空の悪魔 下
セスナ機の事故から半日後、九字 蜜華の電話に、真鍋から連絡が入った。
「そう、わかったわ」
「なにかあったの?」
「事故の生存者の機長が死亡した。
セスナ機で墜落したって」
優璃は微かに悲痛な表情。
「遅かった。
フライトレコーダーの声には、みんな死ぬと。
つまり、例の事故の搭乗員 全員を殺すまで止める気はないって事よ。
これ以上 犠牲者は出せない」
「父さんの手帳で なにか分かった?」
優璃は手帳のページを開く。
「手帳にグレムリンの対処法が記されている。
グレムリンは邪妖精の一種で、キリスト教圏の呪文で払うことが出来るとされている。
でも、夜にそれを行うのは危険よ。
人間の身体から出たグレムリンは逆に力を増し、手当たり次第 暴れることになる。
弱点は強力な光で、太陽が一番 効果的。
強力なハンディライトでも代用できるそう。
それで人間の身体から追い出した後に、とどめをさす」
蜜華は考える。
「日中に払うことが出来れば良いけど、夜だと逆に危険ね。
でも もう夕方。
今からやるとなると、夜になる」
「生存者が飛行機に乗る予定は?」
「客室乗務員の天海という女性が、今夜のフライトで、現場復帰するわ。
次に狙われるとしたら、天海という女性よ。
フライトまであと二時間」
優璃は手帳を畳むと、
「時間がない。
行くわよ。
対策は向かいながら考えましょう」
九字姉妹は空港へ向かった。
空港では客室乗務員の天海は乗務員長に労われる。
「現場復帰おめでとう」
「はい、頑張ります」
「あの事故で機体は全て検査されたわ。
もう あんな事故は起きないわ」
「はい、パイロットの腕を信じています」
そして九字姉妹が空港に到着した。
蜜華は考える。
「さて、空港に到着したけど、ここから どうする?」
「もちろん、飛行機に乗るのよ」
優璃が即答すると、蜜華はひるんだ。
「……本気で言ってるの?」
「当たり前でしょ。
飛行機に乗って、グレムリンを退治するのよ。
時間がないわ」
「あなた 分かってるの?
この飛行機は墜落するのよ」
「だから それを止めに来たんでしょう」
「いや、でも……」
「蜜華、怖いの?」
「当たり前でしょ。
墜落すると分かってる飛行機に乗るんだから」
「他に方法はある?」
「例えば、電話をかけて家族が事故に遭ったとか言って、それで……」
「それ、うまくいくと思う?」
「なんとかなるでしょ」
言ってから蜜華は首を振る。
「なるわけないわね」
「決まりね。
行くわよ」
「……これ、どう考えても自殺行為だわ」
二人は飛行機の搭乗券を購入すると、乗り込む。
席に座ると、蜜華は落ち着かない様子でブツブツ呟いていた。
「何か手は……?
離陸する前にグレムリンを退治する方法は?」
「もう時間がない。
離陸するわよ」
「ああ もう。
考える時間もないなんて……」
飛行機が離陸した。
空中に上昇し、十数分後、機体は安定飛行に入る。
「さて、じゃあ グレムリンは誰に取り憑いているのかね」
優璃が考える。
「悪魔は基本的に、精神的に弱っている人間に取り憑く。
ストレスで参っているとか、精神疾患を抱えているとか、そういう人間に」
「なら、客室乗務員の天海って女性は?
墜落を経験した後に、職場復帰したんだから、ものすごい不安になってるはずよ」
「霊波探知機でチェックしてみましょう」
客室乗務員が巡回にやってきた。
「彼女かしら?」
「訊いてみる」
彼女が九字姉妹のところへ来ると、蜜華に聞く。
「お飲み物はいかがですか?」
「いえ、結構。
ところで、天海という客室乗務員がいると訊いたのですが?」
「ああ、私です。
どうしてご存知なのですか?」
「いえ、運輸安全委員会に勤めている者で」
「ああ、なるほど、それで」
「お辛い経験をされましたが、もう大丈夫ですか」
「はい、おかげさまで、こうして職場復帰も果たせました」
「それは良かった」
こっそり懐の中で霊波探知機を作動させたが、何の反応もなかった。
「では、ご用がなければ、これで」
「ええ、ありがとうございます」
天海は次の客へ移動した。
「彼女は この飛行機の中で一番しっかりしているわ」
「蜜華よりもね」
「うるさいわね。
それより、あの人じゃないとしたら、誰に取り憑いているの?」
「一人ずつチェックしていくしかないわね」
「不審者に思われるわね」
二人は霊波探知機を使って客を一人一人チェックしていった。
当然、乗客は怪訝な表情で二人を見る。
しかし霊波探知機は、誰にも反応しなかった。
一旦合流すると、話し合う。
優璃は蜜華に、
「誰にも反応はないわ」
「じゃあ、グレムリンは乗っていないってこと?」
「そんなこと あり得ると思う?」
「あり得ないわね」
その時、霊波探知機が反応した。
「待って、反応した」
「誰?
全員 調べたわよ」
その時 機長がトイレから出てきた。
天海と何かを話して、操縦室へ入る。
その時、一瞬だけ見えた。
機長の眼が完全に黒かった。
「まずい、機長に取り憑いている」
優璃が断定すると、蜜華は呻いた。
「墜落 確定」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ。
なんとかして機長を操縦室から出さないと」
「どうする?」
「天海さんに話をしましょう。
協力してもらうのよ」
「信じるわけないでしょ」
「なんとかして信じて貰うしかないわ」
二人は準備室の客室乗務員室の天海に話しかける。
「あら、お客様。
どうかされましたか?」
「その、信じてもらえないと思うんだけど、機長と話がしたいの」
「なにかトラブルでも?」
優璃が訊く。
「単刀直入に訊くわ。
あなたが遭った事故の時、乗客になにかおかしな点はなかったかしら。
例えば眼とか」
天海は あの時の客の事を思い出す。
「あの、どうしてそれを?」
「見たんですね。
機長もです。
この飛行機の機長も眼が少しおかしかった」
「でも、それが何の関係が?」
「事故で生存した機長ですが、亡くなられました」
「亡くなった?
どうして?」
「セスナ機の墜落で」
「そんなこと……」
「この機も もしかすると墜落するかもしれません。
お願いします。
機長と話をさせてください」
「でも、そんなことしたらクビになるわ」
「命と仕事、どっちが大切なんですか」
天海は少し迷ってから、
「わかりました。
話をするだけですね」
天海は半信半疑だったが、しかし事故の不安がよぎり、機長を呼びに操縦室へ向かった。
「よし、準備は良い?」
優璃は手帳を取り出すと、グレムリンが記されているページを開く。
操縦室では、天海がなにかを話すと、機長が出てきてこちらに向かってきた。
「お客様、なにかトラブルでも」
優璃は手帳を見ながら呪文を唱え始めた。
「キシャァアアア!」
突如として機長が豹変し、優璃に襲いかかってきた。
「機長!?」
天海が悲鳴を上げるのを、蜜華が制止する。
「静かに。
誰も近づけさせないで」
蜜華は機長を取り押さえながら、天海に指示する。
「は、はい」
天海は なにがなんだか分からなかったが、機長の ただならぬ様子に、この世ならざるなにかを感じ、指示に従った。
蜜華が機長を抑え、優璃が呪文を続ける。
機長が優璃に叫ぶ。
「お前の恋人は炎に焼かれて死んだ!
今も苦しみ続けている!」
優璃が思わず呪文を止めてしまうが、蜜華が促す。
「優璃、続けて!」
優璃は再び呪文を唱え始めた。
すると、機長の口から黒い霧が出てきた。
「出た!」
同時に、機体が強力な乱気流に巻き込まれたかのように、激しく揺れ動いた。
さらに落雷が機体を直撃する。
機内は停電し、急降下が始まる。
「きゃー!」
「なんだ?!」
「墜落するのか!?」
乗客が悲鳴を上げ始めた。
「ハンディライトを!」
優璃がハンディライトを点灯して、黒い霧を捕らえようとする。
しかし、黒い霧は縦横無尽に移動し、なかなか捕らえることが出来ない。
「このぉお!」
優璃は叫ぶと、操縦室へ移動しようとしていた黒い霧を、光の中心に捕らえた。
黒い霧はそれだけで霧散し、消滅する。
すると、飛行機の揺れは嘘のように治まり、機内に光が戻った。
「やった……」
優璃が安堵すると、蜜華は呟く。
「私、二度と飛行機には乗らないからね」
飛行機は空港に引き返した。
すぐさま警察や運輸安全委員会がやってきて、調査を始めた。
機長は何も覚えていなかった。
飛行機に乗った後、記憶が途絶えていると。
警察や運輸安全委員会は、一連のことから、催眠術を使った犯罪ではないかと疑っているが、真相が明るみになることは無いだろう。
天海が九字姉妹に告げる。
「今でも信じられないけど、助けてくれて ありがとう」
そして次の日、真鍋と別れの挨拶をする。
「今回も本当に助かりました。
おかげで大事故を防ぐことが出来た」
「いいんです。
これが仕事ですから」
蜜華は最後に質問する。
「ところで私の電話番号をどうやって知ったの?
私の電話番号は あなたには教えていなかったのに」
「お父さんの九字 晃樹さんから聞いたんです」
九字姉妹は顔を見合わせる。
「父と話したのですか」
「いえ、直接話したわけではありません。
お父さんに電話をしたら、留守電にメッセージが。
それで あなたの電話番号を」
「分かりました。
ありがとうございます」
真鍋と別れて二人は話し合う。
「今まで父さんに何度も電話をかけたけど、そんなメッセージはなかったのに」
蜜華が父に電話をかけた。
するとメッセージが流れた。
「今は仕事で手が離せない。
緊急の用件は娘の蜜華に連絡してくれ。
電話番号は……」
二人は顔を見合わせる。
しばらくして優璃は蜜華に、
「どういうこと?
父さんは いったい何をしているの?」
「とにかく父さんを探しましょう」
これで今回の話は終わりだ。
次の話を楽しみにしてな。




