第11話 横顔
夕陽を背に受けて、俺と東條は二人並んで歩いていた。
東條に漫画を貸して、はいさようなら。返すのはいつでもいいからな〜。
こういう展開なら俺にもまだ予想出来たが……
まさか家に来ると言い出すとは思ってもいなかった。
しかもこいつ、さっきまでの会話なのだが、お家デートみたいだね〜。やら、私、男の子の家に行った事無いからワクワクする〜。だの、無自覚に男心を刺激するワードを連発してくるから悶々としてしまう。
「そろそろ着くよ」
「今の時間って、親御さんはお家に居らっしゃるの?」
「まだ仕事中だな。居なかったらまずいか?」
「えーっと……うん、大丈夫。うん」
自分に言い聞かせるようにしている東條を見ていると、無理しなくていいぞ。と声を掛けたくなるが、何も言わずに黙っていた。
俺にもそりゃあ、そういう欲は多少なりともある。
北原綾音以外の女の子が家に来るなんて、俺の人生で今日くらいしかないかもしれないじゃないか……
いや、ダメだダメだ冷静になれ。
たかが、友達が漫画を読みに来るだけだ。
少しは落ち着け俺。
無駄に盛り上がる気持ちを必死に抑えていると、俺の家が見えてきた。
「着いた。ここだよ」
「立派な家だね」
テンプレのような世辞を言う東條を家に招き入れ、俺の部屋に連れていく。
「わぁ〜、凄いね。漫画の山だ」
本棚から溢れている漫画もある為、見栄えは悪いが、感心した様に東條は言った。
「その辺に適当に座ってて。今、飲み物持ってくるから」
「ありがとう。睡眠薬入れないでね」
「アホか!入れるかぁ、そんなもん。てかあるかよそんなもん、アホ!!」
「言い過ぎじゃない?」
ふふ。と微笑みながら、東條は言葉を返す。
「おまえが変なこと言うからだ」
「あなたが私よりも緊張してるから、緊張を和らげてあげただけ。感謝して」
そんなことを言ってきやがった。
とんでもないやつだなこいつ。
「はいはい、ありがとな。じゃあ取ってくる」
俺は呆れながら部屋を出て、冷蔵庫から緑茶が入っているペットボトルを取り出し、コップに注いで部屋に戻ったが驚いた。
俺の部屋から、めちゃくちゃ良い匂いがするんだが。どういう事だよ。まだ東條が来て数分しか経ってないぞ……
「良い匂い…… いや、これはその」
ハッとした。つい、口から言葉が漏れてしまっていた。
うわ、絶対気持ち悪がられるだろ。終わった。
「……ありがとう。ねぇ、南くんが読んでいた漫画はこれ?」
東條は少し驚くような表情をしていたが、何事も無かったように、俺に本の表紙を見せながら聞いてくる。
「あ、ああ。それだよ、それそれ」
「じゃあ読ませてもらうね。今日は時間も時間だし一巻だけ」
「うん、俺は別の読もうかなあ。ははは」
誤魔化すように笑いながら本棚から一冊手に取り、東條からやや離れた位置に座る。
すると東條が呟くようにこんな事を言う。
「…… 私も好きだよ、南くんの匂い。落ち着く」
好き
そういう意味じゃないのは分かっているのに、何故かドキドキしてしまう。
ただ、それと同時に嘘告の事を思いだしてしまい、胸が痛む。
あの時は好き。ではなく付き合って。という言い回しだったが、そんなもの意味は一緒だ。
俺はまだ、あの時の事を引きずって……
一瞬、沈んだ気持ちになりかけるが、東條が視界に映ると、抱えていた痛みがスッと消えていった。
ベッドの縁に腰を預けて座り、本を読む彼女の横顔に俺は目が離せなくなっていた――




