祟り蟲 下
九字姉妹と信司は二十分ほど歩いて、やがて大きく開けた場所に出た。
そこには無数の蟲の鳴き声や羽音がする。
信司が説明する。
「ここに凄い数の蟲が集まっているんだ。
蟻、蜂、蜘蛛、カマキリ、ゴキブリ、季節外れのセミまで。
他にも無数の種類の蟲が。
こんなことあり得ないよ。
どう考えても ここは異常だ」
優璃は蜜華に話しかける。
「蜜華、気付いているわよね」
「ええ、もちろん。
この場所、凄い妖気が立ち込めてる。
魔素の濃度が異常よ」
二人は意識を集中し、魔素の中心部を探る。
そして その中心を発見した。
その場所の地面だけ、草が一本も生えていない。
蜜華が地面の感触を確かめて、
「この下に何か埋まってる」
一旦 車に戻り、スコップを手にすると、元の場所へ戻って、地面を掘り始めた。
信司は その様子を興味深そうに見ていた。
やがて、スコップに硬い感触。
二人は手作業に切り替えると、地面の下から何かを掘り出した。
壺だ。
蝋で完全に密閉された壺。
「その壺、なんなの?」
信司の質問に、九字姉妹は顔を見合わせると、思い切って地面に叩きつけて、壺を割った。
割れた壺の中に、一匹の大きなムカデが入っていた。
まだ生きている。
そのムカデは地面を這いずり回ると、やがて壺のあった場所の地面に潜っていった。
信司は疑問を口にする。
「今のムカデ、何?
っていうか、どうやって生きていたの?
壺は密閉されていたから、食料も酸素もないのに。
生きていられるはずがないよ」
蜜華が一言。
「蠱毒」
百匹の毒虫を閉じ込め、最後に生き残った虫を、呪詛の媒体に使用する、古来より伝わる呪法。
この呪法は強力で、呪いを掛けられた相手は、必ず死に至る。
信司は慄く。
「蠱毒って、マンガで読んだことあるよ。
強力な呪いだよね」
二人は頷くと、信司は恐怖で周囲を見渡す。
「じゃあ、ここに集まってる蟲って、全部 呪いの産物……」
蜜華は断定する。
「この土地、ただの山じゃないんだわ」
二人は信司を家に送った。
優璃は信司に念を押す。
「いい、信司君。
あなたは家にいて、絶対に外に出ないで」
「うん、分かったよ。
お姉さん達も、なにか分かったら僕にも教えて」
二人は その後、郷土史料館へ向かった。
この土地の信仰や伝承を調べるためだ。
郷土史料館の館長が二人と話をする。
「あの村は過去に、何度も武将の支配を受けそうになっていたそうだ。
村人は抵抗したが、多勢に無勢。
勝ち目はなかった。
しかし、京から来た外法師がある儀式を行った。
あの村が侵略者を防ぐための大がかりな呪詛の儀式。
八十八の呪詛を土地に埋め、土地を守護するようにと。
その呪いは、昼と夜が同じになる時期に起きる。
一応、資料に残っている記録では、そのように伝えられているが。
まだ その信仰が あの土地に残っていて、それが宗教団体の人達だ。
もっと詳しいことが知りたかったら、例の宗教団体に聞くといい。
しかし、土地開発に反対しているからな、簡単に心を開くとは思えない。
聞き出すのは難しいぞ」
郷土史料館を出た二人は確信していた。
蜜華が、
「つまり、大昔に行った呪いが、土地開発によって発動した。
呪いは昼と夜が同じになる時期に発生する。
春分と秋分。
春分の時期にも蟲による死者が出ている。
今はちょうど秋分。
土地開発者達を侵略者と見なして殺し始めたのよ。
そして今日は昼と夜の長さがちょうど同じ日。
呪いが最大限に発揮される」
優璃が続けて、
「このままだと、翠川さんたち家族も呪いによって殺される。
信司君も。
どうやって呪いを解けばいいの?
残りの八十七もの蠱毒を全部 掘り起こすなんて不可能よ」
「呪詛を解除するのは諦めるしかないわ。
なんとかして、今日中に翠川一家を土地の外に避難させるのよ」
「どうやって?」
「信司君に連絡しましょう」
九字姉妹は携帯電話で翠川 信司に連絡した。
『お姉さん達、なにか分かった?』
優璃が説明する。
「いい、信司君。
ご両親を連れて、今すぐ逃げて。
奴らが襲ってくるわよ」
『蟲だね。
やっぱり この土地、まともじゃなかったんだ』
「すぐに逃げないと、あなたたちも殺されることになる」
『でも、父さんに どうやって説明すれば良いの。
父さんは僕の話なんて まともに聞いてくれないよ』
「なんとかして信じて貰うしかないわ」
蜜華が優璃に言う。
「ちょっと電話かわって」
蜜華が電話を代わると、
「信司君、右下の腹部が痛いって言いなさい。
とにかく ものすごい痛いって。
盲腸かもしれないから、すぐに病院へ行きたいって伝えるのよ。
両親も必ず付き添わせて」
『わ、わかった。
やってみるよ』
二人は車を走らせると、ホームセンターに寄り、殺虫剤を購入した。
そして次に、宗教団体のところへ。
優璃が降りると、蜜華が指示を出す。
「優璃は彼らから話を聞き出して。
一時しのぎでもいいから、なにか方法はないか」
「わかったわ。
蜜華は信司君たちをお願い」
「ええ」
「気をつけて」
蜜華が翠川邸に到着すると、父親と息子が庭で言い争っていた。
そして翠川は蜜華を見ると、明らかに怒りの表情で抗議する。
「あんた 息子になにを言ったんだ!?
おたくらカルト教団か何かなのか!?」
信司は申し訳なさそうに蜜華に告げる。
「ごめん、失敗した」
蜜華は何とか翠川を宥めようとする。
「お願いします、どうか聞いてください。
信じてもらえないのは理解できます。
しかし この土地は普通ではないんです。
常識的に考えて、蟲が人間を殺すということが起こると思いますか?
しかも大量の蟲が。
あなたたちにも危険が及ぶんです」
「なにを馬鹿げたことを」
信司が父親に言う。
「父さん、本当なんだ。
本当に蟲が襲ってくるんだ」
「お前は黙っていろ」
その時、少年の耳に何かが聞こえた。
「待って、二人とも。
なにか聞こえない」
晴天の夜空で、不意に月がなにかに覆われた。
そして無数の羽音。
少年は慄く。
「あれ、雲じゃない。
虫だ。
蟲の大群だ!」
蜜華は呻く。
「始まった。
もう逃げられない」
翠川も ここに来て異常性に気付く。
「そんな、まさか……」
蜜華が二人に促す。
「みんな家の中に入って!
早く!」
全員 家に入ると、蜜華は鍵を掛ける。
「窓を全部 閉めて!」
慌てて窓を全部 閉め始めた。
妻が動揺して、翠川に尋ねる。
「あなた、どうしたの?
なんの騒ぎ?」
「それより窓を全部 閉めろ。
早くするんだ!」
妻は狼狽えるが、夫の剣幕に押されて、命令に従う。
全ての窓を閉め切った後、蜜華は翠川に聞く。
「この家は密閉されてるの?」
「最新の家で、だ。高い機密性がある。
冬も夏も大丈夫なように。
蟲は入ってこられないはず」
蜜華は殺虫剤をバッグから取り出し、翠川と信司に渡す。
「蟲が中に入ってきたら、これで応戦するわよ」
「こんな物が役に立つのか?」
「ないよりかはまし」
やがて窓に無数の蟲がへばりつき始めた。
「ガラスは?
ガラスは強化ガラスなの?」
「ああ、そうだ。
簡単には割れない」
しかし、大型の蟲が連続して体当たりしてくる。
今にも割れそうだ。
信司が異変に気付いた。
「ねえ、あそこ……」
指差した場所は、通風口。
そこからガリガリと音がする。
「あそこから侵入するつもりなんだ……」
同時に通風口が破られ、無数の蟲が入ってきた。
「うわぁあああ!」
翠川が悲鳴を上げる。
蜜華が殺虫剤を噴霧する。
「二階へ避難して!」
殺虫剤を撒きながら、二階の寝室に入ると、ドアを閉めた。
しかし天井からガリガリと音がする。
「何の音?」
蜜華の疑問に信司が答える。
「シロアリだ。
シロアリが天井を食い破ろうとしてる」
天井から おが屑が落ち始めた。
やがて小さな穴が空き、そして一気に崩落して大きな穴が。
そこから無数の蟲が侵入する。
「うわぁあああ!」
信司は殺虫剤を散布し、遅れて蜜華と父親も殺虫剤を撒き始めた。
その頃 優璃は、土地の宗教団体の代表と話をしていた。
「そうだ、お主の調べたとおりだ。
先祖は この土地に八十八の蠱毒を埋めた。
それが呪詛の核となっている。
埋めた場所は我らも知らぬ。
全てを取り除くことは不可能だ」
「なにか方法はありませんか?
一時的なものでも構いません。
土地開発の一家を避難させるまでだけでも」
「一時的に呪いを抑えることは出来るが、それも恒久的なものではない。
次の日には呪いは再び発動する」
「お願いします。
それを行ってください。
その間に、翠川一家を立ち退かせます。
土地開発は必ず中止させます」
「その約束、違えるでないぞ」
そして蜜華の方では、
「殺虫剤が空だ!」
翠川が悲鳴を上げ、信司も、
「こっちも残り少ないよ!」
蜜華は必死に応戦するが、夥しい数の蟲には無力だった。
もう、駄目なの……
その時、蟲の数が少なくなり始めた。
一家を襲っていた蟲が沈静化し、周囲を漂うだけとなり、やがて蟲は撤退し始めた。
しばらくすると、生きている虫は一匹残らず姿を消し、残ったのは無数の蟲の死骸だけ。
蜜華は呟く。
「優璃、間に合ったのね」
蜜華は安堵の息を吐いた。
次の日、翠川は土地を出る準備をしていた。
翠川は沈痛な面持ちで、荷物を車に載せている。
九字姉妹と反対団体の代表が見送りに来ていた。
代表は翠川に告げる。
「これで分かっただろう。
無闇に土地を荒らしてはならないと。
全ての土地には歴史がある。
光も、闇も。
強欲は身を滅ぼすのだ」
翠川は苦虫をかみ潰したような表情で代表者に聞く。
「なにか方法はないのか?」
「父さん!」
少年が父親を制する。
「もう止めようよ。
いいかげんに諦めて」
父親は気まずそうに沈黙し、撤退の準備を再開した。
蜜華は優璃に囁く。
「父親の権威は失墜したわね」
「でも、信司君は良い子だから、反抗したりはしないわよ。
それに、良いこともあった」
「良いこと?」
「これで翠川さんは、信司君の進路に指図しなくなるわ。
信司君は望んでいた生物学への道へ進める」
「そうね。
今回の事件で、唯一良い事ね」
結局のところ、九字姉妹は事件を解決することはできなかった。
呪いは あの土地に残ったまま。
あの土地は、信仰と呪詛に守られ続けるのさ。
これで今回の話は終わりだ。
次の話を楽しみにしていな。




