっと広かった。
太陽の光が届かない場所のはずなのに、完全な暗闇というわけではない。
「わぁ……綺麗……」
私は思わず、感嘆の息を漏らした。
洞窟の壁面や天井の至る所に、様々な大きさの水晶が群生している。
それらの水晶が、どこからか入り込んだ微かな光を反射し合い、青白く幻想的に発光していた。
まるで、満天の星空をそのまま地下に閉じ込めたかのようだ。
足元を照らす程度の淡い光が、洞窟全体を神秘的な空間へと変え、静寂に包み込んでいる。
「これなら、明かりの魔法を使わなくても歩けそうね」
私がそう呟くと、ポムも「きゅん」と鳴いて同意してくれた。
私たちは、美しい水晶の輝きに見とれながら、慎重に奥へと進んでいく。
ピチャ、ピチャ。
どこからか、地下水が滴り落ちる音が微かに反響している。
時折、ひんやりとした風が頬を撫で、少しだけ背筋がゾクッとした。
初心者向けのダンジョンとはいえ、ここは魔物も棲みつく場所だ。
油断は禁物である。
そう自分に言い聞かせていた、その時だった。
バサバサバサバサッ!
「えっ!?」
突然、頭上の暗がりから不気味な羽音が大量に降ってきた。
見上げると、天井にぶら下がっていた無数の黒い塊が、一斉に飛び立っている。
暗闇に光る赤い目。
それは、私の顔ほどの大きさがある巨大なコウモリの群れだった。
「キィィィィッ!」
コウモリたちは甲高い鳴き声を上げながら、私たちの頭上をかすめるように飛び回る。
中には、私の金髪に絡みつこうとするものまでいた。
「きゃっっ!?」
私は思わず、情けない悲鳴を上げてしまう。
前世の頃から、コウモリだけは苦手なのだ。
「む、無理無理無理! ポム、逃げるわよ!」
「きゅんっっ!」
ポムも突然の襲撃にパニックになったのか、私の足元で小さな悲鳴を上げている。
私はポムを両手でガバッと抱き上げると、出口とは反対の洞窟の奥へ向かって全速力で走り出した。
「キィィィッ!」
背後からコウモリの群れが追ってくる気配がする。
「こっち来ないでぇぇっ!」
私は半ば涙目になりながら、足元の岩につまずかないように必死で駆け抜けた。
どれくらい走っただろうか。
やがて羽音は遠ざかり、再び静かな洞窟の空気が戻ってきた。
「ハァ……ハァ……」
私は立ち止まり、膝に手をついて荒い息を吐いた。
心臓が口から飛び出そうなくらい、激しく早鐘を打っている。
腕の中で丸くなっていたポムも、ブルブルと震えていた。
「も、もう……びっくりしたぁ……」
私はへたり込みそうになるのをぐっと堪え、ポムの背中を優しく撫でた。
「ごめんね、ポム。怖かったわよね」
「きゅぅ……」
ポムは私の胸に顔を擦り付け、甘えるように鳴いた。
初心者向けダンジョンとはいえ、やはり自然の脅威は侮れない。
魔物ではなくただのコウモリだったけれど、寿命が縮む思いだった。
「さて、と……」
私は深く深呼吸をして、乱れた呼吸を整える。
怖い思いはしたけれど、目的を忘れてはいけない。
アイラ先生の課題をクリアするためには、ここで「陽光石」を見つけ出さなければならないのだ。
「気を取り直して、探しましょうか」
私は立ち上がり、再び洞窟の壁面に視線を向けた。
ここからが、錬金術師としての腕の見せ所だ。
壁一面に光る水晶たちは、確かに美しい。
しかし、私が求めているのは、ただの綺麗な石ではない。
「ただの水晶と、陽光石……」
見た目はどちらも似たような、発光する鉱石だ。
だが、陽光石は太陽の光属性の魔力をその内部に蓄え込んだ特殊な鉱物である。
ポーションの素材として使えるのは、純度の高い魔力を秘めた陽光石だけなのだ。
「見た目だけで判断するのは難しいわね」
私はじっと見つめ、意識を集中させる。
周囲の空間に漂う魔力の波長を読み取っていく。
冷たく静かな水晶の魔力の中に、一つだけ、微かに温かい光の波長が混じっていた。
神経を尖らせ、探知範囲を少しずつ広げていく。
「……うーん、この辺りにはないみたい」
私は顎に手を添えながら、ポムを見た。
「ポム、お願いできる? 温かい匂いのする石を探してほしいの」
「きゅんっ!」
私の言葉に、ポムは頼もしく頷いてくれた。
コウモリの恐怖からすっかり立ち直ったようで、力強く地面を嗅ぎ回る。
ポムの優れた嗅覚。
このセンサーがあれば、どんなに隠された鉱石でも見つけ出せるはずだ。
私たちは、さらに洞窟の奥深くへと足を進めていった。
青白い光が続く中、道は二手に分かれ、さらに複雑に入り組んでいく。
迷子にならないように、曲がり角の岩にチョークで印をつけながら進む。
どれくらい時間が経っただろうか。
洞窟の中は時間の感覚が麻痺してしまいそうだ。
「きゅるんっ!」
突然、前を歩いていたポムが立ち止まり、高く鳴いた。
そして、行き止まりの壁に向かって、前足でカリカリと地面を引っ掻いている。
「見つけたの、ポム!?」
私は慌ててポムの元へと駆け寄った。
ポムが示しているのは、足元付近の岩壁の一角だった。
そこには、周りの青白い水晶とは明らかに違う、くすんだ黄色の鉱石が埋まっていた。
「これが……」
私はしゃがみ込み、その鉱石にそっと手を触れてみる。
「……温かい」
冷たい洞窟の中にあって、その石だけが、まるで日向ぼっこをしているかのように、じんわりとした温もりを放っていた。
微弱だが、確かな光属性の魔力を内包しているのが分かる。
間違いない。
「陽光石だわ!」
私は興奮気味に声を上げた。
しかも、かなり純度が高そうだ。
これだけ濃密な魔力を蓄えている陽光石なら、課題のポーションも素晴らしい仕上がりになるに違いない。
「でかしたわ、ポム!」
私がポムを抱き上げて頬擦りすると、ポムも嬉しそうに私の顔を舐めてきた。
苦労して洞窟の奥までやってきた甲斐があったというものだ。
「よし、それじゃあ早速採掘しましょうか」
私はポムを下ろし、腰のポーチを探った。
中から取り出したのは、手のひらサイズの小型のツルハシ。
こんな時のために、ちゃんと持ち歩いていて正解だった。
「傷つけないように、慎重に掘り出さないとね」
私はツルハシの柄をしっかりと握り締め、陽光石の周りの岩盤に狙いを定めた。
大きく振りかぶり、カキンッ!と心地よい音を立ててツルハシを打ち込む。
順調に周りの岩が崩れ、美しい陽光石の姿が少しずつ露わになっていく。
「ふふ、いい感じ。あともう少し……」
私が夢中になってツルハシを振るっていた、まさにその瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ。
「……え?」
足元から、不気味な地鳴りのような音が響いてきた。
地震だろうか?
いや、違う。
音は、私のすぐ目の前、陽光石が埋まっている壁面そのものから聞こえてくる。
メキッ、メキメキメキッ……!
「な、何!?」
私は思わずツルハシを止め、一歩後ずさった。
ただの岩壁だと思っていた目の前の壁面が、まるで意思を持っているかのように、不自然に隆起し始めたのだ。
岩の亀裂から、青白い水晶の光が漏れ出している。
そして、その亀裂はどんどん広がり、巨大な塊となって岩壁から剥がれ落ちようとしていた。
「きゅ、きゅぅぅ……っ」
ポムが私の足元にすがりつき、恐怖に満ちた声で唸っている。
剥がれ落ちた岩と水晶の塊は、やがてゴキゴキと嫌な音を立てながら、一つの形を成していった。
太い腕。
短い足。
そして、水晶で形作られた、冷酷に光る二つの目。
「嘘……」
私は絶望的な気分で、その巨大な姿を見上げた。
それは、鉱脈そのものを守護するために生み出された、無機質の怪物だったのだ。
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