3-2 : 不協和音
駅前広場。
無彩色の群衆が交差する中心で、その「音」は鳴り響いていた。
「返せよ! なあ、俺の娘を返せよ!」
一人の男が、通行人の肩を掴んで激しく揺さぶっていた。
かつてひき逃げ事件で家族を失い、未だに解決の糸口さえ掴めていない被害者遺族の一人だった。
以前の加賀美なら、その怒号を聞けば胸が締め付けられたはずだ。
だが、今の加賀美は広場の隅で、ただ耳の奥がキリキリと痛むのを感じていた。
男の叫びは、加賀美が保っている凪を乱す有害なノイズでしかなかった。
周囲の反応は、加賀美以上に冷淡だった。
群衆は足を止めることさえしない。ぶつかられれば、機械的な笑みを浮かべて「失礼しました」と会釈し、何事もなかったかのように歩みを再開する。
「なんだよ、お前ら! なんでそんな顔してんだよ!」
男が叫びながら、一人の若い女性の腕を強く掴んだ。
女性は眉ひとつ動かさなかった。腕に爪が食い込み、赤く変色しているというのに、彼女はただ、穏やかな瞳で男を見つめ返した。
「……痛くないのですか?」
女性の口から漏れたのは、悲鳴ではなく、純粋な疑問だった。
加賀美は自分の足が男に向かって動いているのに気づいた。
警察官としての義務ではない。この不快な音を、一刻も早く消し去りたいという本能だった。
加賀美は男の背後に立ち、その項を見つめた。そこには、まだ何も触れられていない皮膚があった。
「おい。警察だ。署まで来い」
加賀美の声は、自分でも驚くほど平坦だった。
男が振り向く。その瞳に宿る絶望と憎悪から、加賀美の視線は無機質に滑り落ちた。
「お前……加賀美か! あんたなら分かってくれるだろ! 犯人はまだ……!」
「……静かになる」
加賀美は、男の耳元で低く囁いた。
「もうすぐ、楽になれる場所へ連れて行ってやる」
加賀美は、胸ポケットに忍ばせた診察券の端を指先でなぞった。
連行される男を、群衆は一人も見送らなかった。
広場には再び、体温のない静寂が戻っていた。




