鏡の悪夢 上
さて、今夜も九字姉妹の話をしようじゃないか。
事の発端は こんなふうに始まった。
とある家で、三人の女子小学生が王様ゲームをしていた。
「はい、美紀の罰ゲーム。
好きな男子の名前を言って」
「それ無理。
だって好きな男子なんていないもん」
「誰か気になる男子ぐらいいるでしょ」
「ありえない。
男ってほんっとガキで話にならないわ」
この年の女の子は おしゃまで大人の男に憧れるものだ。
同年代の男子は恋愛対象にはならないのだろう。
「じゃあ、代わりの罰ゲーム。
鏡の前で、紫さん、出てきてくださいって、三回 言って」
「それ最近はやりの噂のやつー」
一人が首を傾げる。
「ねえ、その紫さんって、何?」
「知らないの?
鏡の前でこの呪文を唱えると、女の人の幽霊が出てくるって話」
「ばっかみたい。
幽霊なんているわけないじゃん」
「もしかしたら ほんとに出てくるかもよぉ。
うらめしやー」
「はいはい、やれば良いんでしょ」
罰ゲームの女の子は、洗面所に向かい、鏡の前に立った。
しかし、いざ呪文を唱えるとなると、少し恐怖心がわき上がる。
女の子は意を決して、呪文を唱え始める。
「紫さん、出てきてください。
紫さん、出てきてください。
紫さん、出てきてください」
何も起きない。
それもそうよね。
女の子は内心 呟いて洗面所から出ようとした。
すると、
「「わぁっ!」」
二人の女子が驚かせ、思わず悲鳴をあげる。
「きゃぁ!」
「あははは、びびってるー」
「もー、やめてよー」
二階から父親の原川が降りてきた。
「こら、静かにしなさい」
「ごめん、お父さん」
「「ごめんなさーい」」
女の子達は騒ぎすぎたことを反省すると、再び王様ゲームを始めた。
原川はそんな三人を微笑ましそうに見ると、洗面所に入り、トイレを済ます。
そして洗面所で手を洗っていると、鏡に不気味な女の姿が映っていた。
驚いて後ろを振り向くが、しかしそこには誰もいない。
「……なんだ?」
再び鏡を見ると、自分の姿が、不気味な女の姿になっていた。
……お前が殺した。
お前は金のために、彼女を殺した。
原川の目から血が流れ始めた。
始めは涙のように、そして徐々に出血は激しくなっていった。
女子三人が王様ゲームを続けていると、高校生の姉の成美が帰ってきた。
「ただいまー」
「お帰り、お姉ちゃん。
門限過ぎてるよー」
「うるさい」
そして彼女は荷物を下ろすと、洗面所に入ろうとした。
すると、ドアの隙間の床から赤い液体が少しずつ染み出しているのに気付いた。
「……なにこれ?」
おそるおそるドアを開けると、そこには眼球からの おびただしい出血で死んだ、原川の姿があった。
成美は悲鳴を上げた。
こうして事件は始まった。
優璃は夢を見ていた。
婚約者の秋晴が天井に張り付けにされている。
「優璃、どうして?
どうして教えてくれなかったんだ?
どうして……」
優璃は目を覚ます。
また悪夢だ。
あれから夢を見る頻度は少なくなっていったが、それでも時々うなされる。
蜜華がシャワー室から出てくる。
「目が覚めたのね。
……またうなされてた」
「……大丈夫よ。
……大丈夫」
九字姉妹は旅を始めてから いくつも事件を解決した。
ヤマガシャ。
海の悪霊。
黄泉の水の封印。
グレムリン。
他にもいくつも。
しかし父 晃樹の手がかりは まだ見つからない。
そして新聞で変死体の記事を見つけた。
眼球から大量出血して死亡した原川の記事。
明らかに異常だと判断し、二人は調査することにした。
今回の事件に父の手がかりはあるのか?
二人は遺体安置所を訪れる。
検死官に賄賂を贈り、原川の遺体を見せて貰った。
「死因は動脈瘤破裂の可能性が高いが、だがここまで酷いのは聞いたことが無い。
脳や眼球の毛細血管が破裂している。
そうとう苦しかっただろうな」
検死官は遺体に両手を合わせる。
「病原菌やウィルスの検査も行ったが、全て陰性。
まったくの謎の死ってやつだ」
そして次の日、二人は原川の葬儀に出席した。
家族に話を聞くためだ。
娘達に優璃は自己紹介する。
「私は九字 優璃。
こっちは姉の蜜華。
お父さんとは仕事の関係で付き合いがあったの。
今回のことは お悔やみを申し上げるわ」
姉の成美が対応する。
「ありがとうございます」
「話を聞きたいのだけど、少しだけ良いかしら」
「どうぞ」
「お父さんに なにか今回の兆候はあったかしら。
目眩がするとか、偏頭痛に悩まされていたとか」
「いいえ。
父は健康診断も欠かさず受けていて、健康には気を使っていたわ。
なんの前触れもなかった」
小学生の妹が泣きながら言う。
「わたしがあんなことしたから……」
成美が妹を慰める。
「それは関係ないわ。
ただの偶然よ」
「なんのこと?」
優璃は妹に目線を合わせて尋ねる。
「なにか気になることがあるの?」
「わたしが幽霊を呼んじゃったの。
鏡の前で呪文なんか唱えたから」
成美が妹を窘める。
「それは ただの迷信よ。
幽霊なんているわけない。
父さんのこととは何も関係ないわ」
優璃はさらに質問を重ねる。
「呪文って、どんな?」
「鏡の前で、紫さん、出てきてくださいって三回唱えるの。
すると幽霊が出るって」
九字姉妹は互いの顔を見合わせた。
そして蜜華は女の子に、
「幽霊なんていないわ。
あなたのせいじゃない」
と 心にもない慰めをした。
二人は遺体発見現場の洗面所に向かった。
床には まだ血の跡がこびりついている。
洗面所に入ると、優璃の顔が鏡に映った。
なんとなく嫌な気分になり、目をそらした。
鏡にまつわる死が原因だろう。
蜜華が洗面所を見渡しながら仮説を立てる。
「鏡の前で紫さんの呪文を唱える。
これはアメリカに伝わる、ブラッディメアリーの伝承の変形でしょうね。
鏡の前でその名を唱えると、悪霊が現れ、唱えた者の目を抉って殺す。
なぜ、紫さんに変化しているのかは、紫の鏡と関係しているのかもしれないわ。
二十歳までに、紫の鏡という言葉を忘れなければ、死に至るという呪いの言葉。
でも、二つとも根拠はなく、これまでに それを行った者は多数いるけれど、死んだ者はいなかった。
それなのに、どうして?」
「紫の鏡って伝承、もしかすると この町が発祥地かも」
その時、一人の女子高生が現れた。
「あなたたち、何しに来たの?」
優璃は彼女に聞く。
「あなたは?」
「姪の香織よ。
あなたたちの話を聞いていたわ。
叔父さんの仕事関係者って嘘なんでしょ。
本当のことを言わないと、警察を呼ぶわよ」
九字姉妹はお互いを見ると、優璃が説明する。
「わかったわ、説明する。
私たちは今回の変死事件を調べているの。
原因が分からないから、犠牲者が他にも出るかもしれない。
あるいは、もう他に犠牲になった人が居るのかも。
それを突き止めて、これ以上の犠牲を防ぎたいの」
香織はまだ納得していない様子。
「信じてくれなくても良いけれど、でも あなたも注意して。
今回の事件は、原因が分からないのは事実だから」
そして優璃は名刺を渡した。
「もし なにか気付いたことがあれば、ここに連絡してちょうだい」
「……わかったわ」
二人は葬儀が終わると、警察署に向かい、この町の十年間の死亡事件の資料を入手した。
そしてホテルで資料を調査する。
蜜華はその結果をまとめる。
「この町で鏡に関係して死んだ人間は三人。
一人は風呂場で自殺。
鏡を割って、手首を切った。
そして鏡が倒れて下敷きになって死亡した例。
もう一つが押し込み強盗で、鏡の前で殺された。
でも紫さんという名前とは なんの関係もない。
決め手に欠けるわね」
優璃が、
「それに呪文を唱えたのは、小学生の娘よ。
でも、殺されたのは父親。
都市伝説では、唱えた本人が犠牲になるはずよ。
どういうこと?」
「……わからない」
二人は頭を悩ませていた。
その夜、香織はクラスメイトに電話をしていた。
『気にしすぎよ。
ただの偶然に決まってるでしょ。
幽霊なんて居るわけないじゃない』
「でも、例の都市伝説の呪文を唱えて ほんとに死んだのよ」
『じゃあ今から私が唱えてみる。
それで何も起きなかったら安心でしょ』
「止めてよ。
ほんとに出てきたら どうするの」
『だいじょーぶ。
さあ、やるわよー。
紫さん、出てきてください。
紫さん、出てきてください。
紫さん、出てきてください……」
そして受話器から沈黙が流れた。
「……どうしたの?」
『きゃー!』
「大丈夫なの!?」
『あははははは。
びびってるー』
「ちょっと、やめてよ」
『ほらね、何も起きないでしょ』
「冗談きついわよ」
『気にしすぎだって。
ただの偶然よ。
……あれ?』
クラスメイトが奇妙な声を出した。
『なに これ?』
「どうしたの?」
『うそ、やだ……』
「どうしたのよ?!」
『いやぁあああああ!』
電話が切れた。
香織は警察に通報し、十分後、駆けつけた警察によってクラスメイトは発見された。
彼女は目から大量に出血して死亡していた。
香織は九字姉妹に連絡した。
続く……




