係決め#3
1
昼休み後の午後の授業は、あっけない程早く終わった。
いや、授業時間は他の授業と同じだが、俺はその授業内容が全く耳に入らなかった。
その理由は言うまでもなく凛のことだ。
昨日の放課後と昼休みの凛とのやりとりがずっと頭の中でぐるぐるしていた。
凛と俺は特別な関係になった。
それは周りから見れば恋愛関係に見えるだろう。
しかし、実際はもっと深い関係。
深くあらねばならないのだ。
俺たち二人にしか理解出来なくてもいい。
むしろ理解されたくない。
「みんなー、次の授業は朝のホームルームでも伝えたけど係決めだからねー」
数学の担当教師と入れ替わるように担任の桜井先生が教室の扉からひょっこりと覗き込んでいる。
「はーい、ふうちゃんせんせ〜」
女子生徒の一人が手を挙げ、親しげに桜井先生の名前を呼ぶ。
先生の名前は桜井風花。
クラスの一部からはよく"ふうちゃん"と呼ばれている。
「柚葉ちゃんは委員長お疲れ様だったねー」
桜井先生が元委員長を労いながら教室に入り、教師用の机に腰掛ける。
「ほんっっっと、大変だったよ〜」
柚葉と呼ばれたクラスメイト"雛森柚葉"は2年生の時に委員長をしていた生徒だ。
雛森さんは見た目は少し派手だが、みんなに当たりが柔らかく男子女子問わず、この学年の人気者の一人だ。
それを象徴するように数人のクラスメイトが雛森さんと桜井先生の会話に混ざり始めている。
2
「凪沙ー」
そんな様子を眺めていると名前を呼ばれる。
声がした方向を振り返ると、凛が俺の席に近づいてくる。
「ん?凛、どうかした」
俺は凛の様子が少し気になったが快く受け入れる。
「早く凪沙と喋りたかったから」
そう言って凛は俺の机の端に腰掛ける。
凛の席を見てみると既に数学の教科書やノートが片付けられていた。
きっと授業が終わり、すぐに片付けたのだろう。
ただぼーっと教室を眺めていた俺とは大違いだ。
だが俺も早く凛と話したいと思っていたので嬉しくなってしまう。
「俺も話したかったから、その……嬉しい」
正直に思ったことを言うのは少し恥ずかしいが、凛には隠したくない。
「ふふふっ、ありがと」
凛は可愛らしく笑う。
「か、係決めどうする?」
俺は照れ隠しをするように、係決めの話に持っていく。
「確かに、どうしようかなぁ」
「俺としては凛と一緒なら正直なんでもいいんだけど」
「私も凪沙と一緒ならどんな係だっていいよ」
凛が一度俯き、そしてまたすぐに顔をあげて俺を見つめる。
「凪沙と一緒じゃなきゃイヤ」
言いながら凛は俺の手をとり両手で包み込む。
「俺も同じだよ」
凛は俺の言葉を嬉しそうに受け取る。
そして俺の耳元に顔を近づける。
「じゃあ、せっかくだし、私たちで委員長と副委員長やってみない?」
「委員長と副委員長を?」
思ってもいなかった提案に聞き返してしまう。
「うん、そう。私たちの人生最後の一年だからさ」
人生最後の一年。
確かに凛の言う通りだ。
それなら、今までやってこなかった事をやってみるのも良いかもしれない。
それに凛と一緒なら、なんだって出来る気がする。
「いいね、やってみよう」
「やったー」
俺が同意すると俺の手を握っている凛の手にさらに力が入る。
「な、なぁ……お前らやっぱり付き合ってるだろ?」
前の席に座っていた加藤が振り向きざまにおずおずといった様子で口を挟む。
その声音には気まずさの様な雰囲気が含まれていた。
俺と凛は一度、目を合わせる。
「まぁ、付き合ってるよ」
「そうそう」
俺と凛は昼休みに決めた通りに学校では恋人という事にしておく。
「や、やっぱりか。つーか、いつから付き合ってたんだよ?」
「それは言えないかな」
「そうだね、それは秘密」
加藤の疑問に凛は黙秘しているので俺は凛に便乗する。
「ま、まぁ、そ、そうか……」
凛と俺の圧に気圧されたのか、加藤は少し引き気味になっている。
「そ、その……なんだ、お、お幸せに!」
何故か加藤は立ち上がり、俺たちに礼をしながら大声で賛辞を口にする。
「ちょ、ちょっと、声がでかいよ」
加藤の行動の意味が分からず、凛は慌てて机から立ち上がり胸の前で手をバタバタさせている。
「加藤、声、声抑えて」
「あ……わ、悪ぃ。つい……」
別に加藤にも悪気があったわけではないのは分かっている。
だが、加藤が大声を出した事によりクラスメイトの注目が俺と凛に集まってしまった。
3
「何、何ー、瀬野君と橘さんって付き合ってるのー?」
桜井先生と談笑していた雛森さんが俺の席にやって来る。
「ええー、ほんと?」
「なんか意外な組み合わせじゃん」
「でも確かに今日の二人、なんか仲良さそうだったよねー」
雛森さんの後ろには数人の女子がついて来ていた。
「いや〜青春だね〜」
そして桜井先生までもが来てしまう。
俺はどうしたものかと思い、凛の顔を見上げる。
すると凛は一度小さなため息を吐く。
「うん、凪沙と私は付き合ってるよ」
そしてクラスメイトの前で俺と恋人である事を宣言した。
「いつから、いつから?」
「もしかして隠してたのー?」
雛森さんとその後ろにいた南さんが聞いて来る。
南朱莉。いつも雛森さんと一緒に居る一軍女子の一人だ。二年生の時に副委員長だった。
「付き合ったのは昨日から」
凛一人に任せるわけにもいかず、俺も話に混ざる。
「あらあら〜」
桜井先生はニヤニヤした表情で俺と凛を交互に見ている。
「へー、付き合いたてなんだー」
雛森さんも興味深げな目になっている。
「どっちから、どっちから?」
「どっちから……って?」
「決まってるじゃん。どっちから告ったの?」
雛森さんの問いかけに俺は一瞬固まってしまう。
「私から……私から告白したの」
その隙に凛が答えた。
「そーなんだ、なんか意外」
凛の返しに雛森さんは少し驚いた様子を見せる。
「それは私も思った」
南さんも雛森さんに首肯している。
「分かるよ〜、凛ちゃんも恋したい年頃なんだよね〜」
「ちょ、ちょっと、桜井先生!」
桜井先生が凛を揶揄うように身体を前のめりにする。
「うふふ、そんなに焦らなくも大丈夫。私は分かってるからね」
桜井先生が凛の手を取り上下に振る。
「それに、瀬野君もこんなに可愛い彼女が出来て嬉しいんじゃないの〜?」
「……う、嬉しい……です」
急に話を振られてびっくりしたが何とか言葉をひねり出す。
「……ありがと、私も……嬉しいよ」
凛は言われた言葉を噛み締めるような様子を見せる。
「人前でイチャイチャするのはそこまでにしてよー」
「そうそう、なんか見てるこっちが恥ずかしくなってきたし」
俺たちを見ていた雛森さんと南さんが少し顔を赤くしている。
「ええ〜、私はもっと見てたいな〜」
顔を赤くしている二人とは対称に、桜井先生はもっと睦み合いを求めている。
「ふうちゃんせんせー、もう休み時間終わるよ」
雛森さんがスマホの時計を桜井先生に見せる。
「もう、終わりなの〜」
「終わりだよー、はい戻って戻って」
雛森さんは駄々をこねる桜井先生の背中を押して教卓に連れて行く。
そして俺たちの周りに集まっていたクラスメイトたちは自分の席に戻って行った。
「じゃあ、また後でね」
「うん、また後で」
凛も俺に手を振り席に戻る。
「あ……あの……俺は?」
雛森さんたちが来てからずっと空気だった加藤が寂しそうに呟いた。




