もう一人の自分 上
今夜も九字姉妹の話をしようじゃないか。
事の発端は こんなふうにして始まった。
大学 四年生の男、名は浦沢。
この男は九字 優璃の先輩で、大学を辞めた優璃のことを心配していた。
彼は いつものようにアルバイトを終えると、恋人の待つアパートへ帰宅した。
時刻は夜八時。
いつもなら恋人が灯りが点けて待っているのに、その日は灯りが点いていなかった。
不審に思ったが、特に気にせずに、鍵を開けようとした。
しかし鍵は開いていた。
疑問に思いつつ、ドアを開けると、部屋の中は荒らされていた。
泥棒。
その単語が頭に浮かび、そして恋人の無事を確かめるために、慌てて中に入る。
すると、そこには痣だらけの恋人が、ロープで縛られて猿ぐつわをはめられていた。
「大丈夫か!
今 助ける!」
浦沢は恋人の猿ぐつわを外し、ロープをはずそうとする。
しかし恋人は、そんな浦沢を恐怖の目で見て言った。
「お願い、もう殴らないで……」
「……え?
なにを言っているんだい?」
「もう許して……どうして こんな酷いことをするの……」
恋人は浦沢を犯人だと思っていた。
二日後の朝、優璃は携帯でメールをチェックしていた。
大学の後輩の恵からだった。
「蜜華、大学の後輩からメールがあったんだけど……」
「どうかしたの?」
「私のサークルの先輩が警察に逮捕されたって。
犯罪なんてことする人じゃなかったのに」
「人は見かけによらないものよ」
「でも、後輩はそのことで相談に乗ってほしいって。
無実の筈だって」
「どういうこと?」
「詳細は書かれてないから分からないけど。
でも、私も恵の意見と同じ。
どうしても先輩が犯罪をする人には思えないのよね」
「つまり、父さんを探すのは一旦 休んで、その先輩を助けたいのね」
「そうよ」
蜜華は優璃を見つめる。
優璃も蜜華を見つめる。
しばらく無言で見つめ合った。
やがて蜜華が折れた。
「分かったわ。
友達を放っておけないんでしょ。
気がかりがあると仕事に集中できないし、その後輩のところに行きましょう」
「ありがとう、姉さん」
こうして九字姉妹は調査に乗り出した。
その日の午後。
九字姉妹は恵のアパートに到着した。
「優璃先輩、お久しぶりです」
恵は優璃と再会できたことを喜んでいた。
「紹介するわ。
こっちは私の姉の蜜華」
「よろしく」
「こちらこそ よろしく。
二人とも ありがとうございます。
仕事で忙しいのに来てくれて。
さ、中へ入ってください」
恵の招きで二人は中に入る。
そして早速 優璃は本題に入る。
「それで、浦沢先輩が逮捕されたってメールにあったけど、どういうことなの」
「浦沢先輩が恋人に暴行を加えたって、警察は言ってます。
でも、ありえないんですよ。
犯行の時間帯、浦沢先輩は私と一緒にアルバイトしていたんですから。
もし浦沢先輩が犯人だとしたら、同じ人間が二人いたことになりますよ。
でも、警察も信じてくれなくて。
アパートの防犯カメラに浦沢先輩の姿が映っていたんですって。
犯行時刻に帰宅するのが記録されていたって。
でも、どう考えてもおかしいですよ」
「確かにおかしいわね」
優璃は蜜華に目配せする。
蜜華は頷くと、恵に言う。
「じゃあ、私たちで できる限りのことはするから、あなたは普段通りの生活をしていて」
「わかりました」
九字姉妹は警察に手を回し、防犯カメラのビデオテープのコピーを入手した。
ホテルで早速 見てみることに。
犯行時刻、夜 七時頃、確かに浦沢の姿が映っていた。
アパートのチャイムを鳴らし、恋人がドアを開け、中に入る姿。
「どこにも おかしな点は見当たらないけど。
もう一度 見てみましょう」
優璃はビデオを巻き戻すと、再生ボタンを押す。
やはり同じ映像が流れる。
しかし、
「ちょっと待って」
優璃が一時停止を押した。
「どうしたの?」
「今 変だった」
優璃は少し巻き戻すと、今度はスロー再生させた。
浦沢がチャイムを鳴らす場面。
目が不自然に光った。
優璃はそこで一時停止する。
「この光り方、カメラの反射じゃないわ」
「写真やカメラは超自然的な物を映すことがある。
これも そうなのかもね」
「ということは、なにかが浦沢先輩に化けた。
ドッペルゲンガーとか?」
「ドッペルゲンガーは化けた人間を殺して、すり替わる妖怪よ。
でも、被害を受けたのは恋人の方。
浦沢も殺されていない」
「ということは、類似の何か」
「でしょうね」
次の日、二人は現場を訪れた。
鍵は警察で入手してある。
アパートに到着すると、アパートの前で、散歩中の犬がうるさく吠えていた。
飼い主が困っている様子で、宥めている。
「ほら、落ち着いて。
大丈夫よ、行きましょう」
しかし犬は執拗にアパートに向かって吠えている。
優璃は気になって、犬の飼い主に聞いてみる。
「どうかされましたか?」
「ああ、ごめんなさい。
この子、昨日から ここを通ると吠えるようになって。
以前は大人しい良い子だったのに」
そして犬に、
「ほら、行きましょう。
他の人が迷惑しているでしょ」
と、犬を抱きかかえて、優璃に軽く会釈すると、散歩を再開した。
優璃は蜜華のところに戻ると、
「犬ね。
動物は感覚が鋭くて、超自然的な物も感知する。
あの犬、ここで なにか見たんじゃないかな」
「その可能性は高いわね」
二人はアパートの中に入ると、中は荒らされ、床には血痕がまだ残っていた。
警察の調査では、金品が盗まれていた。
もし これが住人の仕業なら不自然すぎる。
蜜華は今回の事件の犯人の目星を付ける。
「目的は金。
ということは人間と同じ欲望を持っている。
そして人間と同じ欲望を持ち、人間に化ける妖怪と言えば、シェイプシフター」
シェイプシフター。
人間に化けて財産を強奪する妖怪。
この妖怪の伝承は世界中に伝わっている。
「シェイプシフターの弱点は銀。
車に銀の短剣があるわ」
優璃が裏口を見て、
「防犯映像には正面から出ていった姿は映っていなかった。
裏口から逃げたのね」
二人は裏に回ると、裏口からの血が付着した足跡が少し残っていた。
「足跡が このあたりにしかない。
シェイプシフターは空を飛べたりはしないはずよね。
ということは逃走経路がある」
「空は駄目なら、地下があるわ」
蜜華が示した先には、大きな下水口があった。
優璃は自分の服を確認すると、
「さすがに この服で下水道に入る気にはならないわ。
着替えてからにしましょう」
二人は近所のホームセンターで作業服を購入すると、それに着替えて、改めて下水道に入った。
蜜華は呻く。
「臭い」
「我慢しましょう」
悪臭に耐えながら二人は、ハンディライトと銀の短剣を構えて、暗い下水道を進んでいくと、前方の床一面に異物が落ちていることに気付いた。
「これ、なに?」
蜜華が屈んで折りたたみナイフでサンプルを採ってみると、それは人間の皮膚のようだった。
「シェイプシフターは変身する際、脱皮する。
これで正体が確定したわね」
蜜華はナイフを振って皮膚の残骸を落とすと、優璃の方へ顔を向けた。
すると そこには、
「優璃!
後ろ!」
優璃のすぐ後ろに、浦沢の姿をしたシェイプシフターが鉄棒を振りかぶっていた。
優璃は咄嗟の回避行動。
間一髪、鉄棒の攻撃をかわし、優璃は短剣を突き刺す。
しかし シェイプシフターは それを回避し、そして踵を返すと脱兎のごとく逃げ出した。
二人はシェイプシフターの跡を追うが、なかなか足が速い。
結局 下水を出て、姿を見失った。
蜜華は優璃に、
「まだ このあたりにいるはず。
手分けして探しましょう。
向こうの通りで合流よ」
「分かった」
優璃は二手に分かれて捜索したが、しかしシェイプシフターの姿を見つけることは出来ずに通りに到着した。
遅れて蜜華が合流する。
「見つかった?」
蜜華の質問に優璃は首を振る。
「出直しね。
車に戻りましょう」
二人は車に戻ると、蜜華は優璃に言う。
「鍵を」
優璃は蜜華に鍵を渡そうとして、ふと気付く。
シェイプシフターは人に化ける。
なら この蜜華は?
「ねえ 蜜華。
父さんが以前、人間に化ける怪物と戦って倒したわよね。
あれ、なんだったかしら?」
「あれは のっぺらぼうよ。
結局、人を脅かしていただけで、大した被害はなかったし」
「そうだったわね」
優璃は安心して、蜜華に鍵を渡した。
蜜華は車のトランクを開けると、中から猟銃を出した。
「シェイプシフターに銃は効かないわよ」
「あなたを殴るためよ」
蜜華じゃない!
優璃が気付いたときには遅かった。
猟銃の銃床の一撃を食らい、優璃は気を失った。
続く……




