来店
「——その……記憶質屋っていう、都市伝説があるって……親に相談しても誰も信じてくれないし……」
その青年——久我圭吾は昼食の時、静かに言った。
「その、記憶質屋に行きたいのか?」
「うん。最近、辛いことがあって……」
助けてくれと言わんばかりの表情に押され、「あ、ああ」と思わず頷いてしまった。
「……その、圭吾は、記憶質屋に行って記憶と何を交換してもらいたいんだ?」
「それは……まだ何も考えてない。お金がもらえるならお金が欲しい」
そう言っていた。
クラスでは見たことのない暗い表情をしていた。
「記憶質屋、か……馬鹿げてるよ。そんなところ……記憶と何かを交換なんて、机上の空論だ」
俺は素っ気なく返した。
「まあ、決めつけるのは早いじゃないか」
彼は俺の予想とは裏腹に、爽やかな笑顔で答えた。
来なければいいのに、と思ったが、こうなっては仕方がない。だが、いつ、どう打ち明ければいいのだろうか。
自分が実質、あの店の店主であると。
——放課後。
久我は俺の隣をスマホをいじりながら歩く。
スマホの向きが横で、ずっと画面を触っているので、ゲームか何かだろう。
「それ、楽しい?」
「うん。ガチャがなかなか当たらなくってさ……」
思っていたより、久我はクラスでも目立たない方だったな。俺も友人は居るが、クラスの中心にいるような人ではない。
「あのさ、圭吾」
「ん?」
そう返事して眉を微かに上げる圭吾は、相も変わらず余裕がある。
彼の事を好きだという女子もいくらかいるだろう。
「その……記憶質屋なんだけどさ」
「……嘘だと思ってる?」
「違う!そうじゃなくて……」
なんて言おう。なんて言い出せばいいんだろう。
「——もしかしてだけどさ、記憶質屋で働いてる、なんて言わないよな?」
「えっ、な、なんで……」
口に出ていたかと、思わず口を手で押さえる。
「ああ、そうか、そうだったんだ」
「なんで分かったんだ?」
久我は不敵な笑みを浮かべて、俺の顔をじっと見つめてきた。
「何となく。そんな雰囲気がした」
彼はいつもの声で返した。俺は彼から目を逸らす。じっと横にしたスマホの画面を見ている。
そんなに顔に出ていただろうか。
しかし俺はここで何とも形容しがたい違和感と、畏怖を憶えた。久我の人間としての掴めなさが一層増したような気がしたのだ。
ボロボロの小さいビルの一階の前にたどり着いた。ここの自動ドアは故障しているので、手動だ。
ガラガラと自動ドアには似つかわしくない音がした。
「入れよ」
「お邪魔します」
ボロボロの外観とは打って変わって中は小綺麗だ。白い壁一面に写真のようなものが貼ってある。床は黒く、壁とのコントラストが良い味を出している。部屋の真ん中に二つの椅子が、白い小さい机を挟むようにして置いてある。
「これは?」
「これが記憶。写真みたいだけど、普通の写真と違うだろ?」
白黒で現像された普通の写真とは違う、ざらざらとした質感だ。
「俺の仕事は、お前の記憶を形にして、預かることだ」
「へえ、どういう技術?」
そう聞かれて、俺は顔を顰める。
「まあ、魔術みたいなものと思っててくれ」
俺がそう言うと彼は、目を丸くし「不思議なもんだな」と中身のない感想を呈した。
「じゃ、そこに座って」
椅子を指さした。
「なあ、あの写真って、月城のお母さんか何か?」
久我の指さした先は、俺の後ろの壁に紐で吊るしてある母の写真だった。その写真に写る母は、居なくなる前より、若かった。でも指のネイルは相も変わらず派手だった。
「ああ。今、ここには居ないんだけどな」
「へえ、そうか……」
何かを孕んだような神妙な面持ちで彼は頷いた。
「本当に、嫌な記憶があるのか?トラウマがあるようには見えないが」
母の事を思い出させた腹いせに、俺は嫌味でそう言った。久我は顔をひどくしかめた。そんな顔をするのか、と改めて思った。
「どうしてそう思う?」
「俺と違って、すごく余裕があるように見えるから」
久我俺の言葉を無視し、ようやくテーブルの前の椅子を引きずってそこに腰かけた。
「そうだな、あれは一週間前の夜だ——」




