3-3 : 調律
翌朝。
新宿駅前広場には、昨日と同じ無彩色の群衆が流れていた。
加賀美は、広場の柱の陰に立っていた。
視線の先には、昨日の男がいた。
男は、ベンチに腰を下ろしていた。
伸び放題だった髭は綺麗に剃られ、血走っていた瞳は、今はただ正面の大型ビジョンを平坦に映し出している。
男は、隣に座った見知らぬ老人が落としたハンカチを、流れるような動作で拾い上げた。
「失礼しました。どうぞ」
その声は、驚くほど澄んでいた。
老人が会釈を返すと、男もまた、穏やかな微笑を浮かべてそれに応える。
加賀美は、その光景を見つめながら、自身の項に指を這わせた。
あれが、正しいはずだ。
そう思わなければ、自分の立っている場所が底なしの沼のように思えてならなかった。
「満足ですか」
背後から、低い声がした。嵯峨だった。
「彼は今日から働きます。……もう、騒音は聞こえない」
嵯峨は加賀美の隣に並び、男を見つめた。
「無駄のない、美しい静寂だ。……そうでしょう?」
加賀美は答えなかった。
ただ、自分の脈拍が、昨日より少しだけ安定していること。
加賀美は、手のひらに押し付けられた小さなUSBメモリを見つめた。
かつての彼なら、これを証拠品として突き出しただろう。
だが、今の加賀美は、それが「街を静かにするための鍵」のように見えていた。
見えていたはずだった。
加賀美は無言で、メモリをポケットに収めた。
街は、どこまでも白く、静まり返っていた。




