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コックリさんが通る  作者: 神泉灯


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8/18

空の悪魔 上

 今回の事件は このようにして始まった。



 とある高級航空便にて。

 飛行機が離陸する前の空港で、一人の男が落ち着かない様子で、トイレで顔を洗っていた。

 この男は飛行機恐怖症だったのさ。

 だが、仕事の出張で どうしても飛行機に乗らざるを得ず、なんとか我慢して搭乗することにした。

 だが顔をいくら洗っても恐怖心は消えてくれない。

 そこに空港職員が入ってきた。

「どうされました?」

 怪訝に尋ねる彼に、男は不安げに答える。

「実は、飛行機恐怖症で……」

「大丈夫、飛行機は最も安全な乗り物で、事故が起きる確率は一番低い。

 一説には、事故が起きる確率は二万分の一と言われています」

「……そうか。

 それを聞いて安心したよ」

 まったく安心できなかった。

 男は鏡で自分の顔を見る。

 飛行機恐怖症は大した理由があるわけではない。

 なのに、なぜか空を飛ぶことに恐怖を感じる。

 その時だった。

 不意に通風口から一塊の黒い霧が出てきた。

 なんだ?

 男がそれを見ると、その黒い霧は一直線に男に向かっていき、口や鼻から男の体内に侵入した。

 すると、男の顔から不安な様子は完全に消えた。



 飛行機の搭乗口にて、客室乗務員の天海(あまみ)が案内をしていた。

「この席は一番奥の右手になります」

「ありがとう」

 そうやって乗客の対応をしていると、あの飛行機恐怖症の男が搭乗してきた。

「その席は中央の左手になります」

「そうか、ありがとう。

 私は飛行機が大好きでね。

 飛ぶのが待ちきれないよ」

「まあ、そうなんですか」

 その時、天海は男の眼が異様なことに気付いた。

 白目が全くなく、眼球が全て真っ黒だったのだ。

「え?」

 天海が怪訝な声を出したその時には、男は背を向けて自分の席へ向かっていった。

 なんだったの?

 天海は首を傾げたが、見間違いだろうと思い、気にせずにそのまま仕事を続けた。



 飛行機が離陸し、四十分後。

 男は隣の席の女性に聞く。

「離陸してからどれくらい経ちましたか?」

「四十分くらいね」

「まるで、飛ぶように時間が過ぎますね」

「本当ね」

「失礼、少し腰が痛くなってきました。

 歩いて軽く運動したいので、ちょっと通してください」

「ああ、どうぞ」

 女性は通路を譲ると笑顔で会釈する。

 男は少し歩き、そして緊急避難口のところまで来た。

 そして非常ノブに手をかけた。

 女は悲鳴を上げる。

「なにをしてるの!?」

 男が女を見ると、その眼は黒一色に染まっていた。

 まるで人ならざる者のように。

 そして男は非常扉を開けた。

 扉が風圧で吹き飛び、機内の気圧が一気に下がった。

 操縦室はコントロールを失い、高度が急速に下がっていった。

 そして墜落。



 死者三十八名。

 生存者七名。

 それが事件の発端だった。




 数日後、ホテルの一室にて、九字姉妹が朝食を摂っていた。

 蜜華は優璃の顔を見て、心配そうに指摘した。

「目の下に隈が出来てる。

 眠れてないのね」

 恋人の秋晴が闇のモノに殺害されて以来、優璃は悪夢にうなされ、充分な睡眠が取れていなかった。

「大丈夫よ」

「大丈夫じゃないわ。

 病院で睡眠薬を処方して貰った方がいいんじゃないかしら」

「平気。

 コーヒーを飲めばすっきりするから」

「でも、このままじゃ……」

 その時、蜜華の携帯に電話がかかってきた。

「父さん!

 ……いえ、違う」

「え?」

「この番号を知っているのは父さんと優璃だけなの。

 でも父さんの番号じゃない。

 誰かしら?」

 出てみると、男が出てきた。

「お久しぶりです。

 真鍋(まなべ)です。

 覚えていますか。

 一年前、ポルターガイストの件で世話になった」

「ああ、あなたですか。

 ええ、覚えています。

 どうしました?」

「実は貴方に聞いていただきたいものがありまして。

 直接会えませんか?

 おそらく これは、あなたたち専門家の分野だと思いまして」

「わかりました。

 すぐ伺います」

 蜜華が電話を切ると、優璃が尋ねる。

「誰から?」

「真鍋さん。

 運輸安全委員会に務めているの。

 なにかあったみたい」

「私たちの仕事のことを知ってるの?」

「そうよ。

 一年前、父さんと一緒にポルターガイストを解決したの」

「じゃあ、闇に巣くうモノを知ってるのね」

「ええ。

 だから私たちの仕事だと判断した なにかを見つけたって事ね。

 朝食を終えたら、すぐに向かいましょう」




 運輸安全委員会の支部に到着した九字姉妹は、早速 真鍋という男と面会する。

「久しぶりです、九字 蜜華さん」

 真鍋は五十歳ほどの男で、頭が半分ほどはげかかっていた。

 しかし、頭髪を丹念に手入れしていることから、色々悩んでいそうだ。

「お久しぶりです、真鍋さん」

「一年前は本当に助かりました」

「ええ」

 優璃は真鍋に訊く。

「一年前、私はいなかったのですが、なにがあったのですか?」

「夢だった新築マイホームを建てたのですが、そこでポルターガイストが起き始めて。

 それで神社仏閣や霊能力者などに当たって、あなたたちのお父さんに連絡を。

 あの時は本当にまいりました。

 家を建てたばかりでお金がなくて、引っ越しして逃げることもできませんでしたから」

「そうですか」

「まあ、昔の話は これくらいにしましょう。

 それよりも これを聞いてほしいんです」

 真鍋はテープレコーダーを出した。

「実は先日、飛行機墜落事故が起きまして。

 死者三十八名。

 生存者は七名。

 その時のフライトレコーダーですが……」

 真鍋はテープをセットすると、再生ボタンを押した。



「メーデー!

 メーデー!

 管制塔!

 コントロールが効かない!

 操縦不能!

 客室で急速に減圧している!」

 そこでノイズが走る。

 ザザ……ザザザッ……

 ……みんな死ぬ……

 ザザザ……



 蜜華がノイズの部分の声を繰り返す。

「みんな死ぬ、と言っていますね」

「ええ、機長や副操縦士の声ではありません。

 それで、これは あなたたちの分野なのではないかと考えまして」

「おそらくそうでしょう」

「とりあえず、乗客乗員のリスト、生存者のリストを用意しました。

 現在機体は事故調査倉庫に保管されています」

「分かりました。

 私たちで調査してみます」

「お願いします」



 九字姉妹は生存者の聞き込みから始めることにした。

 有力な情報が得られそうなのは一人。

 事故の生存者で、彼女だけが現在 精神病院に入院している。

 さっそく病院に向かい、彼女と面会する。



 まずは医者が簡単な説明をした。

「彼女の精神状態は安定しており、事故のショックも回復しています。

 この調子なら、近々退院できるでしょう。

 ただ、やはり後を引いているので、あまり刺激を与えないでください」

 そして彼女と面会する。

「私に話しとは?

 もう何度も聴取を受けたわ」

 蜜華が まず話しをする。

「機体の回収が済んで、現在 調査が進んでいます。

 それで幾つか新発見もありましたので、改めてお話しを聞きたいのですが」

「といっても、なにも分からないわ。

 いきなり事故に遭って、なにがなんだか……」

 優璃が聞いてみる。

「どんな事でも良いんです。

 たとえば、普通の事では信じられないような事やモノ、人物でも」

「そうね、一つだけ気になることはあるけど、あれは事故のせいで そう思い込んでいるだけだから」

「聞かせてください」

「……その、隣に座っていた男が非常口の扉を開けたの。

 それで飛行機が墜落した。

 でも、そんなのあり得ない。

 あの扉は気圧の関係で二トンの力が加わっていて、人間の手で開けられるわけが無いって」

「その男に異常な点は見られませんでしたか。

 例えば実体が無かったとか、突然 現れたり消えたりしたとか」

「隣に座っていた ただの乗客よ。

 ただ……なんだか眼がおかしかった」

「おかしいとは、どのように」

「白目がなくて、眼球が全部 真っ黒に見えたの」

「そうですか」

「ほんとうに それだけ。

 事故のせいで悪夢と現実を ごっちゃにしてるみたいなの」

「早い回復をお祈りしています」

「ええ、ありがとう」

 話は終わった。



 病院を出た二人は話し合う。

 優璃は蜜華に、

「実体があるから悪霊じゃ無い。

 何かの妖怪か怪物?」

「その男は人間じゃなかった可能性か……」

「その男の家族に話を聞いてみましょう」



 座席表を調べ、その男の妻に話しを聞くことにした。

「夫とは結婚して もう十年。

 飛行機恐怖症なのに、仕事で どうしても乗らなくちゃいけなくなってしまって。

 それがこんなことに……」

 蜜華が、

「お悔やみを申し上げます」

 それで、なにか彼に おかしな点は見られませんでしたか?

 少し普通と違う点は?」

「そうね……そういえば!」

 二人は身を乗り出す。

「胃潰瘍に悩まされていたけど、なにか事故と関係あるのかしら?」

 関係はないだろう。



「彼は怪物の類いじゃ無い。

 おそらく彼に何かが取り憑いた」

 その時、真鍋から蜜華の電話に連絡がきた。

「飛行機の残骸の調査許可がおりました。

 あなたたちが調査できるよう手はずを整えました」

「わかった。

 すぐに調査してみる」



 事故調査倉庫。

 蜜華は霊波探知機を使い、飛行機の残骸に翳してみる。

 しばらく調べて、非常口の取っ手のところで強い反応を示した。

 取っ手に なにかこびりついている。

 蜜華が匂いを嗅いでみる。

「硫黄の匂い。

 ということは、事故を起こしたのは、悪魔」

「世界中に悪魔の伝承はある。

 キリスト教、仏教、日本にも災いをもたらす存在の伝承」

「今回の事件は、悪魔が人間に取り憑いて引き起こした。

 飛行機を落とす悪魔といえば、グレムリン」

 グレムリン。

 飛行機に取り憑いて原因不明の故障を起こす悪魔か。

「第一次世界大戦から第二次世界大戦に掛けて、欧米の空軍で発祥した悪魔の伝承ね。

 父さんの手帳に なにかあるかもしれないわ。

 帰ったら調べてみましょう」



 その頃。

 事の発端となった機体の機長が、小さな空港で待機していた。

 事故で生存し、怪我もなかったが、しかし事故がトラウマになって、操縦桿を握ることが出来ない。

 簡単なセスナ機でリハビリして、職場復帰を試みることにしたのだ。

 友人で、セスナ機のインストラクターをしている男が、心配そうに尋ねる。

「緊張しているのか?」

「ああ、あんな事故を起こしたんだ。

 もう一度 空を飛べるのか、心配だ」

「大丈夫、自転車と同じさ。

 一度 身体に染みついた操縦の腕は、消えたりはしない。

 リラックスするんだ」

「ああ、そうだな」

「俺は先に行って待ってる」

 そして友人は先にセスナ機へと向かった。

 機長の男は、自販機で買ったコーヒーを一気に呷り、一息つく。

「大丈夫、俺はやれる。

 いつもと変わらない」

 そう言い聞かせる男の背後で、窓からなにか黒い霧が入ってきた。

 それは男に まとわりつき始める。

「な、なんだ?」

 男が戸惑うと、それは口や鼻から男の体内に侵入した。



 飛行場にて。

 インストラクターの友人は、機長の男が現れると、ひと言 訊く。

「調子は?」

「絶好調さ。

 飛ぶのが待ちきれないよ」

「よし、吹っ切れたようだな。

 さあ、行こう」

 そして二人はセスナに乗り込み、離陸した。

 四十分後。

 インストラクターの友人は機長を賞賛する。

「良いじゃないか。

 腕は全く鈍っていない。

 事故に遭ったとは思えないほどだ」

「ああ、やっぱり空は良い。

 どれくらい時間が経った?」

「そうだな、四十分くらいだ」

「飛ぶように時間が経つな」

 そして男は突然、インストラクターを殴り飛ばした。

「ぐっ!

 な! なにを!」

 男は さらに何度も殴り付け、そして操縦桿を思いっきり押した。

 機体は地上へ真っ逆さまに落ちて行く。

「うわぁああああ!

 止めろぉおおお!」

 インストラクターの悲鳴に、男は笑い声で返す。

「ハハハハハ!」

 そして機体は地上に激突した。



 続く……


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