係決め#2
1
午前の授業が終わる。
古文の担当教師が教師を後にする。それを見届けたクラスメイトが席を立ち、食堂や購買に向かったり、友達同士で集まり弁当を持ち寄ったりしている。
「瀬野くんも購買行くの?」
教室を出ようとしたところで橘さんに声をかけられる。
「そうしようと思ってたところ」
「私も一緒に行ってもいい?」
橘さんが後ろで手を組み覗き込んでくる。
「いいよ」
実際に、俺は橘さんを誘うか迷っていた。
自分から誘うのが少し恥ずかしく躊躇ってしまっていた。
しかし橘さんからお願いされると拒否出来ない。
それどころか何かが満たされた気持ちになる。
「やった」
橘さんが喜びを露わにした表情になる。
「それじゃ、行こう」
「うん。あ、ちょと待ってて。財布とってくる」
「分かった」
2
それから俺達は一緒に購買に向かった。
教室から出る時にチラリと見えたクラスメイトはどこか怪訝な顔で俺と橘さんを見ていた気がした。
後から多少面倒な事になるかもしれない。
橘さんにも一応伝えておく方がいいだろう。
俺の横を歩く橘さんを見るとちょうど目が合う。
「ん、どうかしたの?」
「まぁ、その……俺と橘さんの関係のことなんだけど、クラスメイトにどう説明する?」
俺が問うと橘さんは足を止めて少し考える素振りをする。
「私は正直、周りの事なんてどうでもいいけど、瀬野くんは気になるの?」
「気になる……って言うよりも、いちいち聞かれるのが面倒そうだなって思って」
思ったことをそのまま伝える。
「それに橘さんも聞かれるのが面倒じゃない?」
「……確かに面倒かも」
「橘さんがいいなら、一つ案があるけど」
「教えてよ。どんな案?」
橘さんが身体を前のめりになり聞いてくる。
でも、この提案は少し気恥しいな。
俺は一度深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる
「俺と橘さんが付き合ってる事にするのが一番楽……かなって」
言いながら俺は橘さんから目を逸らしてしまう。
「うん……確かにその案は、そ……その、良いかも」
橘さんは俯きながらも俺の案を肯定してくれた。
「そ、それじゃあ、その……これからみんなの前では付き合ってるフリするって……ことで」
気恥しい気持ちを振り払うようにまとめる。
「フリ……なんだよね」
俯いたままの橘さんが小さくぽつりと呟く。
表情は俯いているので見えなかったがその声音はどこか寂しそうに聞こえた。
「うん。今はフリでいいよ」
しかし、すぐに顔をあげ笑顔を見せる。
「でも、恋人のフリする前にお願いがあるんだけどいい?」
橘さんが揶揄うな顔で小首を傾げて俺を見つめる。
その顔に少しドキドキしてしまう。
「お願い?」
「うん」
俺が聞き返すと橘さんはあどけない笑顔で頷く。
その笑顔に俺はまた恥ずかしくなってドキドキしたが、何故か心が暖かくなるのを感じた。
「いいよ。俺が出来ることならなんでもするよ」
恥ずかしさを押しとどめ務めて平静を装い返事する。
「ふふっ、ありがと。それじゃ購買行ったら別館行こ」
「なんで別館なの?」
「誰にも見られたくないし、二人きりがいいから」
「ふ……二人きり……って」
「うん……そう、瀬野くんと私だけが……いい……から」
俺は顔が赤くなっているのを感じながら橘さんを見ると橘さんもまた顔を赤らめていた。
「も、もう購買行こ。早く行かないと売り切れになっちゃうよ」
「そ、そうだね。行こっか」
橘さんの急かしに俺も同意して一緒に購買に向かった。
3
「ギリギリ間に合って良かったねー」
「そうだね。ちょうど残ってて良かったよ」
俺たちは二人とも同じメロンパンを買って別館の空き教室に来ていた。
「それよりこの教室って勝手に使って良いのかな?」
棚にあった折りたたみ椅子に座りながら橘さんに問いかける。
「私たまにこの空き教室使ってるからね。昼休みに誰も来たことないから大丈夫」
隣に座っている橘さんが心配は必要ないと言う。
「なら、大丈夫かな」
「うん、へーきへーき」
橘さんが微笑みながら頷く。
「それでさっき橘さんが言ってたお願いって?」
俺が気になっていたことを聞くと橘さんが真剣な顔になり俺の目をまっすぐに見つめてくる。
「恋人のフリをすることは私も賛成してる」
「うん」
俺は橘さんから目を逸らさずに話を聞く。
「でも今のままの関係じゃ嫌なの」
「今のままの関係?」
言葉の真意が分からず思わず聞き返してしまう。
「うん、今の友達みたいな関係のままなのが」
"友達みたいな関係のまま"
その言葉に引っかかりを覚える。
「私は友達じゃなくてもっと特別な関係になりたいの」
"特別な関係"
それはきっと橘さんの言うように友達とかそんな関係じゃない。
もっと深い関係。
ああ、そうか……。
俺と橘さんは心中をするという大切な約束をしている。
それは二人の中で何よりも重要で、何より希望となっている約束。
なら俺が言うべきことは……。
「分かったよ。凛」
俺はもっと橘凛という女の子の事をもっと知らなければいけない。
「……っ!うん、ありがと!」
俺の考えが凛に伝わったのかは分からないが凛は優しい笑顔を俺に向けてくれた。
そして、
「大好きだよ、凪沙」
そう言って俺に抱きついてくる。
俺も嬉しくなり凛の身体を抱きしめる。
「これからもずっと凛の傍にいるから」
俺は抱きしめたままの凛の頭を撫でながら本心を伝える。
「私もずっとずっと凪沙と一緒にいるからね」
そうして俺たちは昼飯を食べながら他愛無い話をしたりして昼休みを過ごし教室に戻った。
4
こんなに充実した気持ちになった昼休みはいつ以来だろうか。
教室に戻りながら俺はチラリと凛を見つめていた。
凛もまた俺を。
俺は今幸せを感じている。
その幸せは手からも伝わっている。
互いの指を絡め合わせた手に感じる暖かさは凛の心と俺自身の心の繋がりが強まったようだった。
それは凛もまた同じなのだと凛の笑顔を見て確信する。




