↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

狂愛(久我side)

 ……そうか。やはり、そうか、そうだったか。

 俺は、間違いなく目の前のこの、生真面目そうな眼鏡の青年に犯された。


 あの夜から俺は、おかしくなった。


「……ただいま」

「おかえりー、遅かったね」

 妹がそう返してくるので、適当に「うん」と相槌を打った。


 ずっと速い心臓の鼓動が鳴り止まない。額から大量の汗が噴き出てきて、胸を押さえながら俺は部屋へ向かった。

 両親はもう寝静まったのか、特に妹と俺以外の足音は聞こえてこなかった。


「今日は、風呂は良い。寝る」

 そう言って、俺は部屋に入った。


 自室のドアをバタンと閉じた後、膝の関節が崩れ散ったように、その場に崩れ落ちた。

 さっきから、身体のあらゆる部分の痙攣が止まらない。


 自分を守るように両腕をグッと掴む。

「ああ、どうしようか……」

 部屋の中で、独り言を呟く。


 おかしい。

 おかしい。おかしい、おかしい、おかしい……こんなの、絶対に、おかしい……。


 助けてほしい、と喉奥から出そうになった。

 身体が別の生き物に飲みこまれるような、あるいは身体が別の生き物になるような不思議な感覚がした。


 でもそれは、苦痛からくるものではない。むしろ、先ほどに感じた、快楽だった。どうしてこんなに気分が良いんだろう。本来、良いものではないはずだ。


 さっきの快楽と共に、男の姿の記憶が流れ込んでくる。

 黒いマスクの上に見えた眼鏡。そしてその奥に見えた綺麗な目。どこかで見覚えがあった。

「月城……」

 それは同じクラスの、月城結人だった。


 身長も俺より少し低く、襲ってきた男とそっくりだった。まさか、そんなはずない。彼が犯人なはずないんだ。


 月城は、学校でも真面目な男で有名だ。クラスの中心にいるような男ではない。そんな男が、人を殺して、同性を凌辱するなんて……と、できるだけ考えたくなかった。


 きっと彼は、俺の顔なんてしっかり見えてないはずだ。

 暗い路地裏でマスクまでしていた俺の顔なんて、多分きっと認識していない。

 月城はあの男じゃない。そう、思いたかった。



 次の日学校に行くと、思わず、彼を探してしまった。

 きっと彼は俺の事なんて覚えていない。そもそも彼が犯人だなんて、決まったわけではない。


「月城、ワーク貸してくれよ」

「なんだよ、また忘れたのか」

 その名が聞こえ、その方を向く。


 その小柄な見た目が、どうにも胸に突き刺さった。

 こんな、少年と言われても厭わなそうな見た目の彼に、俺は手篭めにされたのか。そう思うと、また心臓が高鳴った。


 ああ、やはりおかしくなったのだ。

 俺は恐らく、これから先の人生、女に凌辱されようと、迫られようと、満足することはないだろう。


 あの日、あの夜、彼は擦れるような声でよがっていた。


 俺は、痛みに喘いでいたのか、それとも、脳天を突かれたような享楽によってよがっていたのかは、パッと分からない。はっきりしない。


 ただ、慣れない懸命な彼の姿は、不覚にも愛おしく思えてしまった。



 登校中も、下校中も、通塾中も……彼の全ての動きが、あの夜を思い出させる……——いや違う、彼の存在自体が、あの日を思い出させる。


 もはや、この時の俺の意識には、月城があの男ではないと思う余地はなかった。

 ある日、下校中を付けていた時、彼はいつもと違うルートで帰って行った。


 特に不安は感じなかった。

 繁華街のある方向へとどんどん進んでいく度に、とある都市伝説が頭に浮かんだ。

 それが、記憶質屋だった。この町が舞台のオカルト話。馬鹿げた架空の話を、皆がよってたかってネタにしている。

 正直そんな子供騙しを信じる気は無かった。


 そもそも、自分はそんなものを信じる柄ではない。

 記憶質屋を、人は、魔女や悪魔との契約だと揶揄した。今思えば、ある意味彼は悪魔のような男だ。

 繁華街で、誰かと遊ぶ約束でもしているのか?そう思ったが、学校で特にそんな会話をしている様子はなかった。


 まさか、そんなはずないよな、と思いながら、俺は彼について行く。

 裏通りのボロボロの小さいビルの前に彼は立った。

 そして彼は自動ドアのドアノブに手をかけ横にスライドした。


 ドアが開いた時、異常な感覚がした。違うどろどろとしたどす黒い空気が俺の頬を撫でるようないやな感覚だ。

 月城が、人間ではない何かに見えた。

 部屋の奥には、綺麗な女性の写真。ここの店主だろうか。その指には、あの夜に見たような派手なネイルがしてあった。


 俺は後退りして、逃げるようにその場から去った。


 あそこが、記憶質屋。月城は客だろうか?

 人を殺し、人を犯したトラウマを忘れようと訪れたのだろうか?

 普通の高校生が、あんな根拠もない店で店主なんてするはずない。


 ……いや、違うな。アイツは、あの写真の中の女性を殺した。

 あの女性の指の派手なネイルが証拠だ。あの夜に見たしなやかな指と全く同じ。

 あの女性は、彼の姉か、母だろう。おそらく何かしらで口論になり、殺害してしまった。

 そのまま仕方なく遺体を隠しに行った。その時に俺に出くわした。

 精神的に参っていた彼は俺を犯した。

 まだ高校生の彼は、警察や世間から見れば、ただの母を殺した可哀想な青年……。

 ここまで全て推察だ。証拠も根拠もない。彼が例の殺人の犯人であることも、この店の主人であることも。


 情報が必要だ。

 俺はその日からスマホを構えるようになった。



 月城の大量の写真が自室の壁に貼られた。

 通学中から、体育の更衣の瞬間まで、残らず写真に収めた。


 家でずっと包丁を眺めている写真が一枚撮影できた。殺した時に使った包丁だろうか。


 ああ、可愛らしい。なんて愛らしいんだろう。

 頬を撫でたい。頭を撫でたい。自由を奪って調教したい。そうすれば、彼も俺から離れられないだろう。


 狂ってしまった。おかしくなってしまった。それでも俺は冷静だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。