山に潜む者 下
四人はキャンプの周辺を調べたが、やはり荷物はなくなっていた。
猟師は竹田に告げる。
「竹田さんよ、山を下りるぞ。
人間の仕業だと判明したからには、もう俺の出番じゃねえ。
腰の重い警察も、この事実を伝えれば、動かざるを得なくなる」
竹田は息子の捜索を止めることに逡巡したが、しかし最後は同意する。
「……そうするしかないのか」
その話を聞いていた九字姉妹は、竹田と猟師から少し離れて話し合う。
蜜華は優璃に聞く。
「どう思う?」
「人間じゃないわ。
この山に住む妖怪。
下調べで出てきた伝承の中に、ヤマガシャという妖怪がこの地方に伝わっているそうだけど、それじゃないかしら」
「私も それだと思う。
人間の言葉を操り、人間をおびき寄せて捕食する。
かつては山の神として信仰を集めていたこともあったけど、信仰を失った今となっては、ただの怪物ね」
「確か、傷つけてもすぐに再生するとか。
となると、銃は効かない。
ヤマガシャの弱点は、火。
傷口を火であぶれば、傷は再生しない。
世界中に ありふれた、不死の生物への対抗策では古典的な方法よ」
「即席で火炎瓶を作ってみましょう」
猟師は九字姉妹が火炎瓶を作り始めたのを見て、怪訝な顔をした。
「そんな物、作ってなんになる。
役に立たないぞ」
蜜華が答える。
「父から教わったことがあって。
ないよりはまし」
「好きにしろ」
火炎瓶が いくつか完成すると、四人は下山を始めた。
竹田は二人が なぜ火炎瓶を作ったのか怪訝に思っていたが、なにも聞かなかった。
どうやら獣は火を怖がるから作ったのだろうとしか思わなかったようだ。
そして四人は山道を一時間ほど進んで、不意に猟師が立ち止まった。
「静かに。
……なにかいるぞ」
遠くでガサガサと茂みが揺れる。
「来やがった。
俺たちを狙っている」
猟師は猟銃を構える。
「まずい。
この地形。
俺たちが不利だ」
四人の周囲を何者かが走り回っていた。
「しかたねぇ、撃つぞ!」
竹田がそれを止める。
「待ってくれ、殺してしまったら息子の無事が分からなくなる!」
しかし猟師は、竹田が制するのもかまわず発砲した。
だが相手は走り続けている。
「外した?
いや、命中したはずだ」
次の瞬間、ヤマガシャは再び襲いかかってきた。
猟師は再び銃を撃つ。
それは後ろへ吹き飛んだ。
「よし!
今度こそ命中した!」
猟師は確認するために、小走りに確認に向かう。
「待って!
一人で行かないで!」
蜜華が後を追いかけるが、その瞬間、
「うわぁあああ!」
猟師の悲鳴が聞こえた。
猟銃を残して、猟師の姿が消えた。
竹田は呻く。
「弾が当たったはずなのに……」
優璃が地面を見ると、そこには、
「待って」
猟師の所持していたマーブルチョコレートが、地面に転々と落ちていた。
「機転を利かせて目印をつけたんだわ。
これを辿っていけば どこに連れて行かれたのか分かる」
蜜華が同意する。
「行きましょう」
マーブルチョコレートを辿って しばらくすると、閉鎖された古い炭鉱にたどり着いた。
蜜華は告げる。
「奴は ここに潜伏している」
竹田は蜜華に聞く。
「ここに息子もいるのか?」
「おそらく。
でも、覚悟しておいてください」
「……わかってる」
中は暗く入り組んでいたが、懐中電灯の明かりを頼りに、慎重に進んでいく。
やがて奥の広い空間に出た。
そこには無数の人骨で埋め尽くされていた。
「これ、今までに殺した人間ね」
と優璃が呟くと、奥からうめき声が聞こえた。
二人は猟銃を向ける。
そこにいたのは……
「よお」
猟師だった。
優璃が駆け寄る。
「無事だったのね」
「足首をやられた。
歩けねえ」
「肩を貸します」
優璃が肩を貸して立ち上がらせた。
そして別の場所からは、
「うー! うぅー!」
竹田の息子がロープで縛られ、口にタオルを猿ぐつわにされた状態で床に転がっていた。
「無事だったか!」
竹田は急いで猿ぐつわを外す。
「父さん、化け物に友達が殺されたんだ……」
「ああ、わかっている。
さあ、早く山を下りよう。
立てるか?」
「大丈夫」
しかし遠くから、獣の遠吠えのような唸り声が響いた。
蜜華が促す。
「早く逃げましょう」
しばらく進んだが、しかし少しずつ唸り声が近づいてくる。
蜜華が火炎瓶を構える。
「私が おとりになる。
その間に外に出て」
そして蜜華は走りながら叫ぶ。
「出てきなさい!
ここに美味しい肉があるわよ!」
優璃が三人に促す。
「さあ、今のうちに」
しかし、入り口の近くまで来たとき、ヤマガシャの姿が見えた。
「静かに」
優璃が制すると、三人は息を潜める。
そのまま去ってくれることを期待したが、しかしヤマガシャは近くに自分たちがいることを察しているのか、あたりを伺っている。
「三人は先に行って。
ここは私が引き受ける」
猟師が異を唱える。
「だがよ、女のあんたじゃ」
「ケガ人よりましでしょ」
「しかたねぇ。
気をつけろよ」
優璃は頷くと、慎重にヤマガシャに接近する。
その隙に、三人は出口へ。
優璃は息を潜め、足音を立てずにヤマガシャへと近づき、そして物陰に隠れた。
火炎瓶に火をつける。
あと もう少し近づけば。
優璃が再びヤマガシャの姿を確認しようとした。
だが、そこにヤマガシャの姿がなかった。
どこ?
背後から荒い呼吸音が聞こえた。
後ろ!
振り向くとヤマガシャが襲いかかってくる まさにその瞬間だった。
優璃は地面を転がって回避すると、火炎瓶を投げつける。
しかし、ヤマガシャは身をかわし、火炎瓶は壁に当たって炎を上げる。
失敗した。
「グォオオオオオ!」
ヤマガシャが雄叫びを上げて、優璃に襲いかかってくる。
優璃は出口へ向かって走る。
すぐに、竹田たちに追いついてしまった。
「急いで!
追ってきてるわ!」
しかし、二人のケガ人がいる状態では、走ることは出来ず、すぐに追い付かれてしまった。
「グルルルゥ……」
唸り声を上げるヤマガシャに、優璃は猟銃を構えて、立ちはだかる。
だが、ヤマガシャに銃は効かない。
その時だった。
「させないわよ」
蜜華がヤマガシャの後ろから火炎瓶を投げつけた。
火炎瓶はヤマガシャに直撃し、一気に炎が巻き上がった。
「ギシャアアアアア!」
「今よ!」
火だるまになったヤマガシャに向けて、優璃は猟銃を発砲した。
一発、二発、三発。
炭鉱に銃声が響き渡り、ヤマガシャの身体に大きな穴が三つ空いた。
ヤマガシャは しばらく もだえ苦しんでいたが、やがて その動きを止め、そして静かになった。
猟師は呻く。
「なんて化け物だ……」
ヤマガシャの身体は瞬く間に灰と化した。
その後、四人は下山し、警察に通報した。
さすがに化け物に襲われたと正直に言っても、信じないだろう。
だから熊に襲われたと伝えた。
警察は猟友会と協力して、山狩りを行うことを決定した。
警察の事情聴取も終わり、落ち着いた頃、猟師は九字姉妹に聞く。
「いつも あんな獲物を狩っているのか?」
二人は顔を見合わせると、頷いた。
「おたくら、俺よりすごい獲物を狩っているんだな」
竹田は別れ際に感謝の言葉を告げる。
「ありがとう。
あなたたちがいなければ息子は無事に下山できなかった。
お父さんが見つかることを祈っています」
九字姉妹はホテルで休憩し、話し合う。
「父さんは結局いなかったわね」
優璃は言うが、蜜華は手帳を示す。
「手帳に記されているのは、この事件だけじゃないわ。
父さんの残した記録。
これを辿れば、必ず父さんを見つけ出すことが出来るはず」
「そうなると、全ての事件を解決しないといけないわね」
「そう、父さんの人生を追うことになる」
優璃は頷く。
「やりましょう。
必ず父さんを見つけだす」
さて、まだまだ九字姉妹の話しは続くよ。
続きを聞きたかったら、またアタシを喚んでおくれ。
今宵はここまで。
次回を楽しみに待っていな。




