凌辱
——俺は、毎日午後一〇時に終わる塾から徒歩で帰宅する。
俺の住んでいるところは人通りの多い住宅街だが、塾から自宅までの道で、人通りの少ない路地裏がある。俺は毎回そこ通って帰っていた。
事が起きたのは、まさにその路地裏だ。
いつものようにその路地裏を通って帰宅しようと路地裏に入ろうとした時、視界の端のゴミ捨て場で何かが蠢いていた。
黒いパーカー、黒い帽子、黒いマスク……いかにも怪しい男。禍々しい雰囲気ではあるが、俺より小柄で、黒い手袋で、黒いゴミ袋を握っていた。
そんな怪しい男なんて、見なければいい話。なのに俺はそのゴミ袋を捨てる作業に見入ってしまった。
まるでミステリー小説の重要人物になったような気分だった。そんな高揚した気分で、中々にその男から目を離すことはできなかった。
まさか、死体の処理でもしているのだろうか。そんな嫌な予感が頭をよぎる。
「うわっ……」
そう焦った声が聞こえたと同時に、ゴミ袋がガサガサと倒れた。ゴミ袋の口から、肌色の何かが、顔を出す。
それは、腕だった。
派手なネイルが施された、指の先までしなやかな腕。
「お前……」
男が腕を拾おうとこちらにつま先を向けたとき、俺がずっと見ていたことにようやく気が付いたらしい。
「見たのか……?」
そうおぞましい顔で尋ねられ、俺は咄嗟に目を逸らした。
「こっちに来い」
「や、やめっ……」
抵抗しようと腕を引っ張ったが、昔からコンプレックスな細い腕では対抗できない。男は小柄だったが、筋肉は俺よりしっかりとあった。
帰り道の路地裏に引っ張られ、壁に背を叩きつけられる。背負っていたリュックが、双肩から滑り落ちた。
「だ、誰か——……」
元から小さい声なのを恨んだ。手で口を塞がれたことにより助けを呼ぶ声も路地裏の外には響かなかった。
「ああ、ヤバい、ヤバい……こんなの……」
「な、何を言って……」
男の荒い息に少したじろいでしまった。焦っているような息遣いとは違う。
まるで何かに発情しているような、人間とは異なる息遣いだ。
「黙ってろよ。さっきの事も、今から俺がすることも……」
必死な声に俺は、一度深く頷いた。
そこで俺は、その男に凌辱された。
——……驚いた。まさか……まさか……彼が……。心臓の鼓動がどんどん速くなる。それに伴って激しい吐き気が催された。横隔膜が酷く痙攣しそうだ。
血の気がどんどん引いていく。
何より彼の語る声が、怪談をするときのように妙に落ち着いていて、それが俺の不安を助長させた。
どうして最近久我に劣情を抱き始めたか、分かった。
「この話、何と交換……——」
「——ダメだ!買い取らない……こんなの、買い取りたくない!」
気づけば声を荒げていた。




