鏡の悪夢 下
香織の部屋で九字姉妹は話を聞く。
「いったい なにが起きているの?
噂が現実になったの?」
優璃は香織の手を取る。
「原因はある。
あなたに協力してほしいことがあるの」
死亡したクラスメイトの家に、香織の手引きで侵入した。
「ご両親には写真を見せてほしいって言ったけど、長くはもたないから早くしてね」
「分かってる」
優璃はビデオカメラを暗視モードにして映し始めた。
死亡したクラスメイトの部屋にある化粧鏡を映すと、鏡の下から微かに血痕がたれていた。
「蜜華、ブラックライトを」
鏡の裏の板を外して、ブラックライトで照らすと、血の手形と、とある名前が書かれていた。
次に、最初の犠牲となった原川の家に侵入し、洗面台の鏡の裏をブラックライトで照らす。
そこにも血の手形と誰かの名前が書かれていた。
「これが手がかり」
三人は迅速に引き上げると、ホテルで早速 警察資料を検索する。
すると、クラスメイトの鏡の裏にあった名前が引っかかった。
「八歳の子供が交通事故で死亡している。
ひき逃げで、犯人は不明。
目撃者の話から撥ねたスクーターの車種は特定できたけど、ナンバーは分からなかった」
そしてサンプル写真として、同じ車種のスクーターがパソコンに映し出された。
香織は驚く。
「このスクーター、死んだクラスメイトが同じのに乗ってた」
「本当?」
「うん。
でも、廃車にして、新しいのを買ったって言ってたけど」
そして もう一つの名前は、自殺者の名前。
睡眠薬を大量摂取して死亡。
夫の名前は原川。
犠牲となった原川の前妻で、この自殺で多額の保険金が下り、その保険金で事業を興した。
香織は顔が強張る。
「まさか おじさん、保険金殺人したんじゃ……」
優璃は断定する。
「たぶん間違いない。
二人とも殺人の罪を犯し、そして そのことを秘密にしていた。
紫さんは殺人の秘密を持つ者を狙う」
一旦 帰宅することにした香織に、蜜華は注意する。
「とにかく注意して。
絶対に例の呪文を唱えたりしないで」
「わかってる。
幽霊が本当にいるなんて……」
香織は顔を真っ青にしていたが、しかし これだけ恐れていれば、間違っても呪文を唱えたりしないだろう。
香織が帰宅した後、二人はネットで調査を開始する。
キーワードは鏡。
とにかく手当たり次第、鏡にまつわる事件を検索した。
そして一件、有力な手がかりを見つけた。
「優璃、この事件 関係ありそうよ」
「どんな事件?」
「三年前、隣の県で鏡の前で遺体が発見された。
名前は、村崎」
「むらさき……」
「しかも遺体は両目が抉られていたって」
「間違いない。
この人が例の悪霊。
行きましょう」
二人は隣の県に車を走らせると、早速 当時の担当刑事に話を聞いた。
「あの事件は結局 未解決で終わった。
鏡の前で遺体が発見。
両目を鋭い刃物で抉られていた。
容疑者は挙がったが、逮捕には至らなかった」
「どうして その人が容疑者に?」
「浮気だ。
村崎は容疑者と浮気をしていたんだ。
だが村崎は本気になって、容疑者に離婚を迫っていたんだ。
妻と別れて自分と結婚してくれってな。
そして遺体で発見された。
当然 容疑はその浮気相手に向かったが、証拠がなくてな。
アリバイ、物的証拠、指紋、全て完璧。
完全犯罪ってやつさ。
なんとか容疑者を挙げようとしたんだが、力及ばず。
もっとも、天罰は下ったがね」
「というと?」
「容疑者は交通事故で死亡した。
犯人が死んで、事件は迷宮入りさ」
「鏡の前で殺されていたとありましたが、その鏡は今どこに?」
「一時的に証拠品として我々が押収したが、迷宮入りになって、遺族に返却された」
二人は遺族に連絡すると、鏡は骨董品店に売却したとのこと。
そして その販売先は、事件の起きている町。
蜜華は唸る。
「遺体を浄化するだけではだめね。
悪霊は鏡に取り憑いている。
鏡は霊魂を封じると伝えられているけど、それで鏡の前で殺されたことによって、鏡に取り憑いた。
そして鏡と鏡を移動する。
遺体を浄化し、元凶となっている鏡を破壊しないと」
優璃が否定する。
「それだけじゃ駄目。
悪霊は鏡を移動する。
たとえ元々の鏡を割ったとしても、別の鏡に逃げるわ。
元凶の鏡に出現させてから、破壊しないと」
「どうやって?
呪文を唱えても、殺人の秘密がないと悪霊は現れないわ」
優璃は しばらく考えてから答える。
「私がやる。
私が呪文を唱えれば悪霊は現れる」
「優璃、婚約者の秋晴は あなたが殺したんじゃないわ。
あなたのせいじゃない。
それに、彼が亡くなったとき私も居た。
秘密になっていないわ。
それに、原因は むしろ私よ。
私が あなたを事件に巻き込んだから」
優璃は しばらくの沈黙の後、蜜華に告げる。
「蜜華には言っていないことがあるの。
秋晴の死で、まだ話していないことが」
「説明していないこと?
それはなに?」
「話せば秘密じゃなくなるでしょ」
香織は成美と高校で話をしていた。
「もう二度と呪文を唱えたりしないで。
二人も死んでるんだから」
「香織、あんた おかしいわよ。
二人とも ただの偶然よ。
幽霊なんているわけないじゃない。
バカみたい」
「でも、偶然じゃ説明できないわよ、こんなこと。
二人も異常な死に方をした。
もしかすると、もっと大勢 死ぬかもしれない」
「いいかげんにして。
そこまでいうなら私が証明するわよ」
「証明するって、なにを?」
成美は鏡の前に来ると、呪文を唱えた。
「紫さん、出てきてください。
紫さん、出てきてください。
紫さん、出てきてください」
「やめて!」
思わず悲鳴を上げる香織だったが、しかし成美は蔑みの表情。
「なにも起きないでしょ。
あんた ほんと おかしいわよ。
二人も亡くなってショックなのは私も同じ。
でも、生きている人間は悲しみを乗り越えてしっかりしないと」
そして成美は、香織を置いて自分の教室へ戻った。
香織は授業中も不安がつきまとっていた。
成美が呪文を唱えたせいで、また紫さんが現れるのではないかと。
そして、それは現れた。
窓のガラスに不気味な女の姿が映っていたのだ。
「ひぃいいい!」
香織は情けない悲鳴を上げて立ち上がる。
他のクラスメイトが何事かと、香織を見、そして教師が注意する。
「どうしたのですか?
静かにしなさい」
「みんな見えないの?」
見えているのは私だけ?
教師が香織のところまで来て質問する。
「いったい どうしたの?
なにを騒いでいるの?」
そして香織は教師を見ると、教師の眼鏡にも不気味な女の姿が映っていた。
「いやぁあああああ!」
香織は悲鳴を上げて逃げ出した。
九字姉妹は香織から連絡を受けて、すぐに香織のところへ。
香織の部屋で、鏡や窓などを すべて布で塞いで映らないようにする。
蜜華が香織に告げる。
「これで しばらくは大丈夫。
とにかく鏡や窓、姿が映るものには近づかないで」
「……でも、永遠に このままでは居られないわ」
「私たちが何とかする」
「……あのね、聞いてほしいの」
香織は告白を始めた。
「中学校の時、人を殺したことがあるの。
いえ、ほんとに殺したわけじゃないけど、殺したも同然。
虐められていたクラスメイトがいたの。
私に助けを求めてきたけど、私は関わるのが いやだったから、拒否した。
それから しばらくして、彼女は自殺したわ。
虐めていたクラスメイトの親は、金を使って私たちに口止めした。
虐めのことは黙っていろって。
みんな お金を受け取って、虐めのことは黙っていた。
私も お金を受け取って、虐めはなかったと証言したわ。
私が彼女を殺したも同然よ」
「でも、それで あなたが死んでいい理由にはならないわ。
私たちが必ず助ける」
二人は急いで骨董品店に向かい、例の鏡を購入した。
そして車を走らせ、人気のない、そして鏡や鏡のように映る物が なにもない公園で儀式を行う。
優璃が鏡の前に立つ。
「やるわよ」
「ええ」
「紫さん、出てきてください。
紫さん、出てきてください。
紫さん、出てきてください」
静寂。
しばらく何も起きなかったが、やがて異変が起こる。
優璃の耳に、蜜華には聞こえない、誰かの声が聞こえ始めた。
お前が殺した……
彼が死んだのは お前のせいだ……
お前のせいで婚約者は死んだ……
「来たわ!
でも、鏡に姿が無い。
これじゃ鏡を割っても効果が無いわ」
お前は知っていた。
夢に現れていた。
婚約者が殺されることを夢で知っていた。
だが、沈黙していた。
そのせいで婚約者は死んだ。
優璃の目から血が流れ始めた。
「優璃!」
「だめ、鏡に姿が映ってない。
でも、声が聞こえる……
どうして?」
「どこかに姿が映る物がある……どこに?」
そして気付いた。
公園の水たまりに、景色が映っているのが。
「水たまり!?
水たまりに映ってる!」
お前のせいだ!
「うわぁあああああ!」
苦悶の声を上げる優璃。
蜜華は咄嗟の判断で、元凶の鏡を水たまりに向けた。
「これならどう!?」
元凶の鏡は水たまりに映る悪霊の姿を映した。
お前は何人も殺した。
お前を殺した人間とは関係の無い人間を何人も殺した。
お前は殺すのが楽しかった。
お前は殺しを楽しんでいただけだ。
水たまりに映る紫さんが苦しみ出し、その姿が不定形に歪み、蝋燭が高熱で溶け出すようにして、その姿が消滅した。
そして蜜華は、鏡を地面に叩きつけて破壊した。
「……やった」
蜜華は優璃を見る。
優璃は苦痛が治まっていた。
「蜜華、やったわね」
「ええ。
その目、医者に診て貰わないと」
「そうね……」
こうして二人は悪霊を滅ぼした。
そして二人は香織に、これで大丈夫と伝えた。
「助けてくれてありがとう」
優璃は香織に告げる。
「クラスメイトの自殺は、あなたが虐めていたわけではないわ」
これで今回の話は終わりだ。
次の話を楽しみにしていな。




