係決め#1
1
室内にアラームが鳴り響き、目を覚ます。カーテンの隙間から漏れ出る光が朝を告げている。
「朝……か」
昨日のことが夢幻のようだが、ベッドに置いてある携帯の通知がそれが現実だと告げている。
寝転んだまま携帯を確認する。
その通知は橘さんからの『今日はありがと。おやすみ、また明日ね』といったメッセージだった。
昨晩、日付が変わってからも俺と橘さんはチャットでやり取りをしていた。
だが俺は気づかないうちに寝落ちしていたようだ。
俺からの返信がなかった事で橘さんも会話を終わらせたのだろう。
「一応、返しとくか」
しかし、何と返せばいいんだ?
無難に寝落ちの謝罪と今日もよろしくといった内容か?
分からない。
5分ほど考えたが、思いつかなかった俺は謝罪のスタンプを送り、『今日も会うのを楽しみにしてるよ』と返信した。
我ながら迷走した返しになってしまった。
時刻を確認し、制服に着替える。
「朝飯の時間は……ないな」
最寄駅までにかかる時間を考え、そう結論づける。
「コンビニで何か買って教室で食べるか」
「兄さん、おはよう」
階段を降り、ちょうどリビングから出てきた慎が挨拶してくる。
「おはよう」
「ずいぶんと遅かったね」
「そうだな、昨日寝るのが遅かったからな」
「ふーん」
慎は興味なさそうに呟く。
瀬野慎。
昨日から、中学2年になったばかりの弟。
俺と違って勉強もスポーツも出来る、文武両道だ。
小学生の頃から勉強、スポーツ以外に興味がない。
その興味のなさは、他人にも適応される。
だから勉強も運動も凡人の俺には興味がない。
会話はするが一緒に遊ぶことはなかった。
「それじゃ、僕はもう学校行くよ」
言いながら靴を履き終えた慎は、そのまま学校に向かった。
その背を見送った俺はリビングに入る。
「なぎちゃんおはよー」
台所で食器を洗っている母さんが俺に気づく。
「おはよう」
「朝ごはん食べてく?」
「いや時間もないし、いらない」
「あら、そうなのー。それならせめて牛乳くらい飲んでいったらー」
母さんが牛乳パックを取り出す。
「そうする」
頷くと母さんはコップに牛乳を注いで俺に渡す。
「ありがと」
それを受け取り飲み干す。
「最近は大丈夫なのー、何か辛い事とかない?」
空のコップを受け取った母さんが心配そうに俺の顔を覗く。
母さんは、少し過保護で時々俺にこうして聞いてくることがある。
「何もないよ、大丈夫だからそんなに心配しないでいいよ」
「それなら安心するわ、でも何あったらすぐに相談してねー」
そう言って母さんは台所に戻る。
「もう学校行くよ」
「いってらっしゃいねー」
「いってきます」
手を振っている母さんを横目に見て俺は玄関で靴を履き学校に向かう。
2
「瀬野ー、お前なりたい係決めた?」
コンビニで買ったパンを食べていた俺に、前の席の加藤が振り返り問いかけてくる。
「まぁ、一応候補は決めたけど」
「そうだよなー、なるべく楽なのがいいよな。でも正直、委員長と副委員長以外ならなんでもいいんだけどな」
加藤の言う通りだな。
と言うよりも自ら委員長、副委員長をやりたがるような生徒はこのクラスにはいないだろう。
「それと瀬野ってさ、係のペアいる?いなかったら俺と組まねーか」
係は基本的に2人1組で選ばなければならない。
そしてなりたい係が被った場合は代表1人がジャンケンをして決める。
「加藤には悪いが多分決まってる」
「多分?なんだそりゃ」
加藤が首をかしげている。
それもそのはずだ。
別に決まっていないが決まっているようなものだからな。
「誰と組むんだよ?」
考えることをやめた加藤が聞いてくる。
「それは……」
「私が瀬野くんと組むの」
言い淀んでいると橘さんが俺と加藤の会話に割って入ってくる。
カバンを持っているあたり、ちょうど今来たばかりなのだろう。
そして俺がコンビニで買った飲みかけの紙パックコーヒーのストローに口をつけて一口飲む。
「おはよう、橘さん」
「うん、おはよー」
挨拶すると橘さんが上機嫌で挨拶を返してくれる。
「え…は…?」
訳が分からない顔をしている加藤が情けない声を上げる。
加藤の気持ちも分かる。
昨日の放課後まで俺と橘さんはそこまで仲が良かったわけではない。いや俺に限らず橘さんはクラスの誰とも仲良くしていなかったのだ。
その橘さんが俺と親しそうに挨拶を交わしているのだ。
「お前ら…いつの間に?」
「いつって言うと、」
そこで橘さんの方を見ると、目が合った。
すると橘さんはにんまりしながら、
「それは私と瀬野くんだけの秘密」
と言った。
「え…ちょ、は…?」
加藤はさらに戸惑いを深める。
「瀬野くんはやりたい係とかあるの?」
「念の為の候補を入れたら3つくらいは考えてるけど」
「そんなに考えてるんだ、見習わなくちゃね」
「橘さんは決めてるの?」
橘さんはコーヒーを一口飲んで何か考え込む。
そして手に持ったコーヒーパックを俺に伸ばす。
「私は瀬野くんと一緒なら、なんだっていいの」
「俺も、その……橘さんと一緒ならなんでもいいよ」
言いながら恥ずかしくなり伏目になってしまう。
「あ……そ、その……ありがと」
俺と同じで恥ずかしくなったのか橘さんも照れた様子になっている。
「お、お前らほんとに、いつの間にそんな、その……こ、こい、恋人みたいになったんだよ?」
何がなんだか分からないと言った様子の加藤が俺たちに尋ねる。
「それは、言えないよ。ね、瀬野くん」
照れが収まった橘さんは、悪戯な笑みを浮かべて俺に同調を求める。
「それは、そうだね」
俺は橘さんと同じ考えだ。
今の関係は俺たちだけの秘密でいい。
他人から見た俺たちの関係は加藤が感じた通り、恋人だと思うがそこで終わる。
それならそれでいい。
その先の目的に気づく者はいない。
橘さんもきっと同じ考えなのだろう。
「それじゃ、また後でね」
橘さんは俺に微笑みながら手を振り自分の席に戻って行った。
加藤は戸惑ったまま俺と橘さんを交互に見ている。
そんな様子を無視して俺は残り半分ほどのパンを一気に食べ進める。
3
「みんなおはよー」
ちょうど食べ終わったタイミングで先生が教室に入ってきた。
「それじゃ、朝のホームルーム始めるよー」
教壇に立ち先生が学校の始まりを告げる。
先生は教室を見渡して満足したように頷く。
「うん、みんなちゃんと揃ってるねー。偉い偉い」
どうやら誰も欠席している生徒がいない事が嬉しいようだ。
「今日は昨日も伝えたけど、3年生の初授業だからみんな寝ずにしっかりと受けなきゃダメだからねー」
「分かってるって」
「そんな心配しなくても大丈夫だよー」
「はーい」
先生からの注意を受けてクラスメイトは口々に返す。
「うん、うん」
先生はうれしげに笑みを見せる。
「それから今日の昼の授業は係決めだから、みんな何がしたいか決めておいてねー。係決めが終わったら自由時間だから、自習したり、体育館行ったりしていいからねー」
係決めが早く終わったら自由時間か。
俺は別に何かしたい事があるわけでもないからどうするか迷うな。
正直、橘さんと一緒にいられるならなんだっていい。
そんな事を考えていると1時間目の授業が始まるところだった。
担任の先生はすでに教室に居なくなってその代わりに数学担当の先生が教壇に立っていた。
それからはいつも通りの授業が始まった。




