海辺の恐怖 上
さて、今宵も九字姉妹の物語を語っていこうじゃないか。
九字姉妹の旅が始まって、数ヵ月が経過した。
あれから、九字姉妹は手帳の手がかりを元に、いくつもの事件を解決したが、しかし父 晃樹の行方は依然として知れない。
手がかりが少なくなっていき、優璃は焦りを感じていた。
とあるファミレスにて、優璃は蜜華にそのことを話す。
「父さんの行方は分からない。
もう手がかりが殆ど残っていないわ」
「なら、これを調べてみましょう」
蜜華は地方の新聞記事を見せる。
「これは?」
海での死亡事故の記事だった。
海開きが始まったばかりの海水浴場で、地元の女子高校生が溺れた。
彼女は水泳部で、夏の大会に向けて練習しており、自主練にも励んでいた。
そして練習の一環で、海で泳いでいたところ、海中に沈み、そのまま浮かんでこなかったという。
彼女は水泳の名手で、溺れることなど あり得ないと、家族や学校関係者は証言しているが、地元の海上保安庁の支部の調査によると、この付近にはサメなどは生息しておらず、おそらく脚が痙ったなどの原因で事故に見舞われたとの見解を示している。
「これに父さんが関わっていると?」
「いえ、多分 関係ないわ」
「じゃあ、どうしてこの事件を調べるの?
父さんを早く見つけないと」
「父さんは探す。
でも、闇に巣くうモノが関わっているかもしれない事件を見過ごすことは出来ない」
「これが、怪異による仕業だという確証は?」
「私の勘」
「それだけ?」
「それだけで十分でしょ」
優璃は しばらく考えて、
「わかった。
父さんの手がかりもないことだし、もしかすると、父さんもこの事件を知って動いているかもしれないしね」
こうして、九字姉妹は調査に乗り出した。
町に到着した二人は、早速 海上保安庁の支部へ。
そして海上保安庁の支部長、深山が対応に当たった。
年齢は五十歳ほどで、支部長に就任してから、十年が経つ。
「雑誌の記者だそうだね」
蜜華が話す。
「はい。
海開きのシーズンですし、事故の記事を載せることで、遊泳などでは事故に気をつけるよう、警告するという趣旨で」
「なるほど。
しかし、これに関しては気をつけるしかないだろう。
規定の調査は行ったが、遺体に損傷はなく、また海草に足を取られたと言うこともない。
そもそも海水浴場として開いているわけだから、サメのような危険な生物は生息していないんだ。
単純に準備運動が不足して、足が痙っただけだろう。
今回の事件で、海水浴客には、準備運動などをしっかり行うよう、注意喚起している」
「そうですか……」
そこに深山の部下が現れた。
「深山支部長。
ご家族がお見えです」
「わかった。
さて、記者さんたち、質問はほかにあるかね?」
「いえ、結構です」
「私は家族と会うので、これで失礼するよ」
そこに二十代後半の女と、まだ七歳ほどの男の子が、部屋に入ってきた。
「お父さん」
「どうした、加奈子」
「お弁当、持ってきたわ」
「そうか、ありがとう」
深山は娘の加奈子から弁当を受け取る。
加奈子は父に訊く。
「この人たちは?」
「ああ、雑誌の記者だよ。
事故の取材だ」
九字姉妹は軽くお辞儀をする。
すると、男の子が恥ずかしそうに母親の後ろへ隠れた。
蜜華は微笑ましそうに、
「お子様ですか。
お名前は?」
「息子の一也です」
「可愛い盛りですね」
「ええ、そうね……」
そう応える加奈子だが、しかし、なにか表情に暗い影があった。
蜜華は不審な何かを感じたが、しかしプライバシーに関わることだと思い、詮索はしなかった。
海上保安庁支部を後にした九字姉妹は、次に事故にあった家族の元へ向かった。
対応には、二十歳になる息子が出た。
蜜華が父親の姿がないことを訊く。
「お父さんは?」
「妹が死んだショックで話しをしなくなったんです。
そっとしておいてあげてください」
「わかりました」
一呼吸置いて事故の話題に入る。
「それで、事故に遭われたさい、お二人は その様子を目撃されたそうですが」
「ええ、妹がいつものように泳いでいると、突然 海中に沈んだんです。
まるで何かに引きずり込まれるように」
「その時、なにか不審なモノは見ませんでしたか?
黒い影とか、なにか海洋生物の姿などは?」
「まったく何も見ませんでした。
海上保安庁や警察も捜査をしてくれましたが、不審な点はなかったと。
でも、妹は水泳選手で泳ぎがうまかった。
それに準備体操もしっかりしていたし。
本当に、溺れるなんて考えられない。
母さんも、俺が子どもの時に、海で溺れて亡くなった。
親子で同じ死に方をするなんて……」
彼は悲痛な表情で答えていた。
さすがに居たたまれなくなり、これ以上の質問は控えることにした。
「お話を聞かせていただき、ありがとうございます」
ホテルに引き上げた二人は、地元の海での事故について調査しながら話し合う。
「基本的なことは調べたけど、怪しい点はなし。
蜜華の勘は外れたみたいよ」
「そう断定するのはまだ早いわ。
まだ調査して一日目よ」
「そうは言っても、不審なところなんて……あれ?」
「どうしたの?」
「蜜華、一ヶ月前にも事故が起きてる。
犠牲者は、深山って……これ、海上保安庁の支部長の名前よ」
「どういうこと?」
「死亡したのは深山 透。
支部長の家族で、婿養子だって。
子供と一緒に海にボートで釣りに出かけた際、海に転落して死亡。
子供は三時間後に救出された」
「じゃあ あの子、目の前で父親を亡くしているのね。
そのことがショックで一言も話さなかった」
「一也くんがなにかを目撃したかもしれないわね。
どうする?」
「気は進まないけど、お母さんだけでも話しを訊いてみましょう」
九字姉妹は深山宅へ向かった。
深山 加奈子は二人を拒否することなく、話に応じた。
「夫は一也に釣りを教えてやりたいと、海に。
でも、そこで……」
「心中お察しいたします」
「私はいいの。
心配なのは一也よ。
父親を目の前で亡くしたのよ。
それ以来、まったく話しをしなくなって、いつも絵を描いてばかり。
以前はもっと おしゃべりで活発だった」
蜜華は控えめに聞いてみる。
「一也くんと少し話をしても構いませんか?」
「ええ、どうぞ」
深山一也はリビングで絵を描いていた。
「また会ったわね」
蜜華が優しく声をかける。
「絵が好きなのね。
私も子どもの頃、よく絵を描いていたわ。
久しぶりに私も絵を描きたくなってきた。
私にも絵を描かせてくれる?」
一也は無言で、蜜華に色鉛筆と画用紙を渡す。
「ありがとう」
蜜華は絵を描きながら、
「お父さんを目の前で亡くして辛いわね。
気持ちはわかるわ。
私も子どもの頃に、お母さんを目の前で亡くしたから。
始めは凄く悲しくて、泣いてばかりいた。
でも、いつまでも そうしてはいけないって思ったの。
私が悲しんでいたら、母さんも悲しむと思って。
だから、自分に出来ることを少しずつ始めたの」
そして簡単な絵を描いた蜜華は、一也に絵を見せて、指で示す。
「これが私のお母さん。
これがお父さん。
妹に、私」
子供は沈黙し、無表情。
「私に絵の才能はないわね。
この絵、あなたにあげるわ」
一也はその絵をじっと見つめると、不意に画用紙に向かって絵を描き始めた。
蜜華はその様子に ただならぬものを感じ、沈黙して見つめる。
そして男の子は、完成した絵を、蜜華に渡した。
どこかの家に、赤い自転車の絵。
「私にくれるの?」
子供は頷く。
「ありがとう。
大切にするわ」
九字姉妹は深山 加奈子に礼を伝えると、その場を後にした。
さて、その日の夜の事。
溺れ死んだ女子高校生の家でのことだ。
父親は相変わらず悲しみに暮れ、食事もまともに摂っていなかった。
息子は父親を心配し、声をかける。
「親父、何か食べないと」
父親は何も答えない。
「俺が、なにか美味しいものを作るよ」
そして台所で料理を作り始める。
シンクで野菜を軽く洗い、包丁で切り始める。
不意に、排水口からゴボゴボと嫌な音が鳴り始め、水が溢れ始めた。
「なんだこれ、詰まったのか?」
慌てて蛇口を止めたが、しかし排水口からますます水が溢れてくる。
「くっそー、逆流したのか?」
水はシンクがいっぱいになるまで溢れ続け、そして止まった。
しかし、水が引いていく様子はない。
「どうなってんだ?」
彼は少し嫌だったが、排水口の中に手を突っ込んだ。
しかし何かが詰まっている様子はない。
すると、何かが彼の腕を掴んだ。
そして、強力な力で、水の中に引きずり込む。
「ガボゴボゴボ!」
水から出ようと必死にもがくが、その抵抗も虚しく、脱出することは適わない。
「ゴボゴボゴボ!」
助けを求める声は水に遮られ、誰にも届かず、彼はやがて その動きを止めた。
しばらくして、静かに水は引いていった。
翌日、優璃は その事件を新聞で知った。
もちろん、アタシみたいに詳細を観たわけじゃないが、それでも新聞にシンクで溺死と書いてあれば、異常性に気付く。
「蜜華、普通の生物の仕業じゃないと断定できるわよ」
「そうね、シンクで溺死するなんてあり得ない。
少なくともサメの類いではないわ」
「たぶん、悪霊。
なら、一連の殺人には何らかの法則性があるはず」
「もう一度 犠牲者の父親に話を訊いてみましょう」
父親は船着き場にいた。
男は沈痛な面持ちで海を見ている。
優璃は静かに話しかける。
「今回はお気の毒でした。
心中お察しします。
ですが、お話を訊きたいのですが」
「……話すことなど何もない」
彼は拒絶した。
「子供を二人とも失った。
妻も溺死だ。
私の大切な家族は みんな死んでしまった。
お前たちに その気持ちなど分かるはずがない」
二人は互いに目配せする。
話を聞くのは無理だ。
「申し訳ありません」
優璃はそう伝え、二人はその場を去った。
優璃は蜜華に聞く。
「どうする?
話が出来ないんじゃ、手がかりを得ることは出来ないわ」
蜜華は何かを考えていた。
そして、不意に車から、男の子、深山 一也から貰った絵を出して見る。
「この絵……」
「どうしたの?」
「この絵、犠牲者たちと父親の家の絵よ」
「え?
どういうこと?
あの子、彼らのこと知ってたの?」
「わからない」
その時、ボートのエンジン音が聞こえた。
船着き場から父親がボートで海へ出たのだ。
「俺も連れて行けー!
お前の望みは俺だろう!
俺で最後にしろー!」
危険を感じた九字姉妹は船着き場へ走る。
「待って!
戻って!」
「引き返すのよ!」
優璃と蜜華は叫ぶが、しかし父親はさらに速度を上げた。
「俺を殺してくれー!」
その時、ボートが派手に転覆して、男は海中へ一気に引きずり込まれた。
続く……




