祟り蟲 上
今宵もアタシを呼んでくれたね。
物語の続きを聞きたいのだろう。
それじゃあ、始めようじゃないか。
今回の怪異の物語を。
とある村で土地開発が行われていた。
この村に大規模な工場地域を造る計画さ。
そして、この日から本格的な開発が始まり、二人の現場作業員が土地に印を付ける作業に従事していた。
一人が周囲を見渡して、
「良い景色だな。
空気も綺麗だし、こんな場所に住みたいよ」
「工場が建てられたら、あっという間に汚くなるさ」
そんな話をしながら作業を進め、しばらくして少し休むことにした。
一人が水分を補給しながら、景色を眺めていると、地面に不自然な感触を覚えた。
「なんだ?」
足で地面を確かめると、不意に地面が陥没した。
「うわぁあああ!」
悲鳴を上げて作業員は数メートル落下した。
「大丈夫か!?」
もう一人の作業員が それに気付き、慌てて駆け寄り、穴の中を覗くと、落下した作業員が苦しそうに助けを求めた。
「助けてくれ!
足を捻挫した!」
「今 ロープを持ってくる!」
男は車に移動すると、中からロープを探し始めた。
穴に落ちた作業員は、捻挫した足を苦しそうに手で押さえていた。
不意に周囲の土の中から、虫が現れ始めた。
それも、一匹や二匹ではない。
十匹、二十匹、やがて百、二百を超える無数の蟲が。
「なんだよ、これ……」
作業員は恐怖に慄き、身体にまとわりつき始めた蟲を手で必死に払うが、しかし身動きの取れない穴の中。
しかも蟲の数はおびただしく、作業員の抵抗は焼け石に水のようなものだった。
やがて蟲は皮膚に牙を立て始めた。
「イタッ」
男は短い悲鳴を上げるが、それは まだ始まりに過ぎなかった。
無数の蟲が男の耳や鼻から侵入し、体内で その牙を剥き出しにした。
「うわぁあああ!
助けて!
助けてくれー!!」
車でロープを探していた男は、その悲鳴を聞いて焦ったが、ロープがなかなか見つからない。
そして やっと発見し、急いで穴に走ると、ハンディライトで穴を照らす。
そこには、無数の蟲に集られ、既に死亡した作業員の姿があった。
こうして事件は始まった。
二日後、九字姉妹は夜の喫茶店で調査をしていた。
父の残した手帳を改めて確認し、また新聞や雑誌の記事を閲覧して、父の手がかりになりそうなもの、あるいは怪異の兆候を捜していた。
そして九字 優璃が地方新聞に一つの怪死事件を発見する。
「蜜華、気になる記事を見つけたわ」
「どんな事件?」
「工業団地の開発現場での怪死事件。
作業員の一人が謎の不審死を遂げた。
その死因なんだけど、蟲に殺されたって」
「蟲?」
「そう、凄い数の肉食性の昆虫や、毒虫に襲われたって」
「尋常じゃない死に方ね。
確かに、怪異の疑いが濃厚ね」
「これだけ異常な死亡事故よ。
父さんも調査しているかもしれない」
「そうね、調べてみましょう」
次の日、事件現場に九字姉妹は到着した。
道を百人ほどの団体がプラカードを手に行進していた。
「土地を荒らすなー!」
「この地を穢すなー!」
「祟りが起きるぞー!」
どうやらデモ行進のようだ。
蜜華が、
「土地開発に地元住民が反対しているのね」
優璃が頷く。
「住民の反対を押し切っての開発か。
開発者は金の亡者なのかも」
デモ行進が去った後、二人は遺体が発見された穴の調査を始めた。
優璃は説明する。
「ここが突然 陥没して作業員が落下。
この中に生息していた無数の蟲に殺されたって」
「中に入ってみないことには、手がかりを得られないわね。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
私が中に入るわ」
「どうして蜜華が入るの?
私が入るわよ」
「危険よ。
私が入る」
「私も危険なことは今まで散々 経験したでしょ。
私が入るわ」
「……」
「……」
蜜華と優璃はお互いに無言で顔を見合わせ、やがてお互いが指し示したように合図を始めた。
「「ジャンケンポン、あいこでしょ、あいこでしょ」」
優璃が勝った。
「それじゃ、私が入る」
「仕方ないわね」
優璃は用意したロープを身体に括り付けると、慎重に穴の中を降りていった。
穴の底に到着し、底にある無数の蟲の死体を見る。
「気持ち悪い」
言いながらも、幾つか蟲のサンプルを採取した。
その県にある大学で調べてもらうと、採取した蟲は全て肉食性か毒をもっていることが判明した。
一つ一つはたいしたことはないが、大群で来ると危険かもしれないと。
「今回の怪異は蟲を操る。
怪異の正体は何かしら?」
優璃は疑念に首を傾げるが、しかし まだ情報が少ない。
蜜華が提案する。
「土地開発の社長に会ってみましょう。
ちょうど今夜、誘致の説明会を兼ねたパーティーを開くそうよ」
夜、正装に着替えた二人はパーティーに出席した。
そして社長が一通りの説明を終えた後、立食形式のパーティーが始まる。
それは ささやかな物だったが、しかし商いではこういった地道な営業が大切ということさ。
そして九字姉妹は、土地開発の社長、翠川と会う。
翠川は中年ほどの男で、なかなかがっしりとした体格をしており、風格があった。
「あなた方のような著名な方にも興味を持ってもらえるとは」
蜜華が応対する。
「新しいビジネスを考えておりまして、あなたが開発されている工業地域に、一つ工場を建設するかどうか、検討しておりますの」
「それは ありがたい。
私も早速あの土地に引っ越しまして、現場指揮を執っているのです。
もし、誘致していただけるのでしたら、何度もお会いすることになるでしょう。
詳しいことは、営業の田宮にお聞きください」
そして紹介された若い女性が挨拶する。
「初めまして。
営業の田宮と申します」
礼儀正しく挨拶する田宮に、九字姉妹も挨拶する。
「私も あの土地に住むことになったのですが、非常によい場所ですよ。
景色もよくて、立地条件も素晴らしい。
開発が終われば、一大工場地域になるでしょう。
大きなビジネスチャンスになることは間違いありません」
「実は下見に行ったのですが、その時、土地開発に反対するデモ行進を見かけたのですが」
「あの土地に住んでいる村人達ですね。
あの土地の宗教団体とか。
迷信深い人達で、土地を荒らせば祟りが起きると信じているんです。
どんな場所にも そのような人達はいますが、問題ありません。
粘り強い説明で、土地の住人に多くの雇用を生むことを納得していただきますから。
大丈夫です、ご安心ください」
「そうですか」
優璃は不意に、田宮の隣のテーブルで、大きな蜘蛛が彼女に近づいてくることに気付いた。
そして、その後ろで高校生程の少年が、意地の悪い笑みを浮かべて、それを見ていることにも。
彼女が蜘蛛に気付けば、驚いて悲鳴を上げることだろう。
優璃はグラスを一つ手に取ると、テーブルの上を這う蜘蛛に被せるようにグラスを置いて閉じ込めた。
そして少年に言う。
「おいたはいけないわね」
少年は驚いた風に、
「お姉さん、虫が怖くないんだね。
僕と同じだ」
翠川が少年に気付いた。
「信司、なにをしている?」
「なにって、ちょっと お姉さんと話を……」
「こっちへ来なさい」
翠川は信司と呼んだ少年の腕を取ると、向こうを示す。
「あっちへ行っていなさい」
そして九字姉妹に、
「失礼しました。
私の息子でして。
礼儀をわきまえておらず、失礼なことを」
「いえ、気にしていません」
優璃は微笑んで。
「まだまだ、いたずら好きですね」
「本当に、いつまで経っても子供で」
そうして、穏やかに立食会は進んだ。
しかし、翠川も田宮もただの商人で、怪死事件に関わっている様子はなかった。
立食会を終えた九字姉妹は、ホテルに泊まり話し合う。
「とにかく、手がかりが少なすぎるわ」
蜜華は頭を悩ませるが、優璃も同意見だった。
「怪異は蟲を操ることしか分かってない。
あの土地にまつわる歴史を調べてみるしかないわね」
一時間後、半年前の新聞記事の死亡事故を発見した。
「優璃、半年前にも、あの土地で死者が出てる。
ちょうど春分の時期ね」
「どんな事件?」
「土地開発の初期に、調査員が蜂の大群に襲われて死亡。
死因は、アナフィラキシーショック。
無数の蜂に刺されたのが原因ね」
「半年前にも蟲に殺された人間がいる。
でも、その後 何も起きてないわ」
「そうなのよね。
前の事件から半年経って、再び蟲に襲われる事件が発生した。
なにか、周期があるのかしら?」
しかし、その後の調査でめぼしい成果は得られず、深夜も回ったところで、その日の調査を一旦 終えることにした。
同時刻、九字姉妹に説明をしていた営業の田宮が、風呂でシャワーを浴びていた。
田宮は自分のキャリアアップを夢見ていた。
「今夜のパーティーは良い感じだったわ。
手応えありね」
田宮は この工場地域の開発に意欲的で、この計画が成功すれば、社長の翠川に認められ、出世することは間違いなかった。
そして、今夜の立食会に出席した人々の反応。
この土地開発計画は間違いなく成功する。
そうなれば、自分も近い将来 重役に。
田宮は自分の輝かしい将来を思い描き、良い気分でシャワーを浴びていた。
不意に排水口の蓋が開いた。
そこから蜘蛛が現れた。
それも一匹ではない。
十匹、二十匹、やがて無数の蜘蛛が排水口から次々と出現する。
「え?」
田宮はふと、床の異変に気付き、疑念の声を上げて足下を見ると、床の無数の蜘蛛に気付いて、悲鳴を上げる。
「きゃぁあああ!
なによ これ!?」
田宮は慌てて風呂場から逃げだそうとしたが、踏み込んだ足が蜘蛛を踏み潰し、その体液で足を滑らせ転倒した。
そこに おびただしい数の蜘蛛が、田宮に群がる。
「いやぁああ!
いやぁあああああ!
助けて!
誰か助けてー!!」
その悲鳴は誰にも届くことなく、やがて消えていった。
次の日、警察の情報で、昨夜の事件を知った九字姉妹は、警察に手を回し、現場検証を終えた後に、現場に入った。
蜜華は無数の蜘蛛の死骸を見て呻く。
「これも、蟲」
「田宮さん、苦しかったでしょうね」
昨夜、田宮と話をした二人は、田宮の死を悼んだ。
そして二人は、蜘蛛の死骸のサンプルを採取し、そして それを大学に見てもらった。
肉食性の毒蜘蛛。
一匹ではたいしたことないが、無数に噛まれると危険であると。
蜜華は考える。
「今回も蟲を使った。
この怪異で共通しているのは、蟲ということだけ」
優璃が仮説を立てる。
「人間でも動物を操ることができる例はあるわ。
テレパシーで動物を操ったりする超能力者とか」
「この土地に、殺人超能力者がいるってこと?」
「あの少年。
翠川さんの息子の、信司君。
彼、昨夜の立食会で、蜘蛛を使って田宮さんを驚かせようとした」
「あの子が犯人ってこと?」
蜜華は疑わしそうな表情。
「虫にも詳しそうだし、話を聞いてみましょう」
九字姉妹は翠川 信司が通っている高校に向かい、下校を待った。
そして放課後、高校を出て、自転車で走る信司を、二人は車で追う。
信司は家に帰宅せず、山の方向へ向かい、麓に到着すると、自転車から降りて、山の中に入っていった。
九字姉妹は怪訝に思いながら、車から降りると、信司の後を追う。
信司は一キロほど山道を進むと、草むらに止まっているカマキリを観察していた。
しばらく観察し、それを終えると、カマキリを捕まえて虫かごに入れた。
昆虫採集のようだ。
二人は信司に声を掛けることにした。
「なにをしているの?」
「あ、お姉さん達」
信司は二人が ここにいることに少し驚いたようだ。
蜜華が信司に聞く。
「虫が好きなのね」
「うん、将来は生物学へ進んで昆虫学者になりたいんだ。
父さんが反対してるけど」
「どうして?」
「父さんは僕を経済学部に進ませて、自分の跡を継がせようとしている。
でも僕は、そういうことには興味は持てなくて」
「だから反発して、事件を起こしたの?
虫を操って、事業を止めるために」
信司は驚愕の表情。
「ちょっと待って。
お姉さん達、僕が犯人だと思ってるの?」
「あなたは虫を操ることが出来るわ」
「生物学の応用だよ。
でも、人を殺すことまで出来ないよ」
「確かに、根拠薄弱ね」
「そうだよ」
信司は落ち着くと、
「でも、お姉さん達が疑う気持ちは分かるよ。
僕も この土地は おかしいって感じてたんだ。
この土地の虫は明らかに異常なんだ」
「異常って、どんなふうに?」
「僕に着いてきて」
信司は山道を進み始めた。
しばらく歩いて、優璃が少年に話しかける。
「さっきの進路の話だけど、あなた今 幾つなの?」
「十六」
「なら、あと二年の辛抱よ」
「どうして?」
「高校を卒業すれば自立できるから。
大学に進学すれば、自由になれる。
束縛する父親からも解放されるわ」
「そうだといいんだけど」
信司は疑わしそうだった。
続く……




