山に潜む者 上
さて、今宵も九字姉妹の過去読みを重ねてみよう。
その日の夜、優璃は遺体安置所にいた。
優璃の視線の先にあるのは、恋人の秋晴の亡骸。
無残な姿と成り果てた焼死体。
「秋晴、ごめんなさい。
私と関わったばっかりに」
優璃は静かに涙し、秋晴の手をそっと握った。
その瞬間、
「ユウリ!」
秋晴が目を覚まし、優璃の腕を掴んだ。
「助けてくれぇ!」
そして優璃は目を覚ました。
そこは遺体安置所ではなく、蜜華の運転する車の助手席だ。
夢だ。
ただの夢。
だが、優璃には生々しい悪夢だった。
運転する蜜華が心配して声をかけた。
「大丈夫?
うなされていたわよ」
「……だ、大丈夫」
優璃はそう答えたが、それが強がりであるのは、蜜璃はすぐに分かったが、しかし何も言わずに そっとしておくことにした。
さて、九字姉妹は秋晴が殺されてから三日間、父 晃樹の残した手帳の手がかりから、座標のことを調べていたが、しかし手がかりは得られず、現地へ向かうことにしたのだ。
手帳に記された座標は、とある山の麓にある町だった。
そこに なにがあるのか……
町に到着した二人は、さっそく警察署に向かい、この町で起きた事件の資料をコピーした。
そこで気になる情報を得たのさ。
「優璃、山で大学生が二人、行方不明者になったって警察に通報があったそうよ。
でも、捜索隊はまだ出されてないみたい」
姉の蜜華の情報に、優璃は首を傾げる。
「どうして捜索隊が出されないのかしら?」
「下山予定をまだ過ぎてないからよ。
山は電波が悪くて、繋がらなくなることは しょっちゅうだから」
「調べる価値はありそうね」
二人は通報した家族のところへと向かった。
二人は新聞社の記者と名乗り、話を聞くことに成功した。
通報したのは竹田という中年の男。
大学生の息子と二人暮らしだった。
竹田は息子の情報を集めることが出来るかもしれないと、話に快く応じた。
「息子はサークルの仲間と二人でキャンプに行くと言って、山へ向かったんだ。
連絡は毎日欠かしていなかったが、ある日 突然、連絡が途絶えた。
もう三日だ」
「電波の状況が悪いということは?」
優璃が聞くと、竹田は首を振る。
「衛星電話を持たせた。
山の中でも連絡は届く」
蜜華が重ねて質問する。
「友達と楽しんでいて、連絡を忘れたということは?」
「ありえない。
私は妻を早くに亡くして、一人で息子を育てた。
あいつと約束した、二人で支え合って生きていこうと。
連絡を忘れるなんて考えられない。
だが警察も捜索隊も、まだ下山予定を過ぎていないからと、捜索してくれない。
だから、地元の猟友会に依頼して、独自に息子を探しに行くことにした。
明日 山へ出発する予定だ」
「わかりました。
我々でも調査をしてみます」
「ああ、そうしてくれるとありがたい」
一旦、竹田の家を離れると、近くの小さなホテルに泊まり、資料を調査する。
優璃が警察の資料から、過去の事件を掘り起こす。
「あの山では定期的に行方不明者が出るみたい。
二十三年前に、三人の登山客が。
四十六年前にも、家族五人の行方不明者。
さらに過去にも、それらしい事件の記録が残ってる。
全員 発見されていないわ」
「二十三年周期で発生しているわね。
熊じゃないとしたら、正体は何かしら?」
「情報がないから特定できないけど、でも生存者が一人だけいるわ。
四十六年前の事件で七才の子供が一人生き延びている。
隣町に暮らしているわ」
蜜華は資料を畳む。
「早速 話を聞きに行きましょう」
たった一人の生存者のアパートに到着した。
男は五十才過ぎたほどだが、しかし事件が及ぼした影響か、見た目の年齢は八十才を超えているように見えた。
「なぜ今さらあの事件を聞きに来るんだ?」
「最近 再び行方不明が発生しました。
それで少しでも手がかりが掴めないかと思って。
事件の時、何か見ませんでしたか?」
「見たさ。
……いや、見なかったというべきか。
俺はあのときまだ七才だった。
家族と一緒にあの山のコテージで自然を楽しんでいた。
昭和のバブル時代に建てられた、レジャー施設ってやつが当時はあったんだ。
釣りをして、バーベーキューをして、家族で焚き火を囲んで。
楽しかったな。
だが、それも束の間だ。
夜の事だ、俺はションベンがしたくなったんで、ベッドから抜け出てトイレへ行った。
すると、コテージの中に何かが入ってきた。
押し入ってきたんじゃない。
鍵を開けて、こっそり侵入してきたんだ。
そして俺の家族を次々殺していった。
俺は恐怖でトイレに隠れていた。
だから一人で生き延びることが出来た。
だが、家族を見捨ててまともに生きていけるわけがない。
警察は熊の仕業だと断定して、ろくな捜査はしなかった。
山狩りも行われたが、なにも出なかった。
熊に鍵を開けるなんて出来るわけがない。
あれは山の神か、あるいは妖怪の類いか……。
俺はそういう存在に怯えて暮らしてきた。
今じゃこんなありさまだ……」
「お話ありがとうございます。
ここにお礼をおいていきます」
蜜華は分厚い封筒をテーブルに置き、そして二人はアパートを後にした。
二人は町へ戻る車の中で話し合う。
優璃は今回の事件の正体を推測する。
「悪霊なら扉も壁も通り抜けられる。
だから、悪霊じゃない。
形ある者。
雪男かしら?」
蜜璃はすぐに否定する。
「雪男の存在はまだ確認されてないわ。
それに、雪男は人間は襲わない。
少なくとも伝承では」
「なら、別の妖怪ね。
少なくとも、熊ではないわね」
「熊に鍵を開けるなんて出来るわけないものね」
優璃は怪訝に思う。
「父さんは どうして この事件を調べてたのかしら?」
「それは わからないけど、父さんの手がかりは今のところ これしかないわ。
手帳の残りにも、数々の怪異が記されているけど、一番新しいのは この事件みたいだし」
「とにかく、山に入るしかないわね」
次の日、再び竹田の家に訪れると、そこには既に猟師が到着していた。
二人が同行したいと告げると、猟師は難色を示す。
「女が入る場所じゃない」
優璃が反論する。
「足手まといにはなりません」
「女は足手まとい以外何物でもないな」
冷たい対応の猟師だが、竹田は二人の様子に、怪訝に思う。
「あんたたち、本当は誰なんだ?
新聞社ってのは嘘なんだろう」
「実は、私たちの父もあの山で行方不明になっているんです。
最後に、あの山へ向かうという連絡を最後に、消息が途絶えて」
「……そうか」
竹田はしばらく考えて、猟師に告げる。
「連れて行きましょう」
「マジかよ」
猟師は苦い顔をした。
そして しばらく思案して、二人に告げる。
「いいか、俺が助けるのは依頼主の竹田さんだけだ。
あんたらは自分のことは自分でなんとかしろ」
二人は首肯した。
こうして四人は山へ向かった。
山腹にある駐車場に車を止めると、九字姉妹は猟銃を車から取り出した。
猟師はその銃を見て感心する。
「なかなか良い獲物を持っているな。
だが、使いこなせるのか?」
蜜華は保証する。
「なんども経験はあるわ」
「そうだといいんだがな」
そう言いながら、猟師はポケットからマーブルチョコレートを出すと、数個口に入れた。
どうやら甘党のようだ。
チョコレートは低血糖症予防に効果的だから、山男はみんな持ち歩いているものだ。
そうして四人は、キャンプの予定場所へ向かい、歩き始める。
優璃は猟師に聞く。
「猟では どういった動物を狩るんですか?」
「色々だ。
熊、鹿、猪。
兎なんかも狩るな」
「どうして猟師を始めたんですか?」
「若い頃に食ったジビエ料理がうまかったんでな。
それで自分で狩って食べるようになった。
自分の手で殺した獲物の味は絶品だ」
「私もジビエ料理は食べたことがあります。
確かに病みつきになりますよね」
「やめとけ。
女のくせに猟なんてするもんじゃない。
女ごときが軽い気持ちで猟師になっても後悔するだけだ。
ま、後悔しても手遅れだがな」
「どうしてです?」
「後悔した時には死んでるからさ」
三時間ほど歩いて、竹田の息子が最後に連絡した場所の座標に到着した。
そこでは……
「なんだこりゃ?」
猟師は呻く。
テントはズタズタに破壊され、人間の姿はなかった。
竹田は顔が真っ青になる。
「熊に襲われたのか?」
猟師はテントや周囲を検分し、首を振る。
「いや、熊じゃない。
爪痕が熊とはまるで違う。
こんな爪痕、今までに見たことがない」
四人は一旦荷物を下ろして、周囲を捜索するが、やはり誰もいないようだ。
そこに突然、遠くから声が聞こえた。
「助けてくれー!
誰かー!
助けてー!」
竹田が叫ぶ。
「息子の声だ!」
竹田は思わず、その声へ向かって走った。
慌てて残りの三人が竹田の後を追う。
五分ほど走り、しかし、そこには なにもなかった。
「……このあたりから聞こえてきたんだが」
優璃は周囲を見渡し、そして気づいた。
「罠よ!
戻りましょう!」
猟師は怪訝な表情になる。
「罠って、おめえ何を言っている」
「いいから。
一旦キャンプの場所まで戻りましょう」
四人はキャンプの場所まで戻ると、そこに置いていったはずの自分たちの荷物がなくなっていた。
竹田は理解できずに狼狽する。
「どういうことだ?
どうして荷物がなくなっているんだ?」
猟師がその質問に答える。
「これは熊の仕業じゃない。
野生生物じゃないんだ。
これは、人間の仕業だ」
続く……




