3-4 : 不純物
捜査一課のフロアは、底冷えがするほどに整然としていた。
かつては怒声と煙草の煙、そして解決できない焦燥感が充満していた場所だ。今は、キーボードを叩く無機質な音と、誰かの穏やかな溜息が、一定のリズムで重なっている。
加賀美は、自分のデスクでUSBメモリを握り締めていた。
ポケットの中のそれは、体温を吸って微かに熱を持っているように感じられた。
「……加賀美さん」
不意に声をかけられ、加賀美の肩が跳ねた。
そこに立っていたのは、後輩の巡査部長、若林だった。
若林の目は充血し、ネクタイは歪み、全身から隠しきれない「苛立ち」を撒き散らしている。
「これ、見てください。久我山常務の不審死……終わらせるなんて、おかしいですよ。あの夜、現場の裏口で目撃された不審車両。あのドラレコ、まだ解析してませんよね?」
若林が突き出した資料は、しわくちゃで、所々にコーヒーのシミがついていた。
加賀美は、その資料の「汚さ」を直視できなかった。
「……若林。もういいんだ」
「何が良いんですか! 加賀美さん、あんた言ったじゃないですか。『どんなに小さなノイズも見逃すな』って。あれ、嘘だったんですか?」
若林の怒号が、静まり返ったフロアに亀裂を入れる。
周囲の署員たちが、一斉に顔を上げた。彼らの瞳には、非難も驚きもなく、ただ「不快なバグ」を見るような、底寒い慈しみだけが湛えられていた。
加賀美は、若林の項を見つめた。そこには、まだ何も触れられていない皮膚がある。
加賀美は、若林の手首を掴んだ。
制圧するためではない。
熱い。
それは、今の加賀美が決して持ち得ない、剥き出しの「生」の温度だった。
「……加賀美さん?」
若林の困惑した声。
その時、フロアの入り口に、嵯峨が立っているのが見えた。
嵯峨は、加賀美の「静止」を、静かに、そして鋭く見つめていた。
加賀美は、若林の手首を掴んだまま歩き出した。
ポケットの中のメモリが、皮膚を焼くように熱かった。




