3-1 : 無音の駅
新宿駅の朝は、かつては怒号と苛立ちが渦巻く巨大な胃袋だった。
肩がぶつかれば舌打ちが響き、遅延の放送には乗客の溜息が重なる。それが、加賀美誠一の知っている「生きた街」の音だった。
だが、今は違う。
中央線のホーム。溢れんばかりの人混みの中に、音がない。
数百人の人間が、整然と、寸分の乱れもなく列を作っている。スマートフォンの画面を見つめる瞳には、焦りも退屈も、感情の起伏すら見当たらない。
目の前で、一人の男が派手に転んだ。
鞄の中身が散らばり、周囲の人間と激しく接触した。
周囲の人間は、ただ立ち止まった。
そして、機械的に、無機質な微笑を浮かべて男を助け起こした。
「大丈夫ですか」
「失礼しました」
そのやり取りには、体温がなかった。
街から、摩擦が消えている。
加賀美は自分の項をなぞった。
三日前、あの診察室で触れられた感覚が、まだそこに冷たく張り付いている。
喉の奥が、焼けるように乾いた。
脈拍が、勝手に早まっていく。
捜査一課のオフィスに足を踏み入れると、そこもまた、薄気味悪いほどの静寂に包まれていた。
鳴り止まないはずの電話の音が、やけに遠くに聞こえる。
加賀美のデスクに、一枚の内部資料が置かれていた。
『久我山常務の不審死に関する捜査、本日付で正式に終了』
担当者の欄には、加賀美自身の印が押されていた。
会議室の奥。
開かれたドアの向こうで、嵯峨がこちらを見ていた。
彼は、声を出さずに笑った。




