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交換(久我side)

「——なあ、月城。君は、男に凌辱されたことはあるか」

 俺は机の上の何もない空間をじっと見つめながら、目の前の男に言った。


 月城は、狐に怯える兎のようだった。


「あるはずない。考えたくも無い」

 月城は、俺から目を逸らし、冷酷に返した。


 だが、ここまでの全ての推察が、本当であるかのような表情で月城は眼鏡をかけ直した。

「俺は、気づいていたよ」

「……はっ?」

 俺は顔を上げて、真っ直ぐ彼の顔を見た。


「ここまで来て、俺を警察に突き出すつもりか?」

「……それは自白ってことだよな?」

 月城はずっと俺から目を逸らしている。


「ねえ、君があの女性を殺したんだろ?なんで?」

「別に。お前に話すことじゃない」

 妙にそっけない。まあ、当たり前だろう。自分の凌辱した男が突然目の前に現れて刑事のごとく罪を問うてきたら、そんな態度にもなる。


「家業を継ぐか継がぬかの話で、口論になったんだ。俺はここを出て行って、兄が受け継ぐ予定だったのに、その兄が家を出て行ったから」

「余程喧嘩したんだね」

「俺は、口が上手くない……俺の人生の計画を全部、否定されたんだ」

 月城の声はぶるぶると震えて、今にも泣き出しそうな声だった。


「それじゃ、なんで、俺を犯した?」

「……それは……」

 月城は口を噤んでしまった。そこから一向に口を開こうとしない。


「俺は、お前を責めてるんじゃない」

「……記憶質屋に来るってことは、トラウマなんだろ?少なからず、俺に恨みがあるはずだ」

 察しの悪い男だ。俺は君が好きなのに。


「答えてくれたら、警察には言わないであげるのに」

 その言葉に、月城の顔が突然不安に駆られたような表情に早変わりした。


「……あまりに君が美しかったから」

「何?」

 予想外の理由だった。てっきり、遺体処理を見られたショックで咄嗟にやったものかと思ったが、違うようだ。


「母から何度も聞かされた話だ。天使は俺たちが思ってるより美しい奴らじゃない。美しいのは悪魔だって。人間を騙すため、目を引く美しい人間のような姿に変身するって」

 月城の声は、枷から外れたように穏やかな声色になっていた。


「あの時の俺には、君が淫魔のように見えた。夜になると現れる、インキュバスのような……とても奇麗な目だ。何年も磨いた黒曜石のような美しさだ」

 そう言って月城は両手で俺の頬を擦ってくる。


 物書きのような表現力だ。

 月城の口から語られる自分の姿は、鏡で見た自分とは違うものだった。

「あの夜、君が悪魔に見えた。だから、まさか君だと思わなかったんだ」

 今にも泣きそうな声と潤う目で、じっと見つめてくる月城を見ると、なんだか汗が噴き出てきた。


「なあ、月城、俺はおかしくなったんだ。あの日から」

「…………ごめん」

 振り絞った声だった。


「月城、勘違いしないでほしい。俺は、君に微塵も怒ってない。ただ、おかしくなってしまっただけだ」

 俺は再び俯いた。

 この狂愛をどう形容しようか、本人のいる前で。


 ——……ああ、まずい。こんな事、言ってはいけない。

 『警察には言わないから、もう一度……』なんてただの脅迫だ。少し過度な大人のビデオのような言葉が頭に浮かぶ。どうしよう、どうしよう、どうしようどうしようどうしよう……。


「圭吾?大丈夫か?」

「……へぇ?」

 息が切れている。過呼吸になっていた。


「……月城、記憶と交換してほしいものが有る」

「何だよ?」

 人でもいいのだろうか、実態のある物ではないとダメなのか。


「君だ。君が欲しい」

「……は?」

 とっさに口に出ていた。


「あっ……」

「どういうこと?」

 月城が首を傾げる。ああ、可愛い。小動物みたいだ。


「……最近ずっと、君を見ると、あの日の事を思い出すんだ。君を飼いたくなった。好きなようにしたくなった」

「圭吾、どういう……」

 おぞましいものを見るように、死にかけている虫を見るように、彼を俺を蔑んだ。しかし、次の言葉で、彼は黙った。


「俺をおかしくしたのは、お前だよ」

 妙な静けさが、この空間に残った。


「……」

「記憶と交換できるのは、物に限らないんだろ?」

「……本当に、察しが良いな、圭吾は」

 ふっと、彼は鼻で笑った。


「飼われたいの?」

「まさか……本来俺が飼う方だろ」

「どうして?」

「どうしてって……」

「凌辱したのが、君だから?でも弱みを握ってるのは、俺の方だろ?だったら、手綱は俺が握らないとな?」


 そんな会話が何もない空間に響く。


「……分かったよ」

 彼の目はまだ怯えていた。兎みたいだ。可愛い。

 狂った。おかしくなった。おそらく、あの日の記憶が無くなっても、間違いなく彼を抱くだろう。



 店に一枚『記憶』が増えた。

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